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作品タイトル不明

第二十三話「真のドワーフフェスティバル:酒類品評会」

三月二十五日。

鍛冶技能評定会を終え、今から本番とも言える酒類品評会が始まろうとしていた。

ドワーフだけでなく、村人や近隣の者たちもどのような酒と料理の組み合わせになるのかと、そわそわとしながら開会の時を待っていた。

帝国一の美食家イグネイシャス・ラドフォード子爵が前回参加できなかった際、血の涙を流して悔しがったという話は有名で、ここで入賞し有名になろうとする商人たちで溢れていた。

前回は保存が利く食材が主だったが、今回は生きたままの豚や牛、羊などが運び込まれている。それだけではなく、珍しい魔物も檻に入れて運ばれてきた。

巨大な牛の魔物 大角牛(グレートホーン) 、ダチョウのような鳥の魔物、 平原走鳥(プレーンランナー) など草食の大人しい魔物だが、運ぶ過程でよくトラブルにならなかったと感心する。

それらは昨日までに屠殺され、既に北ヶ丘の貯蔵庫に保管されていた。

また、持ち込まれたビールやワインも五十樽以上あり、ホクスヘッド樽やバット樽といった樽が各丘の貯蔵庫に運び込まれている。

容量としては一万五千リットルを超えており、ロックハート家が提供する酒を合わせると、相変わらずとんでもない量が供されることになる。

ただ、俺を含め、ロックハート家の関係者はその量に驚くことなく、逆にこれで足りるのかと心配する者の方が多かった。俺たちは完全にドワーフに洗脳されたようだ。

「それでは第二回酒類品評会に移りたいと思います!」と司会を務めるウェルバーン支部のギルド職員ジョージ・ヴァレンタインが声を張り上げる。

既に午前十一時を過ぎており、参加者たちは歓声をもってそれに応えていた。

「ルールはご存知の方も多いと思いますが、各支部の方々には提供していただく酒につまみを組み合わせていただきます。時間制限は今から午後一時の鐘が鳴るまで。それ以降は会場入口で受け取った三枚の札をこれぞと思う組み合わせのところに投票していただきます。投票の制限時間は午後三時。午後四時に結果発表を予定しております。それでは皆さん、よろしくお願いします!」

ジョージの説明が終わると、商人たちが一斉に動き出す。前回は同じ街の酒とつまみの組み合わせが多かったが、優勝したウェルバーンがラスモア村の料理と組み合わせたことから、他の街の支部にも売り込みを掛けるようだ。

ドワーフたちもゆっくりと動き出した。彼らも自分たちの酒に合うつまみを探しにいくらしい。

今回もロックハート家は料理を提供する。

一昨年は揚物料理やサンドイッチ、ジェラートなど様々な種類の料理を出したが、今回は少し変わった趣向にしている。

それは日本の家庭料理を再現したことだ。

といっても和食ではなく、コロッケやミンチカツなどの揚物に、肉じゃがだ。

揚物は前回も出していたが、つまみとしてだった。しかし、今回は酒に合わせることなく、料理単体として楽しんでもらおうと考えた。

その一番の理由はルナの気分転換だ。

身体能力や知識の方は順調だが、魔法の進捗がよくなく、彼女自身悩んでいる感じがした。そのため、好きな料理を思いっきり作り、ストレスを解消してもらおうと考えたのだ。

俺の考えを伝えた時、ルナは僅かにためらいを見せた。

「……いいんでしょうか? 私の料理はザックさんが作る物より全然大したことがないんですけど……」

「俺が作る物っていってもほとんどモリーに作ってもらっているからな。それにルナの作った肉じゃがはネザートンでも大好評だったじゃないか。それなら他の料理もいけるさ」

帝国中部域の主要都市ネザートンで肉じゃがを作っている。といっても醤油がないので魚醤を使ったものなのだが、意外なことにこれがドワーフたちに受けた。

「……そうですか。でも、おつまみになるほうがいいですよね……」

「そうだな」と答えると、小首を傾げて考え始める。

「……コロッケとかメンチカツなんかもいいかな。後は餃子とかも作れそう。後は何かな……」

楽しそうに考えているが、ドワーフを相手にするため、一応注意しておく。

「量が必要だからできるだけ一度にできる方がいいと思うぞ。作りたいものがあったら別の機会に作ればいいんだから」

「そうですね。じゃあ、今回はコロッケとメンチカツ、肉じゃがだけにします」

前日からリディたちを巻き込んで下準備を行った。

コロッケやミンチカツは既にロックハート家の食卓にも上がっているし、 黒池(ブラックラフ) 亭などの酒場でも出されている。

余談だが、ルナは関東出身らしく、メンチカツと呼ぶが、俺は関西暮らしが長いのでミンチカツと呼んでいる。

肉じゃがだが、これもロックハート家では定番で、鍛冶師ギルドの研修所にも時々差し入れている。魚醤の香りが強く甘味のある塩味のつまみということで、遠方から来たドワーフは最初戸惑うのだが、すぐに気に入ることが多かった。

ビールがメインのイベントなので、餃子という選択肢もないわけではないが、人数が人数だけに準備が大変ということで断念した。ただ、餃子のことは完全に失念していたので、ドワーフフェスティバルが終わったら作ってもらおうと心に決めている。

以前は母がロックハート家のブースを仕切っていたが、今回はルナが仕切っている。さすがに子爵夫人ということで遠慮したのかと思って聞いてみたら、全く違った。

「そんなことは気にしていないわ。でも、今回の料理はあなたたちがいた世界の物じゃない。だったら、ルナが仕切る方がいいと思ったのよ」

それなら俺でもいいんじゃないかと聞いてみたら、

「あなたでもいいんだけど、あなたは他で忙しいでしょ」

確かにドワーフたちに捕まってブースに常駐することは難しいが、ルナ一人で大丈夫かと思った。そのことが顔に出ていたのか、母が笑いながらそれに応えてくれた。

「大丈夫よ。私もモリーも見ているから」

こうしてロックハート家のブースはルナが仕切ることになったが、思った以上に人を使うのが上手かった。理由は聞いていないが、生徒会の役員のようなことをやっていたという話だし、学園祭で模擬店をやったことがあったそうなので、その時の経験なのだろう。

酒類品評会が始まると、商人たちの呼び込みが一気に活気付く。今回はアルスや帝都、ペリクリトルだけでなく、商業都市アウレラや帝国で一番活気のあるエザリントンからも商人が来ている。

商業ギルドの関係者も多いらしく、鍛冶師ギルドと商業ギルドのコラボ企画と言ってもいいほどだ。

「アウレラ名物の牛肉のビール煮込みだよ! こいつとアウレラのブラウンエールは相性ばっちりだ!」

「フォンスのマスの燻製だ! こいつにフォンスの白ワインはやめられないぜ!」

「匠合長ご推薦の白ソーセージだ! こいつには白ビールが最高に合うよ!」

などという声がそこかしこで上がっている。

俺のところにも意見を聞きに来る者は絶えず、

「俺にはよく分からん。うちのエールにゃ、どのつまみが合うのか、教えてくれ」

それに対しては公平性の観点から「これは遊びなんだ。自分たちで美味いと思う物にしたらいい」とだけ答えている。

俺に取り付く島がないと思ったのか、イグネイシャス・ラドフォード子爵に泣きつく者も多かった。特に帝国の商人たちに取り囲まれているところを何度も目にしている。

子爵も俺と同じように対応していたが、さすがに苦笑いが浮かんでいた。

「まさかこれほど助言を求められるとは思わなかったよ。味わっている時間もないほどだ」

「イグネイシャス様の意見を今後の商売に生かそうとしているのでしょう。帝都で宣伝すれば貴族方に間違いなく売れるでしょうから」

そんなことを話していたが、飲み物とつまみはしっかりと確保しており、彼なりに楽しんでいるようだ。

いろいろなブースを回った後、ロックハート家のブースに戻ってきた。思った以上に行列ができており、ルナが忙しそうに動き回りながら揚物を揚げている。

「売れ行きがいいようだな」と俺がいうと、彼女はニコリと笑い、「はい」と頷きながらコロッケをバットに上げる。

「前に作ったウスターソースが好評なんです。コロッケとメンチカツが全然追いつきません」

ウスターソースは俺のあやふやな知識を基に再現したものだ。何となく材料を覚えており、そのことを彼女に伝えると、訓練の合間を縫って再現を始めた。本来なら熟成期間が必要なのだが、俺の 収納魔法(インベントリ) で加速させることで、一ヶ月ほどでレシピは完成した。

「ウスターソースを掛けた揚物はビールに合うからな。おっ! トンカツもあるのか!」

当初予定していなかった素材に驚く。

「コロッケとメンチカツが足りなくなりそうだったので、どうしようかと思っていたら、バートさんが持ってきてくれました」

帝都の商人バート・ロビンスが差し入れてくれたそうだ。彼はジェラートとサンドイッチで成功したため、新たな商売のネタを仕入れにラドフォード子爵に同行してきたのだ。

「でも、ウスターソースの作り方を教えてほしいとおっしゃっていたので、多分それが狙いだと思いますよ。フフフ……」

面白いやり取りでも思い出したのか、笑っている。

「そうか。まあ、広めること自体は問題ないが……オークションでもやってみるか」

リディたちも手伝っていたため、「私たちも飲みたいんだけど」と苦情が来る。するとルナが笑いながら、

「ちょっと落ち着いてきたので、リディアさんとベアトリスさんは飲みに行ってくださってもいいですよ。メルさんとシャロンさんも交替でどうぞ」

そんな会話をしていると、ドワーフたちが話に加わってくる。

「このコロッケにソースは絶妙じゃな。これもお前が考えたのか?」とゲールノートが太い指で熱々のコロッケをつまみながら聞いてきた。

よく熱くないなと思ったが、「鍛冶師がこのくらいのものを持てんでどうする」と笑われる。

「ソースを作ったのはルナだぞ。それにこの肉じゃがもルナの自信作だ。黒ビールや白ビールは微妙だが、麦芽の香りの強いエールにも合う。まあ一番のお勧めはこのキリキリに冷やしたラガーだが」

そう言って樽からビールを注ぐ。

このビールはラドフォード子爵が見た低温熟成のもので、下面発酵のラガータイプだ。木製のジョッキであるため、色は分かりにくいが黄金色の美しいビールだ。

俺が一口飲むと、ドワーフたちが肉じゃがとビールを注文し始める。リディたちが飲みにいってしまったので、俺が売るはめになったが、材料や作り方の話をするのは楽しいので苦にはならない。

そんな感じであっという間に料理の組み合わせの締め切り時間になった。

鍛冶師ギルドの各支部の前にはドワーフや商人が陣取り、それぞれの組み合わせを説明していた。

アルスの総本部やウェルバーン支部は昨年と同じ組み合わせだが、帝都プリムス支部は勝負に出たようだ。

「帝都のブラウンエールに豚のカツレツじゃ! ソースはロックハート家のウスターソースをたっぷり掛けておるぞ!」

支部長のギュンター・フィンクが大声で怒鳴る。その横にはバートが立っており、彼がルナに渡した豚はこのためのものだったらしい。相変わらず抜け目がなく、ちゃっかりウスターソースを手に入れており、ドワーフたちの視線がプリムス支部に集中する。

その横ではエザリントン支部の支部長イヴァン・ケンプがギュンターの声に負けじと怒鳴る。

「エザリントンのラガーとファータス河の小エビの素揚げじゃ! レモンをたっぷり振って食ったらやめられんぞ!」

エザリントン支部は鮮度の都合で地元のエビを持ち込めないため、村の近くを流れるファータス河の小エビで代用したようだ。

そんな中、商業都市アウレラ支部は異彩を放っていた。

「エザリントンの白ワインに牡蠣の燻製のオイル漬けじゃ! 香草はラドフォード子爵に指導してもらったものを使っておる! これを味わわずにドワーフフェスティバルに参加したとは言えんぞ!」

ドワーフにしては珍しく、白ワインで勝負するようだ。それも帝国のエザリントンの最高級の物で、ちゃっかりラドフォード子爵のアドバイスまで受けていたらしい。

そのことを子爵に聞くと、

「以前、ロビンスに牡蠣のオイル漬けに合う香草を聞かれたのだよ。まさか、アウレラまでその情報が行っておるとは思わなかったが、あの味は私が言った通りのものだ……」

ロビンス商会を通じて密かに情報を仕入れていたらしい。これは支部長のザムエルが考えたのではなく、アウレラのデオダード商会という大手の総合商社が提案したらしい。

投票の締め切りになり、少し時間が空く。

前回はここでスコッチの飲み方について説明したが、今回はラドフォード子爵が持ち込んだシーウェルワインの試飲会を行った。

試飲と言っても無料ではなく、しっかりと金を取っている。これは儲けようという意図ではなく、ドワーフ以外、飲み過ぎているため、飲み手を制限するためだ。

用意したシーウェルワインだが、今回子爵がドワーフフェスティバル用に運んできた新酒と俺がボトルで熟成させた五年物も出すことにした。

五年物は基本的にはドワーフ限定だが、酔っ払っていなければ他の種族にも提供する。これは味が分からない者に出したくないという俺のわがままだ。

ちなみに新酒の方がグラス一杯一クローナ(日本円で千円)、五年物が五クローナだ。グラス一杯に五千円というと結構な値段だが、皇帝ですら容易に手に入れられないものであり、安すぎるほどだ。

ドワーフたちは「ワインか」と言いながらも大人しく並んだ。

「以前に飲んだことがある方はお分かりだと思いますが、まずは香りを楽しんでください! その後に口に含んで味とともに広がる香りを確認してください……」

俺の注意事項を守り、グラスを受け取るとゆっくりと口に含む。

その中にはカトリーナ王妃もおり、同じように並んでワインを受け取った。

「このワインは新しいブドウのものですの?」

既にシーウェルでの話を知っているので、確認してきたようだ。

「その通りです。ムーラン村の特別なブドウの赤です。まだ渋味が強すぎるのではないかと思います」

俺の解説に王妃は頷き、ゆっくりとグラスを傾けていく。

「充分に美味しいですわ」と微笑むが、感動するところまではいっていないようだ。

ドワーフたちには受けたようで、「これほどの赤ワインは初めてじゃ!」と叫んでいる者もいた。

一巡したところで五年物を配っていく。

配り始めると、先ほどと違い、驚きの声が次々と上がっていく。

「何というワインじゃ! 儂はビールの方が好みじゃが、これだけは別じゃ! イグネイシャス殿! これは売り物なのか!」

ウルリッヒがそう叫び、その直後に王妃も声を上げる。

「何という芳しい香り! ビロードのような舌ざわり! ああ! これほどのワインに出会えるなんて! ラドフォード子爵様、これをぜひともカウム王室にいただけませんこと!」

ラドフォード子爵はその様子に満足そうに微笑むが、

「残念ながらこれは帝都以外で売り出す予定はございません」

その言葉にドワーフたちの落胆の声が広がる。

「なぜ何じゃ。これなら一本百クローナ出しても惜しくない」

「価格の問題ではないのです。現状では皇帝陛下に献上する本数も絞らざるを得ないのです。安定的に生産できるようになるには恐らく十年は掛かるでしょう」

その言葉に落胆の声が更に広がる。

「酒は一朝一夕ではできないんだ。シーウェルでは侯爵家の方たちと職人たちががんばってくれている。気長に待ってほしい!」

俺がそう言うと「そうじゃな」と納得してくれた。

試飲会も無事に終了し、結果発表になった。

結果はプリムス支部が優勝した。ウスターソースが決め手だったようだ。

ちなみにウスターソースの製造法だが、商人ではなく、鍛冶師ギルドが競り落とした。価格は百万クローナ、十億円だった。バートが最後まで粘ったが、鍛冶師ギルドに降りる気配がなかったので泣く泣く諦めたらしい。

ウルリッヒにセリに参加した理由を聞くと、

「こいつはドワーフ料理によく合う。商人たちには悪いが、こいつは譲れん。総本部だけではなく、各支部も同じ考えじゃから、あと二百万は積めたはずじゃ」

それを聞いてバートも諦めが付いたらしい。

買い取った製法だが、ギルド直営のソース工場を作って、総本部や支部に卸すことが決まった。

品評会には参加していないが、ルナの作った肉じゃがの人気が凄かった。全部売り切った後にもドワーフたちが詰めかけ、「もう無くなってしまったのか」と残念そうに呟いているのが印象的だった。

その結果、ドワーフたちの間でルナの名は一気に広がった。今後、彼女が神々の敵と戦う時、彼らが力になってくれるだろう。