作品タイトル不明
第五十一話「ダンの合流」
二月十日の夕方。
一月二十二日に魔族らしき男を見てから警戒を続けているが、気配すら感じていない
リッカデールは雪に覆われてしまい、魔族の動向を探るために森に入るものの、いつもより動きに制限が出るため、奥には行っていない。だから、気配がないと言ってもいなくなったわけではないだろう。
俺たち以外の優秀な冒険者たちもほとんど森に入らず宿にいる。そのため、余計に情報が入ってこない。
そんな状況が続いていたが、俺たちを訪ねてきた者がいた。
それはザック 六重奏(セクステット) の一員、ダン・ジェークスだ。
一年四ヶ月ほど会っていないが、以前より大人びた雰囲気になっている。ロックハート家の家臣としての自覚がそうさせたのだろう。
「よく来てくれた」といって握手をしながら彼の肩を軽く叩く。
「ご無沙汰しています。ザック様もお元気そうですね」
久しぶりの再会に少し緊張しているのか、はにかんだような表情を浮かべている。
俺とのあいさつが終わると、リディたちとも言葉を交わしていく。
メルとの対面の時には僅かに表情が硬くなった気がしたが、それもすぐに消え、以前と変わらぬ優しい笑みに戻っていた。
「雪の中の移動で疲れただろう。部屋に荷物を置いたら、夕食を食べながらゆっくり話そう」
俺がそう言うと、ダンは「はい」と言って部屋に向かった。
「随分落ち着いた感じになったわね」とリディが呟く。
「そうだな。まあ、ダンも今年二十四歳になるんだ。それに村じゃ責任ある立場にもなっているようだしな」
「そうだね。訓練も手を抜かずにやっている感じだった。まあ、あの子が手を抜くとは思っちゃいないがね」
ベアトリスが言う通り、ダンの足運びや周囲の気配の探り方は以前より切れがあるように見えた。
メルにも話を聞こうかと思ったが、何を言っていいのか困るだろうから聞いていない。
「明日からのことを兄と相談するのですか」とシャロンが聞いてきた。
ダンが来てくれたら、まずはこの辺りに慣れてもらおうと思っている。一応、そのことはみんなで相談してあり、シャロンも質問というより確認の意味で聞いてきたのだろう。
「ダンの意見を聞いてからだが、明日から近くの森に入って、まずはこの辺りの状況を把握してもらおうと思っている。森の奥に向かうのは雪が収まる今月の終わり頃になるだろうな」
リッカデールはラスモア村より北にあり、更に標高も高い。そのため雪も多く、気温も低い。当然防寒対策が必要であり、いつもより動きが阻害される可能性が高い。
リディやシャロンのような完全な後衛なら問題は少ないが、俺のような前衛は動きが制限されると思わぬところで遅れを取る可能性がある。
ダンも村の東の森に入っているから、その辺りの感覚は当然分かっているが、それでも植生や雪質の違いが動き方に微妙に影響するから、慣れさせる必要がある。
そんな話をしながら食堂で待っていた。既に周りでは冒険者たちがジョッキを傾け、楽しげに食事をしていた。
二級冒険者のグラディスが「新しい仲間が来たんだってな」と話しかけてきた。
「新しいと言っても以前は一緒にパーティを組んでいた仲間ですけど」
「チラッと見ただけだが、そいつも若かったな」
「ええ、俺より一つ年上なだけです。後で紹介しますけど、シャロンの兄でもあるんですよ」
「そうなのか。まあ、お前さんが呼んだってことは凄腕なんだろう。楽しみにしているよ」
それだけ言うとジョッキを上げてから自分たちのテーブルに戻っていった。
装備を外したダンが戻ってきた。
「辺境なのにいい宿ですね。驚きました」
彼の言う通り、リッカデールはアクィラから降りてくる魔物を討伐するための最前線であり、当然辺境に当たる。
しかし、俺たちが泊まっている宿、“もみの木”亭は大都市の高級宿並みに設備が整っており、食事も美味い。
もちろん、その分宿泊費は高く、一泊二食付きで二十クローナ、日本円で二万円もする。
リッカデール(ここ) で一番安い宿でも一泊二食付きで十クローナはするから、もともとの物価が高いということもある。
この宿を選んだ理由は二級冒険者御用達であるということが大きい。
もっとも二級ばかりではなく三級の冒険者もいるが、いずれ二級に上がると言われている実力者ばかりだ。
そんな凄腕の冒険者たちから、危険なアクィラの奥地の情報を直に聞くことができる。これだけでも随分リスクを減らすことができるのだ。
もちろん、食事の質がいいことは最低の条件なので言うまでもない。
一泊二万円もする宿に泊まり続けて大丈夫なのかと思われがちだが、二級冒険者は月に最低二千クローナ、二百万円以上稼ぐ。
消耗品も多く、更に武具も高価だからメンテナンス費用もかさむが、泊りがけで森に入ることが多く、その場合、ルームチャージだけなので一万円で済む。
つまり、月に支払う宿泊料は四十万円分ほどで、収入の五分の一くらいにしかならず、あまり問題にはならない。
「設備もいいが、食事も美味いぞ」と言いながら、いすを勧める。
ダンは座りながら、「その点は疑いもしませんでしたよ」と言って笑う。
全員分の飲み物が用意されたところで乾杯を行う。
「それではダンとの再会を祝して、乾杯」
俺がミスリルコーティングのジョッキを掲げると、リディたちもグラスやジョッキを掲げて唱和する。
ダンは俺が選んだラガータイプのビールだ。それに口をつけると、目を見開く。
「本当に美味しいですね! 村のビールに負けないくらいです」
「それはそうよ。この人が醸造所の職人に直接指導したんだから」
リディが笑いながらそう話す。
ここリッカデールにも当然醸造所はある。高額所得者である一流冒険者が多く住んでおり、充分な需要があるためだ。そのため、腕のいい職人が素材や手間を惜しまず作る。
ビールがほとんどだが、質は非常によかった。
「指導なんてしていないぞ。ちょっとしたアドバイスをしただけだ」
実際、指導といってもビール作りの素人である俺にできることはなく、温度管理の徹底や酵母の除去方法の改善を提案したくらいだ。
「森に入らない時に醸造所に入り浸っていた人が言っても説得力はないわよ」
そう言われると返す言葉がない。俺が困っていると、メルやシャロンがクスッと笑い、それに釣られてダンも笑い出す。
「ザック様はどこに行っても変わりませんね」
「当たり前だ。美味い酒のために努力は惜しまないよ」
俺も笑いながらそう答えた。
何となくラスモア村やドクトゥスで過ごした時を思い出し、少しだけ胸が熱くなる。
「楽しそうだな」と言って、グラディスたちが話しに加わってきた。
「俺の幼馴染のダンです。うちのパーティの斥候です」
俺が紹介すると、ダンは立ち上がって頭を下げ、
「四級冒険者のダンです。よろしくお願いします」
「俺は二級のグラディスだ。こっちこそよろしく頼むぜ」とグラディスが右手を差し出す。
グラディスのパーティメンバーと握手を交わしていき、全員でもう一度乾杯した。
「お前とは長い付き合いなんだろ。どのくらいの腕なんだ?」と俺に聞いてきた。
「俺が知る限り、最高の 斥候(スカウト) ですね。俺なんか足元にも及びません。それに剣も弓も一流ですよ」
そう言うと、グラディスたちは「それほどなのか!」と驚く。
彼らは俺たちの実力を知っており、当然俺やベアトリス、リディの 斥候(スカウト) としての能力も見ている。
「そんなことはないですよ! 剣も弓もザック様たちの足元にも及ばないんですから」
ダンは慌てて手を振り、取り消そうとした。
「腕のいい 斥候(スカウト) は大歓迎だ。ザックやベアトリスが認めるような奴なら、俺たちの命を預けてもいいということだ。これからよろしく頼むぜ、ダン」
本来二級冒険者は三級以下に対し、仲間意識は持たない。二級と三級には大きな壁があると考えているためだ。
それなのに四級冒険者でしかないダンが、これほど簡単に受け入れられたのにはわけがある。
まず、俺たちのパーティメンバーだということが一番大きい。
討伐に限って言えば、リッカデールで一番強力なパーティだし、以前、彼らの命を救っている。そのため、俺たちが認めている人物を無条件で認めたのだ。
もう一つの理由は優秀な斥候の不足が挙げられる。
これも九月の調査の影響だ。元々、斥候役は軽装の剣術士か、弓術士が担当することが多い。そのため、防御力が低く、強力な魔物との戦闘では不利だ。しかし、九月の調査ではその斥候たちが前線に立って戦わざるを得ず、多くが命を落としていた。
また、二級のパーティ自体も減っており、優秀な斥候は歓迎される。
グラディスたちは一通り話したところで、「邪魔をしたな」といって自分たちの席に戻っていった。
ダンは彼らに小さく頭を下げた後、
「いい人たちですね。それにここは楽しそうで、羨ましいです」
「そうだな。ここは村とは違う楽しさがあるよ。だが、楽しんでもいられない」
そこでこれからの話をすることにした。
「ダンに来てもらったのは手紙に書いておいた通り、神々の敵らしき相手を見つけたからだ。遠目に見ただけだが、あのアンデッドの王に匹敵する 圧力(プレッシャー) を感じたんだ。それに敵には 大魔(グレーターデーモン) がいる。先手を打てないと俺たちでは相手にならない」
「でも、ザック様もベアトリスさんもリディアさんもいるんです。本当に僕が必要なんでしょうか」
俺が答える前にリディが答える。
「あなたは見ていないから分からないと思うけど、あの敵はとても危険よ。だから力を貸してほしかったの」
更にメルも「お願い。あなたがいないと私たちの誰かが命を落とすわ」と頭を下げる。
「頭を下げる必要はないよ、メル。そのために来たんだから」
ダンは柔らかな笑みを浮かべてそういうと、再び俺に視線を向ける。
「御館様も先代様も全力で戦ってこいと送り出してくださいました。僕もそのつもりです。それに神々の敵とザック様が戦うなら、足手纏いになっても一緒に戦いたいです。僕の方こそよろしくお願いします」
「足手纏いになんかならないと思うが、こちらこそよろしく頼む」
その後、食事をしながら、明日以降の話をする。
「天気次第だが、まずはここの森に慣れてもらう。それに俺たちとの連携も確認したい」
「了解です。僕がいない間に皆さん強くなっていそうですから」
ダンの言う通り、俺たちのレベルアップは順調だ。
俺の剣術士レベルは六十二、魔法も一番得意な土属性は八十二で他にも八十を超える属性がある。魔法では恩師であるラスペード先生に迫っていることになる。
リディはエルフという種族特性もあって成長速度は遅いが、それでも弓術士レベルは六十に迫り、魔法も風属性が七十三になっている。彼女の年齢でここまで高レベルの魔道弓術士は非常に珍しい。
ベアトリスは今年四十三歳になるが、順調にレベルアップしていた。槍術士レベルは七十六となる。ロックハート家一の槍使いウォルト・ヴァッセルに迫る勢いだ。
ベテランらしい気配りと獣人特有の動きの鋭さで、俺やメルをフォローしてくれる。
メルの剣術士レベルは六十六。最近レベルアップが鈍化していることを気にしているが、まだ二十三歳であり気にする必要はないとベアトリスに笑われている。
祖父の剛剣を最も忠実に受け継いでいるため、一撃の鋭さは俺たちの中で一番だ。
シャロンは得意の風属性が七十になった。ラスペード先生に魔力制御の天才と言わしめた彼女の魔法は俺よりも遥かに精度がいい。誘導型の魔法を使えば、急降下してくる 飛竜(ワイバーン) の目を貫くことができるほどだ。
コツコツ訓練を行っている剣術も三十二になり、不意討ちを受けても何とかなるレベルになっている。
そしてダンだが、話を聞いてみると、俺たち以上にレベルを上げていた。
剣術士レベルは五十一、弓術士レベルも五十三と父親であるガイに迫っている。
更に驚異的なのは気配察知と隠密のスキルだ。気配察知は六十五、隠密は六十三と、俺やベアトリスが五十前後なのに比べ、大きく差を付けられていた。
「凄いな。ロックハート家一、いやペリクリトル周辺で一番の 斥候(スカウト) だな」と思わず声が出る。
ペリクリトルやリッカデールでもこれほどの斥候を見たことも聞いたこともなかったのだ。
「これで安心できるね」とベアトリスがいい、ダンの肩をポンと叩く。
その後はラスモア村の話やダン自身の話を聞いていった。
ロックハート家の領地経営は順調で、自警団員も育っているらしい。
「僕も結婚することにしました……」という爆弾発言で、俺たちのテーブルが静かになる。
「相手はエレナかい」と俺が聞くと、ダンは真っ赤な顔になって頷く。
「そうか。それは済まなかったな……」
そういうものの、それ以上の言葉が出てこない。
本来なら結婚を控えた彼を巻き込むべきではないが、今の状況はそれを許してくれそうにない。
「気にしないでください。それにそんなに長く掛かることはないでしょうから」
「そうは言っても危険な仕事なんだ。やっぱり俺たちだけで……」
そう言い掛けたところでダンが強引に遮る。
「村にいても危険なことに変わりありません。いえ、東の森の偵察の方がザック様やリディアさんがいない分、危険かもしれません。それにこのことは彼女も理解してくれています。騎士の家に生まれているから分かっていると……それに僕が嫌なんです。みんなが危険だと分かっているのに、僕だけが安全な場所にいるのが。足手纏いになるかもしれませんが、一緒に戦わせてください」
その言葉に俺はすぐに答えられなかった。
「確かにそうだな。俺も村のみんなが危険なら、何があっても一緒に戦いたいと思う……分かった。一緒にやろう! 今までみたいに」
リディたちも俺と同じことを思ったようで、口々に決意を言葉にしていった。