軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十四話「独り立ち」

九月二十一日。

昨日ルナが冒険者になりたいと相談に来た。その後、ベアトリスのところに相談にいったらしいが、詳細は聞いていない。

そして、今日の朝、もう一度相談したいから時間がほしいと言ってきた。

「できればリディアさんたちも一緒に聞いてほしいんです」

「リディたちも? ああ、分かった」と答えたものの、どんな結論になったのか気になる。

午前中の訓練が終わった後、昼食までの時間を使って話を聞くことにした。

場所は離れのリビングで、俺たちザックセクステットとルナがいる。

ルナは全員を見回した後、俺の目を見つめて話し始めた。

「昨日、ザックさんとベアトリスさんに冒険者になりたいと相談しました……」

昨日語った冒険者になりたい動機を改めて語っていく。

「……私が冒険者になりたいと思ったのは、ここにいては皆さんに依存してしまうからです。こんな言い方は皆さんには不愉快に聞こえるかもしれません。命を賭けて助け、更にこんなに世話をしたのに恩知らずなと思われても仕方がないと思っています……」

そこで全員の顔を見てからもう一度俺に視線を向ける。

「……私は返し切れないほどの恩を感じています。この世界に来て絶望することばかりだったのに、皆さんと会えたことで心から笑うことができるようになりました。ですが、このままでいいのかと考えない日はありませんでした。それに理由はお分かりだと思いますけど、ここにいることが苦しくなり始めています。このままでは皆さんの心を傷つけてしまう。そう思い始めたのです……」

ルナの視線は俺から動かなかった。今の言葉は“告白”だ。俺に対する気持ちを言葉にしたのだ。

確かに彼女の想いを受け止めることはできない。四人の想いを受け止めるだけでも迷いがあった。それに俺にも、そして彼女にも神々から与えられた使命がある。

俺の使命はルナを教え導くことだ。守り続けることじゃない。

既に十七年も前の話だから記憶はあいまいだが、その教え導くという使命はいつか終わるはずだ。つまり、その後は彼女自身が神々の敵と戦わないといけないということだ。

これは想像に過ぎないが、神々の意図を知る俺は彼女の傍に居続けることはできないだろう。俺がいれば神々の干渉が強くなりすぎ、敵に更なる干渉の機会を与えることになるからだ。

つまり、ある期間以外は彼女を助けることができない。

既にこの世界のことで必要なことは教えたと思う。戦闘能力という面では心許ないが、体力的には一般の冒険者に引けをとらない程度には鍛えている。

神々が恐れる敵が相手だ。武術の腕や魔法が使える使えないはあまり関係ないと思っている。それよりも彼女自身がどの程度心を強くできるかが大事だろう。そう考えると、一人で生きていくという選択は悪いものではない。

「……ですので、今は皆さんから少し距離を取って何年か過ごしてみたいのです。それで心の整理もできると思いますし……」

「具体的にはどうしたいんだ? 何か考えているんだろう」

「はい。いきなり一人でペリクリトルに行くのは無理だと分かりました。ですので、まずはキルナレックで冒険者としてのある程度経験を積んでから、ペリクリトルか、ラクス王国のフォンス辺りに行こうかと思っています」

「キルナレックか……確かに ロックハート家(うち) の領地だし、危険も少ないだろう。だが、冒険者のイロハは一人じゃ覚えられない。森を歩ければ冒険者になれるというものじゃないからな」

「はい。ですので、キルナレックでどなたかを紹介していただいて、その方に師事しようかと思っています」

「なら、あたしが教えたらいいんじゃないか。ルナが辛いというのは分からないでもないが、一年か二年の短い間だけなんだ。それにキルナレックじゃ、ロックハート家の名を持つあんたを預かろうっていう冒険者は見つからないと思うね」

ベアトリスの言うことにも一理ある。

ラスモア村ほどではないが、キルナレックでもルナの名を知っている者は結構いる。ロックハート家の養女を預かって何かあったらと考えれば、引き受ける者はほとんどいないだろう。

その言葉を予想していなかったのか、ルナが下を向く。

「ペリクリトルじゃ目立つから、カルドベックかオートン辺りでどうだ? 将来ペリクリトルを拠点とするつもりなら、近くで経験を積んだ方がいい。それにどちらもラクス王国との交易路でもあるからな」

カルドベックはペリクリトルの北五十キロメートルほどの場所にある城塞都市だ。アクィラ山脈からは少し距離はあるが、街道沿いに森があり、冒険者への依頼は多い。

オートンはドクトゥスに行く途中に寄ったことがある城塞都市で、こちらはペリクリトルの西五十キロメートルの場所にある。ここはサエウム山脈から続く森に近いため、カルドベックと同じように依頼はあるはずだ。

「あんたも行くつもりかい? あたしだけでも充分だよ。そうだろ、ルナ?」

ベアトリスは一人で行くつもりのようだ。

ルナも小さく頷き、彼女の希望にも沿っているらしい。

しかし、大きな問題がある。

「俺がいない状況じゃ、弓のメンテナンスが難しいんじゃないか。ペリクリトルの弓師と伝手を作っておいて、俺が教えれば後々も面倒が少ないと思うが」

ルナの使う弓は和弓で、この世界の弓とは構造が違う。そのため、今のところ作れるのは俺だけだ。

ただ、木属性魔法が使える魔術師ならそれほど難しいわけではない。形状を整えた後、木属性魔法の“ 改質(モディフィケーション) ”で弓の一部の材質を変えればいいだけだからだ。

そして、弓師の中には木属性魔法を使える者がいる。これはより強い弓を求める弓術士がいるためで、改質の魔法で弓の剛性を上げ、それを販売しているのだ。

「ベアトリスがいれば問題ないと思うが、最初のうちは俺かリディのどちらかはいた方がいい。万一のことを考えたら、治癒師がいた方がいいに決まっているからな」

ルナはあまり納得した感じはなかったが、「そうですね」といって頷いた。

「でもいいんですか? 私のために村を離れても。お酒のこともありますし、ドワーフの皆さんのことも……」

「それなら問題はないさ。どっちの町にしても、ここまでは二百二十 km(キメル) ほどだ。ギルドで馬を借りて移動すれば七、八日で帰ってこられる」

「でも、マットとターニャを説得するのが難しいんじゃないの。二人ともルナのことをかわいがっているから」

リディの懸念は言葉どおりのものではない。彼女はルナの使命を知っている父と母が反対するのではないかと言外に言っているのだ。

「その点は俺が説得するよ。もちろん、ルナが本気で独り立ちしたいと思っていることは自分で話してもらうが」

他に意見がなくなったので、この方向で進めることになった。

ルナが出ていった後、俺たちだけで話し合った。

最初にリディが口を開いた。

「本当に独り立ちさせる気なの? あの子を守るのもあなたの使命なんでしょ」

その言葉に「厳密には違う」と言って首を横に振る。

「教え導いてくれと頼まれたが、守ってくれとは頼まれていない」

「でも、教え導くことの中に守るということも入っているのではないでしょうか?」

シャロンがそう言ってきた。

「そうかもしれないが、守り続けることはできないと思っている」

「それは神々が干渉しすぎることを嫌っているからですか」とメルが質問する。

「ああ。神々が頼んだこと以上のことをすると、敵側に干渉できる権利を与えてしまうと思っている。だとすれば、俺がやりたいと思っても神々がやめろと言ってくるはずだ。だから、それまでは守るつもりだが、引き際は考えておく必要がある」

「でも、それでいいの、あなたは。マットやターニャもそうだけど、あの子のことを随分かわいがっていたけど」

「否定はしない。前の世界の話ができる唯一の相手だし、今では妹のような気持ちでいる。年齢差を考えたら妹というより娘なんだがな」

「あんたがそれでいいっていうなら、あたしは何も言わないよ。だけど、カルドベックにしてもオートンにしてもあたしらじゃ目立ちすぎる。二、三ヶ月したらリッカデール辺りに移らないと……」

リッカデールはペリクリトルから東に八十キロメートルほどの場所にある町で、アクィラの魔物から人々を守る最前線だ。二級や三級の冒険者がゴロゴロいるところで、俺たちがいても目立たないだろう。

「それは行ってから考えればいい」と言ってから、一言も話していないダンを見る。

「ダンはどうする?」

ダンはジェークス家の嫡男としてロックハート家の指揮命令系統に組み込まれている。特に斥候の指揮官として最前線に立つことが多い。

そして以前、俺たちが出ていくことになっても村に残ると宣言している。それでも彼の意見を聞かないわけにはいかなかった。

俺の問いにすぐには答えなかった。僅かな沈黙の後、しっかりと俺を見つめる。

「僕は残ろうと思います。いえ、残ります」

そうきっぱりと言い切った。

その表情に迷いはなく、「そうか。分かった」とだけ答える。

ダンがロックハート家に対する責任を優先してくれたことは正直うれしい。しかし、それでも拭いきれない寂しさが残る。

彼も同じ気持ちだったのだろう。何も言わずに大きく頭を下げると、リビングを出ていった。

昼食後、父と母、そして祖父に話をすることにした。兄ロドリックはキルナレックに行っているためここにはいない。

話を終えると最初に母が反対した。

「まだ早いわ。あの子の力じゃ一人で生きていくことだけでも難しいのよ。そんな状況で神々の敵が襲ってきたら……」

その意見に父も首肯し、

「ターニャの言う通りだ。弓の腕がどうというより、心構えの問題だ。あの子は心が弱い。元の世界のことやこちらに来てからの生い立ちを考えれば仕方がないところもあるが、少なくとももう少し強くならねばならんのではないか」

確かに彼女の心は弱い。

この世界の同じ年齢の者と比べ、幼いという印象が強い。倍の人生を歩んでいるのだから、もう少し大人になっていてもおかしくはないのだが、これは環境もあるだろう。

ただの高校生が突然飛ばされ、過酷な人生を送ることを強要された。望まない人生を送るくらいなら、子供のままでいたいという気持ちは分からなくもない。

そう考えると、あと数年、二十歳くらいまでこの村で鍛錬を重ねた方がいいだろう。

「ですが、このままではもっと駄目になる気がします。今の気持ちのままでは意味がないでしょう。恐らくルナもそう考えたのではないかと」

そこまで黙っていた祖父が 徐(おもむろ) に口を開いた。

「儂は賛成じゃ。アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスと戦った経験から言えば、多少の強さなど意味をなさん。まして神々が恐れるような敵じゃ。中途半端な気持ちでおれば必ず付け入られる。ならば、気持ちを切り替えさせてやる方がよほどよい」

祖父の意見に父と母も反論することができなかった。

「どのくらいの期間を考えておる」と祖父が聞いてきた。

「正直なところよく分かりません。私としては、一年くらいは一緒に行動したいと思っていますが、彼女の精神状態次第でしょう。もっともその前に神々から何か言ってくる可能性もありますが」

一年という期間に根拠はない。恐らくだが、半年程度で彼女の方が拒むのではないかと思っている。

「出発はいつを考えているの? 戦勝記念祭が終わるまではいるわよね」

戦勝記念祭は一ヶ月後の十月二十二日に行われる。

「そこまでいるつもりはありません。できれば少しでも気候のいい時期から始めたいですから。まだ相談していませんが、収穫祭が終わり次第ということになるかと思います」

「そう……ドワーフの皆さんが残念がるわね。あなたがいないこともそうだけど、あの子も気に入られていたから……」

母の言う通りだが、今はそのことを議論する時ではない。

「十月に入ったらすぐに出発します。ペリクリトルで情報収集をした後にカルドベックかオートンに向かおうと思います。行き先が決まればノートン商会を通じて連絡は入れる予定です」

情報収集の目的は行き先を決めることが一番だが、神々の敵に関する情報もそれとなく探る予定だ。といっても“神々の敵”というキーワードは使うことができないため、今までになかった異常なことが起きていないかを調べる程度だ。

「方針としてはこれでいいと思いますが、彼女の覚悟を聞いてやってください。それで納得できないようなら今回の話は保留にしますので」

方針は定めたが決定はしていないというスタンスだ。

ルナから言い出したことでもあるし、養父母とはいえ両親を説得できなければ独り立ちなど認められない。

その後、ルナは父と母に自分の思いを話した。その場に立ち会っていないので直接聞いたわけではないが、ルナのことを考え、認めるしかないと言っていた。

「反対できなかったわ。あんなに思い詰めていると思わなかったから……」

母の言葉に父も頷く。

「そうだな。もう少し明るくなっていたと思ったが、私はあの子のことをきちんと見ていなかったようだ」

二人から聞いた話では涙ながらに俺への気持ちを伝え、このままでは自分が壊れるか、俺やリディたち、そして父と母を傷つけてしまうと訴えたそうだ。

こうしてルナが冒険者になることが決まった。ただ、今のところ公にはしていないし、この先も留学したという感じで誤魔化すつもりだ。

俺たちも当面はロックハートの名を使わず、装備も変えるつもりでいる。もちろん、装備は俺の 収納魔法(インベントリ) に入れておくからいざとなれば使えるようにしておくつもりだ。