作品タイトル不明
第四十二話「帝都での情報収集」
二月三日。
私は今、兄ダン・ジェークスと共に帝都プリムスにいる。
ラドフォード子爵様から商業ギルドと魔術師ギルドが動き始めていると言う情報を受けて、ザック様が対策を打てるように情報を集めるため。
でも、情報を集めるだけで終わらせるつもりはないわ。私でも対処できるようなら、ザック様が到着する前に片付けておきたいと思っている。
もちろん、無理をするつもりはない。私の失敗で事態が拗れたら、ザック様の手を余計に煩わせてしまうから。
私たちが泊まっている宿は帝都の北側、商業地区と呼ばれるところにある。
帝都は大きく分けて、皇宮、貴族街、商業地区、工業地区に分かれる。帝都は周囲三十 km(キメル) にも及ぶ城壁で囲まれている大都市で、人口はこの街だけで二十万人以上、周辺の町や村を含めると五十万人にもなる。
街の中心にあるのが皇宮。
皇宮は一辺が一・五キメルの城壁と堀に囲まれた城になっていて、天空宮という名がついた宮殿がある。
皇宮の周りは貴族街で、貴族たちの屋敷と帝国軍の本部がある。
軍本部は皇宮の北側にあり、貴族街は皇宮の東西と南を囲むように作られている。
この軍本部と貴族街の周囲にも城壁があって、皇宮は三重の城壁に守られていることになる。
壁があるため自由に行き来することができず、一般の市民は特別な許可がないと貴族街に入ることはできない。
商業地区は街の北側。プリムスの北門には中央街道という大きな街道が繋がっていて、北門から南に“凱旋通”という大通りが延びている。凱旋通は幅二十 m(メルト) ほどの大きな通りで商店がたくさん並ぶ。
今回の目的地の一つ、商業ギルドはその商業地区の真ん中、凱旋通に面した一等地にある。周りの商店も三階建ての大きな建物だけど、商業ギルドの建物は一際大きなもので、すぐに分かった。
もう一つの目的地である魔術師ギルドは商業ギルドの南東側、貴族街の近くにあるらしい。まだ、そこに行っていないけど、後で行くつもりでいる。
私と兄は昨日から降り始めた雨の中、商業ギルドの建物を見ながら、その先にあるロビンス商会に向かっていた。
ロビンス商会は去年のドワーフ・フェスティバルでザック様から 冷菓(ジェラート) の製法を買い取った食料専門の商会で、シーウェル侯爵家の御用商人でもある。
今回はロビンス商会を拠点に商業ギルドの情報を集めるつもりでいる。
“ β(B) ρ(R) ”というロゴが入った派手な看板があり、ロビンス商会の建物はすぐに見つかった。ちなみにBRは商会長のバート・ロビンスのイニシャルで、ザック様が、「こんな感じで看板を作ったら目立つんじゃないかな」と笑いながら渡したデザインだ。
何でも元の世界のジェラート専門店のロゴをまねたものらしく、“BR”と“30”という文字が組み合わさっている。三十は“三十日間毎日食べても違う味”という意味らしい。
儲かっているのか、建物は思っていた以上に立派で、立ち止まって見上げてしまったほど。
今日は冒険者の格好をしていないから目立たないけど、兄が持つ長剣が場違いな感じがするほど明るくおしゃれな店内だった。これもザック様の意見を取り入れているらしい。
中に入るとミルクとフルーツの甘い香りが鼻をくすぐる。
「いらっしゃいませ」と若い女性が声を掛けてきた。
ここでもジェラートを売っており、それを目当てに来た客だと思われたようだ。
「ラスモア村から参りました、シャロン・ジェークスとダン・ジェークスと申します。ザカライアス・ロックハート様の代理として、商会長様にご挨拶に参りました」
その女性は一瞬とまどったようだけど、ザック様のお名前を出したら、すぐに分かってくれた。
「失礼いたしました」と言って頭を下げ、「こちらにどうぞ」と言って奥にある応接室に案内される。
「すぐに呼んで参りますので、お掛けになってお待ちください」
すぐにバートさんが走ってきた。バートさんは四十歳くらいの背の低い人で、いつもニコニコと笑っているけど、今日は焦っているためか笑みがない。
「お待たせしました」と言って頭を下げるが、こちらが連絡なしに来たので逆に恐縮してしまう。
「いいえ、こちらこそ連絡もなしに急に来てしまい、ご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ。ロックハート家の方々にはお世話になっておりますので、迷惑などとは考えておりませんよ」
そこまで言ったところで何か思い出したのか、動きが止まった。そして、「ご婚約おめでとうございます」と私の婚約を祝ってくれた。
突然のことで「ありがとうございます」と言うことしかできなかったけど、祝福されたことがうれしくて頬が緩みそうになる。
でも時間を浪費するわけにはいかないと気を引き締め直す。
「今日お伺いしたのは商業ギルドに関する情報を教えていただきたいためです。ラドフォード子爵様から商業ギルドの上層部がロックハート家に対して、何か仕掛けてくるのではないかと伺いました。御館様、そしてザカライアス様から情報を収集するように命じられております。ご存知のことを教えていただけないでしょうか」
バートさんも真剣な表情になり、「知っていることはすべてお教えします」と言ってから話し始めた。
「まず、最初に申し上げたいのですが、私の持つ情報は伝聞のものが多く、憶測が含まれております。私もギルド員ではございますが、それほど力を持っているわけではございませんので……」
「構いません。ただ、どの程度の確度なのかは教えていただけると助かりますけど」
「分かりました。では、現状について説明させていただきます……」
そう言って商業ギルドのことを話し始めた。
「……支部長ですが、スペンサー商会の商会長ウィルス・スペンサーと言います。彼は貿易商を営み、インゴールスロップ公爵家の御用商人でございます。そのスペンサー氏がロックハート家の情報を探っており、私のところにも何度も顔を出しております。特に興味を持っていることはザカライアス様とセオフィラス様のことでした……」
話を要約すると、支部長のスペンサーはザック様とセオ様の性格や好み、日ごろの行動などを調べているらしい。
ザック様のお考えどおり、ザック様とセオ様に貴族の令嬢を紹介するつもりでいるみたい。
他にもロックハート家の財政状況や家臣の人数や今後の方針なども調べている。財政状況が厳しいなら資金を融通し、家臣が足りていないようなら自分たちの息が掛かっている者を押し込もうとしているらしい。
「……他にもザカライアス様の奥様方について、どのような方かをしきりに聞いてきました。これについての目的はよく分かりません。何か絡め手を使うための布石なのか、それとも弱みを探ろうとしているのか……」
支部長が何を狙っているのか何となく分かってきたけど、それ以前にどのような人物か聞いておく必要がある。
「スペンサー支部長について聞きたいのですが?」
「私の分かる範囲であれば何でも聞いてください」
「支部長はアウレラの意向をどの程度気にされるのでしょうか?」
私の質問にバートさんは「ご質問の意図を掴みかねます」と言って僅かに顔を顰めていた。
「言い方が悪かったですね。私が聞きたいのは、支部長が商業ギルドの本部を気にしているのか、それとも自分の商売への影響を気にしているのかということです。もっと簡単に言うと、政治家としてか、商人としてかということです」
バートさんは「難しい質問ですね」と言い、十秒ほど沈黙した後、口を開いた。
「これは私の印象ですが、恐らくアウレラの本部を気にしていると思いますが、商人としても動いていると思います」
「その根拠は何でしょうか?」
「スペンサー商会は貿易商です。特にアウレラから入ってくるラクスやサルトゥースの商品を帝都で売ることで儲けを得ています。現在、アウレラ街道が機能していないため、アウレラ経由の商品は品薄です。それに加え、ルークスの港が使えませんので、アウレラ行きの船は途中で物資を補給できません。ですから、その分、商品を積み込むことができないのです。つまり、輸送費が高騰し利益が減っているということです。スペンサー氏としてはこの状況を何とかしたいと考えているはずです。本部もこの状況で困っているはずですから、スペンサー氏の思惑と本部の思惑は一致していると思います」
スペンサー商会はアウレラを通じて北部の物資を帝国に送り、帝国の物資を北部に送ることで利益を得ていた。
しかし、街道が麻痺していることから、アウレラの商業都市としての機能は大きく低下し、そこを拠点として使っているスペンサー商会は利益を大きく損ねている。
「つまり、スペンサー支部長は商業ギルドの考えと同じく、今の戦争を早期に終わらせたいということですね」
「その通りですが、それと今回の件が繋がらないのですが」
バートさんの言う通り、戦争を終わらせることとロックハート家を味方に付けることに関連性はない。
(ザック様ならどうお考えになるだろう? ザック様はいつも利害関係が複雑な時は紙に書いて整理するといいとおっしゃっていたわ。そうすることで見えなかったものが見えるようになるって……)
私は持ってきた手帳に今の関係を整理する。
まず中心にロックハート家と書いて、商業ギルド本部、支部長、皇太子派、皇子派、中立派と並べていく。
(商業ギルド本部と支部長はイコール。皇太子派と支部長の関係は? ここは支部長から皇太子派への矢印ね。皇子派は皇太子派と対立……中立派とロックハート家が繋がる……中立派と商業ギルドの関係は?……ここが分からないわ。エザリントン公爵様が動かれたから、何らかの関係はあるはずだけど……これはバートさんに聞いても分からないかな?)
そう思ったものの、一応聞いてみた。
「スペンサー支部長と宰相様、エザリントン公爵様との関係について何か情報はありませんか?」
想定していない質問だったのか、バートさんが再び困った顔をする。
「またまた難しい質問ですね……エザリントン公爵様はエザリントン市の通行を簡素化して、中央街道やラングトン街道の通行の円滑化を図られました。その時、海運を 生業(なりわい) としている商人たちと対立したと聞いています。宰相閣下はもっと難しいですね……」
そう言って一度言葉を切った。
「宰相閣下はラクス王国との戦争に反対されています。それだけではなく、アウレラを含む都市国家連合とは交易でよい関係を作ろうとされていらっしゃいます。この点だけ見れば、商業ギルドに益があるのですが、一方で帝国内での商業ギルドの力を削ぎ、自由な商売ができるようにともお考えです。この点では激しく対立しているといってもいいでしょう」
「つまり、宰相様と商業ギルドの関係は是々非々という感じということですか」
「そうなりますね。ですので、単純な構図にはならないのではないかと」
私は中立派と商業ギルドの間にクエスチョンマークを入れた。
「もう一つ教えていただきたいのですが、支部長個人と対立している人はいらっしゃいますか?」
この質問は簡単だったのか、すぐに答えが返ってくる。
「対立と言いますか、明確に後釜を狙っている人物はいます」
「それは?」と私が聞くと、
「ダニー・クラーク氏です。クラーク服飾店の主です。服飾店と言いましても、貴族方を相手に手広く商売をしており、皇帝陛下のお召し物も納めている大手です。帝都だけでも五店舗、帝国内に十店舗以上の支店を持っています。そのクラーク氏が次期支部長の座を狙っているという話がよく聞かれます……」
バートさんの話ではクラーク氏は次期支部長の座を狙い、アウレラの本部に尻尾を振る現支部長を追い出し、帝国の商人を最優先に考える自分がなるべきだと主張しているらしい。
クラーク服飾店は素材の調達を含め、加工・販売ともに帝国内で完結するため、本部の意向を気にする必要がない。逆にマントや騎士服など戦争による特需が期待できるため、対ルークス戦争には賛成の立場のようだ。
「……クラーク氏は皇太子派の中でもインゴールスロップ公ではなく、ギャビストン公と懇意なのです。ご存知だと思いますが、ギャビストン公の長女が皇太子妃殿下です。つまり、クラーク氏は次期皇帝の義父となるギャビストン公に入れ込んでおり、現皇帝の義父インゴールスロップ公を支援しているスペンサー氏とはあまり仲がよくありません」
だんだん複雑になってきた。
手帳にクラーク氏の名を書き、支部長と対立関係にあることを示す印を入れる。
その後、いろいろと話を聞いたが、商業ギルドのプリムス支部で、誰が何を考えているかはよく分からなかった。
情報収集を終えて移動しようと思った時、バートさんからも話があると言ってきた。
私が不思議そうな顔をしていると、「大した話ではないのですよ」と笑い、
「ロックハート家の皆さんが帝都に着きましたら、ぜひ案内をさせてください。ラドフォード子爵様ほどではありませんが、いろいろとお勧めのお店や帝都の見所にご案内しますので」
「それは楽しみです。その時はよろしくお願いします」と言ってロビンス商会を後にした。
お店を出た後、ほとんどしゃべらなかった兄に抗議する。
「ザック様に相談できないんだから、お兄ちゃんも少しは考えてよ。ザック様の代わりにはならないのは分かっているけど」
そう言うと兄は頭を掻きながら、「ごめんな」と謝り、
「悪いけど僕じゃ、話についていけないよ。どこかで噂話を集めるとかならできるかもしれないけど……」
森の中だと頼りがいがあるなとか時々思ったけど、街の中だと全然駄目。
そうは言っても二人しかいないんだから、何とかするしかない。
「じゃあ、私は魔術師ギルドに行くから、お兄ちゃんは鍛冶師ギルドに行ってギュンターさんに協力をお願いしてきて。でも、宴会で潰れたら駄目よ。明日もやることはいっぱいあるんだから」
「ああ、分かっているよ。努力する……」
一応釘は刺したけど、ドワーフの皆さんに潰されてしまうだろうな……。