軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十四話「詰問」

二月十一日の朝。

朝一番で宰相府を訪れた俺たちは、宰相フィーロビッシャー公の執務室に連れていかれた。そして、すぐに宰相との面談が始まった。

最初の話題はラスモア村を襲ったアンデッドに関することで、情報の取扱いについての注意を受けただけだ。

それが終わったところで、唐突に本題を切り出してきた。

「ロックハート家は鍛冶師ギルドとの関係を誇示し、身分に見合わぬ力を行使しておる。そのことについて、言いたいことがあれば申せ」

その問いに父が搾り出すように答えた。

「ご下問の意味を掴みかねております」

「分からぬと申すか」と言って、宰相は俺たちを冷たい灰色の瞳で一瞥する。

「先日、鍛冶師ギルドのドワーフたちがここを訪れた。その際、帝国宰相たるこの儂に対し、要求を突きつけてきたのじゃ。帝国がロックハート家にあだなすなら、自分たちは帝国から出ていくとな。それが嫌なら手を打てと。この件に関し、ロックハートの関係者が一枚噛んでおることは分かっておる。それでも知らぬというのか」

決して声を荒げているわけではないが、その一言一言が氷の刃のように俺たちの心に突き刺さる。

「そのことでございましたら、すべてはこの私に責任がございます。いかような処分も甘んじてお受けいたします」

父はそう言って大きく頭を下げる。俺たちもそれに合わせて頭を下げた。

その直後、バンというテーブルを叩く音が響く。

「この時期にそなたを処分できると思うておるのか! できぬことを見越して、そのような殊勝な口をきいておるのではなかろうな!」

更に宰相の叱責が続く。

「数万のアンデッドを僅か三百の農民を率いて全滅させ、通りがかっただけの村が五千のゴブリンに襲われておると聞けば赴いて退治する。そのような英雄を処分できると思うか! 処分すれば、儂の政治生命は終わりじゃ! それを分かって言っておるのであろう!」

「い、いえ、そのようなことはございません!」

「たかが平民上がりの騎士風情が口答えするか!」

俺たちは更に深く頭を下げることしかできなかった。

宰相の言っていることは、俺たちにとっては理不尽だが、間違ってはいない。

ロックハート家の噂が帝都を席巻しているタイミングで、宰相を怒らせたというだけで処分すれば、彼自身が狭量と取られる。

実害もなく、ドワーフたちが俺たちのことを思って止むに止まれず行動したという話が広がれば、政敵たちは 挙(こぞ) って宰相を引き摺り下ろそうと画策する。

特に商業ギルドは何度も煮え湯を飲まされているから積極的に動くはずだ。

「そなたらの誠意を見せてみよと申しておるのじゃ!」

宰相の剣幕に父は完全に萎縮していた。

そもそも、皇帝に次ぐ権力者ということで緊張を強いられていた。

何とか最初の問いに答えて安堵したところで、いきなり怒声を浴びせかけられたためだ。

後ろに控えている俺は父ほど萎縮してはいないが、それでも緊張はしている。

宰相は処分できないと言っているが、実際にはそんなことはない。帝都の民がロックハートの話題で盛り上がるのは精々十日ほどだろう。その期間がすぎれば、悪評を流した上で処分することは彼ほどの力を持っていれば、さほど難しくない。

つまり、宰相は俺たちの生殺与奪のすべてを握っていることになる。

ただ、彼の言動に違和感を覚えている。

噂を聞く限り、宰相は冷静な政治家であり、元老だけでなく官僚も完全に掌握している。

一時の感情に身を任せて爆発するような人物が、二十年以上も大過なく大国の政治を回していくことはできない。何らかの実を得るための演技ではないかと考えていた。

今の父は自ら命を絶つことを含め、帝国政府から処分を受けることを否定されている。

この状況でロックハート家にできることは宰相の一派に与することだが、それを言うわけにはいかない。

(そろそろ中立派に入れと言ってくるはずだ。今の父上ならすぐに飛びつきそうだ……)

追い詰められたところで手を差し伸べられたら、思わず掴みたくなる。それを狙っているのではないかと疑っている。

「そなたも帝国の子爵となるのじゃ。儂に従って帝国のためにその力を行使すればよい」

案の定、自分の子分になれと言ってきた。

「真に帝国のためになるのであれば、命を賭して皇帝陛下にお仕えいたします」

父の答えに宰相は何も言わない。

「我がロックハート家は帝国騎士として陛下および民のためであれば、死を厭うものではございません。しかしながら、帝国の将来に禍根を残すような権力争いに与することは決してありません。もし、そのようなご命令には、我らの命が尽きようとも従うことはないでしょう」

父ははっきりとそう言いきった。

この瞬間、宰相の前という状況を忘れ、父の誠実さに感動した。

相手はその意思さえあれば、俺たちを容易に抹殺できる力を持つ。性格的にも帝国のためならば、眉一つ動かすことなく実行するだろう。

そのような人物を相手に真っ向から正論をぶつけた。それも根拠のない正義感からではなく、この国を、そしてこの世界を守るという一点だけを考えて。

「ふふふ……」と宰相が笑い始めた。

「本気でその方を我が配下に加えたくなったぞ、マサイアス」

ガラリと変わった雰囲気に父は戸惑っている。

「この儂にここまで正面から正論を吐いた者は初めてじゃ。ロドリック、ザカライアス。そなたらはよき父を持ったな」

「はっ! ありがたきお言葉」と兄が答える。

「これほどぶれぬ心を持つのであれば、アレクシス殿の補佐にふさわしい。どうじゃ、帝都に残らぬか。帝国軍本部にそなたの椅子を用意する。そうじゃな、五年と待たずに軍団長の地位を約束しよう」

その条件に驚きを隠せない。

帝国には二十の軍団があり、その軍団長は上級貴族に列せられる。つまり、五年以内に伯爵にしてやるといっているのだ。

この人事だが異例ではあるが、前例がないわけではない。

帝国の軍団長は実力さえあれば、平民でもなることができる。実際、帝国の長い歴史の中では平民が軍団長になった例はいくつもあるのだ。

この巧妙な勧誘に、俺は危惧を抱く。

油断させて恫喝し、そして褒めてから充分な報酬を示して勧誘する。

この一連のコンボをやられたら、普通の者なら頷くだろう。いや、ここまで分かっている俺でも自分がやられれば頷いてしまうかもしれない。

(やはり侮れないな、宰相は。しかし、父上はどうするおつもりなのだろう。この場で答えなければいいんだが……)

その答えはすぐに得られた。

「過分なお言葉ながら、閣下のご提案は帝国のためにならぬのではないかと愚考いたします。私は説明が下手でございますので、我が次男ザカライアスより説明させていただきます」

そう言って俺に話を振ってきた。

突然のことに驚くが、父としては苦肉の策だったのだろう。確かに父が説明するより、俺がやった方がうまく切り抜けられる自信はある。

しかし、宰相が許可しなければ、俺に発言権はない。

「この条件で不服はないのじゃな。よかろう。ザカライアスよ、そなたの父の存念を儂に聞かせてみよ」

俺は「はっ!」と答えて一度大きく頭を下げ、ゆっくりと顔を上げる。

「理由はいくつかございます。まず、父マサイアスは帝国騎士ではございますが、帝国正規軍に属したことがございません。そのような者が帝国軍の中枢に入った場合、いらぬ 軋轢(あつれき) を生むことは火を見るより明らか。軍に大きな問題があるのであれば、それもよいかと思いますが、今の帝国軍に大きな波紋を呼ぶ一石を投じる必要はないと愚考いたします……」

宰相は俺を静かに見つめると、「うむ。先を続けよ」と説明を促した。

「二つ目でございますが、父は軍の指揮を執ったことがございません。此度のアンデッドの戦いにおきましても、祖父ゴーヴァンが指揮を執っておりました。実績なき者を重職につけることは悪しき前例を残すことになります……」

そこで息を整え、宰相を見るが、こちらを見つめるだけで何も言わない。

「三つ目の理由でございますが、当家はキルナレック市を拝領すると伺いました。ご存知のとおり、キルナレック市は都市国家連合に加盟しております。つまり、商業ギルドの強い影響を受けている街でございます。その街の領主が長期間領地を離れることは、商業ギルドに付け入る隙を与えることにもなりかねません」

「それはそなたらが手を打てばよいだけではないのか? まあよい。先を続けよ」

「はっ。では、四つ目の理由でございますが、当家はカウム王家のみならず、ペリクリトル市と良好な関係にあります。そのため、ペリクリトル、更にはその先になるドクトゥス、ラクス王国の情報を入手することが可能です。帝国ではトリア大陸東部および北部の情報を入手する場合、北部総督府が入手したものか、アウレラの商人の手を介したものしか入ってきません。北部総督府はともかく、アウレラという 色眼鏡(フィルター) 越しの情報は信頼性という観点で疑問符が付きます。そのことを考えれば、当家がアルス街道で手に入れた情報を定期的にシーウェル侯爵閣下に流し、それをエザリントン公爵閣下が受け取られることは、対商業ギルドという観点でも有利であると考えます」

一気に話したため、口の中が乾く。

「五つ目の理由でございますが、先ほどのご下問にもございましたアンデッドの動向が不明なことです。もし、アンデッドの国が存在し、再びアクィラ山脈を越えてくることを考えますと、領主が不在という状況は危険であると考えます。幸い、祖父は健在ですが、既に 齢(よわい) 六十と武人としては高齢であり、兄も指揮官としてはまだまだ未熟。今回と同規模の侵攻が起こった場合を考えますと、父マサイアスの不在は避けるべきと考えます」

「そなたが補佐するか、指揮を執ればよかろう。アレクシス殿から聞いたが、軍略にも優れておるそうではないか」

「お言葉なれど」と言って反論する。

「戦いにおいて指揮官は兵たちの心の拠り所でもございます。指揮官は実際の戦いよりも兵たちを鼓舞し、十全以上の力を引き出すことが求められます。武勇や軍略に優れている方が望ましくはありますが、それ以上に兵たちから信頼されることが求められるのです。その点、私や兄では力不足であると考えます」

そこで宰相は頷き、

「そなたの申すことはもっともなことじゃ。マサイアスの軍への登用は諦めよう」

その言葉に安堵の息が漏れそうになる。しかし、宰相はその程度で許すような人物ではなかった。

「ならば、そなたであれば問題なかろう。マサイアスが全体の指揮を執り、ロドリックが前線で武勇を振るう。ロックハートの配下には優秀な戦士が多いと聞く。これで充分であろう。更に言えば、此度の陞爵で城塞都市が領地となる。仮に今回と同程度のアンデッドが押し寄せたとしても、キルナレックに避難させれば時間は稼げる。カウムからもペリクリトルからも援軍は来るのだ。いかに優秀な魔術師とはいえ、そなたがおらねばならぬという理由はない」

これも予想通りの問いだった。

「お言葉なれど、対魔族、特に翼魔族に対しては闇属性魔法を知る、私が最適でございます。実際、今回の戦いにおきましても 二重影魔(ドッペルゲンガー) の撹乱を防いでおります。それだけではございません。私は土属性魔法を得意としております。これも今回得た知見でございますが、篭城戦において土属性の魔術師は奇襲や脱出に欠かせぬ存在であると断言できます」

「なるほど。蒸留酒の製造のことを申してくるかと思うたが、そう来たか」

宰相は僅かに楽しそうに顔をほころばせたが、すぐに鋭い視線を俺に向ける。

「ならば、宮廷魔術師をロックハート領に派遣しよう。それならばそなたの懸念は払拭できる」

まさかそんな手で来るとは思わなかった。そのため、僅かに答えが遅れる。その隙を突き、宰相が更に提案してきた。

「宮廷魔術師も特に優秀な者を派遣しよう。そなたに遜色がない魔術師というのは難しいかもしれんが、三名ほど派遣すれば問題はなかろう」

「過分なお言葉に感謝いたします」と言って大きく頭を下げる。父と兄の動揺が伝わってきた。

「ほう。我が配下に加わると申すか」

「はい。非才の身ではございますが、よろしくお願いいたします」

宰相は薄く目を開け、探るように見つめてくる。これほど簡単に俺が認めると思わなかったのだろう。

「しかしながら、一つだけお願いがございます」

「何じゃ。まあよい、申してみよ」

「ロックハート領に派遣される魔術師につきましては、能力を見極めさせていただきたいと思います。何といっても私の代わりとなるのです。もし、総合的な能力が劣っていた場合、ロックハート家のみならず、アルス街道、ひいては帝国の安全にも関わることでございますので」

「具体的に条件を申せ。無制限に能力が必要と言われても儂は納得せぬ」

宰相はそう言って睨むが、平然とした顔で条件を述べていく。

「少なくとも闇属性レベル四十以上、土属性レベル五十以上は必要です。更に翼魔族の奇襲を受けても身を守れるだけの剣術レベルが必要になります。私のレベルは四十を超えておりますが、自衛でございますのでレベル二十程度で充分かと思います。もちろん、それだけでは不十分であり、魔族の痕跡を探るために森に入るだけの知識と能力が必要となります。それらを備えた方が最低限必要となります」

再びテーブルを叩くバンという音が響く。

「戯言を申すな! 宮廷魔術師にそのような者がおるはずがない! そのことを分かった上で申しておるのであろう!」

その恫喝に俺は精神力のすべてをつぎ込み平静を保つ。

「宮廷魔術師の方の実力については私の知るところではございません。しかしながら、帝国の安全のためにはそれだけの者が必要となるのです。これは大仰に申しているわけではないのです。実際、先のアンデッド戦ではそれだけの能力が求められました。敵はそれだけ強力なのです」

宰相の強い視線を睨み返すように受け止める。立てている右膝がガクガクと笑いそうになるが、必死にそれを押さえ込む。

「もし、宮廷魔術師の方が希望されるのであれば、私が直接指導いたします。魔法については既に十分なレベルに達しておられるでしょうから、剣術と森での行動ということになりますが、十年もあれば領地を離れることができるかと」

俺の言葉に宰相は静かに目を瞑る。

「やはりロックハート家は増長しておる。この儂の提案を何一つ呑まぬのだからな……」

俺はそれに答えなかった。明確に俺たちに言っている感じはなく、独り言のように聞こえたからだが、それ以上にこちらから何か言うのは危険だと感じたのだ。

「ロックハートはどうあっても儂に力を貸さぬということじゃな」

そう言って宰相は再び俺たちを睨み始めた。