作品タイトル不明
第七十五話「陞爵:後篇」
十二月十日。
皇帝の勅使、イグネイシャス・ラドフォード子爵との会談は続いていた。
ロックハート家からは祖父ゴーヴァン、父マサイアス、母ターニャ、兄ロドリック、義姉ロザリンドと俺が出席している。
領地や従士たちの処遇について説明があり、最後に式典の話が始まった。
「 陞爵(しょうしゃく) に関する手続きについては、戦勝の式典と合わせて陛下より直接子爵の印綬を授けられることになっております。式典自体は来年の二月の中旬頃を予定、帝都には二月初旬までに入っていただきたい。必須の出席者はマサイアス殿と奥方、ロドリック殿……」
アンデッドに対する勝利の式典に合わせ、大々的に陞爵が発表されるらしく、父と母、そして、嫡男である兄の出席は必須だ。
「それに加え、ザカライアス殿にも帝都に来ていただきたい。これは陛下というより宰相閣下からのご要請だ」
「宰相閣下ですか?」と思わず聞き直してしまった。
「ああ、政治的な思惑がおありのようだが、御館様すら理由は聞かされておらん」
子爵の言う御館様とはクレメント・シーウェル侯爵のことだ。シーウェル侯は宰相と同じ中立派に属しているが、その侯爵すら理由を聞いていないということらしい。
「恐らく皇太子派、レオポルド皇子派の双方に釘を刺すおつもりなのだろう。どのような手を打たれるかは分からんがな」
宰相フィーロビッシャー公爵は名宰相として名高い政治家であり、無駄なことはしない。しかし、彼の行動原理は帝国の存続と平穏であり、必ずしも俺に有利になるとは限らない。
不安は残るが、帝国の屋台骨を支える宰相からの命令を無視するわけにはいかない。
微妙な空気が流れる中、父が話題を変える。
「騎士に叙任させる者たちはどのように?」
「主君である貴公がおられれば充分かと。本来、騎士への叙任も陛下自らが行うべき儀ではありますが、実態としては主君が代行して剣を授けておりますのでな」
カエルム帝国の“騎士”は“騎士爵”、あるいは“士爵”と呼ばれ、準貴族という身分を示すものだ。しかし、騎士は必ずしも皇帝の家臣であるとは限らない。封建制であるため、主君である爵位持ちの貴族に臣従していることの方が多いのだ。そのため、主君である貴族が地位を与えることは可能だ。
但し、無制限に“騎士”を増やすことは貴族の相対的な地位の低下を招くため、騎士の叙任は皇帝または代行者である総督に限られる。今回は皇帝が叙任を認めるが、叙任式自体は主君が代行する形になる。
今回の帝都行きで父、兄、俺の三人は長期間、村を離れることになる。更にリディたちも当然付いてくるから、村に残す戦力を考える必要があった。祖父ゴーヴァンがおり、恐らく従士頭のウォルトも残るので、指揮自体に問題は発生しない。
心配だったのは戦力の方だ。もし、騎士の叙任のために家長か嫡男のいずれかが帝都に行かなくてはならないと、村の防衛に支障が出かねなかった。
すべての従士が騎士に昇格するかは微妙だが、六名もの優秀な従士が村を離れれば、大規模な魔物の襲撃に対応できなかった可能性がある。
子爵の話では全員が行く必要がないため、その点は気が楽になった。
話が終わり、子爵は「少々疲れました」と言って客室に向かった。
ただ、ホールを出る際にニコリと笑って、
「今宵の晩餐も楽しみにしておりますぞ。特にワインはここでしか飲めぬものですので」と付け加えるのを忘れない。
その言葉に美食家の子爵らしいと笑みが零れるが、彼はあえて時間を作ってくれたのだ。
ロックハート家だけになった後、父が今後の話を始めた。
「私が子爵とは……予想はしていたが、実際に聞かされても我がこととは思えん」
兄も同じように心ここにあらずという感じだが、兄嫁ロザリーに動揺の色は見えなかった。そのことを指摘すると、
「父が常々言っておりましたから。義父様の代で子爵位を得る可能性が高いことを」
彼女の父ラズウェル辺境伯はこうなることを予見していたらしい。
「それにしても 大事(おおごと) じゃな。しかし、騎士への推挙はどうするつもりじゃ」
祖父が他人事のように言った。既に家督を譲っているので、自分にはあまり関係ないと思っているようだ。
「ウォルト、ニコラス、ヘクター、ガイは決定です。バイロンはカウム王国軍の部隊長でしたから難しいかもしれません。ウィルについては皆の意見が聞きたいと思っています」
「バイロンについては問題なかろう。カウムの騎士であったわけではなく、平民であったのだからな。まあ、本人が承諾するかは微妙じゃが」
祖父の考えに父も同じように考えていたようで小さく頷く。
「そうですね。ロッド、お前の意見は」
父は兄に意見を求めた。
「私としてはバイロンもウィルも騎士にしてやりたいと思います。ロックハートを支えてくれた者たちですので」
父は兄の言葉に満足しなかった。
「その気持ちは私も同じだ。しかし、今は私情ではなく、ロックハート家の嫡男としての意見を聞きたいのだ」
兄は少し考えた後、
「バイロンは騎士にすべきです。あの指揮能力と指導力は我が家には必要ですから。ウィルについては実直な性格を考えれば騎士にすべきかと思いますが、実績、実力という点で他の五名に劣ることは間違いありません。正直判断ができかねます」
父は自分と同じ考えだったのか、その答えに満足し、次に俺に意見を求めてきた。
「お前の意見を聞かせてくれ」
正直なところ、父や兄と同じ意見だが、別の切り口から話をすることにした。
「キルナレックと周辺の村が領地になります。ウォルトたちには領地を与えるおつもりなのでしょうか」
カエルムの“騎士”はロックハート家のような領地持ちの騎士ばかりではない。領地を持たず俸禄を与えられる騎士も多数存在する。
父がウォルトたちを領地持ちの騎士にするつもりなのか、それとも俸禄を与える家臣とするのか、それを知る必要がある。
父は突然話が変わったことに戸惑うが、それでもこの件についてはある程度考えていたようだ。
「まだあまり深く考えておらんが、全員に領地を与えることはできんだろう。ウォルト、ニコラス、ヘクターの三人は父上の代から仕えておるから、キルナレック周辺の村を領地として与えてもよいと思うが……お前に考えがありそうだな」
俺はこくりと頷くと話し始めた。
「領地を細分化することは人材の分散を招きます。ここは帝国の本土から離れており、我々だけで対応しなければならないことがほとんどでしょう。その場合、信頼できる者たちが近くにいる方が安心できるのではないでしょうか……」
俺の考えはウォルトを含め昇格した騎士には領地ではなく、俸禄を与えるというものだ。
「しかし、それでは彼らに報いることにならんではないか」
「報いるというのであれば、役職でもよいのではないでしょうか。例えばですが、ウォルトには家宰、ニコラスには内政担当官といった感じで。それに今までとやり方を大きく変えると混乱を招きます。第一、父上はこの地を去るおつもりはないのでしょう?」
父は何も言わずに頷いた。祖父と父が血の滲むような思いで守った領地であるラスモア村を離れることはないと考えていたが、やはり正解だったようだ。
「ロックハート家はラスモア村にあってこそだと私も思います。もちろん、兄上の代に変えられることは否定しません」
「私もここを故郷だと思っている」と即座に兄が否定する。
「そうですね。そうであればこそ、おじい様と父上、そして兄上がこの地を去るおつもりがなければ、今の体制を大きく変える必要は無いと思います」
父は「確かにそうかもしれん」と言い、
「しかし、それではキルナレックや周辺の村の安全はどう守るのだ? それも商業ギルドに任せるつもりなのか?」
「キルナレックについては今でも守備隊もいますから、安全は確保されています。周辺の村については代官を派遣した上で、自警団の訓練がてら定期的に魔物の討伐を行えば充分かと。今でもあの街の冒険者たちで充分なのですから」
キルナレック周辺は東のアクィラ山脈や北にあるカルシュ峠から魔物が侵入してくるが、ロックハート家が定期的に周辺の討伐を行っているため、ここ二十年ほどは大きな被害が出ることはなかった。もちろん、すべての魔物を討伐できるわけでもないため、キルナレックにある冒険者ギルドに討伐依頼は出されているが、現状ではそれで充分対応できている。
「村の代官には騎士となったニコラスたちか、イーノスやシムたち嫡男を派遣すればよいでしょう。馬で飛ばせば半日も掛からない距離です。皆の経験を積むにはよい機会だと思います」
俺が考えていたのは次代を担うイーノス・ヴァッセルやシム・マーロンらの教育だった。彼らは命令されることに慣れているが、命令することに慣れていない。小さな村で代官として経験を積むことは彼らにとってもロックハート家にとっても有用だろう。
それにあと十年もすれば弟セオや妹セラの世代が二十歳を超える。充分な人材が揃うのはそれほど先ではないはずだ。
「ではキルナレックには代官は派遣せぬのか?」と父が聞いてくる。
「当面は父上か兄上が交替で常駐すべきでしょう。何といってもロックハート家の顔ですから。それに各ギルドの長など主だった者たちを掌握する必要があります」
「お前はどうするつもりなのだ? お前が一番適任だと思うのだが」
父がそう言うと兄も同意する。
「私もそう思う。特に各ギルドに対してはザックが目を光らせる方がよいのではないか? 父上はともかく、私では侮られる気がするが」
「それはないでしょう」と笑って否定する。
「私が行けば身構えてしまいます。今はロックハート家がキルナレックのやり方を踏襲するのだと安心させなければならないのですから、私が行かない方がいいのです」
キルナレックの体制を維持する場合、俺が行けばキルナレックの主だった者は必要以上に身構えるはずだ。何といっても切れ者として名高い魔術師ギルドのワーグマン議長とやりあっているという噂が流れているのだから。
それが虚名であっても警戒されることには違いがない。だとするなら、実直な父や兄がキルナレックにいる方がいい。
「キルナレックとその周辺の開発には協力しますし、問題が発生すれば率先して動きます。しかし、普段は助言程度で前面に出るつもりはありません。理由はルナの指導を優先したいためです……」
ルナを守るという神との約束はとりあえず果たしたと思っている。神々の敵がまだ手を打ってくるかもしれないが、あれほどの戦力を早々整えることはできないだろう。
そうなれば、当面の課題はルナの教育だ。
彼女はごく小さな村で猟師の娘として育っている。この世界の常識もあまり知らないだろうし、魔法や武術など身を守る術も身に付けていないはずだ。
「……この世界の常識や護身術はともかく、魔法の指導は私にしかできないと思います」
「リディアやシャロンもおるが?」と祖父が疑問を口にする。
「はい。ですが、彼女の得意な属性は闇でしょう。もしかしたら、すべての属性を使えるかもしれませんが、あれほど闇の精霊に愛されているのですから、闇属性が使える私が指導すべきかと」
俺の言葉に全員が頷く。
「それに闇属性なら目立たない方がよいと思います。その点、この館ヶ丘は最適だと思っています」
館ヶ丘が有利な点はロックハート家とラスモア村の住民以外、ほとんど出入りしないことだ。 蒸留酒定期便(スコッチライナー) が定期的に訪れるし、領主である父に面会を求める者も訪問してくるが、事前に連絡が入る場合がほとんどだ。
これがキルナレックであれば、常に不特定多数の商人や傭兵が出入りしており、闇属性の訓練という目立ったことをやれば、彼女の存在に目を付けられる可能性がある。
俺の説明に父が納得する。
「確かにそうだな。お前の考えを整理すると、ラスモア村は今まで通りの体制とし、キルナレックも今まで通り商業ギルドが運営する。但し、私とロッドが交替で常駐し、キルナレックを掌握していく。そして、家臣たちについては俸禄で報いると。分かった。では、バイロンとウィルについての考えを教えてくれ」
「バイロンについては騎士に推挙します。本人が嫌がっても、帝国が問題視してもロックハート家は貫き通し、キルナレックの守備隊を率いさせます。ウィルについては騎士への推挙は本人のためにならないかと。ロックハート家のしかるべき地位につけてはどうかと思います。しかし、父上がどうしても騎士に推挙したいとお考えなら、バイロンの部下としてキルナレックに常駐させてはどうかと」
「強引にバイロンを騎士にするのはどうしてなんだ?」と兄が首を傾げる。
「ロックハート家は外様であっても、優秀で誠実であれば必ず報いると知らしめるのです」
「それは今後のこと、私の代のことを見据えてのことなのか?」
「それもあります。ですがそれだけではありません。バイロンは貴族という存在に不信感を抱いています。ロックハート家が変わってしまうのではないかと懸念するかもしれません。ですから、我々はカウムの上級貴族とは違うということを理解させる必要があると思うのです」
ロックハート家は優秀な者なら外様だろうが、外国出身だろうが、それ相応の地位を用意する。カウム王国のように縁故だけで地位を与えるようなことはしない。それを知らしめたいと思っている。
そして、バイロンの能力は報いるに値する。
「それほどまでにあの者を買っておるのか。まあ、分からんでもないが」と父が独り言を呟いている。
「バイロンは百人の部下を率いていたそうです。それだけではありません。ひと癖もふた癖もある傭兵が彼を慕っていたのです。おじい様や兄上ならお分かりかと思いますが、軍という組織で人を使うことはある種の才能が必要だと思います。それが彼にはあると思うのです」
俺の言葉に兄が頷き、祖父が「確かにそうじゃな」と昔を思い出すかのように目を瞑る。
「ウィルについても同じです。ロックハート家は例え農民上がりであっても忠義を尽くし努力を重ねれば、必ず報いるのだと皆に知らしめれば、これからの領地経営も多少は楽になるのではないかと」
「確かにその通りだ。しかし、ウィルのことは別の思惑もあるのだろう? この村ではやりにくいだろうから、キルナレックに置くというのは何となく分かるが」
父の言葉に「はい」と大きく頷く。
「別の思惑について聞かせてくれ」
俺はもう一度頷き、説明していく。
「ウィルはこの地で生まれ、育ちました。父上を始め、ウォルトたちも皆、この地にやってきた者です。ロックハート家がこの地に根を下ろした象徴がウィルなのです。ですから、騎士に推挙するなら、彼がやりやすく、そして目立つキルナレックが最適なのです」
祖父、父、ウォルト、ニコラス、ヘクターはウェルバーンの出身だ。ガイはペリクリトルに近い村の出身だそうだし、バイロンはカウムの出だ。主要なメンバーにラスモア村で生まれ育った家臣が誰もいないことに危惧を抱いていた。
「うむ」と言って父が考え込む。
「私としては他の五人と同列に扱うにはいささか時期尚早ではないかと。五人が不満を持つとは全く思いませんが、ウィル本人がやりにくいでしょう。ですから、騎士に推挙せず、平民である従士長にしてはどうかと……」
「従士長か……」と父が呟く。
「ロックハート家直属の従士長であれば、ここラスモア村においては騎士に匹敵する名誉だと思います。彼のことを思えば、今回は騎士にするより従士長の方がよいかと……私の考えは以上です」
父は目を瞑って静かに考え始めた。
そして、長い沈黙の後、 徐(おもむろ) に話し始める。
「個人的には従士長より騎士にしてやりたいところだが、確かにあまりに早い出世は本人のためにならん。ザックの言うロックハート家直属の従士長辺りが妥当だと思う。父上のお考えは?」
「儂もそれでよいと思う」と頷き、従士たちの処遇が決定した。
その後、帝都への出立など、今後の細かな案件について話し合った。