軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話「市街地散策」

一月二十四日。

エザリントンに到着した翌日の朝。

いつも通り朝食前の訓練を行うため、夜が明ける前に第四軍団の練兵場に向かう。

まだ真っ暗な時間ということで誰もいないと思ったが、既に十人以上の兵士たちが身体を動かしていた。

父は兵士たちを気にすることなく素振りを命じ、俺たちもいつも通り訓練に集中していく。

十分間の素振りが終わると、いつも通り模擬戦が始まった。その頃には空も白み始め、群青色からオレンジ色、そして、澄んだスカイブルーに変わっていく。

俺の模擬戦の相手は兄ロッドだ。

兄は祖父譲りの剛剣使いで、現在剣術士レベルは五十七。二十歳にして一流と認められるレベル五十を超えている。

一方の俺の剣術士レベルは四十八。これだけレベル差があると勝機が見えないのは普通なのだが、俺の身体能力は高く、更に回避レベルも五十三と高いため、魔闘術を使わなくてもある程度は戦える。

ロックハート家の流儀通り、模擬戦は合図もなく始まった。

兄が先手必勝とばかりに猛然と木剣を振り下ろしてくるが、性格が素直なためか、攻撃が読みやすく、初手の回避はさほど難しくない。

兄も初手は回避されると思っていたのか、すぐに斬り下ろした剣で足を狙ってくる。この連続攻撃は鋭く、回避直後の体勢では来ると分かっていても避けることは難しい。何とかギリギリで回避しても、兄の連続攻撃は止まることなく、様々な方向から襲い掛かってくる。

息吐く暇もないほどの嵐のような攻撃が続く。僅かでも攻撃の手が緩めば、魔闘術を掛けて反撃できるのだが、兄もそれが分かっているため、手を緩めない。

一分ほどで数十回の斬撃が繰り出され、徐々に追い詰められていく。しかし、ここで苦し紛れに手を出すわけにはいかない。ここまで地力に差があると、反撃に対してカウンターを決められてしまうのだ。

ここはひたすら回避に専念し、兄が疲れてミスを犯すのを待つ方が賢明だ。

俺よりも兄の方がスタミナはあるが、剣を振り続ける兄の方が回避に専念している俺より疲労が溜まる。二分ほど攻撃が続いたところで兄の手が止まる。

「ハァハァ……やっぱりザックは避けるのが上手いな。ハァハァ……」

兄が笑いながらそういうが、俺の方にそれに答えるだけの余裕がなく、ハァハァと肩で息をしている。

攻撃が止んでいる間に魔闘術を脚に掛け、兄が回復する前に一気に攻め込む。

兄もその短い時間に僅かだが回復しており、俺の斬撃を弾きながら反撃してくる。こうなると、地力の差がもろに出て、逆に一気に押し込まれてしまう。

数合打ち合った後、右腕に強烈な一撃をもらい、木剣を取り落として膝を突く。

そこで兄との模擬戦は終了となった。右腕は折れてこそいないが、全く力が入らず、ジンジンという痛みが襲ってくる。ひびくらいは入っていそうだ。

「打ち合うと駄目ですね。完敗です」と俺が言いながら、右腕に治癒魔法を掛けていく。

「いや、だんだん追い込めなくなっているから、そのうちやられそうだよ」

模擬戦で気づかなかったが、空はすっかりと明るくなり、俺たちの周りには百人以上の兵士たちが見物をしていた。

昨日といい、暇なのかと思わないでもないが、自分たち以外の訓練を見る機会がないから珍しいのだろう。

朝の訓練が終わり、城に戻ろうとした時、一人の騎士が父に話しかけてきた。

「私はギリアン・ファウラー、第四軍団長直属小隊の隊長を拝命している……」

ファウラーという騎士は父より僅かに背が低いが、がっしりとした体格で、標準装備を使うことが多い帝国正規軍にしては珍しく、大型の剣を背負っている。

年代的には父と同じくらいの三十代後半、よく日に焼けた顔には笑みが浮かんでいた。

父が挨拶を返すと、すぐに本題を切り出してくる。

「ロックハート卿にお願いがあります」

「どのような?」と父が返すと、ニヤリと笑う。

「夕刻にも訓練をされると聞いております。その際にぜひとも我らと手合わせをお願いしたい」

父は表情を真剣なものに変えて答える。

「我が家では死に至るような怪我を負うこともありえます。その覚悟は?」

「無論、その覚悟はあります。即死以外は何でもありだという話は有名ですからな」

ファウラーはこともなげにそう言ってきた。

父が了承したので、俺も話に加わった。

「ザカライアス・ロックハートと申します。一つ教えていただきたいのですが、この件についてエザリントン公爵閣下、第四軍団長閣下はご存知でしょうか」

ファウラーは俺の問いを予想していたのか、「無論、閣下の許可は得ている」と答え、

「閣下も万が一、死者が出たとしても責任は問わぬと断言されている。これでよいかな」

エザリントン公の思惑は分からないが、この場で公言したことで責任問題に発展することはないだろう。

夕方の訓練の時間などを調整した後、朝食を摂るため城に戻る。城の浴室で汗を流し、朝食を摂りに昨日と同じホールに向かった。

俺たちがホールに到着する前に、ラドフォード子爵は帝都に向けて出発していた。帝都で報告を行った後、俺たちと合流するためシーウェルに戻るとのことだ。

ここから帝都までは百三十キロ。それを三日で移動し、宰相に報告を行った後、百キロ離れたシーウェルに二日で戻るらしい。勅使とは思えぬ強行軍だが、俺と酒造りの話をするために少しでも時間を作りたいとのことだった。

公爵たちと朝食を摂りながら、今日の予定について確認する。

予定はロイ・エルガーという騎士が説明していくが、彼が護衛の指揮官らしい。

「……午前中はパストン商会に行き、その後は近くを散策、昼食はホテル・エザリントンのレストランで……その後は西地区の鍛冶師街で鍛冶師ギルドを表敬訪問、午後三時頃に城に帰着という予定となっております。ローレンシア様、これでよろしかったですかな」

エルガーという騎士は顔に大きな傷がある強面で、バイロン・シードルフに似た雰囲気を持っていた。元傭兵で現在はレドナップ伯の護衛小隊を指揮する小隊長を任されているそうだ。

「ええ、それでよいわ。皆さんもよろしいですわね」

ローレンシアが確認してくるが、俺たちに異存があるはずもない。

午前九時頃、城を出発する。

俺たちだけなら歩いていくのだが、公爵令嬢が同行するため馬車を利用する。

ロックハート家の男たちは帯剣こそするものの防具は着けず、騎士服を着用している。女性たちは大仰ではないがドレスと毛皮のコートという姿だ。

これも公爵令嬢たちに敬意を表すためで、リディやベアトリスは普段着の方がいいとぼやいている。

そんな中、俺だけは黒色の上下に黒マントという、いつも通りの格好をしていた。

公爵令嬢のローレンシアは白を基調としたワンピース型のドレスに明るい紫色のケープをまとっている。清楚さの中に高貴さが見え、さすがは公爵令嬢だと感心する。

一方のプリムローズは薄いピンク色のドレスに雪狼の毛皮を使った純白のハーフコートを着ている。十五歳という年齢どおりの愛らしい感じだ。

今日のロックハート家の護衛はシムとダンのみだ。

これは公爵家から護衛が出るためだが、ルーク・ウィルビーら新たに従士となった者や自警団員はこの時間を使って馬の世話や装備の手入れをするためだ。時間が余れば自由に街に出ていけるが、大都会に縁がない彼らは夕方の訓練までのんびりと城で過ごすらしい。

アンジーとエレナ、そしてルナは母たちの付き人として俺たちに同行する。

出発の準備が整うと、俺と兄ロッドが二人の令嬢をエスコートして馬車に乗り込むことになっていた。父と兄でいいのではないかと思わないでもないが、公爵の思惑からすれば、俺が絡まないという選択肢はない。

これについてはリディが「そこまでしなくてもいいのに。一緒にいれないじゃない」と文句を言っていたが、何とか宥めている。昨夜の話とは異なる態度に心の中で苦笑する。

「それではローレンシア様。こちらへ」と言って腕を出し、俺の腕を取ったローレンシアと共に、エザリントン家の紋章が付いた豪華な馬車に誘導する。

「今日一日、よろしくお願いしますわ」とニコリと笑う。昨日の挑戦的な雰囲気はまだ残っているものの、傍から見る限りでは良好な関係に見えるだろう。

(公爵が説明したのかな? 一応この散策の意味が分かっているって感じだな……)

そんなことを考えながら馬車に乗り込んでいく。

兄がプリムローズをエスコートして乗り込み、最後に父と母が乗り込んで出発の準備が整う。

ローレンシアがエルガーに目配せをし、出発する。

ロックハート家の馬車と異なり、サスペンションもタイヤもないため乗り心地が悪い。石畳を走るため騒音が酷く、まともに話もできない。

(一度楽なものに慣れると人間駄目になるな。うちの馬車に乗りたくなる……)

それでも何も話をせずにいるわけにもいかず、隣に座るローレンシアに話しかける。

「今日の行き先はローレンシア様がお考えになられたとか」

「ええ、そうですわ。皆さんが楽しめそうな場所を私なりに考えてみましたの。ローズもいろいろアイデアを出してくれましたわ……」

領地とはいえ、公爵令嬢が市街地の情報に詳しいのかと思わないでもないが、いろいろなところから情報を集め、企画してくれたらしい。

「パストン商会は食品を扱っていると聞きましたが、どのような物を扱っているのですか」

話が途切れないように知っていそうな話題を振る。案の定、知っている情報だったようで、嬉々として説明してくれる。こういう姿を見ると十代半ばの少女なのだと改めて思う。

「パストン商会は穀物、海産物、酒類などを幅広く扱っていると聞いておりますわ。我がエザリントン家にも出入りしておりますの。会頭のトーマスとは何度か顔を合わせておりますわ……」

あまり突っ込んだ情報は聞いていないが、総合食品商社のようなところのようだ。公爵家の御用商人であれば、規模も大きいだろうし、少しだけ楽しみになった。

俺とローレンシアの話にプリムローズも加わってきた。

「果物の加工品やお砂糖も取引しているそうですよ。時々、珍しいお菓子を持ってきてくれますの。そう言えば、ザカライアス様は 冷菓(ジェラート) の発明者であるとか。他にも今までにないケーキを発案されたと聞きましたわ」

甘いものが好きなのか、それとも両親の目がなくなったからなのか、昨日とは打って変わって話しかけてくる。様付けはやめてほしいと頼んでいるのだが、父親から何か言われているのか、やめてくれない。

仕方がないのでそのままにしているが、現状ではほぼ平民と言える俺としては周りから尊大に見えることを気にしてしまう。そんなことを考えながらも彼女の問いに答えていく。

「ええ、ジェラートは私が考えました。ブランデーを使ったパウンドケーキも考えましたが、それくらいですよ。いろいろというほどレパートリーがあるわけではありません」

「帝都のロビンス商会のジェラートはザカライアス様が直々に伝授されたとか。いろいろとジェラートのお店に行きましたけど、ロビンス商会のジェラートは種類も豊富ですし、一番好きですわ」

プリムローズが食いつき気味に話していると、ローレンシアがやや不機嫌な声音で注意する。

「食べ物の話ばかりで、はしたないですよ、ローズ。ザカライアス卿もお困りになっていますわ」

「いえ、大丈夫ですよ、ローレンシア様。私も食べることが大好きですから。もちろん、飲むことの方が好きですが」

俺ががんばってホスト役を務めているが、父と兄は安堵の表情を浮かべるだけで、ほとんど助けてくれない。こんな話題では父も兄も、もちろん母も助け舟は出せないのだろうが、少しは手伝ってほしいと思う。

出発から十五分ほど経った頃、目的地に到着したのか、馬車が停止する。この馬車には木窓しかなく、真冬ということで締め切られていたため、外が全く見えない。そのため、どんなところを走ってきたのかすら分かっていない。ただ、馬車の外からは人の話し声が聞こえており、賑やかな商業地区に来たことだけは分かっている。

馬車のドアがノックされ、「到着いたしました」というエルガーの声が聞こえてきた。

ドアが開けられると、そこは大通りに面した商業地区で、四階建ての石造りの建物が並んでいた。馬車を降りると、思った以上に大勢の人に囲まれていることに驚く。

その人々から「あれは誰だ」という声が聞こえてくる。公爵家の紋章が付いた馬車から護衛でもない知らない男が出てくれば戸惑うのは仕方がないだろう。

その声を無視して馬車のドアの横に立つ。

ローレンシアの姿が現れると、「ローレンシアお嬢様!」とか、「お帰りなさい、お嬢様!」という声が掛かる。彼女はそれに笑顔で応えながら、右手を差し出してきた。

俺がその手を取り、エスコートすると、民衆は困惑したように声がしぼんでいった。

ローレンシアは民衆たちの戸惑いに気づかないのか、何の反応も見せずに俺に話しかける。

「ここがパストン商会の本店ですわ」と言って、左手で正面の大きな商店を示す。

その商店はガラスが使われた窓が多く、他の商店よりも二回りほど大きかった。それだけ見ても財力があると分かるが、窓から覗く店内には多くの商品が並び、繁盛していることは一目瞭然だった。

兄がプリムローズをエスコートし、父と母が降りてくる。他の馬車ではリディたちが既に降車しており、人が溢れた大通りの様子に面食らっていた。

「ようこそお越しくださいました。ローレンシアお嬢様、プリムローズお嬢様」

少し割れた感じの大きな声が響く。その声の主は禿頭で太鼓腹、細い目の五十過ぎの男で満面の笑みを浮かべて揉み手をしている。

「お久しぶりね、パストン」とローレンシアが応えると、パストンは「お寒いでしょうから、中へどうぞ」と言って促した。

パストンに続いて店内に入ると、ハーブや乾物、穀類の香りに包まれる。窓と灯りの魔道具によって思った以上に明るい店内では、磨き上げられたオーク材のテーブルやカウンターがあり、カウンターの奥にはサンプルなのか、棚にたくさんのつぼが並べられている。

パストンはローレンシアにもう一度挨拶をすると、俺たちにも満面の笑みを浮かべながら挨拶をする。

「申し遅れました。本商会の会頭を務めております、トーマス・パストンと申します。以後、お見知りおきを」

そう言って深々と頭を下げる。

父たちに続き、俺が名乗ると、僅かに目を見開き、「あなた様が有名なザカライアス卿でございますか」と言ってきた。

「有名ですか?……」と呟くように聞くと、

「私どもの商会でも少量ではございますが、シーウェルワインも扱っております。酒を扱う以上、酒神の申し子たるザカライアス卿のお名前を知らぬというわけには参りません」

そう言われると返す言葉がなくなり、黙るしかなかった。