作品タイトル不明
第十九話「剣聖と獅子心」
十月二十一日。
鍛冶師ギルドのフォルティス支部のドワーフたちがラスモア村に到着した。アルスの総本部の鍛冶師たちも一緒だ。
明日は対アンデッド戦の戦勝記念祭ということで、ドワーフたちが集まってきている。
比較的近いペリクリトル支部やアルスの総本部から来た者の他に、 熟練者(エキスパート) コースを受講しにきているエザリントン支部の者や 蒸留器(ポットスチル) コースを受講している若手を加えると、二百人近い数になる。
フォルティス支部の一行の中に世界最強と言われた傭兵、ギデオン・ダイアーと彼の妻フランチェスカがいた。ギデオンは武具を作ってもらうわけではなく、護衛の一人という位置付けだが、フォルティスに修行に行く弟たちを迎えに来てくれたというのが一番の理由だ。
「一ヶ月ほど厄介になる」とギデオンがいい、握手する。
「お久しぶりです。ギデオンさん」
その後、祖父やウォルトら家臣を紹介していく。
「貴殿がギデオン・ダイアー殿か。噂は聞いている。可能であれば儂にも稽古を付けてもらいたい」
祖父がそういうとギデオンは慌てる。
「こちらこそ、“ 獅子心(ライオンハート) ”と呼ばれるゴーヴァン卿に指導していただきたい」
レベルでは圧倒的にギデオンが上だが、彼は強くなることに貪欲だ。
ロックハート流訓練の創始者ともいえる祖父に尊敬の念を抱いており、そのことはフォルティスにいる時に聞いていた。
フランチェスカにもあいさつをするが、彼女の体調が気になった。大病を患って傭兵を引退したことを知っているからだ。
「長旅でしたが、体調は大丈夫ですか? もし少しでも気になるところがあれば言ってください。私が治癒魔法をかけますので」
「そう言ってもらえるとうれしいね。でも大丈夫だよ。長旅っていっても護衛の必要はないし、ただの旅行者みたいなもんだったからね」
彼女も護衛の一人ということになっているが、護衛の面子が凄すぎるため、彼女が戦う必要はなかったらしい。
その護衛だが、フォルティス支部が武具を作る相手でもある凄腕の傭兵が五人同行している。さすがにギデオンほどのレベルの者はいないが、それでもレベル七十を超える猛者ばかりだ。
例えばその中の一人、バディ・ゴーアはギデオンの弟子の剣術士で、レベル八十を超えている。彼はスキンヘッドの巨漢であり頬に大きな傷がある強面で、見た目だけなら盗賊団の頭目といった感じだが、元騎士階級らしく思った以上に礼儀正しい。
そのバディの他にも三十代半ばでレベル七十五の片手剣の使い手、ウェイン・フォードなどがおり、フォルティスの一流どころを集めてきたようだ。
その日の夕方、ギデオンを含め、バディやウェインもロックハート家の訓練を見学しに来た。
ギデオンたちが来たため、自警団員たちはいつも以上に気合が入っており、模擬戦が始まって十分ほどで二人が骨折し、一人が気を失っている。
気を失った自警団員に治癒魔法を掛けていると、ギデオンが楽しげにバディたちに話しているのが聞こえた。
「本当に凄ぇな。これなら数万のアンデッドが襲ってきても勝てるはずだぜ」
フォルティスで俺たちの訓練を見ているギデオンとフランチェスカはともかく、彼ら以外の傭兵はあまりに激しい訓練に言葉を失い、目を丸くしている。
バディはその強面を呆けさせ、ウェインもありえないという感じで首を振っていた。
「どうだ。お前らも参加してみないか」とギデオンがいうと、バディたちが即座に頷く。
そして俺に向かって、
「ゴーヴァン卿に頼んでくれないか。できればだが、俺はゴーヴァン卿と手合わせしたいと伝えてくれると助かる」
「分かりました。参加自体は問題ないと思います」と言って祖父に確認に行く。
祖父に確認すると、
「それはありがたい。儂もギデオン殿と手合わせをしたかったんじゃ。では、まずは儂からいかせてもらおうか。ウォルト、他の者の手合わせの相手を選んでおいてくれ」
祖父はウォルトにそう命じると、木剣を持ってギデオンのところに向かう。
その話が聞こえていたのか、従士や自警団員が場所を空ける。鬼軍曹ウォルトも祖父とギデオンの一騎打ちの間は観戦を許すようだ。
祖父とギデオンは簡単に言葉を交わした後、訓練場の中央に向かった。
祖父は自分より強い者との手合わせということで自然と笑みが浮かんでいた。一方のギデオンは自然体だが、彼も楽しげな表情を浮かべている。
「あの人があんなに楽しそうにするのは久しぶりだよ。邪竜の討伐に向かった時とおんなじ顔をしているよ」
フランチェスカが呆れるような感じで言っているが、彼女も笑みを隠し切れていない。生きがいを無くしていた夫が楽しそうにしているのがうれしいのだろう。
両者が訓練場の中央に立ったところで唐突に模擬戦は始まった。
最初に動いたのは祖父だった。いつもなら受けて立つ立場だが、相手が相手だけに最初から全力で行くつもりのようだ。
今年六十二歳の祖父だが、その動きは年齢を感じさせないほど鋭かった。
両者の間は五メートルほどあったが、一瞬にして間合いを縮め、裂帛の気合と共に上段から木剣を斬り下ろす。
その斬撃は目で追えないほどで、俺たちなら一撃で打ち倒されただろう。しかし、ギデオンはその鋭い一撃を軽く剣を合わせることで弾き、一旦間合いを取った。
「さすがはゴーヴァン卿だ。これほど鋭い攻撃は本当に久しぶりだ……」
ギデオンはそう言うと、
「こちらからいかせていただく」と宣言し、一瞬で間合いを詰めると、両手剣を無造作に横薙ぎに振った。
祖父は充分に警戒していたため、軽く下がることでその斬撃を避けたが、ギデオンはその勢いを、身体を回転させることで殺すことなく、斜めに斬り下ろした。
祖父はその攻撃も予想しており、剣を弾くことで回避するが、ギデオンの攻撃はまだ終わっていなかった。
弾かれた剣を強引に止め、そのまま斜め下から斬り上げたのだ。その攻撃も祖父は半身を下げることで回避するが、その顔に余裕はなかった。
ギデオンは動きを止めることなく、斬撃を繰り出していく。
その動きは祖父のような騎士のものではなく、荒々しい傭兵のもので、暴風のような攻撃が祖父に襲い掛かっていく。その剣速は鋭く、ビュンという空気を切り裂く音が訓練場に響いている。
あまりに手数が多いため、祖父も反撃の糸口が掴めない。しかし、ここで焦れば自滅することは分かっており、必死に防御する。しかし、ギデオンの竜巻のような斬撃に徐々に押し込まれていく。
そして、その瞬間は唐突にやってきた。
疲れのためか祖父の動きが僅かに鈍った瞬間、ギデオンの鋭い突きが祖父の胸に入った。ギリギリで当たった感じであり、ウェルバーンのドワーフの傑作であるミスリルの 胸甲(キュイラス) で止まったように見えた。
しかしその直後、祖父は五メートルほど吹き飛ばされる。
吹き飛ばされて地面に倒れた祖父はなかなか立ち上がらない。頭を打ったのか、それとも衝撃で呼吸ができなくなったのか、いずれかだろうと考え、俺は祖父の下に走った。
祖父は意識を失っており、口元から僅かに血を流している。更に呼吸は弱く、危険な状況だった。
即座に内臓を修復するよう治癒魔法を掛けていく。
治癒魔法を掛けながら原因を考えていた。祖父の 胸甲(キュイラス) に傷はないし、この鎧には衝撃を吸収する素材を使っているため、内臓をやられる理由が分からなかったためだ。
「すまん。思わず闘気を入れちまった。内臓がやばいかもしれん」
ギデオンが申し訳なさそうにそう言ってきた。
彼の後ろではフランチェスカが「何やっているんだい、あんたは!」とギデオンを叱りつけている。
彼の言葉で原因が分かった。
以前フォルティスで行った模擬戦で俺が魔法で作った岩の柱を斬った技が闘気だ。闘気は魔力を武器に纏わせる技の一種で、魔法のように物理的には不可能と思える現象を起こすことができる。
治癒魔法が効いたのか、祖父がゆっくりと目を開ける。
「さすがは最強の傭兵と名高いギデオン殿だ。反撃の糸口すら掴めなんだ」
「いや、こっちこそ久しぶりに熱くなった。本気で攻めてあれほど粘られたのは初めてだ」
そう言って右手を差し出し、祖父がそれを取るとゆっくりと立ち上がらせる。
「最後の技だが、どのようなものなのだろうか。ただの突きではないはずじゃ。ハンマーか何かで殴られたような衝撃を受けたのだが」
「ああ、あれは闘気を使った攻撃だ」
「闘気?」と祖父が首を傾げる。
「どう説明していいのか難しいな」と呟いた後、
「大型の魔獣を倒す時なんだが、剣の長さでは致命傷を与えられない。だから剣先から衝撃を与えられるようにした技なんだ。使うつもりはなかったんだが、つい熱くなって使っちまった」
内部に衝撃を与える技で一種の気功のようなものらしい。
従士と自警団員は言葉を失っていた。
祖父が一対一で一方的に敗れたことはなく、あのアンデッドの王、ヴラド・ヴァロノスとの戦いですら、ここまで一方的ではなかったためだ。
祖父は彼らの顔を見てから「世の中は広いということじゃ」と清々しい表情で言うと、
「何をしておるんじゃ! 訓練を始めんか!」といつも通りの調子で命じた。
「もう一手ご指南いただけまいか。あれほどの攻撃を我が身で受けることはなかなかできんからの」
ギデオンも「さすがは“ 獅子心(ライオンハート) ”と呼ばれる御仁だな」と笑い、再び木剣を構える。
その後、俺も剛剣使いのバディとオーソドックスなスタイルのウェインらに稽古を付けてもらった。
バディは剛剣使いだが、うちの家臣のバイロンとは違うタイプだった。バイロンは直線的な攻撃が多いが、バディはギデオンの弟子らしく、円を描くような動きが多い。
そのため、一撃を上手く避けても次の攻撃が襲い掛かり、何度も吹き飛ばされている。
ウェインだが、こちらはうちの家臣のニコラスに近かった。攻防一体の剣は全く隙がなく、更にニコラスより斬撃に鋭さがあった。理に適った動きといっていいのか分からないが、バディよりも洗練されている感じがした。
ロックハート家の家臣たちはウォルトを始め、ニコラスも叩きのめされている。この二人が勝てないのは祖父だけであり、つくづく世の中は広いと感じた。
ベアトリスやメルだけでなく、従士や自警団員たちもギデオンたちに挑戦している。もちろん、一対一ではないが、祖父のやる気が伝染したのか、いつも以上に皆熱くなっていた。
いつもより多くの怪我人を出しながらも夕方の訓練を終える。
ロックハート家側は皆、土に塗れているが、その表情は清々しさがあった。
「明日以降も稽古を付けていただけると助かる。特に我らにとっては滅多にできぬ経験なのでな」
祖父がそう言うとギデオンが「それは構わんが」と言った後、
「明日は戦勝記念祭と聞いているが、訓練は行うのか?」と俺に聞いてきた。
「式典は正午からですので、午前中は通常通り訓練を行います。残念ながら私は準備があるので参加できませんが」
「そ、そうなのか。さすがはロックハートだな」
話を終え、全員で公衆浴場に向かう。人数が多いため、従士や自警団員には少し待ってもらうことになるが、俺たちはドワーフたちとの宴会があるので仕方がない。
更衣室に入ったところで、ギデオンが「どうしたらいいんだ?」と聞いてくる。
「とりあえず全部脱いで一緒に来てください。そんなに難しくないですから」
ギデオンは先ほどの堂々とした感じがなくなり、落ち着きがない。
服を脱ぐと身体にある無数の傷が見えた。さすがは修羅場をいくつもくぐっていると思ったほどだ。
俺の言う通りに身体を洗い浴槽に浸かると、ふぅぅと大きく息を吐き出す。
「こいつはいい」といって赤く染まった夕焼け空を見上げる。
「この後にもっといいことがありますよ」というと、ギデオンは「何なんだ?」と首を傾げる。
その場では答えを言わず、風呂から出たところで用意しておいたビールを手渡す。
「ラスモア村名物の“風呂上りのビール”です。グッといってください」
そう言うと傭兵たちは一斉にジョッキに口をつける。そして、そのまま一気に飲み干した。
「プハァァ!」という声が公衆浴場前の草原に響く。
「確かにこいつはいいな。ドワーフたちが天国だというのがよく分かる。俺も移住したいくらいだ」
十月の風を受けながら、そんな話をしていると平和を感じる。
その後、ドワーフたちが待つ研修所に向かう。
「遅いぞ!」とベルトラムが言い、匠合長ウルリッヒ・ドレクスラー、エザリントン支部長イヴァン・ケンプ、フォルティス支部長ルディガー・ナイチェルらも頷いている。
そういう彼らだが、俺たちを飲まずに待っていたわけではなく、既にビールをグビグビと飲んでいた。彼らにとってビールは酒のうちに入らないので宴会を始めていることにはならない。