軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十八話「嫁の条件」

一月二十四日。

俺たちはエザリントン公爵令嬢ローレンシアとプリムローズの案内で、エザリントン市街を散策していた。

最初に向かったのは食料品を取り扱うパストン商会という大手の商会だった。

簡単な自己紹介を終えた後、テーブルに着き、取り扱っている商品について説明を受ける。

「我が商会の主力商品は穀物でございます。エザリントン周辺のみならず、帝国中部域の穀倉地帯からも様々な種類の穀物を取り寄せ、帝都を始めとする南部域の主要な都市に販売しております……」

パストンは皿を用意し、そこにサンプルの穀物を出していく。

「大麦、小麦などの麦だけでなく、ソバや米、トウモロコシなども取り扱っております。また、このように豆類も豊富に取り扱っており……」

米と聞き、思わず反応する。この世界にも米があることは知識として知っていたが、今まで実物を見たことがなかったためだ。

しかし、目の前の物を見て僅かに落胆する。

(やっぱり長粒種に近い奴か。日本の米みたいな短粒種が見つかるとは思っていなかったが……)

俺が米を手にとって見つめていると、パストンが説明をやめ、「何か気になることでも?」と聞いてきた。

「米はこの一種類だけでしょうか? 麦に小麦や大麦があるように、米にも種類があるのではと思ったものですから」

俺の質問は想定外だったようで、パストンは慌てて穀物担当の従業員を呼んだ。そして、その従業員に確認すると、「私は見たことがございませんが、色が違う米があると聞いたことがあります」という答えが返ってきた。

色は赤いらしく、古代米のような原種なのかもしれない。

米を見つけても日本酒造りをすぐに手掛けるつもりはない。

日本酒やしょうゆを別の気候の土地で作ることは簡単なことではないためだ。

記憶が定かではないが、日本酒などを作るのに必要な麹はカビの一種であり、地球ではアジアが原産だったはずだ。カビということで、一定以上の温度と湿度がないと育ちにくい。

その麹菌だが、籾殻にいると聞いたことがあるが、このトリア大陸はヨーロッパに近い気候であり、麹菌自体が存在しない可能性がある。

麹菌が存在しなければ、米のデンプンを糖に変えることができず、日本酒を作ることができない。もしかしたら、デンプン質を別の方法で糖化することができるかもしれないが、それで作った酒は日本酒とは言えないだろう。

仮に麹菌が見つかったとしても、日本酒造りは繊細なもので、温度や湿度の管理が難しく、酒造りの職人がいなければ成功は見込めない。

醸造は酵母や麹などの“生物”を扱う技術であり、物理現象のように科学的に一かゼロという世界とは違う。実際、ビールやワインの醸造でも職人たちが手間をかけて育てることにより、美味い酒ができるのだ。

日本酒を造ろうとする場合、まずその職人がいない。つまり、職人を一から育てる必要があるのだ。蔵に見学にいった程度の知識しかないが、杜氏を育てるには先輩の杜氏がいるという条件でも長い年月が掛かる。

蒸留酒造りも職人がいなかったのだが、蒸留という技術は言ってしまえばアルコールとその他の成分を沸点の違いを利用して分離する技術だ。つまり、物理現象を利用した技術といえる。

蒸留が簡単だと言うつもりはないが、醸造は蒸留に比べ、結果が出るまでに時間が掛かるため、試行錯誤という点で不利だ。更に気候の影響も受けやすい。

恐らくだが、麹菌を見つけて発酵まで持っていけたとしても、満足のいく味にするには杜氏が数回代わるくらいの時間が必要だろう。当然、日本酒の味を知っている俺はこの世にいない。

これは満足のいく素材が揃っているという条件での話だ。酒米に適した米を作ることまで考えれば、現実的な話とはならない。

できるとすれば、魔術と機械工学が融合した古代文明のような先進的な技術ができてからだろう。

日本酒造りに手を出すつもりはないが、食材としての米に興味はある。米があればしょうゆや味噌がなくとも料理のバリエーションは増えるからだ。

俺がそんなことを考えている間に、パストンは別の商品の説明を始めていた。

「……砂糖は南部で作られているサトウキビから作ります。当商会ではこれを中部域から東部域にかけて販売しております……」

帝国南部はウェール半島と呼ばれ、温暖な気候が特徴だ。半島の南部は比較的降水量が多く、サトウキビの栽培に向いているそうだ。

「……南部では他にも珍しいものが作られています。特にスパイス類の多くは南部で作られているのです。当商会では南部に領地をお持ちの貴族様と専属契約を結び……」

そんな説明が十分ほど続いた。

「ザカライアス卿がいらっしゃいますので、酒類の紹介と思いましたが、この時期では麦酒と蜂蜜酒しか取扱いがございません。もう少ししましたら、ワインの取扱いが始まるのですが、ようやく出荷作業が始まったところですので、残念ながらここには届いていないのです」

そう言った後、従業員に目配せをする。

「ザカライアス卿やロックハート家の皆さんはドワーフ・フェスティバルで多くの素晴らしい麦酒を飲まれたと思いますので、ご満足いただけるかは分かりませんが、今回は鍛冶師ギルド支部にお売りするエールを用意いたしました」

そう言って錫製のゴブレットを並べ始める。

「この時期のエールはじっくりと醸造しているため、普段より甘みがあると思います……」

試飲をするとりんごやプラムのような甘い香りと爽やかな酸味が広がる。

さすがはドワーフ御用達と思わせる一品だった。

その後、ドライフルーツや珍しいスパイス類を購入する。

「いかがだったかしら?」とローレンシアが聞いてきたので、

「とても楽しかったですね。さすがは帝国一の交易都市と言われるだけのことはあります。見たことがない食材がこれほど豊富にあるとは思いませんでした」

俺の言葉にローレンシアは満足そうに頷く。

「何か新しい 甘味(スイーツ) のアイデアは思い浮かびませんでしたか?」

プリムローズがそう聞いてくる。本当に甘いものが好きなようだ。

「面白い食材がありましたので、できるかもしれませんね。少し大人向きかもしれませんけど」

俺がそう言うとプリムローズだけでなく、リディも興味を示す。

「何があったの? 私には想像できないんだけど」

「まだ、内緒だ。俺が思っているものかも確かじゃないからな。上手くいけば、デザートだけじゃなく、料理にも幅が出るはずだ」

「教えてくれてもいいじゃない」と拗ねるが、もう少し時間に余裕がないと成功するか分からないため、言うわけにはいかない。素材だけは大量に仕入れたので何とかなるとは思っている。

パストン商会を出ると、今度は徒歩で移動する。

歩きながら、パストン商会が蒸留酒の話をしてこなかったことについて考えていた。

(蒸留酒を僅かでも売ってほしいと言ってくると思ったんだが。公爵家の令嬢の前で商談というわけにもいかないということなのか。それともスコッチの在庫が少ないという情報がここまで行き渡っているのか。いずれにせよ、面倒な話をしなくて済んでよかった……)

パストン商会で一時間半ほど過ごしたらしく、正午まで一時間ほどという時間だった。

この後はブラブラとウインドウショッピングでもないが、この辺りの店を覗き、五百メートルほど先にあるホテルのレストランで昼食を摂ることになっている。

エザリントンの商業地区は帝国様式と呼ばれる石造りの建物で統一されているだけでなく、オレンジ色の屋根と白い壁で装飾された美しい街だ。

ガラスで有名な帝都が近く、海上輸送も容易なためか、ガラス窓も多い。そのため、今まで見た街に比べ、明るい感じがする。

ローレンシアがいろいろと説明し、店を覗いていく。不思議なことに街の人々は、公爵家の令嬢がおり、護衛を合わせれば三十人以上の集団が歩いているにも関わらず、普段通りに見える。

もちろん、二人には絶えず声が掛かり歓迎されているのだが、保安上の理由から事前に説明されているとは思えない。普段から治安がいいにしても、これほどの警備ができる公爵家はさすがだと感心する。

「良い街ですね」と俺が言うと、ローレンシアは当然という顔で大きく頷く。

「お父様の手腕が素晴らしいからですわ」と胸を張る。

治安はいいし物資も豊かで、街には笑顔が溢れている。エザリントン公の統治が上手くいっていることは間違いない。

「確かにその通りですね」というとローレンシアは嬉しそうに微笑んでいた。公爵家ということで親子の情が薄いのかと思ったが、こういう姿を見るとエザリントン公が家族を愛していると感じ、更に好感を持った。

昼食はラドフォード子爵も利用するホテルのレストランということで、満足のいく味だった。向こうもラドフォード子爵の知り合いと聞いていたらしく、最初は戦々恐々としていたようだが、サービスを含め、一流レストランという評判に恥じないものだった。

昼食を摂った後、エザリントン市の東地区にある鍛冶師ギルドのエザリントン支部に向かった。

馬車に乗って十分ほどでギルドに到着する。

この街の鍛冶師たちは主に第四軍団の武具の製造補修を行っている。それだけではなく、エザリントンに本拠を置く傭兵団や近隣の町や村にいる冒険者たちの武具も作っており、百五十人以上のドワーフと二百人近い人間の鍛冶師が所属する大きな支部だ。

しかし、ドワーフ・フェスティバルに参加しておらず、研修にもまだ来ていないため、スコッチを飲んだ者は誰もいない。

そんな鍛冶師ギルドを訪問するということで、既にスコッチを一樽送り届けてある。

ここから先は俺たちだけの方が良かったのだが、ローレンシアたちがどうしても同行したいと言ったため一緒にいる。

本来の予定では東部総督府のあるエアルドレッドの街と同じように、二泊目に宴会に参加するつもりだった。しかし、エザリントン公本人が来ており、これだけの 重要人物(VIP) を放り出してドワーフと飲むわけにはいかない。ドワーフたちとの宴会は帰路にするつもりで、今回はザックコレクションを渡していない。

ギルドの受付に行くと既に俺たちの到着は知らされており、すぐに集会室に通される。

集会室には五十人以上のベテランドワーフが待ち受けており、俺たちを温かく迎えてくれた。

「よく来た。よく来てくれた」と言って支部長であるイヴァン・ケンプが俺の二の腕を叩く。いつも通り、ハンマーで鍛え上げられた腕でバシバシとやられるため、非常に痛いのだが、彼ら流の歓迎であり笑みは絶やさないようにしている。

ドワーフたちの興奮が収まったところで、ロックハート家を代表して父が挨拶を行った。

「……今回はこれで失礼しますが……」

父がそう言ったところで「公爵など放ってこっちで飲めばよいんじゃ」という落胆の声が漏れる。

父は苦笑しながらも話を続けていく。

「帝都からの帰りには皆さんと杯を交わしたいと考えておりますので、それでご容赦を。その際にはザックコレクションも味わっていただく予定です!」

俺はその直前にローレンシアたちに「耳を塞いでください」と言い、俺も耳栓を装着する。

その直後、ドワーフたちの歓喜の声が集会室を揺らす。ロックハート家の面々は慣れているので、耳を塞ぐか事前に耳栓を入れて対応しているが、エザリントン家の護衛たちは対応が遅れるものが続出し、ドワーフの歓喜の声が収まっても耳を押さえて苦しんでいた。

事前に説明してあり直前にも警告したため、ローレンシアたちは難を逃れたが、護衛たちは事前の説明だけではタイミングが分からず、ダメージを受けてしまったようだ。

「これがドワーフたちの歓喜の声なのですね……噂以上ですわ……」

呆然としながらローレンシアが呟いている。

「本当にロックハート家はドワーフと仲がよろしいのですのね。お父様がお酒を贈ってもこれほど喜んだという話は聞いたことがありませんから」

俺は曖昧な笑いを浮かべるしかなかった。

■■■

午後三時頃。

アレクシス・エザリントン公爵は街に配した部下たちの報告に満足していた。彼は無用な混乱を避けることと噂の収集のため、多くの部下を密かに街に送り出していたのだ。

「レンシアとローズは上手くやってくれたようだ。これで大公閣下たちも手を出しにくかろう」

「そうでございますな。元々お嬢様方は街の者たちに好かれておりました。此度の初々しい振る舞いに民たちは微笑ましく見ていたという報告もあります。まずは重畳かと」

腹心であるアドルフ・レドナップ伯爵がそう言うと、公爵は次の手を打つ相談をしようとした。

しかし、鍛冶師ギルドに向かった部下が報告に来たため、先にその話を聞くことにした。

「……ロックハート家は大歓迎され、ドワーフたちもお嬢様方を好意的に見ていたとのことです」

「それは良かった。これで鍛冶師ギルドからも噂が流れるな」

レドナップ伯がそう言うとその部下は「恐れながら」と言って、それを否定する。

「職員たちに聞いた話では、鍛冶師たちにはお嬢様方がザカライアス卿の花嫁候補であるという認識はないそうです。実際、ドワーフの鍛冶師に話を聞いたのですが、彼はこう答えました。“ザックの嫁にはなれんな”と」

「なぜなのだ? 仲睦まじいと見ていたのではないのか?」というエザリントン公の問いに、「その通りでございます」と答えるが、

「その鍛冶師が言いますには、“儂らの心が分からぬ者にザックの嫁は務まらん”とのことで……」

エザリントン公とレドナップ伯はますます混乱する。

「何がどうなっておるのだ」とレドナップ伯が詰め寄ると、

「職員が言いますには、今宵の宴会にロックハート家が出席しないことが不満のようです。もし、ザカライアス卿の妻になるような女性なら、実家を説得してでも鍛冶師ギルドの宴会に参加させるはずだと。その理由は私にも良く分からないのですが……」

エザリントン公は「うむ」と唸り、「そなたが聞いた話を正確に聞かせてくれ」と先を促した。

「では、私の聞いた話をそのままお伝えいたします。その職員はこのように申しました。“ロックハート家はドワーフの友なんです。ドワーフは友が遠方から来たら、何をおいても酒でもてなすんですよ。例え皇帝陛下が駄目だと言っても、友が来たならどんな困難があろうともドワーフは歓迎の宴を開くんです。今回は公爵様の晩餐に出るためにロックハート家が遠慮したと聞きました。もし、ザカライアス様の奥方になられるなら、実家を説得してギルドの宴会に参加したはずです”と。私が聞いた話は以上です」

公爵らはその話を聞き、言葉を失った。

「どうすべきだと思う、アドルフ?」

「どうすべきか……ここは我らが鍛冶師ギルドに行くしかありますまい。マサイアス卿は義理堅い人物。閣下がギルドの宴会に行けとお命じになっても、既に約束した晩餐を断ることはないでしょう。我らがギルドに行けば、マサイアス卿も否と言わぬのではないかと」

レドナップ伯の話にエザリントン公はしばらく沈黙した。そして、徐に口を開く。

「それがよいだろうな……いや、これは良い機会だ。鍛冶師たちが拒まねば、我がエザリントン家と鍛冶師ギルドの関係はロックハートを通じて良好になったように見える。そうなれば、ロックハートは我らと共にあるように見せることができるのだ。問題はドワーフたちが私の参加を認めるかだ……」

「それについて、ザカライアスに任せましょう。彼が言えば、ドワーフたちは間違いなく参加を認めます。彼ならば閣下のお考えを読み取り、参加を認めるのではないでしょうか」

「そうだな。だが、これに関してはクレメント殿にも相談しよう。彼の方が我らよりザカライアスの性格に詳しい。イグネイシャスがおればもう少し事は簡単だったのだが、いない者は仕方ない」

エザリントン公はシーウェル侯を呼び出し、状況を説明する。

「すぐにギルドへその旨を伝えるべきです。ロックハート家には私から説明しましょう」

こうして帝国の公爵が鍛冶師ギルドの宴会に参加するという前代未聞の計画がスタートした。