軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話「宴の前」

十二月三十日。今日はトリア歴三〇一八年最後の日。

俺たちは帝都プリムスへ向けてアルス街道を南下し、カウム王国の王都アルスに到着した。

大晦日ということで、普段は荷馬車で賑わっているアルス街道も比較的空いており、予定より少し早い午後三時前にアルスの南大門に到着した。

村からアルスまでは天候が少し崩れた他は大きなトラブルもなく、当初の予定通りに進んでいる。

最も心配していたルナの様子も気楽な旅ということが分かっているのか、緊張した様子もなく、少しずつだが話ができている。と言っても、外の風景を見ながら俺たちが一方的に話しかけているだけだが。

標高の高いアルスは既に雪景色で、斜面に作られた家々の屋根は普段の重苦しい灰色ではなく、雪によって真っ白に染められていた。秋に見た時とは別の街だと感じるほどだ。

街道は空いていたが、年越しのイベントでもあるのか、近隣の村から来ているらしい人々で門の前は混雑していた。

しかし、翼を広げた金色の大鷲の旗、つまりカエルム帝国の国旗を掲げている俺たちは、優先的に審査を受けることができる。

寒空の中を並んでいる人々から冷たい目で見られるかと思ったが、ロックハート家の紋章を見て「ようこそ、アルスへ!」と笑顔で手を振ってくる者が多かった。中にはどこで覚えたのか、「ジーク、スコッチ!」と叫んでいる者もいたほどで、どうやら俺たちが到着するタイミングに合わせて歓迎してくれているらしい。

その時は俺たちの到着をどうやって知ったのか不思議だったのだが、すぐにその理由は判明した。

入市の審査自体はすぐに終わり、立派な作りの門をくぐっていく。

中には数百人のドワーフたちがひしめいており、「待っておったぞ!」という声と「ジーク、スコッチ!」という声が交錯していた。

門の外にいる人たちはドワーフが待っているということで、俺たちが到着することを知っていたらしい。

アルス市民にとっては、“ロックハートあるところ、ドワーフあり”という感じなのだろう。

南門を入ったところは広場になっているのだが、さすがに数百人のドワーフがいると身動きが取れない。

すぐに鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーが現れ、「総本部に向かうぞ!」と銅鑼声で指示を出す。ドワーフたちは混乱することなく、その指示に従い、東にある総本部に向かって歩き出した。

その様子に心配した父が俺に近寄り、

「このまま宴会に突入することはあるまいな。イグネイシャス殿たちもいるのだ。ザック、ここはお前が仕切ってくれ」

俺は大きく頷き、「分かりました」と答える。この状況は予想の範疇だ。もちろん対策は考えてある。

「ラドフォード子爵閣下とロックハート家の馬車は“ 金床(アンヴィル) 亭”へ! 父上と兄上は、私と共に総本部にお願いします! シム! 母上たちは任せた! 後でダンを伝令に出す……」

とりあえず、父と兄、そして俺たちザックセクステットが対応し、その間に宿にチェックインする。宿自体は既に押さえてあるので手続き自体はシム・マーロンに任せても問題ない。

俺たちは馬を従士たちに預けると、そのままドワーフたちと一緒に歩き始めた。

「相変わらずだよ、親方連中は……ハハハ!」

ベアトリスが呆れながらも楽しげにベテラン鍛冶師、神槍のオイゲン・ハウザーに声を掛ける。

「当たり前じゃ。 飲み仲間(とも) がはるばるやってきたんじゃ。すぐに酒でもてなすのがドワーフの流儀じゃ!」

「そうじゃ! まずは一杯飲まねば始まらん!」

「いや、一杯では足らんぞ! 飲み明かすんじゃ!」

そんな声がドワーフたちの中から上がる。

「奥方たちもすぐに呼んでやれ。ああ、帝国の勅使もついでに呼んでいいぞ。儂らと飲みたいならな。ガハハハ!」

ゲールノート・グレイヴァーがそう言って豪快に笑う。

(そう言えばイグネイシャス様はベルトラムたち以外のドワーフと飲んだことがなかったな。大丈夫だろうか……)

イグネイシャス・ラドフォード子爵は帝国一の美食家だが、ドワーフたちの大宴会に参加したことがない。

春のドワーフフェスティバルに参加できず、悔しい思いをしたと言っていたため、村ではベルトラムたちがいわゆる“ドワーフ料理”を振る舞っている。しかし、子爵家の当主ということで無礼講の宴会に参加する機会はほとんどなく、不安が残る。

父も俺と同じことを思っていたのか、小声で俺に指示を出す。

「イグネイシャス殿から目を離さぬようにな。我らと違い、慣れておらん。潰れるだけならよいが、命に関わるようなことがないとも限らぬ……」

「了解です。イグネイシャス様なら大丈夫だと思いますが、念のため注意しておきます」

尊敬すべき美食家である彼が無様に酔い潰れるとは思えないが、ドワーフを相手にする場合は何が起きるか分からないと思っておいた方がいい。

歩きながら顔見知りのドワーフたちから次々と声が掛かる。その度にバシバシと背中を叩かれるため、鎧を着けておいてよかったと思うほどだ。

総本部に到着すると、既に中庭には酒樽が並べられ、多くの屋台が出ていた。その中には揚げ物を作るのか、大きな鍋に油が温められている。

「焚き火の近くがよかろう。誰か、酒だ! 酒を持ってこい!」

すると、ギルドの職員が飛ぶようにやってきて、白い息を吐きながらビールが満たされたジョッキを俺たちに手渡していく。ロックハート家側に行き渡ると、すぐにウルリッヒが立ち上がる。

「よく来た、我が友よ!」

そう言っていつの間にか取り出していたジョッキを掲げる。当然、酒が満たされており、他のドワーフたちも同じようにジョッキを上げる。

次の瞬間、何の合図もなかったのに、「ジーク、スコッチ!」という声が唱和された。

俺たちも同じように「ジーク、スコッチ!」と言ってジョッキを掲げるが、どうもこの掛け声に馴染めない。

(普通に乾杯でいいんじゃないだろうか……まあ、彼らが納得しているならいいんだが、特別な言葉だと聞いた記憶があるんだがな……)

そんなことを心の片隅で思いながら、ジョッキに口を付ける。

中はウルリッヒ自慢の白ビールだった。寒風を受けながら騎乗してきた身には仄かに甘い白ビールが心地いい。

(少し冷えすぎだが、やはり美味いな。もう少し暑い時期なら、一杯目にはラガータイプのきりっとしたビールの方がいいが、真冬の屋外は少し濃い目の白ビールや黒ビールもいい……)

全員が口をつけたところで、ウルリッヒが小さく頷いた。

俺も彼に頷き返し、父に「一言お願いします」と伝える。父も慣れたもので、戸惑うことなく、すぐに挨拶を始めた。

「皆さん、ありがとうございます! 皆さんのお陰で村も元通りになりました。もちろん、スコットたちの酒造りも順調です!」

そこで満足そうにドワーフたちが頷く。

「今宵は今年最後の夜。ここにいない友を、そして新たな年に思いを馳せながら、楽しく飲みましょう! 乾杯!」

そう言ってジョッキを上げる。

今度はドワーフたちも「乾杯!」と唱和している。この辺りの使い分けは未だに理解できない。

ウルリッヒが父に話を切り出した。豪快なドワーフにしてはやや遠慮気味に見える。

「ところで子爵になると聞いたが、村はどうなるんじゃ。新しい領地に移るかもしれんと噂になっておるが」

ウルリッヒが質問すると、先ほどまでうるさいほど乾杯の声が上がっていた中庭が俄かに静かになる。他のドワーフたちが聞き耳を立てており、ロックハート家の去就、ラスモア村を去るのか、残るのかに興味があるようだ。

どうやら、これが聞きたくて早々に連れてこられたらしい。

その問いに対し、父はウルリッヒを真直ぐ見つめ、そして、全ドワーフに聞こえるよう話し始めた。

「ロックハート家はラスモア村と共にあり続けます。新たな領地に代官は派遣しますが、我が家が村を離れることはありません。これは次代のロドリックも了承していることです」

「つまりじゃ、今まで通りということじゃな」

その言葉に父が大きく頷く。ドワーフたちは一斉に安堵の息を吐き出した。彼らもラスモア村の村民たちと同様に、聖地ラスモア村からロックハート家が去るのは避けてほしかったようだ。

「儂らはどうこう言える立場ではないが、ロックハートはラスモア村こそ相応しいと思う」

その後、三十分ほど旧交を温めると、ウルリッヒが「装備も外させず、すまなかった。皆が待っておったのでな。無理に来てもらったんじゃ」と軽く頭を下げる。

「いや、気にしていない。もちろん、装備を外したら家族ともども戻ってくるつもりだ……」

父も公の場ではなく、個人としての会話となったため、敬語をやめている。そして、俺に目配せを送ってきた。恐らくラドフォード子爵のことを説明しておけということだろう。

「皇帝陛下の勅使、イグネイシャス・ラドフォード子爵閣下がこちらに来たいとおっしゃっていたんだが、構わないか? 酒には拘りのある御仁だ。きっと、みんなも気に入ると思うんだが」

「ザックが酒に拘りがあると言ったぞ」と俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトックが目を見開いて驚いている。

「イグネイシャス様は帝国一の美食家にして、酒に関しては俺の同志だ。あの方の酒に対する熱意は並々ならぬものがある」

俺の言葉にドワーフたちが更に驚く。

「よかろう! ザックがそこまで言うのであれば、帝国の貴族だろうが、儂らの仲間じゃ! よいな!」

ウルリッヒの仕切りに「「オウ!」」と応えるが、俺は内心焦っていた。

(少しハードルを上げすぎたかな。イグネイシャス様なら大丈夫だと思うが……)

一抹の不安を抱えながら、宿に向かった。

■■■

ザカライアスたちが宿に向かった後、ドワーフたちは陽気に騒ぎ始めた。ロックハート家がラスモア村に残るということを確認できたためだ。

そんな中、ベテラン鍛冶師たちの間ではラドフォード子爵の話で盛り上がっていた。

「あのザックが“同志”だと言い切りおったぞ」とゲールノートが言うと、片手剣作りの名工ヨハン・ヴィルトが大きく頷いている。

そんな中、防具職人のリュック・ブロイッヒが大きな声で話し始めた。

「そう言えばラドフォードという名を聞いたことがある!」

「どういうことじゃ、リュック! 帝国の貴族に知り合いがおるわけでもなかろう」とウード・レーヴェンガルトが混ぜっ返す。

「もちろん、貴族に知り合いなどおらんわ! だが、名前は聞き覚えがある。四月の技能評定会に行った者なら覚えがあるはずじゃ!」

「儂に覚えはないぞ!」とゲールノートが言い、ゲオルグも大きく頷いている。

「プリムス支部のギュンターが連れてきた商人がおったじゃろう。その商人がラドフォードという名をしきりに言っておった……」

リュックは帝都プリムスの鍛冶師ギルド支部長ギュンター・フィンクが引き連れていた商人の話を始めた。

「確か帝国一の美食家で、ザックとも仲がよいと。その子爵と懇意だから自分のところの商品の味を見てくれといっておったはずじゃ。それにザックの助言は迷わず聞けと言われたと。それを言った子爵がラドフォードだったはずじゃ」

「確かにギュンターもそんなことを言っておったな。ラドフォードはザックと仲がよいと。いろいろと新しいことをやるとかなんとか……」

ニコラス・ガーランドの剣を打ったゴットハルトがぶつぶつと呟いている。呟きというには大きな声で周りの鍛冶師たちにしっかりと聞こえていたが。

「儂も思い出したぞ。あのシーウェルワインを持ってきた者がラドフォードだったと。あれはザックが手を加えたらしいが、元のワインが美味いとザックが何度も言っておった。あのザックを唸らせるワインを選んだのならば、相当な酒好きじゃ」

ウルリッヒがそう言うとゲールノートが「あのワインか。しかし、そんな話は覚えておらんの」と興味無さ気にジョッキを呷る。

「お前さんは美味ければ他のことはどうでもよいんじゃ。儂が選りすぐったエールですら、次の日には忘れておったのじゃからな」

そう言ってウードが苦笑する。

「ゲールノートのことはいつものことじゃが、それよりもラドフォードのことじゃ。ザックが同志と言うのならば、酒を用意する儂らも気合を入れねばならん。といっても今からどうすることもできん」

ウルリッヒがそう言ったところで、ギルド職員のジャック・ハーパーが手を上げ、発言を求めた。

「何じゃ、ジャック。良い考えでもあるのか」

ジャックは大きく頷き、考えを披露していく。

「先ほどですが、ザカライアス様は匠合長の白ビールを満足そうに飲んでおられました。それで思い出したのですが、ラドフォード子爵様は先の酒類品評会に参加できなかったことを血の涙を流して悔やんだと聞いたことがあります。つまり、鍛冶師方ご自慢の酒を提供すればよいのではないかと」

ウルリッヒはやや落胆した表情を浮かべる。

「それは分かるんじゃが、それだけでは芸がなかろう」

ジャックはその言葉を想定していたのか、すぐにそれに答えていく。

「ザカライアス様は酒の温度に非常に拘っておられます。それだけではなく、料理との相性も。温度に関してはザカライアス様にお願いするしかありませんが、料理については酒類品評会で組み合わせたものを出せば、子爵様が血涙を流すほど参加したかった“ドワーフフェスティバル”の再現になるのではないでしょうか」

鍛冶師たちは「なるほどの」と言って頷いている。

「よし! ジャックの案でいく!」

ウルリッヒの言葉に鍛冶師たちが職員を捕まえて酒と料理の確認を始めた。

ゲールノートは「儂のところ黒ビールは残っておるな! ザックが絶賛しておる 岩猪(ロックボア) のサラミを用意するんじゃ!」と叫んでいる。

その横でゲオルグが「儂のラガーはザックかシャロンに冷やしてもらうんじゃ! 鳥の串焼きはすぐに焼けるようにしておけ!」と指示を出し、更にオイゲンが「ブラウンエールは外にあると冷えすぎる! 倉庫に戻すんじゃ!」と叫んでいた。

他にもウードやリュックは自慢の白ワインや りんご酒(シードル) の味を確認しにいき、大晦日の厳粛な雰囲気は微塵も感じられなかった。

そんな中、ジャックは更なる準備を始めていた。