軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十八話「従士採用試験」

トリア歴三〇一八年十二月十一日。

ロックハート家の子爵家への陞爵が伝えられた翌日の午前中。

父マサイアスはラスモア村の住民たちを集め、陞爵の報告と今後の方針を語ろうとしている。

場所は正門前の草原。父、祖父、兄の三人が門の上に立ち、既に村人たちは草原に集まっていた。

「既に知らせている通り、我がロックハート家は陛下より子爵位を授かることになった!」

そこで村人から万歳の声が上がる。

「「ロックハート家万歳! 御館様万歳! 皇帝陛下万歳!」」

さすがにウルリッヒたちがいないため、“ジーク・スコッチ!”に覆い尽くされることはなかったが、何となく聞こえる気がしていた。もしかしたら、ベルトラムたちが叫んでいるかもしれないが、歓声が上がると反射的にそう聞こえるようになったのかもしれない。

父が両手を上げてそれを制し、更に話を続けていく。

「我が家は子爵家となり、新たな領地としてキルナレックとその周辺の村を拝領することになった!」

「おめでとうございます!」という声が村人から上がるが、その一方で不安げな表情を浮かべる者も多くいた。彼らはロックハート家がこの村を去るのではないかと心配しているのだ。

「ロックハート家は子爵家になった。しかし、我らは何も変わらぬし、変えるつもりはない! 私は、そして、我がロックハート家はこの村を離れることはない! ロックハートは常にラスモア村と共にあるのだ! これは次代のロドリック以降も変わらぬ!」

父の言葉に安堵のため息が漏れ、「ありがたいことだ」という声が聞こえてくる。

「従士たちだが、ウォルト・ヴァッセルらを騎士に推挙する。まだ決定ではないが、恐らく問題なく叙任されるはずだ。そこで新たな従士を採用する。人数は決めておらぬが、十名程度は従士として取りたてたいと考えている……」

そこで村人たち、特に若者の間でざわめきが起きる。

従士は平民ではあるが、“士分”として尊敬の対象となる。特にアルス街道では宿場町の守備隊指揮官より、ロックハート家の従士の方が上に扱われるほどだ。

そのため、その従士に自分もなれるかもと思い、ざわめきが起きたのだろう。

「ロックハートの従士となるにはそれ相応の覚悟がいる。自警団なら数日に一度の訓練だけだが、従士は朝夕の訓練に加え、自警団の訓練にも参加せねばならん。ウォルトらの跡を継ぐ覚悟がない者は取り立てることはできんのだ……」

ウォルトたちの跡を継ぐという言葉で何人かの若者が肩を落とす。

祖父とウォルトが一刻も早く一人前にしようと、通常より厳しい訓練を課してくることは間違いない。彼らは血反吐を吐く自分の姿を想像し、肩を落としたのだ。

「その覚悟がある者は明日の日没までに屋敷に来てほしい。採用試験について説明する」

その話の後、村人代表が祝辞を述べていく。

二十分ほどで解散となったが、多くの若者がその場に残っていた。その数は三十人ほど。

残っている者のほとんどが二十代前半かそれより下の者で、三十代はそれほどいない。

ラスモア村の自警団員の技量は一流の傭兵団に匹敵し、レベル的には平均三十程度だ。このレベルであれば、普通の騎士の家であれば問題なく従士に採用される。特に三十代のベテランは平均レベルで三十五、四十を超えている者も多く、農民とは思えないほどの腕だ。うち以外ならどこに行っても即採用されるだろう。

しかし、三十代ともなると、ほぼ全員が家庭を持っている。

そして、この村の三十代は自分の畑を持ち、安定的な収入を得ている。更にロックハート家が蒸留酒の原料を高値で買うことと税金が安いため、宿場町キルナレックの住民より遥かに裕福だ。

貧しい村なら家庭を持っていても、このような機会を逃すことないが、厳しい訓練と重い責任が待ち受けている従士になることを即断できなかったのだろう。

従士になりたい若者たちを引き連れ、屋敷に戻っていく。

確認すると十代後半の者が半数ほどで、従士への憧れで試験を受けたいと思っている者が多いようだ。

採用試験については昨夜のうちに主だった者で内容を詰めてある。

基本的には模擬戦でやる気というか覚悟を見るだけだ。本来なら面接などで性格や適性を確認する必要があるのだが、自警団員であれば全員気心が知れており、今更確認する必要はない。

文字が読めることや四則演算などができることも、従士になるには必須の条件だが、この村の四十歳以下の識字率はほぼ百パーセントであり、その確認も必要がない。中には読み書きや計算が苦手な者がいるが、ある程度はできるため、従士になってから勉強してもそれほど問題にはならない。

ちなみに“ある程度できる”と言ったが、他の町や村なら充分に実用レベルと認識されるだろう。

一応、ロックハート家側でも候補は考えていた。

それは昨年、ウェルバーンに連れていったブレットたち五人の若者だ。彼らは二十代前半だが、レベルは三十を超えており、更に祖父やウォルトの厳しい修行にも耐えられる精神力を持っている。

ただ、家庭を持っている者が多いため、彼らが手を上げなければ、こちらから声を掛けるつもりはなかった。

屋敷に着き、人数を確認すると、三十二人もいた。

中には候補と考えているブレットら五名もおり、少なくとも採用者の半数は確保できそうだと安堵する。

全員の前に祖父が立ち、採用方法の説明を始めた。

「全員、模擬戦をやってもらう! 相手は剣術士がニコラスかバイロン! 槍術士がウォルトだ! 弓術士はもちろん弓の腕を見せてもらうが、剣での模擬戦もやる! 相手はガイ!」

そこまでは父の話から想定していたのか、受験者希望者たちに動揺は見られなかった。しかし、次の言葉で全員の顔が蒼白になる。

「従士たちとの模擬戦が終わった後、時間内に立てぬ者は失格じゃ! 更に立った者も儂と一戦交えてもらう! ザックの治療を受けた後、立ち上がれた者だけがロックハート家の従士となれる!」

彼らの顔色が変わったのは祖父との模擬戦があると分かったこと、更に俺の治療が前提になっているためだ。つまり、瀕死の状態になることが確定しているのだ。

自警団員であれば訓練で叩きのめされることはいつものことだ。しかし、俺の治療が前提になるようなことはなかった。

ただし、ロックハート家の者は全員、それに近い訓練を行っている。もちろん、祖父も同じだ。祖父の場合、一対一では誰も勝てないので、五対一のようなハンデ戦となるが。

その厳しい訓練でも治療の準備はするが、前提ということはない。

即死以外は何でもありと言っているが、あくまで結果であって、それを前提にする模擬戦はさすがに危険すぎる。

「今日のところは誰が来たか確認せぬ。明後日の午前九時に集合じゃ。マットは十名程度と言ったが、この試練を乗り越えた者は全員合格とする! 以上!」

若者たちは頭を下げ、屋敷を後にする。坂を下っていく姿は上ってくる時の意気揚々とした姿とは異なり、気落ちしていることがありありと分かる。

「何人来るんだろうね。あたしなら足が竦んじまうよ。先代様の本気を受けなきゃならないんだからね……」

ベアトリスがそう呟く。彼女の呟きにメルが笑いながら答えた。

「本気で従士になりたいって思っているなら来るはずですよ。だって、従士になったら毎日同じことをやらないといけないんですから」

俺はメルほど楽観していない。

祖父を相手にするという時点で怖気づく者がほとんどだろう。少しでも早く腕を上げたいと思っている俺ですら、本気の祖父と模擬戦をやりたいとは思えない。

その後、更に十名程度の希望者が説明を聞きに来たが、皆同じ反応だった。

翌日は日没まで待ったが、既に村人全員が知っているのか、誰も来なかった。

十二月十三日の朝。

屋敷の横の訓練場には思ったより多くの自警団員が集まっていた。全員が装備を整え、真剣な面持ちで整列している。

ウォルトが点呼を取ると、二十五人いた。

ざっと見る限り、十代後半の若者は随分減っている。試験の内容を聞き、今の自分では無理だと諦めたようだ。

「それでは試練を受けてもらう!……」

二十五人のうち、剣術士が十一人、槍術士が七人、弓術士が七人だった。

剣術士、槍術士、弓術士でくくり、各グループ内でくじにより順番を決める。そして、剣術士グループ、槍術士グループ、弓術士グループという順番で進めていく。これは相手となる従士たちの体力を考慮したためだ。

普段なら技量差が大きいため、ウォルトやバイロンなどは数人続けて模擬戦をやることが多い。それをあえて続けてやらせないということは、従士たちも本気でいくということだ。

今日は自警団の訓練は休みにしており、治癒師でもある俺とリディはともかく、メルやダンは自由にできる。しかし、採用試験が気になるのか、従士の子供たちは全員が訓練場に来ており、更に自警団員のほとんどが集まっていた。

三百人ほどが訓練場を囲んでいる。

今回、ヘクターとウィルを除く従士が試験官となっている。技量的にはベアトリスや兄でも充分なのだが、これには意味があった。

祖父と父はこの試験で従士の引継ぎを行うつもりなのだ。ロックハート家の従士としての覚悟を伝える儀式と言ってもいい。

一番手の剣術士が訓練場の中央に向かった。

二十代半ばのジョンという若者で、剣術士レベルは三十一。傭兵なら中堅どころの六級、ベテランと呼ばれる一歩手前の腕を持っている。

彼の相手はニコラスだった。

ニコラスはいつもより厳しい表情で木剣を構えている。

「始め!」という父の合図で模擬戦が始まった。

ニコラスは始まった直後から全力だった。そのため、模擬戦というには一方的な戦いとなり、木剣で戦っているとは思えないほどの凄惨さだ。

ニコラスの剣術士レベルは六十九。先のアンデッド戦でレベルが二つ上がったそうだ。

祖父やウォルトには及ばないものの、バイロンやベアトリスを凌駕する腕を持っている。

その彼が本気でジョンを殺しに掛かっているように見えた。ジョンに剣を構える暇を与えず、剣を振り続けているのだ。

訓練場に木剣が革鎧を打ち据える硬い音とジョンの呻き声が響く。

一分ほどすると、ジョンは堪え切れず片膝を突く。しかし、ニコラスは攻撃の手を緩めない。更に数回の斬撃を受け、ジョンはゆっくりと倒れていった。

「やめ! 治癒師を!」という父の言葉でニコラスは下がり、代わりに村の治癒師であるジェフリーが走り込んでくる。今日は激しい模擬戦になることが分かっており、村の治癒師は全員揃っている。

村の治癒師だが、今治療をしているジェフリーと妻であるマリー、彼の両親であるエルマーとカミラの四人だ。

「右腕を折っています」と報告し、治癒魔法を掛けて応急処置を行う。そして、ジョンの頬を数度叩いて、彼の意識を戻すとそのまま下がっていった。

意識は戻ったものの、ダメージは残ったままで立ち上がることができない。

「立てぬなら失格だ」と父が言うと、ジョンは気丈にも剣を杖にして立ち上がる。

その直後、無情にも「始め!」という父の声が響く。

ニコラスは再び猛攻を加えていく。

見ている俺たちが無言になるほどの猛攻で、一分もしないうちにジョンは再び意識を失った。

同じように治癒師が呼ばれるが、打撲だけと判断され、意識だけを戻して元の場所に戻っていった。

ジョンは意識を取り戻した後、剣を杖に何度も立ち上がろうとしたが、膝が言うことを聞かず、倒れ込んでしまう。

「終了!」という父の宣言が訓練場に響く。

「よくやった。だが、まだ修行が足らぬようだ。今少し修業を積めば機会は巡ってくる」

父の言葉にジョンは悔し涙を浮かべながら頭を下げ、仲間に引き摺られながら訓練場を後にした。訓練場を出た後、仲間たちから声が掛かるが、すぐに意識を失ってしまう。

念のため、俺が頭部と腹部に治癒魔法を掛け、用意してあった簡易寝台に寝かせる。

(頭は打っていないようだな。それにしても何十発受けたんだろうな。父上ではないが、本当によくやったと思うよ。これだけやってもうちの従士になるには足りないのか……)

気を失ったジョンを見ながら、祖父と父、そして従士たちの“ロックハート”という名への想いの強さを感じていた。

その後、数人が挑戦したが、いずれも祖父の試練を受ける前にリタイアした。

そして、ようやく従士による試練を乗り越えた者が現れた。

それはウェルバーンに行った従士候補の剣術士ブレットだった。

彼は昨年のウェルバーン城での戦いで負傷した後、自分の技量の低さを痛感し、村に帰って来てから厳しい訓練を重ねて、今ではレベルを三十五にまで上げている。先日のアンデッドとの戦いではその成果が現れ、多くの敵を葬っている。

彼の相手はバイロンで、あの剛剣を何度も受けて倒れたが、十分近い猛攻を受けながらも致命的なダメージを受けることなく、最後まで意識を失わなかった。

父の終了の合図で倒れ込んだが、仲間たちからの祝福の言葉を受けていた。

しかし、まだ祖父の試練が待っている。

「それでは儂との模擬戦じゃ」

ブレットの前にウェルバーンの鍛冶師が心血を注いで作った鎧を纏った祖父が立つ。

すぐにでも観兵式に出られるほどの祖父とは対照的に、ブレットは敗残兵のようにボロボロの状態だ。

祖父は「死ぬなよ」と声を掛けると、一気に飛び出していく。

ブレットは避けることは不可能と考えたのか、盾を投げ捨て木剣を両手で支えて受け止めようとした。

斬撃の残像しか映らないほどの速さで打ち込まれた祖父の木剣は、ブレットの剣を易々とへし折り、そのまま彼のヘルメットの左側面を打ち据えて、更に肩当てに叩き込まれる。

あまりの速さに、俺の耳には木剣が折れる“バキッ”という音と鋼鉄製のヘルメットを激しく打つ“ガン”という音、そして革製の肩当てに当たった“バン”という音が一つに聞こえた。

その音の直後、ブレットは地面に叩きつけられるように前のめりに倒れていく。

心の中で“これはヤバい”と叫び、祖父からの指示を待つことなく、ブレットの下に向かった。

彼のヘルメットの左側面は無残にも凹み、髪の間からどろりとした血が流れ、耳を真っ赤に染めていく。当然意識は無く、呼吸もしているのか分からないほど弱い。

祖父の許可を得ることなく、素早く、そして慎重にヘルメットを外し、彼に治癒魔法を掛けていく。

「森を作りし偉大なる 木の神(アルボル) よ。生命を育む精霊の力により、 彼(か) の傷を癒したまえ。我は代償に命の力を捧げん。 治癒の力(ヒール) 」

魔法を掛けながら彼の怪我を確認する。

(頭蓋骨は大丈夫そうだな……脳震盪だけなら、まだマシなんだが……首は? 頸骨がやられると不味いぞ……鎖骨は完全に折れているな……)

三十秒ほど掛けて脳と頸骨を中心に治癒魔法を掛け、鎖骨も繋ぐ。

出血が止まり、呼吸も安定したところで魔力を止める。しかし、未だに意識は戻っていない。

「下がっておれ」という祖父の命令に素直に従い、元の場所に戻る。

誰一人、口を開く者はおらず、風が吹き抜ける音だけが鼓膜を揺らす。

不意に「立て! ブレット!」という祖父の声が響いた。

その言葉でブレットは意識を取り戻した。そして、ゆっくりと目を開けていく。

誰もが心の中で彼を応援しているが、声には出さない。

そんな中、ブレットはまだ意識がもうろうとしているのか、ぎこちない動きで身体を起こしていく。

ゆっくりと両手で身体を支え、立ち上がろうと膝を曲げる。

その苦しげな動きに見入り、俺は呼吸することさえ忘れていた。

折れた剣を拾い、それを杖にして立ち上がる。そして、その剣を祖父に向け、戦う意思を示した。

「よくやった、ブレット! お前はロックハートにふさわしい男じゃ!」

祖父の宣言で訓練場に万雷の拍手が湧き起こる。

その拍手が聞こえたのか、ブレットはゆっくりと身体を傾けていくが、素早く近づいた祖父がしっかりと受け止めていた。

見ていたラドフォード子爵は「千尋の谷に突き落とす……まさに獅子だ」と呟いていた。

ブレットは祖父の脳天への一撃を剣で僅かにそらし、致命傷にならないようにしたようだ。もし、軌道が逸れていなければ、ヘルメットがあっても脳が損傷し、即死した可能性があった。

ブレットの想いが若者たちに伝わったのか、その後、十人が祖父の試練を乗り越えた。

ロックハート家は十一名の新たな従士を迎えることになった。

■■■

イグネイシャス・ラドフォード子爵はロックハート家の従士採用試験の後、部下である武官、オズボーン・タワーディンに自分の思いを語っていた。

「ロックハートの異常な強さの理由を垣間見た。あれほどの心の強さがあれば、万を超える敵が来ようとも諦めぬだろう」

「まさにその通りですね」

「私はここに来る前に考えていたのだよ……」

タワーディンは“何を”と疑問に思ったが、口にしない。

「三百対一万三千。確かにゴーヴァン卿という稀代の英雄、そして、ザカライアス殿ら優秀な魔術師がいた。しかし、それだけでは覆すことができぬ絶望的な数字だ……」

タワーディンは何も言わずに大きく頷く。

「……私なら領民を捨てて逃げ出すか、楽に死ぬことだけを考えたはずだ。それが農民に過ぎぬ自警団員だけでなく、女たちまで武器を取ったと聞く……ロックハートの力は鍛冶師ギルドとの 繋がり(コネクション) だけではない。この愛郷心、そして団結力こそがロックハートの力なのだ。このことは必ず御館様にお伝えし、宰相閣下の耳に入れねばならん……宰相閣下が打つ手を誤れば、ロックハートは自らの力を信じ、帝国を離れていくだろう。そうなれば……」

ラドフォードはそれ以上語らなかったが、タワーディンには彼が言いたいことが分かっていた。

(イグネイシャス様はロックハート家が帝国の干渉を嫌えば自らの力を信じて、この村で独立するかもしれぬとお考えのようだ。いや、村人たちを引き連れ、新天地に向かう可能性もあるな。無用な戦いを避けるために……そうなれば、鍛冶師ギルドが黙っていない。恐らく魔術師ギルドや商業ギルドも何らかの行動を起こすだろう。そうなれば帝国といえども……)

彼は背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。