軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十五話「カルドベックへ」

十月二日。

ラスモア村には昨日の収穫祭の余韻が残っていた。

しかし、俺たちにその余韻に浸る余裕はない。早朝から北に向かうための準備を行っているためだ。

ここラスモア村から冒険者の町ペリクリトルまでは約百七十キロメートル。目的地であるカルドベックは更に五十キロメートル北にある。

商隊の護衛でもないし、馬もギルドで借りたものを使うつもりだから、一日当たり三十キロメートルくらい進むつもりでいる。今日中にキルナレックの北にあるボウデン村に入るつもりで、早朝から準備を進めていたのだ。

本来なら見送りがたくさんいるはずだが、俺たちが出発することは家族や家臣以外、ごく少数の者にしか伝えていない。また、それらの人々に対しても見送りなどは行わないように頼んである。

今日を出発の日に選んだのは祭の次の日ということで村を出ていく人が多いためだ。近隣のキルナレックやボグウッドからも酒目当てで来ている人が多く、その人たちに紛れれば目立ちにくい。

それに祭の翌日ということで早朝から働く者も少なく、更に目立たないと考えたのだ。

村を出る時に何人かの村人に見られたが、こんな時に人目を忍んでいることから秘密の任務か何かと勘違いしてくれたようだ。

キルナレックでは門衛の兵士が気づいて騒ぎそうになったが、それ以外は問題なく旅立つことができた。

道中は何事もなく、十月十日に無事カルドベックに到着した。

カルドベックはペリクリトルとラクス王国の王都フォンスを繋ぐフォンス街道にある宿場町だ。作りは標準的な帝国城塞都市で、高さ十メートルほどの城壁に囲まれている。

フォンス街道は北方のラクス王国やサルトゥース王国と商業都市アウレラやカウム王国を繋ぐ主要街道であり、多くの商隊で賑わっている。主要街道ではあるが、アクィラ山脈から続く東側の森とサエウム山脈から続く西の森に挟まれ、多くの魔物が現れる危険な場所だ。

そのため、商業ギルドの強い要請を受けた冒険者ギルドが、重点的に魔物の討伐を行うようにしているが、都会に憧れる若い冒険者は大都市ペリクリトルに行ってしまうため、常に冒険者が不足していた。

冒険者ギルドもそのことは認識しており、ペリクリトルから定期的に冒険者を派遣して魔物の討伐に当たっており、大きな損害は出していない。定期的に冒険者が派遣されることが仇になり、常駐している冒険者は五十人程度と少なく、ペリクリトルに行くものが絶えないため入れ替わりも激しい。

俺たちも三ヶ月程度、ルナの実地訓練を行った後、ペリクリトルに向かい、そこで彼女の仲間となるパーティを探す予定だ。

この町を選んだのは冒険者の入れ替わりが激しく、俺たちが目立ちにくいということもあるが、鍛冶師ギルドの支部がないというのも選んだ理由の一つだ。

常駐する冒険者が少ないだけでなく、町の自警団の規模も小さいため、人間の鍛冶師で充分に対応できることと、二日でいける場所に多くのドワーフの鍛冶師がいるペリクリトルがあることから支部を作る必要がなかったのだ。

二日前、ペリクリトルに寄り、情報収集を行っている。ノートン商会でヘンリーに話を聞こうと思ったが、すれ違いに村に行っていたため会えなかった。

ラクス王国の王都フォンスにザックコレクションを運ぶ仕事を請け負ったという話だった。

兄ロドリックがペリクリトルまで護衛し、ペリクリトルからはラクス王国最強の傭兵団、マーカット傭兵団が護衛するらしい。昨日、傭兵団とすれ違っているが、鍛冶師ギルドのフォンス支部も思い切ったことをすると少し呆れてしまった。

そんなこともあり、ヘンリーからは直接話は聞けなかったが、商会の事務員や冒険者ギルドでも情報を聞いている。

今のところ異変は起きておらず、いつも通りだということだった。

カルドベックに到着後、冒険者ギルドの支部に立ち寄り、移転の手続きを行う。ちなみに今まではロックハート領のキルナレック支部に登録していた。大した依頼は受けていないが、今では三級に上がっている。

移転の手続きの時に受付嬢が三級と聞いて驚いていた。

「五人も三級の方がここに来るなんて初めてかもしれません」

「まあ、彼女の訓練のためだから短期間しかいないと思うよ」

「それでも助かります。でも、ロックハート家の方が……いえ、何でもありません……」

身分証でもあるオーブには本名が記載されているため、俺たちがロックハート家の関係者であることはギルド職員ならすぐに分かる。目立ちたくないから、ロックハートの名を出さないでほしいと頼んでいたのだが、この辺りでも有名らしく、思わず出てしまったらしい。

数年前まではドクトゥスで冒険者をやっていたことから、この辺りでも俺たちザックセクステットの噂は聞かれたそうだが、最近では冒険者より酒絡みで有名なため、普通の格好をしているとリディたちといても気づかれない。

ちなみに俺の装備だが、黒一色ではなく、一般的な革鎧とバスタードソードだ。リディたちもドワーフの名工の逸品ではなく、ペリクリトルで買った一般的なものにしている。

ベアトリスとメルのチェインメイルはそのままつけているが、それ以外の装備は俺の 収納魔法(インベントリ) に保管してあり、いつでも換えることは可能だ。

そうは言っても俺たちは目立つ。男は俺一人で、ルナを含めて美女が五人だ。完全なハーレムパーティになっているため、ここに来るまでも何度も視線を感じている。

そのため、彼女たちとは宿を別にし、俺がソロであるように見せることにした。

これはルナのことも考えてのことだ。俺への思いを断ち切るために独り立ちしたいといっているのに、一緒にいる時間を増やせば逆効果になると考えたのだ。

ただ、この決定にリディが強い不満を見せた。

「それじゃ、一緒にいる時間がないじゃない。私たちは夫婦なのよ」

ベアトリスたちは何も言わなかったが、リディの意見に賛成だと表情が物語っていた。

短期間だからと何とか説得することに成功したが、堂々と会えないのは俺としても辛い。

ルナも冒険者登録を行い、リディたちと行動することとなった。俺は彼女たちとは距離を取りながらサポートする。

翌日から森に入ることにした。

俺は先に冒険者ギルドに入り、よさそうな依頼がないか探していく。

その間にリディたちが入ってくるのだが、入った瞬間、男たちの視線が釘付けになる。更に勇敢な連中は五人に声を掛けようと近寄っていった。

少しチャラい感じの二十代前半の若者がメルに声を掛ける。見た目だけならほぼ同い年だし、メルが一番人当たりよさそうに見えたのだろう。

「この辺りは初めてみたいだな。俺たちがいろいろと教えてやるぜ」

そう言って肩に手を回そうとするが、メルはすっという感じでそれをかわし、「間に合っていますから」といって受付に向かって歩いていく。

更にしつこく近寄ろうとしたため、ベアトリスが間に入り、

「間に合っているんだよ。それともあたしよりベテランとでも言うのかい?」

そう言ってオーブを見せる。

「ゲッ! さ、三級……すいませんでした!」といって退散していくが、「何でこんなところに三級がいるんだよ……」と呟いていた。

古強者(ベテラン) 然としたベアトリスが保護者ということが分かり、男たちもその雰囲気に気後れしたのかそれ以上声を掛ける者はいなくなった。

その間にリディが俺に近寄り、小声で「いい依頼はあったかしら」と聞いてきた。

俺は目立たないように「こいつだ」といって依頼票を指差す。俺が見つけたのは七級相当の依頼であるゴブリン十匹の討伐だった。

彼女はその依頼を一瞥すると、「これがよさそうね」といって受付に向かった。

その後、俺も七級相当の依頼である 灰色狼(グレイウルフ) の討伐を手に取り、受付にいく。

横を見るとベアトリスがルナに依頼の受け方や注意点などを説明していた。

「……やみくもに依頼を受けるんじゃないよ。まずは書いてある情報をよく見るんだ。特にいつの情報かをちゃんと見ないと、 魔物(奴ら) はどこかにいっちまっているかもしれないからね……」

その様子を見た他の冒険者たちはベアトリスとリディが、若い三人にイロハを教えようとしていると理解する。

「誰かに頼まれたんだろうな。あんな美人なら俺も教えてほしいぜ……」

という声が聞こえてくる。

俺は目立たないようにその場を立ち去った。

リディたちも受付を終えたようで北に向かって歩いていく。俺は少し距離を取って同じ方向に歩く。同じ方向に歩いても違和感がないよう、同じような場所の依頼を受けているのだ。

カルドベックの街は南北をフォンス街道が貫いているため、多くの商人が同じ方向に歩いている。

北門を出た後、一キロメートルほど進んだところでリディたちは東の森に入った。俺も同じように森に入るが、タイミングを少しずらして尾行している者がいないか確認している。

これは神々の敵に対するというより、リディたちにちょっかいを掛けようとする者がいないか確認するためだ。

さすがにベアトリスの存在が大きいのか、尾行しているような者はおらず、森の中で五人と合流する。

「面倒なことね」とリディがぼやくが、実際俺も同じ気持ちだった。

「さて、それじゃ村でやっていたことの復習だよ。ゴブリンの群れを見つけるには……」

早速ベアトリスのレクチャーが始まった。俺は五人から距離を取り、危険がないか確認する斥候役となる。今までダンがやっていた役割だ。

カルドベックの東に広がる森はアクィラ山脈から続いており、多くの魔物が棲んでいる。定期的に討伐されているため、強力な魔物はほとんどいないが、数が多いゴブリンや狼などはたくさんいるらしい。また、討伐されているといっても三級相当の魔物が迷い込むこともあり、油断するとパーティが全滅することもある。もっともこれはこの地に限ったことではないが。

村の東の森と同じ程度の濃密さで魔物の気配を感じる。特に 殺人蜂(キラーホーネット) や 巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー) などの昆虫系の魔物が多く、油断できない。

村の近くなら見つけ次第倒すのだが、冒険者はそんな危険は冒さない。

討伐すれば素材や魔晶石に応じた金にはなるが、依頼を受けていない状況で討伐してもギルドの報奨金を受けることができない。そのため、職業として考えた場合、割に合わないのだ。

常時討伐依頼が出ているドクトゥスのような特殊な場所以外では、依頼を受けた魔物だけをピンポイントで倒すことを求められるのだ。

これは冒険者ギルドの設立目的にあった考え方だ。元々、冒険者ギルドは魔物から街道や町を守るために作られた組織だ。そのため、人々に直接的な危険が及ぶ魔物を狩ることが求められる。

逆に言えば、森の奥にいて街道に出てこない魔物をあえて狩る必要はない。下手に狩ると生態系が乱れ、余計に魔物が出てくることになりかねない。

このことを理解していない若い冒険者は多い。特に正義感の強い若者は遭遇した魔物をすべて狩ろうとする。

不用意に戦えば怪我をするかもしれないし、上手く倒せても装備を損傷させる可能性がある。

金になる魔物以外、依頼を受けていない魔物と戦うことはハイリスク・ローリターンということなのだが、そういったことをきちんと教えられないまま冒険者になる者は意外に多いのだ。

俺の場合、魔法で倒せるから間引いてもいいのだが、下手に間引くと依頼を受けている冒険者の仕事を奪うことになるため、可能な限り避けていた。

ゴブリンたちの痕跡を見つけたが、群れごと移動しているのか、中々見つからない。

正午になり、食事を摂る。

いつもなら俺のインベントリから熱々の料理を出すか、魔法で簡単な調理をするのだが、ルナの訓練ということで一般的な冒険者と同じく、持ってきた弁当を食べる。

水もいつもなら魔法で出すのだが、水筒に入ったものを飲む。いつものように冷やしたくなるのを抑え、 温(ぬる) い水を口に含む。

「久しぶりに温い水を飲む気がする」とぼやくと、ベアトリスが「あたしらが森に偵察に行く時はいつもこんな感じだよ」と呆れる。

肝心のルナだが、俺たちの話に加わる余裕がない。

今回の訓練では 背嚢(バックパック) の重さに慣れることも目的となっており、いつも以上に疲労しているためだ。

不測の事態に備えて予備の食料を入れているし、彼女の場合、予備の矢も携行しているため十キログラム以上の重さの背嚢を背負っていた。

心配になり、「大丈夫か?」と聞くと、

「このくらいでへこたれていたら冒険者にはなれませんから」と気丈に答える。

その後、一時間ほど歩き、ゴブリンたちの群れを発見した。

数は情報にあった十匹より多く、十五匹。距離は五十メートルほど先で、鹿のような動物を貪り食っている。

「どうする、ルナ?」とベアトリスが聞く。

今回の依頼ではリディとシャロンが前衛でベアトリスとメル、そして俺は手を出さないことになっている。

「えっと……」とルナが悩む。

「情報が違うなんてことはしょっちゅうさ。それにリーダーが判断を誤るなんてことも割とあるんだ。信じられるのは自分だけだよ」

ベアトリスの言葉にルナは悩むが、「時間を掛けすぎると危険が増すわ」とリディに言われ、「戦います」と決断した。

「私が遠距離から奇襲を掛けます。シャロンさんは私の護衛をお願いします。リディアさんは相手の動きを見て別方向から奇襲を掛けてください」

リディは「戦力を分散するのはよくないわよ」といい、シャロンも頷いている。

二人の反対にあい、少し戸惑うが、すぐに「分かりました」と言って、

「私はあそこに隠れて矢を射ります。リディアさんとシャロンさんは草むらに隠れて、私の方に向かってくる敵を倒してください……」

ルナは大木の陰から矢を射り、ゴブリンに混乱を与える作戦を提案する。

「分かったわ」とリディたちが了承すると、音を立てないように静かに進み、三十メートルほどの距離で草むらに隠れる。ルナも同じように慎重に移動し、二人にハンドサインを送ってから攻撃を開始した。

弓道の美しい所作だった。森の中とは思えないほど凛とした空気が辺りを支配する気がした。

シュッという矢羽の風を切る音が聞こえた。

次の瞬間、一匹のゴブリンの背中に突き刺さり、耳障りな悲鳴を上げて転げ回る。

ゴブリンたちはどこから矢が飛んできたのか分からないのか、一斉に立ち上がりキョロキョロと周囲を見回す。

その間に次の矢が放たれた。

今度は立ち上がって棍棒を振り回していたゴブリンの胸に命中する。

その攻撃でルナの存在に気づいた。

「ギャ! ギャア!」という感じでルナの方を指し示し、一斉に向かっていく。

更に矢が射られ、二匹のゴブリンに命中する。

「威力はともかく、上手いもんだね」とベアトリスが感心している。

実戦はラスモア村近くの森で経験を積んでいる。そのため、駆け寄ってくるゴブリンにパニックにならずに済んでいるのだろう。

「まあ、俺たちと一緒にいたからゴブリン程度は敵じゃないと思っているんだろうな」

リディたちのところに駆け込んできたゴブリンだったが、二人が突然立ち上がって攻撃してきたことに驚き、立ち止まってしまう。その間にルナの矢で二匹が倒れる。

後は剣術レベル三十五のリディとレベル三十のシャロンが危なげなく倒していく。

すべてのゴブリンを倒したところで、「よくやったよ」とベアトリスがルナを褒める。

「今回は合格だ。あとは魔晶石を回収したらすぐに引き上げだ」

ルナは「はい!」と明るく答え、魔晶石の回収に向かった。