軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十八話「貴族街」

二月十一日の正午頃。

俺がエザリントン公爵とシーウェル侯爵領のワインの品質向上と蒸留酒生産の話をしていると、陞爵の式典の打合せを終えた父たちがやってきた。

父は俺が公爵の執務室にいることに疑問を持ったようだが、それには触れずに公爵にあいさつをする。

それを受けた公爵が「式典の準備の方はどうかね?」と話を振った。

父は困惑したような表情を浮かべ、

「何とかなりそうだと思うのですが、何がどうなっているのかも分からぬ状況で……」

「儀典局に任せておけばよい。彼らにとっては日常のことなのだから」

にこやかにそう言った後、「昼食の時間だ。一緒にどうかね」と誘ってきた。

断る理由もなく、公爵からの誘いを受ける。

執務室の横にある会議室に食事が運ばれてきた。

さすがに帝国の宰相府ということで 夕食(ディナー) と呼べるほどの 昼食(ランチ) が供される。

魚介の出汁が利いた貝類のスープ、温野菜のサラダ、程よく焼かれた白身魚、焼き立ての牛のステーキなどが並んでいく。

公爵は給仕が持ってきた陶器のボトルを取り、

「ワインは君が冷やしてくれた方がいいだろう。これはエザリントン東部のもので、やや酸味の強い物だ」

グラスが用意されるが、さすがに宰相府ということで、金属製のゴブレットではなく、ガラス製のものだった。

「これも君が作った物の方がよいのだが……」

そう言って、ワイングラスを持ち上げる。

確かに厚みのあるグラスは金で装飾されているものの、透明度は低く、それほどよい物という印象はない。但し、これは俺の感想であって、この世界ではこの程度のグラスでも充分に高級品だ。

白ワインをテイスティングし、適度な温度に冷やす。

それを給仕に渡すと、それぞれのグラスに注いでいく。

特に乾杯などの音頭もなく、食事は始まった。

「やはり君が冷やすと一味も二味も違ってくるな」

「いえ、これはこのワインの 潜在能力(ポテンシャル) が高いからです。これもボトルで三年ほど熟成させれば、更に味わい深くなるでしょう」

このエザリントンワインはシャブリのようなしっかりとしたボディで、シャルドネに近い 花のような(フローラルな) 香りとやや強めの酸味を感じるものだった。

昨年のものなのか、樽の香りが強く、貝の出汁やしっかりと焼いた魚の香ばしさによく合う。

父と兄は入ってきた当初の疲れ切った感じも消えており、ワインと料理を楽しんでいる。

エザリントンの鍛冶師ギルド支部で、公爵と宴会に参加したことから、緊張を強いられる相手ではなくなっているようだ。

「先ほどの話だが、クレメント殿のところでよいワインを見つけたと聞いたが、実際、どの程度のものなのだ?」

父たちが来る前にも話はしていたが、品質向上の方策と蒸留所の建設の話が主であり、新たに見つかったムーラン村の赤ワインの話はあまりしていない。

「あのワインは至高のワインといえる物です。閣下のお屋敷にも何本かお届けするとイグネイシャス様がおっしゃっておいででしたので、今日の夜には味わえるのではないかと」

「君が“至高”というほどのものか! それは楽しみだな!」

興奮気味にそう言った後、真剣な表情を浮かべる。

「その赤ワインのブドウなのだが、我が領内でも育てることは可能なのだろうか?」

やはり領主として産業としての可能性を聞いてきた。これについては予想通りであり、驚きはない。

「栽培自体は可能でしょう。ただ、エザリントンでも同じような味になるかは保証しかねます」

「それはなぜかね? エザリントンとシーウェルは隣同士。気候的にはさほど変わらぬが」

「領内をくまなく回ったわけではありませんので何とも言えませんが、ご領地では白ワイン用の白ブドウの生産が盛んです。しかしながら、赤ワイン用の黒ブドウはほとんど作っておられないと聞いております。これは単に好みの問題であればよいのですが、土壌が原因であれば質の低いものしかできない可能性があります」

「なるほど」と公爵は頷く。

「ワインの販売戦略にもなるのですが、エザリントン領は白ワインで勝負すべきと考えます」

「君が販売戦略を主導するシーウェルと競合するからか?」

公爵は笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。

「それもありますが、シーウェルワインはこの先数年で爆発的な人気となるはずです。いえ、必ずなります。そうなった場合、後発のエザリントン領が赤ワインで勝負を挑むのは愚策ではないかと。今も定評のある白ワインの品質を上げ、シーウェルの赤と並ぶ白ワインという地位を確立した方がよいと考えます」

「確かにそうだな。クレメント殿にはラドフォードもいる。彼の知名度を考えれば、あえてシーウェルに戦いを挑むのは愚策だろう」

そんな話をしながら昼食を摂った。

「今宵は鍛冶師たちと宴会なのだろう?」

「はい。その予定となっております」と、父が答える。

「クレメント殿には既に話は通しているが、明日は我が屋敷で晩餐会となる。楽しみにしておいてくれ」

俺たち三人は頭を下げてそれに応え、公爵と別れた。

午後になり、案内役のラドフォード子爵と合流した。

子爵は俺たちを案内した後、シーウェル家の家宰として、ロックハート家が出席する貴族の晩餐会の調整を行っていたのだ。

宰相府から帰る馬車の中で子爵は明日以降の予定について教えてくれた。

「明日の夜より大公家、各公爵家との晩餐会となります。明日はエザリントン公爵家、明後日はラングトン大公家、その次がギャビストン公爵家で昼食会、その夜がインゴールスロップ公爵家……」

元老である大物たちの開く晩餐会が続くことになる。

父と兄は気疲れすることが必至であることから肩を落としている。

「これだけの方々から招かれるのは異例中の異例。御館様も頭を痛めておられましたよ」

今回、ロックハート家を預かるシーウェル家がすべてを取り仕切るため、シーウェル侯が調整するのだが、あまりに大物が多すぎて順番を決めるだけでも一苦労だったらしい。

俺は父たちに同情しながらも自分は関係ないと聞き流していた。

「ちなみにザカライアス殿にも晩餐会には出席してもらうつもりなのだが。もちろん、奥方か婚約者と共に」

俺が余裕な表情でいたため、子爵が突っ込んできた。

「すべての晩餐会ですか! 一回か二回だと思っていたのですが……」

「私もそう思っていたのだが、大公家を含め、名だたる公爵家のすべてがザカライアス殿も同席してほしいという強い要請が来ているのだよ。御館様もさすがに公爵家以上に無理は言えぬからな」

俺が愕然としていると、子爵は「一つだけ出席しないで済む方法があるのだが」と話し始めた。

「それはどのような」と俺が聞くと、ニヤリと笑い、

「簡単なことだよ。毎日鍛冶師ギルドの宴会に出ればよいのだ。さすがに公爵方も鍛冶師ギルドを取り込もうとしているのに、鍛冶師たちの心証を悪くするようなことはしないからな」

俺はその考えに乗りたくなり、「確かにその通りですね」と答えた。すると、子爵が慌てて、

「今のは冗談だ。それをされると御館様が大変なことになる。無論、私も」

子爵としてはドワーフの宴会に毎日出るには非常に体力がいるため、俺が敬遠すると思ったらしい。

俺としては上級貴族の晩餐会で気を使うより、気の置けないドワーフたちと飲む方が千倍楽しい。解毒の魔法さえ忘れなければ、多少睡眠時間が減る程度は全く苦にならない。

午後二時頃にシーウェル侯爵家の屋敷に戻る。

リディたちが心配そうな顔で出迎えるが、俺たちに悲壮感がないことからある程度悟ったのか、安堵の表情を浮かべる。

自分たちの部屋に入ると、「大丈夫だったのね」と代表してリディが聞いてきた。

「ああ、何とかなった。父上を含め、俺たちが帝都に残ることはないし、罰を受けることもない。もっとも面倒な宿題はもらったがな」

「宿題? 難題を吹っかけられたのかい?」とベアトリスが聞いてきた。

「いや、帝都を離れるまでに帝国軍がルークスに勝利した後の処理を考えておけというだけだ。もちろん、俺たちの考えた策を採用するわけじゃないだろうが、参考に聞きたいらしい」

俺の言葉で四人から安堵の息が漏れる。特にシャロンは「よかった……」と言って涙を浮かべていた。

その彼女に向かって、

「というわけだから、シャロンには一緒に考えてもらうぞ。実際、宰相もシャロンのことを知っていたしな」

自分のことを宰相が知っていたと聞き、一瞬愕然とするが、すぐに表情を切り替える。

「はい。私でよければ何でも言ってください!」

彼女にしては珍しく、気合の入った声だった。

「これからの予定は決まっているんですか?」とメルが聞いてきた。

「午後五時くらいにここを出て南地区の鍛冶師ギルドに向かうが、それまでは自由時間だな。まあ、訓練の時間があるから一時間半ほどしかないが」

「この辺りを少し散歩しませんか? 侯爵家の方に聞いたら、貴族街を出なければ問題はないそうですから」

今回のことで、俺やシャロンが落ち込んでいると思って提案してきたようだ。

「そうだな。貴族街は安全だそうだし、天気もいい。少し時間をつぶすか」

「プリムローズ様から教えていただいたんですが、ロビンス商会の支店が近くにあるそうです。近くには公園もあってのんびり過ごすにはちょうどいいんだそうです」

「甘い物には興味はないが、屋敷の中だけで飽きていたんだ。あたしも一緒に行くよ」

ベアトリスが肩を回しながらそう言った。

彼女たちは午前中も自由に外出してよかったのだが、俺が宰相と交渉している時にのんびり散策する気にならなかったらしい。

「いいわね。みんなで行きましょう。シャロン、ルナに声を掛けてきてちょうだい。メルはセオたちを頼むわ。ザック、あなたは着替えてきて。その格好で行く気にはならないから」

リディがてきぱきと指示を出していく。

ちなみに俺が着ているのは青を基調とした帝国の騎士服に近い物で貴族街にふさわしいものだが、気にいらないから黒い服に着替えて来いと言うことなのだろう。

俺もいつもの服の方が気楽なので別に反対しているわけではないが。

十分ほどでルナたちが集まってきた。

リディとベアトリスはいつも通りの男装、メルとシャロンはシンプルなワンピースだが、貴族街にふさわしいように雪狼のコートを羽織っている。

ダンも誘おうとしたのだが、彼はラドフォード子爵夫人ヴィクトリアと共に帝国高等学術院に行っており、屋敷にはいない。子爵の令嬢フェリシアとの婚約偽装のため、顔を合わせに行ったらしい。

セオとセラは騎士服をモチーフにしたものを着ている。また、髪の長さも同じにしており、家族以外では見分けがつかないほどそっくりだ。

二人を守るための策としてヴィクトリアから提案されたことを実行したのだ。

ルナはメルやシャロンと同じようにシンプルなグリーンのワンピースに、コートという姿だ。黒髪に純白の雪狼の毛皮のコートが映え、妖精か何かのように見えるほどだ。

シーウェル家の使用人に案内を頼み、屋敷を出るが、意外に人が多い。多いといっても商人や使用人で貴族らしい姿はほとんど見えない。

案内の者に聞いてみると、

「今は夕食の準備で人が多い時間ですね。この辺りの貴族の方々は馬車を使われます。もう少し外側の地区なら歩いている方も多いのですが……」

貴族街は皇宮に近い内側に上級貴族が住み、外側に行くほど爵位が下がる。

最外郭に住む騎士爵クラスは庭付きの屋敷ではなく、四階建ての集合住宅に住んでいる。そのため、徒歩で移動するのが当たり前だそうだ。

もっとも、その地区には乗り合いの馬車が常時巡回しており、長距離の移動の際には馬車を使うことができるらしい。

ロビンス商会の支店はシーウェル家の屋敷から見て南側にあり、ゆっくり歩いても十分ほどで着く距離だ。結構儲けているらしく、貴族街にも数軒出していると聞いていた。

落ち着いた感じの貴族街に、ポップな感じのパステルカラーの店舗が現れる。店自体はジェラートが並ぶガラスのショーケースと、テーブル席が十個ほどの比較的小さな店だ。

(この街には合わないな……提案した時は一店舗だけだと思っていたからな。まさかこんなところにまで出すとは……)

午後三時前ということで貴族令嬢らしき女性や、休憩中のメイドなのか紺色のクラシックなメイド服を着た二十代くらいの女性が五人ほどいた。

「いらっしゃいませ」という女性店員の声に迎えられる。

九人もの集団であり、向こうも帝都に来たばかりの観光客と思っているのか、すぐに商品の説明を始めた。

「本日のお勧めはオレンジ味にレモンの 皮の砂糖漬け(ピール) が練り込んである物ですね。ミルクは当店の一番人気で……」

流れるような説明にリディたちが驚いているが、これも俺が作った“接客マニュアルもどき”に書いてあることなので驚きはない。

それぞれが好きなものを頼んでいく。

ジェラート自体、俺が作ったものを村でも時々出しているが、ここほどバリエーションがないため、皆興味津々だ。

俺はシンプルなミルクのものを頼み、ルナの様子を見ていた。彼女はショーケースを覗き込みながら楽しげに独り言をいっていた。

「ミルクにしようかな……あっ、クッキーアンドクリームっぽいのもある。でも、普通のクッキーなんだ……ラムレーズンっぽいのも美味しそうだし、ナッツのも……どれにしようかな……」

「ルナはどれにするの? 私はオレンジのにしようかと思っているんだけど?」

セラが声を掛ける。

二人は意外と仲がいいようで、一緒にいるところを何度も見ている。

「ナッツが入ったのと、はちみつ味にしようかな……えっと、ダブルって大丈夫ですか」

どうやらシングルではなく、ダブルにするらしい。

「大丈夫ですよ。では、ナッツ入りとはちみつ味のダブルですね。二クローナになります」

ダブルのジェラートが二クローナもする。日本円だと二千円ほどだが、それでも売れるらしい。

(製法を一万クローナで買ったが、あっという間に回収したようだな。それにしても俺の言ったことはほとんど採用している……)

全員がジェラートを受け取ると、そのまま外に出た。

このジェラートはコーンがハードタイプのワッフルで、食べながら歩くことができる。

コーンもサクサクのウエハースタイプのものを作ってみようかと思ったが、詳しい作り方を知らなかったので実現していない。もっとも酒くらい情熱を傾ければ作れないこともないのだろうが。

俺と弟以外、女性ということでなかなかに華やかな集団だ。

そのため、歩いている人たちの視線を感じることが多い。

もっとも治安のいい貴族街の中でも上級貴族が住む地区ということで、不躾な視線は感じていなかった。

近くにある公園は中心部に噴水がある小さなものだが、散策用の小道や花壇が整備されており、上級貴族が散策するにはちょうどいいと感じさせるものだった。

置かれているベンチに座り、ジェラートを食べる。

「なかなか美味いじゃないか」と普段甘いものをあまり食べないベアトリスが褒めている。

メルたちも公園でジェラートを食べるという初めてのシチュエーションに楽しげに笑っていた。

ルナはセラと一緒にジェラートの味について話していた。

「はちみつ味はいまいちかな? ナッツ入りの方は美味しいんだけど、これならチョコレート入りが欲しかったかな」

「チョコレートってザック兄様が作ったお菓子でしょ。あれもジェラートにできるの?」

「できるはずよ。ザックさんもそう言っていた気がするわ……」

前の世界でもアイスクリームが好きだったのか、いつも以上に饒舌に感じた。

「チョコレートのジェラートも作ってみるか。ルナは練りこむタイプのチョコレートジェラートの作り方を知っているかい?」

「詳しくは知らないですけど……多分できると思います……」

ルナは自信なさげな感じで答えるが、「凄いね! ねぇねぇ、今度作ってよ」とセラがはしゃぐ。

「じゃあ、侯爵家の厨房を借りて作ってみようか。それともロビンス商会の厨房の方がいいかな。今度付き合ってくれるとうれしいんだが」

「はい……私も楽しみです」

俺としてはルナの心を開くためにできることは何でもやろうと思っている。菓子作りが仕事か趣味だったようなので、その方面から積極的にアプローチしていけば、彼女の心も開くだろう。

(この世界のことや戦い方はその後だな。今は信頼を勝ち取ることが重要だ。焦りは禁物……)

そんなことを考えながら、少し甘めのワッフルコーンを齧っていた。