作品タイトル不明
第七十四話「陞爵:前篇」
十二月十日。
アンデッドとの死闘から一ヶ月半が過ぎた。村は完全に日常に戻り、今は冬に向けての準備に忙しい。
二人の妻を娶ったが、リディとベアトリスとの関係については特に変わっていない。同棲生活?が長かったためだと思うが、結婚してもザックセクステットとして行動していることが多いことも、変わりばえしない原因だろう。
この一ヶ月半で一番力を入れたのはルナの心の回復だ。
アンデッドとの戦いの後、彼女は開きかけていた心を再び閉ざしたためだ。
義姉ロザリーに聞いた話では、四日間に及ぶ激しい戦闘は隠しようもなく、彼女に再び恐怖を与えてしまった。
それでも以前のようにパニックに陥らなかったのは、常に傍らにあったロザリーたちの献身と、闇の精霊たちがルナを守ろうとしてくれたお陰だろう。
そんな状況だが、可能な限り時間を取るようにし、少しずつ話をしようと努力している。話をすると言っても何を話していいのか分からないため、思いつくまま話しているだけだが、そうなると自然と酒や料理の話になる。
ただ、リディやベアトリスはそんな俺に呆れていた。
「女の子にお酒の話をしても仕方がないでしょ」
「あれはないな。あたしでもそこまで興味はないぞ」
二人の言い分も分からなくはないが、彼女が完全に心を開くまでは元の世界の話をするのはリスクを伴うと思っている。
今の状況で元の世界の話をすれば、俺に依存し過ぎる可能性がある。そうならなくても、自分がなぜこんなに不幸な目に合わなければならないのかと神々に反感を持つ恐れがある。
そうなれば神々の依頼に応えられなくなる可能性が高く、そんなリスクは冒せないと思っている。
そう思うが困ってもいた。元の世界の話ができなければ話すネタがないし、ティセク村のことを話題にするわけにもいかない。結局、酒と料理の話しか思い付かなかったのだ。
ただ何となくだが、ちゃんと話を聞いている気がしている。そのことをシャロンに話すと、意外な答えが返ってきた。
「ザック様が楽しそうに話されるからだと思います。分からなくても楽しそうっていう気持ちが伝わるんですよ」
メルも同じように賛同してくれる。
「本当に楽しそうですから、お酒のことを話しているザック様は。私でも飲みたくなりますよ」
それが俺に対する贔屓目なのか、希望的観測なのかは分からないが、この一ヶ月で俺が頭を撫でてもビクッとすることがなくなったし、挨拶も小声ながらも返してくれるようになった。
この状況が続けば、春には明るい笑顔を見せてくれるのではないかと期待している。
今日、帝都から使者が訪れる。
カウム王国のカトリーナ王妃が予想していたことだが、それが現実となった。今回のアンデッド討伐に対する褒賞が伝えられるのだ。
このアンデッド討伐の話だが、帝都では当初から誤報ではないかという話が出ており、信憑性が疑われていた。しかし、鍛冶師ギルドやカウム王国だけでなく、冒険者ギルドが公式にアンデッドの侵攻があったと発表したことから疑いは完全に払しょくされた。
今回訪れる使者だが、シーウェル侯爵家の重鎮、イグネイシャス・ラドフォード子爵だ。既に二日前に、先触れの伝令が屋敷を訪れ、今日の正午頃に到着する予定であると伝えられている。
子爵は既に二回この村を訪れているが、前回までは前日か当日の朝一番に連絡がきていた。しかし、今回は皇帝の正式な使者、つまり勅使であり、下手な対応はできない。そのため、あえて二日前に連絡を入れ万全を期すよう、我々に準備期間を与えてくれたのだ。
勅使を迎える取り決めは面倒なものが多く、昨日到着したシーウェル侯爵家の文官、レドリー・サザーランドと入念な事前の打合せが行われ、リハーサルすら行われていた。
正午になる少し前、勅使を出迎えるロックハート家の関係者は全員正装に着替え、村の入口に待機していた。更に館ヶ丘に向かう村内の道には身なりを整えた村人たちが待っている。
正午の鐘が鳴った後、青色の装備に身を固めたカエルム帝国軍の騎士の一団が見えてきた。先頭には皇室の紋章である翼を広げた金色の大鷲が描かれた旗を持った騎士がおり、その後ろには同じ紋章が描かれた豪華な馬車が続いている。
俺たちは片膝を突き、その場で到着を待つ。
その帝国騎士は以前子爵に同行したオズボーン・タワーディンで、大柄な体格に見合った 大音声(だいおんじょう) で、勅使の到着を告げた。
「皇帝陛下の御名代、イグネイシャス・ラドフォード閣下の到着である!」
父マサイアスが教えられた作法に従って歓迎の口上を述べる。
「臣マサイアス・ロックハート、御勅使をお迎えすること、恐悦の極み!……皇帝陛下の御世に 永久(とこしえ) なる栄えあらんことを!」
口上の後、父が先頭に立ち、馬車を先導していく。
村の中に入ると、村人たちが出迎え、馬車が通り過ぎるたびに、「皇帝陛下万歳!」という歓声が上がる。
館ヶ丘の屋敷に到着すると、ラドフォード子爵が馬車から現れた。子爵は青を基調とした正装と金糸をふんだんに使った肩帯、白い細めのスラックス姿だった。
渋い俳優のような美男子の子爵が正装に身を固めると、本当に絵になる。
屋敷の前には豪華な絨毯が敷かれ、その上に子爵が下りていく。この絨毯はシーウェル侯爵家が用意してくれたものだ。
「ジークフリード二十一世陛下の名代、イグネイシャス・ラドフォードである。此度は陛下よりのお言葉を伝えに参った……」
やや演劇掛かった口上が終わると、屋敷の中に入っていく。
ホールで父と兄が子爵から正式に伝達されるが、俺たちはホールに入ることなく、廊下で聞いていた。
「……ロックハート家の此度の功績、重畳である。朕はその功績に対し、子爵位を授けることとした。以上が陛下のお言葉である。謹んで受けるように」
それに対し、父が「謹んで拝受いたします」と答え、ようやく一連の儀式が終了した。
儀式が終わると、ラドフォード子爵がふぅと息を吐き出し、首をコキコキと動かす。
「肩が凝りますな、マサイアス殿、ロドリック殿」
父は「誠に」と言って笑い、ようやく和やかな雰囲気になった。
そして、俺たちもホールに招き入れられる。ホールに入ったのは祖父ゴーヴァン、母ターニャ、義姉ロザリーと俺だ。つまり、ロックハート家だけで、これはまだ領地の話など、機微な話が続くためだ。
子爵は以前と違い、父に対して丁寧な言葉を崩さない。以前ならもう少し砕けた感じだったが、同じ子爵となるため気を使っているようだ。と言っても本来の明るい性格は変えようもなく、雰囲気が堅苦しくなることはない。
「私も勅使などという大役は初めてでしてな。御館様から内示があった時には一瞬断ろうかと考えたほどでした。まあ、ここに大手を振って来られる機会を失う気はありませんでしたが。ハハハ!」
子爵がここに来たい理由は美味い酒があるからだ。特に最高級のシーウェルワインは俺が 収納魔法(インベントリー) を使って熟成させたもので、二十年ほど寝かせたものはボルドーやブルゴーニュの 特級(グランクリュ) に匹敵すると思っている。
もちろん、シーウェル家には定期的に送っているが、陸路を千km以上も運ばれていくとどうしても品質が落ちてしまう。そのため、子爵はここで飲むことが一番だと言っているのだ。
「しかし、今回のことは何と言ってよいのか。万を超えるアンデッドとの戦いなど、私には全く想像できませんからな。話を聞いた時には血の気が失せました。もちろん、酒が飲めなくなるからではありませんぞ。貴家のことを心配してのこと」
「ハハハ! 分かっております」と父が笑いながら答える。
「では、今後のことについて話を始めましょう。まず、貴家の領地は加増されることが決定しております。新たな領地はキルナレックと周辺の村、具体的にはバルドック、ウーズリー、シフェレスの三つ……更に数名程度、騎士への叙任が可能です。これは貴家が推薦すれば問題なく決まるでしょう……」
子爵の説明ではロックハート家に与えられる領地は近隣の宿場町キルナレックとそこに食糧を供給している三つの村で、合わせて五千人ほどが新たな領民として加わる。
更に子爵家として、家臣の騎士への昇格を推薦できる。数名程度というのは主要な従士は全員騎士になれることを意味する。
これだけ聞くと何も問題がないように聞こえるが、実際にはそう簡単な話ではない。
キルナレックは商業ギルドが作り上げた“都市国家連合”という組織に属しているため、ギルドとの調整が必要になる。また、名義上はラズウェル辺境伯領であるため、辺境伯との引き継ぎも必要になってくる。
「辺境伯家は問題ないでしょうな。面倒な自治都市を手放せるなら、逆に喜ばれるでしょう。問題があるとすれば商業ギルドの方ですな。アウレラの連中はここ最近帝国に遅れを取っておりますから、何らかの意趣返しをしてくる可能性は否定できんと言ったところかと」
昨年の北部総督府軍の反乱騒ぎからアウレラの商業ギルドは後手に回り続けている。これは彼らに明確な落ち度があったわけではないが、ルークスの暴走を止められなかったこととラズウェル辺境伯の怒りが想像以上に強かったためだ。
「ザカライアス殿はどうお考えかな。卿が商業ギルドならどのような手を打つかね?」
突然話を振られたが、子爵になるという話が出た時からキルナレックが領地になる可能性は考えていた。しかし、その前に確認すべきことがある。
「お答えする前に確認したいのですが、今回の件で帝都若しくは北部総督府から文官は派遣されるのでしょうか? 八百人規模の村しか領有していないロックハート家に五千人規模の領地が加わるのですから、人的な支援が必要になると思うのですが」
ラスモア村は辺境の開拓村で自給自足に近い経済で回っている。蒸留酒の販売で以前より現金収入はあるが、ロックハート家自体支出は少なく、家計簿に毛が生えた程度の財務管理でも問題はない。そのため、内政担当のニコラス・ガーランドと彼の妻ケイトの二人だけで事足りていた。
しかし、交易都市であるキルナレックが加わることにより、それでは済まなくなる。少なくとも資産を管理する財務部門、収入を管理する税務部門、そして長期的な領地経営を支える予算管理部門、インフラを管理する建設部門などは今まで通りでは絶対に無理だ。専門の教育を受けた官僚が必要になるが、ロックハート家に純粋な文官は一人もいない。
「支援を要請すれば派遣は可能だが、ここは特殊だからな……」
子爵の話では通常の 陞爵(しょうしゃく) であれば、寄親である大貴族が支援するため、文官の手配や領地引渡し時の雑務で悩まされることは少ないそうだ。
しかし、ロックハート家はラズウェル辺境伯家の配下ではあるが、辺境伯家から領地を奪う形になるため、派遣を要請しにくい。もちろん、辺境伯も納得していることだが、相談もなく勝手に決められたため、形式上、帝都の皇帝や上級貴族たちに不満を表明せざるを得ず、積極的な支援は行いにくい。
「シーウェル侯爵家に鞍替えという手もないわけではないのだが、そうなると貴家の評判は地に堕ちる」
ロックハート家がシーウェル侯爵家に鞍替えすれば、嫡男の正妻の実家である辺境伯家を裏切ることになる。辺境伯家の領地を奪う形になることと合わせて考えると、ロックハート家は忘恩の徒という評判が立つことは間違いない。
「つまり、文官の派遣は難しいということですか……」
そう言って考えを整理していく。
キルナレックは今でも問題なく運営できている。これは商業ギルドが中心となって行政を回しているからだ。もし、ギルドがキルナレックを見限ると仄めかせば、ロックハート家は独自に、ゼロから運営体制を構築しなければならない。
(情報を重視する商業ギルドがこの程度のことを考えないはずはない。だとすれば、うちに対して、辺境伯家と同様に今まで通りのやり方でと言ってくる可能性が高いな。それでもいいんだが、あとは義務がどの程度発生するかだな……)
現在の辺境伯家は北部総督であり、帝国政府と一体と言ってもいい。そのため、ある程度自由にできたが、ロックハート家は独立した子爵家だ。当然、帝国に対し義務が発生するはずだ。その内容によっては、今まで通りの体制では義務を果たせない可能性がある。
「ロックハート家がキルナレックを領有した場合、帝国に対する義務はどのようなものがあるのでしょうか」
子爵はその問いを予想していたようですぐに答えていく。
「帝国に対しては税収から一定額の上納が必要であろうな。まあ、危険な辺境であることを主張すれば減免措置は勝ち取れると思うが。あとは大規模な戦争において北部総督から出兵を要請される可能性がある。今回の加増分を合わせれば五百名程度は揃える必要はあるが、ラズウェル家が兵を出せとは言わんだろう。もちろん、帝都は何も言わんよ」
子爵の答えは予想通りだった。帝国に対して問題となる義務はない。
「では帝国本国に対しては大きな義務は無いということでしょうか」
「そうなるな。まあ、これは貴家だから言えることだ。他の家なら辺境だろうが、納税と兵役の義務は免れえぬよ」
子爵の言いたいことはこうだ。
ロックハート家が鍛冶師ギルドという大きな後ろ盾を持っている。更に現在、皇帝に影響力を持つ貴族は皇太子派とレオポルド皇子派に分かれて権力抗争を行っている。その二つを合わせて考えると、ロックハート家を敵に回すとは考え難い。両陣営ともうちに恩を売って味方に引き入れることを考えるためだ。
もし、ロックハート家が後ろ盾を持っていなければ、子爵家に相応しい義務を負わされるだろう。主要街道の交易都市であり、更に帝国本国の経済にほとんど影響を与えないことは自明だから、多額の通行税を取って上納しろと言われかねない。
「先ほどのご質問への答えですが、私が商業ギルドなら、今まで通りの運営方法でと交渉するでしょう。それをロックハート家が拒否する場合は、キルナレックの行政組織を丸ごと引き上げさせると脅すでしょうね。引き継ぎもなく一方的に引き上げれば行政が混乱することは目に見えていますから」
「なるほど。ではそれに対してどう対応するのがよいと?」
「父や兄と相談しておりませんので、あくまで私個人の意見ですが、当面は今まで通りでよいと思います。ただ、行政の監視は徐々に強めていく必要はあるでしょう。商業ギルドと対立する気はないですが、我々の方が有利な立場です。今の状態を変えられて困るのはギルドの方ですから、少々強気に出ても問題ないと思っています」
彼らにとって必要なことはアルス街道の安全と無駄な税を掛けられないことだ。もし、ギルドが行政組織を丸ごと引き上げれば、キルナレックは確実に混乱する。そうなれば、キルナレック周辺の通行自体が脅かされることになる。
迂回路のないアルス街道では僅か一箇所の混乱でも致命的だ。実際、現在のアウレラ街道は帝国領であるロークリフ周辺から学術都市ドクトゥスの間の治安悪化で麻痺状態に陥っている。
もし、アルス街道がアウレラ街道の二の舞になれば、商人たちのギルドへの信頼は地に堕ちる。そのような不合理なことを利に聡い彼らがするはずがないのだ。
「ザカライアス殿がいるロックハートに商業ギルドが喧嘩を売るはずがない。あとはどれだけ彼らから譲歩を引き出すかだけだろうが、その辺りについては貴家の判断次第だ。帝都も何も言わぬだろう」
どうやら子爵はロックハート家が子爵に陞爵し、舞い上がって間違った判断をしないか確認したかったようだ。確かに成り上がりだから心配したくなる気持ちは分からないでもない。