作品タイトル不明
第四十九話「宰相フィーロビッシャー公爵:後篇」
翌日、元老院を招集し、今後の対ルークス戦争に関する協議を行った。
これはアレクシス殿の発案で、第四軍団の処遇が宙に浮いていることを憂いており、それで協議したいという名目だった。
「それではエザリントン公よりの提案について協議を始めたい」
儂の開会の言葉の直後にラングトン大公が発言を求めた。
「対ルークス戦における戦力の増強という提案と聞いたが、具体的にはどのようなことなのだ?」
それに対し、アレクシス殿がいつも通りの柔らかな表情で答えていく。
「先日エザリントンに戻ったのですが、我が第四軍団は長くエザリントンに留め置かれており、いささかではございますが、士気の低下を懸念しております」
「ほう、精鋭で名高い第四軍団に士気の低下が見られると?」
「ええ、恥を晒すようですが、先日、ロックハート家がエザリントンに滞在した際、我が軍団の精鋭との模擬戦を行いました。その結果はご存じの通り惨敗です。いかに武名を馳せているとはいえ、自警団は農民。帝国軍の正規軍兵士が守るべき農民に敗れたのです。士気の低下が原因以外考えられません」
第四軍団の精鋭が自警団に敗れた話は有名であり、ほとんどの者が知っておったようだ。そのため、即座に頷く者が多い。
「それで第四軍団を前線に赴かせ、引き締めなおしたいということか。私は賛成するぞ。第四軍団と、知将と名高いエザリントン公が加わればルークスを圧倒できる。さすがに都までは攻め上れんだろうが、懲罰としては充分な成果が上がるだろう」
ラングトン大公がそう言って賛同すると、レオポルド皇子派であり第五軍団長のケンドリュー公も大きく頷く。
「私も大公閣下のご意見に賛同する。だらだらと軍を留め置くだけでも軍費は掛かり続けるのだ。ならば、戦力を増強して一気に片をつける方がよい」
主戦派である二人は鼻息荒く主張した。
「しかし、増強といっても一個軍団は過大ではないか」
インゴールスロップ公が何とか派兵の話を食い止めようと発言する。
「確かに。無駄な出兵は財政を圧迫する。これは宰相閣下が常々おっしゃっておることではありませんかな」
インゴールスロップ公にギャビストン公が追従する。
「まあまあ、落ち着きなされ。アレクシス殿の提案はまだ途中なのですぞ」
儂の仲裁に四人は不思議そうな顔を向けてきた。それに構わず、アレクシス殿に目配せを送る。
「私の提案は我が第四軍団に加え、皇太子殿下の第二軍団にも出兵いただき、レオポルド殿下の第三軍団を帝都に戻すというものです。第三軍団も長引く駐留で疲弊しているでしょうから、この際、新たな軍団で攻め入ればよいのです」
その提案に今度はラングトン大公が顔を赤くして怒り出す。
「最前線の将を代えるなど、敵国の状況がまるで分からなくなるではないか。これでは単に敵に利するだけだ」
「その点はご心配なく。敵情を知る北部総督府軍はそのまま残しますから、問題はありません」
「それでも士気の低下は免れん」
「第二軍団も第四軍団も新たに配備されますから、士気の点では問題ないでしょう。北部総督府軍にはそもそも期待していませんし」
ラングトン大公も理路整然と答えるアレクシス殿にぐうの音も出なくなる。
「しかし、皇太子殿下に出征していただくのは危険ではないか」
インゴールスロップ公が反対するが、これに対してもアレクシス殿が明快に答えていく。
「そもそも第二軍団は外征軍であったはず。それに我が第四軍団がおります」
「しかし、殿下には経験が足りぬ」
「その点は私が責任を持ってお仕えします。それとも私では不足ですかな」
インゴールスロップ公もそれ以上何も言えなくなった。
「よいのではありませんか。皇太子殿下が威を示す良い機会かと。私は賛成です」
ギャビストン公がそう言って賛同すると、インゴールスロップ公も「確かに」と言って頷く。
「それではレオポルド殿下が更迭されるように見えるのではないか? これまで勝利を重ねた殿下に対して酷い仕打ちであろう」
ラングトン大公が反論する。
「レオポルド殿下は凱旋されるのです。充分な戦果を上げておられるのですから当然でしょう」
アレクシス殿の言葉に「しかし……」と言おうとするが、それ以上言葉にならない。
儂は好機と見て、話に加わった。
「アレクシス殿の言う通り、レオポルド殿下は充分な戦果を上げられた。しかし、これ以上時が経てば、勝利の印象が薄れるのではありませんかな」
この言葉で大勢が決した。
「では、エザリントン公の提案である第二軍団と第四軍団の派兵と第三軍団の凱旋について、反対の方はおられませんな」
全員が小さく頷き、アレクシス殿の提案は承認された。
「では、皇太子殿下には第二軍団の再編を早急に実施していただく必要がある。大公閣下とケンドリュー公にはお手数をお掛けするが、殿下の手助けをお願いしたい。他の者では殿下が面倒だとおっしゃって帝都に舞い戻りそうですからな」
二人から「承知した」という答えが返ってきた。
「可能であれば、明後日にでも第二軍団の駐屯地に向かい、出発は一ヶ月後の三月五日ではいかがか。第四軍団も同日にエザリントンを出発し、ラークヒルで合流する。春の農繁期に敵に打撃を与えるためにはこのタイミングがよいと思う……」
会議が終了した後、アレクシス殿と合流する。
「うまくいきましたね」
「うむ。しかし、よかったのかな。言っては悪いが、皇太子殿下は戦については素人同然。第二軍団も陛下の時代から質は落ち続けておる。これではアレクシス殿に相当な負担が掛かると思うのじゃが」
今回のことは皇太子殿下を帝都から遠ざける策で、アレクシス殿と二人で考えたものだ。
「その件は問題ありません。第四軍団と北部総督府軍を主力とし、第二軍団にはラークヒルで待機していただくつもりですから」
「それでよいのか? レオポルド殿下が梃子摺った相手なのだ。貴公が敵を侮るとは思えぬが、同じように戦線が膠着するのであれば、看過はできぬが」
アレクシス殿は余裕の笑みで否定する。
「その点もご懸念なく。今回の戦略目標は明確ですから」
確かに彼の言う通りだった。今までは懲罰出兵ということで敵に打撃を与えるという不明確な目的であり、目標も占領なのか敵軍の殲滅なのかがはっきりしなかった。
しかし、今回の出兵では敵をおびき出し、戦力を消耗させるという目標が立てられておる。
また、妨害していたインゴールスロップ公や商業ギルドも皇太子殿下の妨害はできぬから、レオポルド殿下より自由に戦える。
戦争に関しては大きな懸念はなくなった。あとはアレクシス殿がどのくらいの期間でどう収めるかというだけであり、これに関しては彼に任せればよい。
アレクシス殿が屋敷に引き上げようと腰を上げた。しかし、儂にはまだ話があった。
「さて、今回のことは誰の発案なのかな?」
「おっしゃる意味が分かりませんが?」と 惚(とぼ) けるが、これ以上好きにさせるつもりはない。
「此度の策はすべてロックハートに利するものばかりだ。貴公がロックハートに肩入れしているならそれでもよいが、そろそろ儂に本当のことを言ってくれてよいのではないかな?」
アレクシス殿から先ほどまでの笑みが消え、口を噤んだまま固まっている。
「これはザカライアス・ロックハートの考えではないのか? 巧妙に隠しているつもりだろうが、ドワーフを使ったことで疑念は確信に変わっておるのだよ」
「それは……」と口篭るが、それに構わずに追及する。
「アレクシス殿にドワーフは使えぬ。ドワーフを御せる者、すなわちロックハートしかおらぬ。ロックハートであれば、これほどの策を考えられるのはザカライアスしか考えられぬ」
「やはり宰相閣下には見抜かれましたか……」
ようやく観念したのか、アレクシス殿は一度天を仰いだ後に話し始めた。しかし、それは儂の予想を覆す話だった。
「閣下のお考えの通り、あの策を考えたのはロックハートの者です。しかし、ザカライアスではございません」
「それはおかしかろう。当主マサイアス、嫡男ロドリックは武人。ザカライアス以外には考えられぬ」
そこで彼は居住まいを正し、正面から儂を見つめる。
「先に閣下に申し上げておきます。ザカライアスは決してドワーフを利用しません。死を覚悟するような状況であろうと、あの者は友を利用することはないのです。そして、これは当主マサイアス、嫡男ロドリックも同様です」
「いや、それはおかしいのではないか? あの者は光神教に報復するために鍛冶師ギルドを利用した。それは紛れもない事実であろう」
「確かにあの声明はそう見えますが、事実はどうでしょうか。あれは鍛冶師ギルドに向けたものではなく、各国政府に向けたものだったはずです。彼は各国の要人たちが過剰反応することを想定し、あの声明を出したのです。我々はそれに見事に引っ掛かったのです」
確かにあの声明は光神教に与する国や組織に対し、ザックコレクションなる酒を売らぬと宣言しただけだ。それを魔術師ギルドが世界中にばら撒いた。
「確かにそうじゃが、それと今回の件にどのような関係があるのかな」
「今回、支部長であるフィンクが交渉に乗り出してきました。それに三十人にも及ぶ親方たちも。もし、ザカライアスが関与しているのであれば、彼自らが動いたでしょう。ドワーフを使った方が効果的であると分かっていても」
「では、誰があの策を考え、実行したのじゃ? もしや……」
儂の頭に一人の女性の情報が浮かぶ。
「ザカライアスの婚約者、シャロン・ジェークスか?」
「左様です」
「儂の得た情報ではザカライアスに次ぐ知恵者ということじゃが……ザカライアスの陰に隠れていろいろと策を弄しておるとも聞いていたが……」
「その通りです。実際、私に送られてきた手紙の主はシャロンでした。調べたところでは商業ギルドと魔術師ギルドにも手を回しているようです」
その手際の良さに感心するより呆れる。しかし、このままにしておくことは増長を招く恐れがある。
「しかし、気に入らぬな。そのような小娘に手玉に取られたというのは」
「その点は私も同意しますよ。ザカライアスにもしてやられ、その婚約者にまでやられたままでは元老エザリントン公爵の名が泣きますから」
そう言ってニヤリと笑った。
「そうじゃな。儂もこの借りはしっかりと覚えておこう。夫にしっかりと責任を取らせるというのもありということじゃな。フフフ……」
儂はロックハート家をどうすべきか、今少し深く考えることにした。
■■■
二月七日の午後、魔術師ギルドの支部長、マイルズ・イシャーウッドはラングトン大公の屋敷にいた。
本来なら午後一番の面会であったが、急に入った元老院会議の影響で午後三時まで待たされている。
それでも彼に不満はなかった。宰相にも匹敵する権力者、大公が相手であり、この程度のことは日常茶飯事なためだ。
謁見に使われる執務室に通されるが、大公は不機嫌そうな様子で、元老院で何かあったことは明らかだった。
イシャーウッドはタイミングが悪かったと心の中で嘆くが、笑みを絶やさぬように注意しながらあいさつを行う。しかし、大公は煩わしげに「用件は何だ。こちらは忙しいのだ」とにべもない。
「では単刀直入にお話いたします。閣下はロックハート家を配下に加えたいとお考えと聞き及びました。そのための策を献じに参りました」
大公は僅かに興味を示し、顎で先を促した。
「ロックハート家には次男ザカライアスがおり、実質的には彼がロックハート家の方針を決めております。そして重要なことは彼には二人の妻と二人の婚約者がおり、そのいずれもが美しい女性であると噂されていることです。もし、その噂が皇太子殿下に届いたとしたら、どのようなことが起きるでしょうか……」
イシャーウッドは劇的な効果を狙い、そこで言葉を切った。大公が興味を示していることを確認すると、再び口を開く。
「皇太子殿下は美しい女人を愛でられると聞いております。ならば、殿下がザカライアスの妻たちをお求めになることは必定。そして、ザカライアスは妻を非常に大切に思っております。つまり、皇太子殿下が手を伸ばされる前に彼の妻たちを閣下が保護されれば、ザカライアスは必ずや閣下に恩を感じ、ロックハート家は閣下の御為に働くこととなるでしょう。具体的には……」
彼は更に具体的な方策について説明しようとした。しかし、大公は煩わしげに手を振ってそれを止める。
「そのようなことか。詰まらぬ」
イシャーウッドはその言葉に目を見開く。
「ロックハート家を得るためには有効な策であることは間違いありません。私の策は……」
「殿下がザカライアスとやらの妻に手を出す暇などないのだ。明日にでも発表されるから教えてやるが、殿下はルークスに出征される。明後日には第二軍団の駐屯地に入り、準備を行うのだ。女にうつつを抜かす暇などないということだ。いや、この儂が与えぬ。仮にも帝国軍の軍団長であるのだ。それ相応の振る舞いができるように仕込まねばならんのだからな」
イシャーウッドは大公の言葉に愕然とする。
(皇太子を使う策は完全に無効だ……なぜ急にこんなことに……)
呆然と固まる彼に大公は「用がそれだけなら帰ってよいぞ」と言って立ち上がった。
イシャーウッドは掛ける言葉を探すが見つけることができず、頭を下げて見送るしかなかった。
その後、魔術師ギルドに戻り、部下である次長アンセル・ブレナンを呼び出した。
「どういうことだ? 皇太子が帝都を離れるという情報など全く聞いていないぞ」
ブレナンはいつも通りの無表情で「その話は初めて聞きました。それはいつ決まった話なのでしょうか」と静かに答える。
「今日の午後一番の元老院で決まったそうだ」
「それでは我々も知りようはありません」
ブレナンは静かに反論するが、イシャーウッドは強く叱責する。
「それを探り出すのが仕事だろう! 元老院で決まったということは、水面下で何か動きがあったということなのだ!」
「申し訳ございません。ですが、そのような噂は軍も商業ギルドも全く掴んでいなかったのではないかと。恐らく宰相閣下が秘密裏にことを運ばれたのではないでしょうか」
ブレナンはそういいながらも数日前に会った少女のことを思い出していた。
(凄いものだな。これだけの時間で手を打ち終えるとは……これで自重しなければ、支部長は彼女を完全に敵に回すことになる。まあ、私にとっては支部長の将来など興味はないが、保険のためにロックハート家に恩を売っておくか……)
彼は今後もシャロンに情報を流すことを決めた。
イシャーウッドはブレナンを叱責したあと、イライラとしながら今後のことを考えるが、彼の手元に情報はなく、結局何も思い浮かばなかった。
(どいつもこいつも使えん! ドクトゥスにいた部下たちならもっと情報を持ってきたのだが、ここの職員は全く使えん……)
彼は思い違いをしていた。
以前の彼なら部下に丸投げすることなく、自ら動いていた。しかし、ドクトゥスから追放されてからの彼は自ら動くことなく、部下に任せるだけだった。
その積極性の差が情報不足を招いていることに彼は気づくことはなかった。