作品タイトル不明
第六十話「帝都支部との宴会」
鍛冶師ギルドのプリムス支部では、俺たちロックハート家を歓迎する宴が開かれている。
俺はその席で三つの依頼を行った。
一つ目のシーウェル侯爵領でのワイン祭の開催と二つ目の支部の設立については、問題なく協力の約束を取り付けることができた。
しかし、三つ目のフィーロビッシャー公爵領にも同じように支部を立ち上げてほしいと言ったところで、支部長のギュンター・フィンクら数人のベテランたちが警戒する。
「宰相に何か言われたのか」
ギュンターの言葉に「そういうわけじゃない」と答え、
「これは帝都に来る前から考えていたことなんだが、フィーロビッシャーには新たな蒸留酒の可能性がある。スコッチ、ブランデー、カルバ ト(・) スに続く、第四の蒸留酒だ!」
ドワーフたちの表情が一気に驚愕に変わる。そして、すべての人が声を失ったように静まり返る。
その異様な雰囲気の中、説明を続けていった。
「フィーロビッシャーにはサトウキビを使った酒がある。その酒を原料に蒸留酒を作れば、今までにない味わいのものができるはずだ。スコッチのような複雑な味と香りでもなく、ブランデーのような華やかな香りでもなく、カルバトスのようなフルーツの甘い香りでもない、全く別の酒だ」
「そ、そんなものが、で、できるのか……」
声帯の機能を取り戻したギュンターが、掠れた声を搾り出す。
「できる!」と断言する。
「スコッチは大麦、ブランデーはブドウ、カルバトスはリンゴから造られる醸造酒が原料だ。それらの酒の 酒精(アルコール) を高めることで蒸留酒ができるなら、他の醸造酒からも必ずできる!」
ドワーフたちは俺の勢いに押されたまま、未だに口を開くことができない。
「蒸留酒には無限の可能性があるんだ! それは原料、蒸留器、樽、熟成期間、漬け込む素材……他にもあるが、これらが変われば間違いなく別の酒ができる……数百、いや、数万の酒が生まれる可能性を秘めているんだ! 俺はこの先、中部域を抜けてフォルティスにも行くつもりだ。そこでも新たな酒の提案をする。その最初の提案をここ帝都プリムスで行ったのだ」
「数万じゃと……それだけの蒸留酒が……夢のようじゃ……」
一人のドワーフが浮かれるように呟いている。
「夢で終わらせるつもりなどない! 俺が生きている限り、新たな酒を提案し続ける!」
そこで会場をゆっくりと見渡していく。
「みんなも夢で終わらせるつもりか! まだ味わったことがない酒ができるかもしれないのにだ!」
次の瞬間、「「終わらせるものか!」」、「「儂はやるぞ!」」という声が集会室を支配する。
「では、協力してくれるということでいいな!」
「「オウ!」」
ドワーフたちはそう叫んで足を踏み鳴らす。
何とか上手くいったと思ったが、支部長のギュンターだけは冷静だった。
「鎮まれ!」と一喝し、
「シーウェルはよい。侯爵閣下もイグネイシャス殿も信用できるからな。だが、フィーロビッシャーは信用できるのか? 酒を愛せぬ者が金儲けに走らぬと言い切れるのか? 儂は宰相を尊敬しておる。しかしそれは公平無私な政治家という点だけじゃ。酒飲みとして信用に値するか分からぬのに協力などできん!」
勢いで何とかなると思ったが、さすがは支部長を任されているだけのことはある。
「俺が何とかする。というより、俺がそんなことは認めん! 酒を愛せん奴に、俺たちが目指す酒を造れるはずがないのだから!」
「お前がそこまで言うなら協力しよう。だが、お前がここにおるのは半月ほどじゃろう。その間に儂らが納得できる確かな 証(あかし) を見せてくれねば、この話はなしじゃ」
「当然だ。俺もそのつもりだ」
勢いで言ったものの、宰相がどう考えるかで決まってくる。
(しまったな。ちょっと熱くなりすぎたか……フィーロビッシャー家に伝手はないし、あまり時間がない。北なら通り道だが、フィーロビッシャーは南だし、距離も結構あったはずだ……だが何とかするしかない……)
勢いで言ったことに若干の後悔はあるものの、言ったこと自体に後悔はない。
「しかし、凄いものだな。ザカライアスは」とシーウェル侯がラドフォード子爵に話しかけていた。
「これこそが酒神の申し子と呼ばれる 所以(ゆえん) です。サトウキビを使った蒸留酒、どのような味なのか……私も気になりますが」
「お前もたいがいだな。しかし、私もあれほどザカライアスが自信を持っていることが気になっているよ」
そんな話をしている二人に「閣下とイグネイシャス様にも協力していただきますよ」と言い、もう一度ドワーフとシーウェル侯らに向かって話を始める。
「帝国南部ではその土地にあった酒を造るべきだと思っています。私が知らない酒はいくらでもあります。それらを探していろいろと工夫してもらいたいのです。工夫をやめた職人に人を感動させる物は作れません。酒も同じです。私はこの地を離れますが、この地に根を下ろしている皆さんが職人たちと共に進めば、必ず最高の酒が生まれます。ぜひとも皆さんにも協力をお願いしたい」
そこで大きく頭を下げる。
「そうじゃ! 儂らの飲むビールもドワーフ・フェスティバルの後で更に美味くなった! これは皆が努力した結果じゃ! 儂らは鍛冶師じゃが、酒造りの職人に意見は言える。これからも美味い酒を求めようではないか!」
ギュンターがそう言ってから拍手を始めた。
それに釣られるように全員が始め、集会室は割れんばかりの拍手に包まれる。
俺の横にいるリディが肘で 突(つつ) き、「大丈夫なの」と聞いてきた。
「何のことだ?」と小声で聞くと、
「話が大きくなりすぎている気がするんだけど、行く先々の支部が蒸留酒の提案を待ち望むとか……本当に大丈夫なの?」
確かにその懸念はある。しかし、ある程度目途はついているし、俺自身、飲みたい酒もあるので問題はない。
「それだったら大丈夫だ。俺が飲みたい酒があるから、間違いなく提案するから」
他に聞こえないように小声でしゃべったつもりだが、斜め前に座っているギュンターには聞こえていたようだ。
「何を小声で言っておるんじゃ。それよりお前の飲みたい酒とは何じゃ? それが物凄く気になるが」
「まだ何かあるのか!」、「儂らにも教えてくれ!」という声が上がる。
「フィーロビッシャーのサトウキビの酒と同じだ。中部域にはトウモロコシで造った酒があると聞いているし、フォルティスにはジャガイモを使ったものがあるそうだ。他にもライ麦の酒でスコッチを造ればどうなるのか、そんなことが気になっているんだ」
「さすがはザックじゃ。それだけのことをすでに考えておるとは……」
ドワーフたちは尊敬の眼差しで見ているが、リディは呆れたとでも言うように肩を竦めている。
「いずれにせよ、世界中に蒸留所を作る。そうすれば、俺の知らない未知の酒ができる可能性があるからだ」
それからは酒の話で大いに盛り上がった。
ドワーフたちのことを気にしていたシーウェル侯だが、ワインとブランデーの話をすることで彼らの信頼を完全に勝ち取っている。
「君と一緒でよかった。私だけではこれほどまでに打ち解けられなかったと思うよ」
「私は楽観していましたよ。閣下なら必ず受け入れられると。ですが、気をつけてください」
「何をかね?」と首を傾げる。
「これから先、ドワーフと飲む機会が必ず増えます。私がいれば解毒の魔法で何とかなりますが、飲みすぎると命に関わります。特に蒸留酒は」
既に侯爵には解毒の魔法を二度掛けている。もちろん、酔い潰れそうという感じはなく、先手を打っただけだが、ドワーフたちのペースに巻き込まれ、いつも以上にハイピッチで飲んでいたのだ。
そのことに気づいたのか、「確かにそうだな」と僅かに顔を顰めている。
「支部の設立と職人の派遣のことですが、こちらは閣下にお任せします。今のところ受け入れは可能ですから、後はギルドとの調整だけですので」
「その点は私が責任を持って行う。ギュンター殿とは明日にでも打ち合わせる予定だよ」
ラドフォード子爵が侯爵に代わって答えた。
宴会は大いに盛り上がった。
俺たちロックハート家と酒を酌み交わせただけでなく、既に蒸留所建設計画が進められている帝都以外でも、蒸留酒が大々的に作られると聞き、彼らは浮かれていたのだ。
二時間ほどドワーフたちと乾杯を続け、ようやく落ち着いた。
そのタイミングを見計らって、ルナがいる場所に移動する。
「楽しいかい?」と聞くと、笑顔で「はい」と答えてくれた。シーウェルから話すことが多くなり、ようやくオドオドされなくなった。
「その娘もロックハートなのか?」とギュンターが聞いてきた。
「ああ、俺の家族、妹のようなものだ」
微妙な言い方だが、それで納得してくれたのか、彼女の頭に手を置き、「早く大きくなって酒を飲めるようになれ」と言って離れていった。
俺は苦笑するしかなかったが、ルナはコロコロと笑っている。
「やっぱりドワーフの方ってお酒なんですね。でも、一緒に飲めたら楽しそうです」
「そうだな。俺も早く制限なく飲みたいよ」
俺の言葉に彼女の顔に疑問が浮かぶ。
「制限しているんですか? そうは見えませんけど」
「 傍(はた) から見たらそうかもしれないが、これでも我慢しているんだぞ」
俺の言葉で納得したようには見えなかったが、「そうなんですね」と言って更に笑った。
(随分明るくなったな。この旅に連れてくると決めた時には心配したが、結果的にはよかったようだ。村に帰ったら、少しずつ訓練を始められるかな……)
未だに完全に心を開いてはいないが、少なくとも村に連れてきた時より明るくなっている。
「明日はロビンス商会でチョコレートジェラートを作ってみるか」
「はい。でも、それだとプリムローズ様を呼ばないといけませんよ。あれほど楽しみにされていたのですから」
「そうだな。呼ばないと拗ねそうだ」
そう言って二人で笑いあう。
「そう言えば、チョコレートケーキって作り方を知っているかい?」
「どんな感じのケーキですか? チョコレートを練り込んだパウンドケーキですか? それともザッハトルテみたい……いえ、チョコレートを掛けたタイプのものですか?」
「練り込んだ方だな」と言いながらも、彼女が“ザッハトルテ”と言ったことを聞き逃さなかった。
(そろそろ、こちらから打ち明けてもいいかもしれないな。あまり気づかない振りをするのも、後で不信感に繋がるかもしれないし……だが、変なタイミングだと逆に不審がられる。タイミングが難しいな……)
そんなことを考えながらも笑顔で会話を続けた。
ルナとの会話を終え、ダンのところにいく。
「今日の成果はどうだったんだ?」
「えっと……」と目が泳ぐ。
ダンはラドフォード子爵夫人ヴィクトリアと帝国高等学術院に行っていた。子爵令嬢フェリシアに会うためだ。
「ヴィクトリア様の娘さんなんだから美人だったんだろ?」
そう言って肩を肘で突く。
「は、はい……物凄くきれいな人でした。僕と同い年とは思えないほど落ち着いていましたし……田舎者の僕では全然釣り合わない感じがして、すぐに嘘だとばれそうです……」
ヴィクトリアは洗練された貴婦人という感じで、その娘も同じように洗練された令嬢だったのだろう。
「ここでする話でもないから、あとで聞かせてくれ。明日からの晩餐会に関わってくるからな」
彼ははにかみながらも「はい」としっかり答える。
(ダンも随分、都会というか貴族に慣れた感じだな。ここに来る前は腰が引けていた感じだったが、堂々としたものだ……)
そんなことを思いながら自分の席に戻る。
そして、リディの横に座るシャロンの様子を見る。
昨夜の取り乱した感じは朝には無くなっていたし、今日の宰相との面談の結果を話した時も落ち着いていたが、やはり少し落ち込んでいる感じがしていた。
そのことを感じ取ったのか、ドワーフたちがいつも以上に声を掛けている気がする。
「心配事があるなら、儂らに話せ。力になってやるからな」
「儂らは何があろうとお前の味方じゃ」
などという声が掛かっていた。
彼女の隣にいるメルも時々小声で励ましているようだ。
そのお陰もあってか、少しだけだが明るさを取り戻しているように見える。
(シャロンは挫折を知らないからな。これで吹っ切れるとは思わないが、何かのきっかけになってくれればいいな……)
俺の視線を感じたのか、シャロンがニコリと笑った。
それに気づいたのか、リディが、「この人たちがいれば恐れるものは何もないわ」とシャロンに声を掛けていた。
(確かにそうだな。宰相の力は強いが、これだけ信頼できる友がいれば何とでもなる気がする……)
そんなことをしんみりと考えていたら、いつの間にか後ろにいたギュンターに「何をしんみりしておるんじゃ!」とどやされる。
「別にしんみりしていたわけじゃないぞ。ただ、友人と一緒に酒を飲むのはいいものだなと思っていただけだ」
「それはその通りじゃが、今は楽しく飲め! それが儂らの流儀じゃ」
「そうだな」と言った後、
「じゃあ、ギュンター自慢のブラウンビールと 大角牛(グレートホーン) の串焼きをもらおうか。当然去年より美味くなっているんだろ?」
「もちろんじゃ! 誰か! ザックに儂のビールを持ってきてくれんか!」
俺も宴会を楽しむことにした。