作品タイトル不明
第七十九話「ガイ・ジェークス」
「ガイ・ジェークス、貴殿を騎士に推挙し、我がロックハート家の武官の一人としたい。受けてくれるか」
御館様のお言葉が、俺には信じられなかった。
二十年以上ロックハート家に仕えているとはいえ、ウォルト殿、ニコラス殿、ヘクター殿のように、先代様が騎士に叙任される前から仕えているわけでもない。
そもそも俺は冒険者として多少名は売れていたが、所詮、農家の生まれに過ぎない男だ。ジェークスという姓も冒険者になる時に自分で勝手に付けたものだ。ペリクリトルで田舎の出だと馬鹿にされないようにと。まあ、当時は誰も気にはしなかったが。
第一、俺に騎士が務まるわけがない。去年のウェルバーン行きで嫌というほど分かった。俺はただの 斥候(スカウト) に過ぎんのだと。
当然、俺の答えは一つしかない。
「私には無理です。百姓上がりの元冒険者なんです。貴族の一員などとても……」
俺がそう断っても御館様は聞き入れて下さらない。
「お前はロックハートに必要な男だ。ぜひとも受けてほしい。平民というなら、私も父上が騎士に叙される前はウェルバーンの兵士の子に過ぎなかったのだ。そのようなことはこの家では誰も気にせん」
それでも断ろうとしたら、先代様に笑われてしまった。
「諦めよ。平民で冒険者というなら儂も同じじゃ。あくまで断ると言い張るなら、一年ほど説得し続けるぞ。フハハハ!」
先代様のお言葉で昔を思い出した。
確かに俺はロックハート家の従士になるため、先代様にしつこく頼み続けた。それほどこの方に心酔したのだ。
しかし、当時のことを思い出すと、今でも顔が熱くなるほど恥ずかしい。
今思えば若気の至りという奴だが、先のことなど一切考えていなかった。実際、一年ほど冒険者の依頼を受けずにいたから税金を払うはめになり、見かねた先代様が立て替えてくれたほどだ。
俺を認めてくれた恩に報いることになるならと、叙任の話を受けることにした。
「微力ながら、これまで以上にお仕えいたします」
俺の返事に御館様、先代様が大きく頷かれ、俺は騎士になることになった。
話し合いが終わった後、自分の人生について柄にもなく考えてしまった。
俺が生まれたのは今から四十三年前のトリア歴二九七五年だ。
俺の生まれた家は代々猟師をやっていた。そのおかげもあってか、十五になる頃には弓の腕はほどほどよかった。当然、森を歩くのも得意だった。
生まれ故郷はペリクリトルに近い農村だったから、冒険者が時々きていた。そんな彼らに俺は憧れ、十五の時に家出同然で村を出た。
俺は運が良かった。冒険者ギルドに登録する際、弓術士を探しているパーティと出会い、その連中が気のいい奴らだったのだ。
酷いパーティだと新人に分け前を渡さないどころか、奴隷同然にこき使われるだけで、怪我で使えなくなったら容赦なく放り出される。
しかし、俺がいたパーティは冒険者としてのイロハを教えてくれただけじゃなく、剣まで教えてくれたのだ。
六年ほど魔物を狩って、ほどほどの生活を送っていた。
二十一歳で六級になり、一人前と言われるレベルに達した。特に偵察では四級のパーティから声が掛かるほどの腕で“斥候のガイ”といえば、冒険者仲間で知らない者はいないほどだった。
そんな時、たまたまラスモア村を訪れ、先代様に出会った。
衝撃的だった。剣の腕も凄いと思ったが、村を守るために領主自らが先頭に立つ、その気概に惚れた。
俺は先代様に従士にしてくれと頼んだ。その時はすぐに了承してもらえると思っていた。
二十歳を過ぎたばかりの若造だったが、冒険者の街で少しばかり名が売れ、増長していた。そんな俺は断られるなどと露とも思っていなかった。
自惚れがほとんどだったが、一応根拠はあった。当時、ロックハート家の斥候はヘクター殿しかおらず、村の猟師も魔物を相手にできるほどの腕は持っていなかった。
つまり、斥候が不足しており、俺くらいの斥候の能力があれば、当然歓迎されると……今思えば思いあがりも甚だしく、先代様はそれを見抜いておられたのだ。
それからが大変だった。
最初は意地だった。なぜ俺を認めてくれないのかという思いが、必ず認めさせてやるという意地に変わったのだ。
しかし、三ヶ月もすると、少しずつ先代様のお考えが分かるようになってきた。
ロックハート家は領民を守るために存在する。そのことを理解できない者に従士になる資格はないと。
一年以上の時が流れ、何となく俺の居場所ができた頃、先代様にこう言われた。
「お前もロックハートの男になったな。この村に骨を埋める気があるなら、正式に従士に取り立てるが」
俺はその場で涙を流して頷いた。大人になって初めて人前で流した涙だった。
従士に取り立てられてからは領民のために必死に働いた。冒険者時代では考えられないほど頻繁に森に入り、魔物を狩っていく。
キルナレック支部に登録していたこともあり、気づけば四級に上がっていた。
ロッド様がお生まれになった時、先代様は領主の座をマサイアス様に譲られた。まだ、四十歳を過ぎたばかりで、ウォルト殿ですら驚いていたことを、今でもはっきりと覚えている。
なぜ働き盛りで領主の座を譲られたのか。それを聞いたことがある。
「まだまだ剣の腕を上げて強くならねばならん。自警団も同じだ。だが、領主の仕事は面倒なことが多くてな……それにマットも領主としての経験を積んでもよい頃だろう」
先代様はマサイアス様に経験を積ませるため、更にはご自身が、そして自警団がより一層強くなるために、領主の座を譲られたのだ。
当時の自警団員の技量は平均でレベル二十を超えた程度。武具も今とは比較にならないほど貧弱だった。当時からベルトラムさんがいたが、名工といえども素材がなければ何ともならない。ロックハート家は鉄を買う余裕すらなかったのだ。
その当時から先代様は自警団の強化を真剣に考えておられた。
俺が従士になるきっかけとなったオークの群れとの戦いで多くの村人が命を落としている。それだけではなく、当時はしょっちゅう村に魔物が入り込んでいた。今の平和な村からは想像できないほど危険に満ちていたのだ。
当時は斥候としての技量はともかく、武術の腕は大したことはなかった。弓がレベル二十台後半、剣がレベル二十になったどうかというレベルだ。
それに我流でやっていたことが仇になり、剣はレベル二十から中々上がらなかった。しかし、先代様が自警団の強化に専念されるようになり、俺も直接指導していただく機会が増え、再びレベルが上がるようになった。
従士になってから二年の月日が流れた頃、村の娘クレアと結婚した。
彼女は村一番の美女で、俺のような男とは無縁だと思っていたのだが、御館様が間に入ってくださり、俺は二十六歳で家庭を持つことになった。
この頃は本当に楽しかった。もちろん、先代様の訓練は厳しかったし、自分たちで畑を耕さねばならないほど貧しい生活が続いていたが、それでも自分が強くなれる、先代様や御館様の期待に応えられるというのは何物にも代えがたかった。
それに誰もが羨む女性が俺のことを愛してくれるというのは言葉では言い表せないほどの幸せを俺に与えてくれた。
更にその一年半後に長男ダンが、その翌年長女シャロンが生まれた。
冒険者時代は子供をかわいいと思ったことは一度もなかったが、自分の子供は本当にかわいいものだと思った。妻が親馬鹿すぎると呆れるほどにかわいがっていたらしい。
その頃、この館ヶ丘には多くの子供が生まれていた。
ロッド様の後、ヘクター殿のところにシム、メルが生まれた。更に御館様にご次男ザック様がお生まれになった。
当時の子供が五歳になれるのは三人に二人ほどで、多くの子供が病で命を落としていた。
ダンやシャロンがそうならないか不安でたまらなかった。しかし、どうすればいいか分からなかった。
二人の寝顔を見て、この二人に何をしてやれるのだろうかと思ったことが何度もある。
そんな時、ザック様の秘密を聞かされた。
最初は驚いたが、すぐに普通のお子ではないことを思い出し納得したことを覚えている。
しかし、神から遣わされたという方に対し、どうすればいいのか困惑した。森に入ることが多く、内政を取り仕切るニコラス殿ほど接点は無かったが、それでも何かしなければと焦っていたのだ。
そして、ダンとシャロンを見て思いついた。
この子たちがザック様の友となれれば、将来の助けになるのではないかと。
考えれば考えるほどよい考えに思えてきた。
ダンたちにとってもザック様と一緒にいることはこれ以上ない財産になる。話をして分かったが、ザック様は当時から先代様のようなカリスマを持っておられた。俺が先代様に出会ったように、二人もザック様と同じような関係を結べれば幸せになれるのではないかと思ったのだ。
それにザック様も気の置けない仲間を欲していた。前世の話を聞いた時、はっきりとそのことをおっしゃり、俺はそれを覚えていたのだ。
もちろん、四、五歳の子供がすぐに気の置けない仲間になれるわけがないことは分かっている。しかし、今から俺がきちんと指導すれば、ザック様を含め、三人にとっていいことではないかと。
それからはダンとシャロンが上手くいくようにいろいろ考えるようになった。
俺は口下手だから直接言葉にしていないが、妻からそれとなく誘導してもらったり、落ち込んでいたら励ましてもらったりしていた。もっとも娘はそんなことをしなくても自分でがんばっていたが。
しかし、リディアさんが村に来て、娘に魔法の才能があると言われた時、俺は自分の無力さを嫌というほど味わった。
魔法の才能があり、幼いうちから優秀な指導者に指導を受けられる。そんな環境にありながらも、金が用意できないというだけで諦めさせねばならない。
更に娘を説得できず、先代様に間に入ってもらってようやく話がまとまった。その時、親として自分の無力さを更に感じた。
俺自身にやれることができたのは、ザック様たちが森に入るようになってからだ。
俺が持つ冒険者としての知識を全て教えた。罠の作り方や足跡の見分け方などのテクニックだけではなく、森の厳しさや僅かな油断の恐ろしさなど、心構えも教えた。
特に息子には家に帰ってからも 斥候(スカウト) として心構えを叩きこんだ。
それから二年ほど経ち、ザック様と娘がドクトゥスに旅立った。ドクトゥスまで同行したのだが、娘と別れる時は辛かった。
一番辛いと思ったのは、娘が俺よりザック様を必要としているという事実だ。別れの時こそ涙を見せていたが、恐らくすぐに笑顔になっていただろう。それに引き換え、俺の方は村に帰るまで引き摺っていた気がする。
その後、ヘクター殿の娘メルが無茶をした。
シェハリオン山に篭ると言いだし、先代様が止めても聞かず、強引に山に篭ったのだ。息子が同行したが、俺もヘクター殿も気が気ではなかった。
あの山は俺たちが数日野営するだけでも緊張を強いられる場所だ。
今では五級相当の魔物はほとんど出ないが、それでも六級相当の魔物は多く出没する。二人の腕では七級相当が精一杯で、大物が現れたら命はなかっただろう。
数日間、ヘクター殿と交替で息子たちを見守った。
その時、息子の成長を目の当たりにし、複雑な気分を味わった。息子は俺が見ても隙がないと思えるほど周到な準備をし、更にどのような状況でも一分の隙も見せなかった。
俺自身の指導が良かったからと思えれば救われたのだろうが、息子の成長のほとんどはザック様のおかげだ。そう思うと、自分の不甲斐なさが心に染みた。
そのことをヘクター殿に話してみると、
「子どもは成長するものだよ。うちのシムもいつの間にか騎士団で活躍するような男になっているしね。まあ、メルはまだまだだけど、あのくらいの子供の成長は早いから……」
そして、息子とメルがドクトゥスに行くことになった。
正直寂しさがあったが、まだ末の娘ユニスがいたこともあり、何とか耐えられた。
娘とザック様が卒業した年、息子と娘が完全に俺の手を離れたと分かった。
息子はウェルバーン城の戦いで一人前の斥候であることをお館様だけでなく、帝国の重鎮、北部総督閣下にまで示している。
娘はそれ以前から手を離れていると思っていたが、ウェルバーンから戻ってきた後の行動を見て、完全に俺の理解できる存在ではなくなっていた。
娘を理解できるのはザック様だけだろう。父親が言うのも何だが、娘は女傑として歴史に名を残すのではないかと思っている。
その一方で二人には危惧も抱いていた。
息子はメルへの恋慕が未だに断ち切れておらず、この先、ザック様との間に何らかの溝ができるのではないかと危惧している。
娘は更に深刻だった。
俺の理解の範疇を超えていることは仕方がないが、その俺が見てもあまりに危険なのだ。愛する男のためなら、世界を敵に回しても眉一つ動かさないのではないかと思えるほどだ。
俺は二人のことをどうすべきか考え続けた。
息子の悩みについては、俺のような朴念仁にできるアドバイスはない。ヘクター殿に相談するが、答えは見つからなかった。
「時間が解決するのを待つしかないんじゃないかな。親にできるのは見守るくらいさ……うちの娘が原因なんだけど、いい助言ができなくて済まないね」
俺は腹を括り、見守ることにした。
娘については更に困った。相談する相手すらいなかったのだ。
妻にそのことを話すと、
「ザック様にお任せるのが一番だと思うわ。それにあの子はきちんと考えられる子よ。ザック様があなたの不安を知ってくだされば、きっといい方法を思い付いて下さるはずよ」
妻の言うことはもっともだと思った。
それからザック様が導く神々の遣わした子が助け出され、更にアンデッドとの戦いが起こった。
アンデッドとの戦いではここ十数年感じたことがなかった死の恐怖を感じた。いや、正確に言うと、一度アルスの鍛冶師ギルドに行った時にドワーフたちの怒りに触れ、死の恐怖を感じている。しかし、それは本当の意味での死の恐怖ではなかった。
勝利の後、自分が生き残っていることが信じられないほどの激戦だった。
そして、勝った後に気づいたことは、子供たちの世代が一人前、いや、それ以上に成長しているという事実だった。
ロッド様は言うに及ばず、伝令として立派に責任を果たしたシム、斥候として必要な情報を迅速に伝えた息子ダン。メルとシャロンも二人がいなければ、戦線が崩壊していたと思えるほど活躍している。二人は私情に引き摺られる傾向にあるが、十六、七の娘であれば想いを寄せる男のために動いてしまうことは仕方がないことだろう。
子供たちの成長という事実は逆に自分の衰えを感じさせた。しかし、そのことは口にできない。なぜなら、俺より上の世代である先代様やウォルト殿たちがまだまだ第一線で活躍しているからだ。
俺はこの事実をどう考えるか悩んだ。
このことをザック様に話してみた。すると、意外そうな顔をされた後、「親っていうのは大変なんだな」とおっしゃられ、俺に助言をくれた。
「難しく考える必要はないんじゃないか。確かにダンは一人前の斥候になったと思う。でも、父親を超えたのかと言われれば、違うと答えるな。ダンも同じことを思っているはずだし」
「ですが、私にはもう……」と言ったところで、俺の肩をポンと叩かれ、
「ダンにはまだ経験が足りないんだ。本当なら、俺と一緒にいるだけじゃなく、一人でいろんなことに挑戦してほしいんだが……親の背中をもう少し見せてやれ。彼の目標としてもう少し頑張ってくれよ」
背中を見せるという言葉に何となく納得した。
この先、ロックハート家一の斥候の座を息子と争うことになるだろう。もちろん負けるつもりはない。
「たまには一緒に酒を飲んでやれ。別に話なんかしなくていい。ただ杯をあわせるだけで分かり合うことだってあるんだから」
最後にザック様らしい助言をもらい、思わず笑みが零れる。
「そうですね。あいつは酒の飲み方が分かっていないから、そこから教えますか」
そこで二人で声を上げて笑った。声を上げて笑うのは何年振りだろうと思ったが、意外にいいものだと思えた。