作品タイトル不明
第六十九話「終宴」
トリア歴三〇一八年十一月二日の朝。
夜は明けたが、祝勝祭は未だに続いていた。
スコッチは日付が変わる前に無くなったものの、麦酒や葡萄酒が残っており、それを飲み切るまで続くらしい。
飲み切るまでといったが、時間的にはあと一、二時間ほどだろう。
俺たちは何度か仮眠をして最後まで付き合っているが、さすがに辛い。メルとシャロンは途中で寝てしまったので、屋敷に連れて帰っているし、リディは最後までいたが、俺と同じく何度か仮眠をとっている。唯一、ベアトリスだけは最後まで元気に付き合っていた。
もちろん、王妃は相変わらずドワーフ並の酒豪ぶりを見せ、今でも元気にジョッキを傾けている。
当然、ドワーフたちは全員元気だった。
特に今回は若いドワーフが多く、終始陽気な声が聞こえていた。彼らは俺たちロックハート家のところに来て、次々と言葉を掛けていった。
彼らの多くが、
「早くスコッチが飲めるような腕になってみせる!」
「こいつを飲むためなら、どんな修行にも耐えられる! 必ず近いうちに親方になってみせる!」
などという強い決意を表明していた。その言葉を聞き、ウルリッヒたちベテランをからかった。
「三百人の親方たちも安心していられないな。あの勢いじゃ、数年で追いつくんじゃないか」
軽い冗談のつもりだったのだが、ウルリッヒたちの顔に余裕がなかった。
「儂らもうかうかしておれん。四十や五十の若造に追い落とされる気はないが、六十代の連中は侮れんからな。実際、七十代の親方連中は危機感を持っておるはずじゃ」
六十代といえばベルトラムが該当するが、確かに彼の腕は一流の域に充分達している。それに支部の親方たちは七十代が中心で、実際、ウェルバーン支部のデーゲンハルトたちはアルスの親方たちに匹敵する腕を見せた。
そんな実績があり、スコッチという極上の“餌”が目の前にぶら下げられれば、五十代、六十代の中堅クラスの鍛冶師のやる気は大いに上がるだろう。
ちなみに三百人の親方は鍛冶師ギルドの運営委員という役職で、主要な工房の親方と工房を後進に譲った一部優秀なベテラン鍛冶師で構成されている。
この三百人は五年に一度の総会で決まるそうだが、基本的には前任者が後任を指名する方法で代替わりしている。スコッチが飲めるようになる前は面倒な役職というイメージであったため、比較的スムーズに交替していたが、三〇一五年にあった前回の総会ではほとんど交替はなかったらしい。
次の総会は一年二ヶ月後の三〇二〇年一月にあるそうで、中堅クラスはそのタイミングで下克上を果たそうと狙っているようだ。
「次の総会は荒れそうじゃ。知恵を借りるかもしれんから、その時はよろしく頼む」
「頼むと言われても困るんだが……」ということしかできなかった。
(実際、選挙をやるわけにもいかないし、ベルトラムと同じくらいの腕なら相当な実力だ。どうやって選べばいいものか……まあ、その時になってみないとやりようはないか……)
俺は問題を先送りにすることにした。
難しい問題であるだけでなく、俺が鍛冶師ギルドに深入りすることは非常に不味い。
ザックコレクションの 持ち主(オーナー) というだけでもギルドに強い影響力を持っている。そんな人物がギルドの運営に直接関わる運営委員を選ぶとなれば、黒幕と思われかねないのだ。
(カティさん辺りが上手くコントロールしてくれればいいんだが、無理だろうな……)
それでも若い鍛冶師たちがやる気を見せる姿は見ていて清々しい。例えそれが酒のためであっても。
午前九時頃に用意したすべての酒がなくなった。
その量は十月二十九日からの三日間で、麦酒がホグスヘッド樽で二百八十、ワインがバット樽換算で五十だ。これは昨日、ペリクリトルから送られてきた麦酒八十、ワイン二十が加わったためだ。
そして、スコッチがクォーター樽で五十。
ドワーフが千五百人以上いるとはいえ、四千人で消費する量ではない。
(十万人規模のイベントと言われても納得しそうだ。カウム王国北部からすべての酒がなくなったんじゃないか? 本気で心配になってきた……)
カウム王国の官僚オットー・エルウェス卿がアルス周辺から酒を運ぶよう手配しているらしいが、明日以降にドワーフたちが飲む酒があるのか心配になる。もし手配できなかったら大変なことになるだろう。
ドワーフたちは名残惜しそうにしているが、既にカウム王国の黒鋼騎士団は出発の準備を始めていた。
今日の目的地は僅か二十キロ先の国境の町ボグウッドであり、正午頃に出発しても充分に到着できる。
同じようにペリクリトルから来た冒険者たちも準備を始めており、彼らも今日中に二十五キロ先のキルナレックに入るつもりのようだ。
今回大活躍のエルウェス卿だが、彼は元気に兵士たちに荷物の積み込みや出発の順序などを指示している。昨夜はそれまでの苦労を労わるため、宴会に付き合わせることなく、休ませていた。まだ二十代半ばの若者であり、一晩ぐっすり寝たことで完全に回復している。
兵士たちが積み込んでいる荷物は空になった樽だ。ある程度はうちで再利用するが、さすがに三百個以上あっても困るため、持ち帰ってもらう。
黒鋼騎士団の指揮官イザドル・ロクスバラ男爵が父に話しかけていた。二人の視線の先にはスケルトンが残した剣の山があった。
「こうやって見ると凄まじい量ですな」
「確かに凄まじい量です。鍛冶師方がいうには二千年以上前の物らしいのですが、これだけの剣がどこにあったのかが気になります……」
剣については見慣れない形のものが多く、スケルトンの素性を調べるためにウルリッヒたちベテラン鍛冶師に見てもらっている。
その片手剣は我々が使う 長剣(ロングソード) より短く、幅がやや広い。俺の印象ではローマ時代に使われたグラディウスに近い。
ウルリッヒと共に剣を見ていた片手剣の名工ヨハン・ヴィルトに意見を聞くと、
「二千年くらい前まで帝国軍が使っておった物が近い感じじゃな。当時は騎兵より重装歩兵が主力だったらしいの……」
今の帝国軍の主力は騎兵だが、拡大期の帝国は馬の名産地である中央草原地帯を完全に支配下においておらず、優秀な軍馬が少なかった。また、侵攻する先の敵は組織化された国家はおらず、防御に適した重装歩兵が前衛となって後衛の魔術師隊を守る陣形を好んで使っていたらしい。
重装歩兵も敵に騎兵が少なかったため槍兵が主力とならなかった。また、翼魔族などの飛行型の魔法兵が多かったことから、大型の盾を上方にも自由に動かせるように取り回しのいい短めの剣を使っていたらしい。
「魔族を追い払った頃を境に使われなくなったものじゃ。東から来たアンデッドが持っておるのは不思議な気がするが、魔族を追撃して全滅した軍があったのかもしれん……」
およそ二千年前、今のペリクリトルを中心とした地域に魔族が住んでいた。帝国は山岳地帯であり防御戦闘が得意なカウム王国と講和し、豊かなペリクリトル周辺を侵略の目標とした。
当時のラクス王国は傲慢な者が多い魔族と険悪な状況であり、国境で小競り合いを繰り返していた。そのため、帝国の侵攻を黙認した。
魔族は圧倒的な力を誇る大鬼族、魔法の才能豊かで空から攻撃できる翼魔族など、強力な種族もいたが、部族間の連携が悪く、物量に優る帝国軍に敗北した。
敗北後もプライドが高い魔族は帝国に臣従することをよしとせず抵抗をやめようとしなかった。帝国軍はペリクリトル周辺を支配した後、魔族を根絶やしにする作戦に出た。ラクス王国に逃げ込もうとした魔族もいたが、ラクスは難民の受け入れを拒否し、帝国に協力している。
魔族は仕方なく、アクィラ山脈に向かい、 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) と呼ばれる土地に逃げ込んだ。
帝国の歴史書では大勝利と魔族の殲滅だけが伝えられているが、 永遠の闇(クウァエダムテネブレ) まで追撃した部隊が逆襲にあって敗北したのかもしれない。
そう考えれば魔族の地に大昔の帝国軍の武器があってもおかしくない。
ただ不思議なのは二千年も放置されていれば、鉄製の剣は錆びて朽ち果てるはずだが、手入れはされていないものの、実戦で使える程度の状態は維持できていることだ。
(何らかの方法で保管されていたのかもしれない。俺の 収納魔法(インベントリ) のことを思えば、魔法の才能がある翼魔族が同じような魔法を知っていてもおかしくはないか)
結局、なぜかは分からなかったが、二千年くらい前の帝国軍が使っていた剣であることは間違いない。
「すべて大量生産の鋳造品じゃな。多少装飾が凝っておる物もあるが、魔法剣のようなものはなさそうじゃ」
ヨハンの言う通り、俺たちが確認した結果も同じだった。指揮官用なのか、 柄頭(ポンメル) 部分に装飾が施された物はあったが、魔晶石を嵌めた物や魔法陣を書き込んだ物はなかった。
偵察の結果でもアクィラを直接越えてきたことは明らかで、この剣の出所と合わせて考えると、魔族が関与しているという可能性は否定できない。ただ気になるのはアンデッドの王、ヴラド・ヴァロノスほどの強力なアンデッドを、魔族が制御できたのかという点だ。更に今回はアンデッドだけで、魔族らしき者は一人も見ていない。
魔族が関与しているなら、少なくとも結果を確認する者がいるはずで、その姿が全くなかったことが引っ掛かっている。
単に俺たちが気付けなかっただけかもしれないが、魔族の今までの戦略と整合が取れていない気がしていた。
(今回のことは魔族の侵略の一環と考えるのは早計かもしれないな。アンデッドたちは明らかにルナを狙っていたし、一年前のオークも同じだ……魔族が神々の敵と繋がっているのか? 情報が少な過ぎて何とも言えないな……)
この剣と回収した防具類を合わせると総重量で三十トン以上あるが、あることに利用するつもりでいるため、研修所の倉庫に保管することになっている。
十一時頃、ペリクリトル組が出発の準備を終えた。
ドワーフの代表として、ギーゼルヘールが挨拶に来た。
「間に合わなかった上に宴会まで開いてもらって申し訳ないが、存分に楽しませてもらった。感謝する」
そう言って父に右手を差し出す。父はその手を取り、
「来てくれただけで感謝している」
ギーゼルヘールはがっしりと手を握りながら、
「儂らはいつでも味方じゃ。何かあれば必ず飛んでくる」
そう言って左手を重ねた。
父の後に祖父、兄と続き、俺のところにやってきた。
「ペリクリトルに来たら顔を出してくれ。いつでも歓迎する」
「ああ、そのうちペリクリトルに行くつもりだから、その時はよろしく頼む」
ギーゼルヘールが挨拶を終えると、ペリクリトル組が出発した。
隊列が丘の間を抜けていくと村人たちが「ありがとう!」と言って手を振り、感謝の気持ちを表した。
正午頃にアルス組の出発準備が終わった。
王妃が王国を代表して挨拶を行った後、ウルリッヒがドワーフ代表として別れの言葉を告げた。
「儂らの魂はロックハートと共にある! どのような敵が来ようとも、儂らドワーフは必ず助けに来る! それだけは忘れないでくれ!」
その言葉にドワーフたちから「そうじゃ!」、「儂らはいつでもロックハートの味方じゃ!」という声が上がる。
三十秒ほど熱狂的な歓声が上がり、僅かに静かになったところでウルリッヒがドワーフたちの方を向く。
「ドワーフたちよ! 儂はここに誓う! ロックハートにあだなす者が例え神であろうと儂は戦う! ここにおるすべてのドワーフたちよ! 儂の想いと 一(いつ) にする者は腕を上げよ!」
そして、いつものように大きく腕を振り上げ、「ジーク・スコッチ!」と吼えた。
ドワーフたちはその咆哮に呼応する。
「「ジーク・スコッチ!」」
「「ジーク・スコッチ!」」
「「ジーク・スコッチ!」」
ドワーフたちの熱狂が丘の間を木霊していく。
数分間続いた後、ウルリッヒは鎮まるようにと両手を挙げるゼスチャーをし、熱狂的な叫びは収まった。
「見ての通り全てのドワーフはロックハートの味方じゃ。安心して美味い酒を作ってくれ。それが儂らの唯一の望みじゃ」
父は大きく頷き、全員に向かって感謝の言葉を述べた。
「我がロックハート家は今回の恩を永久に忘れません! ラスモア村にロックハートがある限り、我々はご恩に報いるよう、美味い酒を作り続けます!」
父の熱い宣言にドワーフたちから歓声と拍手が上がった。
(父上もドワーフに毒されてきたのか、それとも単に慣れてきたのか、最後は酒を作る話になっていたな……まあ、俺がいる限り、酒で手を抜くことはないと思っているだけかもしれないが……)
熱狂的な雰囲気の中、カウム王国軍が出発した。ドワーフたちも合わせると三千人近い大行列となるため、まだ王妃たちの馬車は残っている。
そのため、今回の最大の功労者にして犠牲者、エルウェス卿と話をすることができた。
「アルスに戻り次第、蒸留酒の品質に関する法律を施行するつもりです」
蒸留酒の品質に関する法律は昨年アルスを訪問した際に俺が提案したものだ。
利害関係者が少ないからすんなりいくと思っていたら、守旧派の嫌がらせで滞っていたらしい。
「これほどの熱い想いを目の当たりにした以上、中途半端なことはいたしません! 妃殿下からは今年中にと言われておりますが、すぐにでも施行させます!」
官僚であるエルウェス卿もドワーフたちの熱い想いに感化され、熱血漢のように拳を振って宣言した。
「来年の夏には蒸留職人たちがアルスに戻ります。ぜひとも、それまでに彼らの努力が無駄にならないような体制をお願いします」
三〇一六年の八月から鍛冶師ギルドが公募した蒸留職人候補が修行を始めている。来年の夏には俺が決めた三年という期間が過ぎる。つまり、三〇一九年の秋からアルスで蒸留が開始されるのだ。
鍛冶師ギルドのお膝元であるアルス近郊なら酒の品質を落とすようなことはないだろうが、目が届かない場所ではどうなるか分からない。
ドワーフたちの怒りを買っても、一時的な利益を求めないとはいえないのだ。
「法整備の方はお任せください。ですが、他の面ではザカライアス卿のお力をお借りしたいと思っています」
そう言ってエルウェス卿は頭を下げた。
当然、来年の夏まで蒸留所の建設が必要で、それには俺も積極的に支援しようと思っている。
「私にできることは協力させていただきます。鍛冶師方への恩返しにもなりますから」
歩き始めたドワーフたちの列から「ジーク・スコッチ!」の掛け声が上がる。それはまるで俺の言葉が聞こえたかのようだった。
王妃の馬車が出発するタイミングになった。
「それでは皆様、お世話になりました。アルスを通る時はぜひとも王宮にお越しください。それではごきげんよう」
それだけいうと王妃は馬車に乗り込んだ。その際、「ジーク・スコッチ!」と叫んでいるが、誰もおかしいとは思わなかった。
カウム王国から救援に来た人々が去った。
あれほどいた人々がいなくなると、ラスモア村は閑散とした雰囲気に包まれる。
「これですべてが終わったな」
父がそう呟いた。
俺たちは皆、その言葉に心の中で頷いていた。