軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十二話「開会宣言」

トリア歴三〇一八年十一月一日の夜明け頃。

俺はアクィラ山脈から上り行く朝日を眺めていた。

空は澄み切っており、既に藍色から深い水色に変わっている。絶好の祭日和だ。

朝日を眺めている俺だが、大自然の 眺望(パノラマ) を楽しむ余裕はなかった。

昨夜、リディとベアトリスとの結婚、メルとシャロンとの婚約を決め、家族に承諾を貰いにいった。家族は皆祝福してくれ、改めて幸せを噛み締めるつもりだったが、そんな時間は与えてもらえなかった。

今日の準備があったのだ。

ウェルバーンの鍛冶師ギルド職員ジョナサン・ウォーターがひとり気を吐いて準備を行ってくれたが、さすがに四千人規模の祭の指揮は無理だった。

カウム王国の官僚オットー・エルウェス卿もいたが、このようなイベントの準備はしたことがなく、更にそれまで王妃に酷使されていたため早々に退場し、実質、俺とジョニーで準備を行った。

夜を徹して、持ち込まれた酒や食材の量を把握し、更にそれをどう配分していくかを二人で検討していく。いつもならシャロンが手伝ってくれるのだが、今回は今日着る衣装の調整のため母に拘束され、戦力にならなかった。

今回の祝勝会にはラスモア村の住民八百人弱に加え、カウム王国の黒鋼騎士団千五百人、カウムの傭兵と冒険者二百人、ペリクリトルの冒険者百人と鍛冶師二百人、アルスと周辺の鍛冶師千三百人が参加する。

人間が四千人いるだけでも大変なイベントだが、今回は人間の十倍は酒を飲むドワーフが千五百人もいる。

千五百人のドワーフが集まるイベントは、アルス以外ではないそうで、半年前の鍛冶技能評定会、いわゆるドワーフフェスティバルに比べても比較にならないほどの規模だ。

それを僅か一日で準備し、実行しなければならない。

(スコッチの量は足りるはずだ。後は誰をどこに配置して……屋台を作る暇がないから、天幕なしで調理するしかないな……酔っ払いを休ませるスペースもいる……トイレはどうすれば……)

ある程度の計画ができたのが夜明けだったのだ。

計画ができた後、ジョニーは「準備を始めますので、ザカライアス様はお休みください。何といっても今日の主役なんですから」と言って元気に屋敷を飛び出していった。

その姿をあくびをしながら見て、俺は鍛冶師ギルドの職員にはなれないなと毎度のことながら感心してしまう。

今日の祝勝会は午前十一時頃から始める予定で、まだ四時間以上あるが、実行委員長であり、ある意味祭の主役でもある俺にはそんな時間はない。

朝食を食べに行くと、そこには眠そうな目をしたリディとベアトリスの姿があった。

なぜ眠そうな顔をしているのか不思議だった。二人は昨年の兄の結婚式で着たドレスを着ることにしており、体形もほとんど変わっていないから調整は不要のはずだ。

「どうしたんだ? ドレスの手直しはほとんどなかったんだろう?」

リディがあくびをしながら教えてくれた。

「ふぁぁ。前に着たのは手直ししなくてよかったんだけど、ターニャが気合を入れちゃって……ふぁぁぁ……飾りのレースがどうとか、ここに羽根をつけた方がとか、言い始めてね……」

どうやら母がドレスの装飾に手を加えたらしい。

「それに奥方様、いや、 義母上(ははうえ) はいつの間にか別のドレスを用意していたんだよ。なあ、リディア?」

ベアトリスの言葉に「リディア?」と思わず聞き直してしまった。彼女は六年間“リディアーヌ”と呼び続けていた。何度か家族みたいなものなのだから、“リディア”と呼べばいいと言ったのだが、聞き入れなかった。

「ああ、今日から本当の家族だからな」

「それにしても、もっと前からでもよかったんじゃないか?」

ベアトリスははにかんだような笑みを浮かべ、

「あたしはね、いつか必要にされなくなって、あんたのもとを去らないといけないんじゃないかって思っていたんだ」

「そんなはずはないだろう!」とつい声を荒げてしまう。ベアトリスははにかんだような笑みを浮かべ、

「もちろん分かっているさ。それでもね、あんたがあたしを必要としなくなったと思ったら、あたしは自分から去るつもりだったのさ。でも、それも昨日までだ。今日からは堂々とあんたの、ザックの妻だって言えるんだ。だから、リディアーヌのこともリディアと呼ぶことにしたんだよ」

ベアトリスは豪快な見た目とは異なり、繊細な心を持っている。そのことに気付いていたつもりだったが、全然分かっていなかったようだ。

「そうか。そうだな」と言った後、話を変える。

「母上が別のドレスを用意していたって言っていたが、どういうことなんだ?」

「時間を見つけて作っていたそうよ。いつかこんな日が来るだろうって」とリディが答える。

「メルやシャロンの分もあるそうだ。あの二人はまだ衣装合わせをやっているぞ。あとで陣中見舞いに行ってやれ……ククク……」

そう言ってベアトリスが笑う。

その笑みに危機感を覚え、「まさか俺の分もあるのか?」と聞くと、リディが笑いながら教えてくれた。

「男の子は着替えても誰も気にしないから面白くないんだって。ターニャがそう言っていたわ。だから無いと思うわよ。フフフ……」

そう言われても何となく屋敷に寄ると碌なことがない気がしてきた。しかし、父に準備の進捗状況と今日の段取りを伝えなければならない。

朝食をかき込むと、恐る恐る屋敷に向かう。

リビングで朝食を摂っている父を見つけたが、幸いなことに母はメルとシャロンの衣装合わせで忙しいらしく、その場にはいなかった。朝食を終えた父に必要事項を報告していく。

「十時過ぎには準備は完了します。最初に父上から戦死者の追悼の言葉を頂き……」

今日の段取りだが、最初に父が戦死者に追悼の言葉を贈り、全員で神に祈りを捧げる。その後は王妃と鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーに祝辞をもらい、祝勝会を開始する。

ここまでが決まった段取りだ。

その後は大宴会というか祭に突入するので、特に段取りは決めていない。

途中でタイミングを見計らって俺の結婚の報告をし、ウルリッヒに一言もらおうと思っているが、酒を飲んでいるドワーフが相手なので流れに任せるしかない。

(今日一日で終わるんだろうか……終わらないだろうな。明日の午前中に終わればいい方だろう……そう言えば、ウルリッヒたちは昨夜から飲み続けているはずなんだが、誘いが掛からなかったな。今日の祝勝会の準備があるから遠慮したのか?)

ウルリッヒらドワーフたちは、東ヶ丘の研修所でドワーフだけの前夜祭を行っていた。いつもなら俺たちは呼び出されるのだが、今回に限っては一度も呼び出しがなかった。

疑問を感じながらも、再び準備の手伝いに向かった。

午前九時を過ぎると、近隣の町から荷馬車が次々とやってきた。

エルウェス卿が手配した酒や食材だ。更に大鍋や大きな鉄板などの調理器具も搬入されていく。

今回は館ヶ丘の南の草原をメイン会場とする予定で、父や主賓たちが言葉を述べる演台は正門を利用するつもりだ。半年前のように土属性魔法で作ってもよかったのだが、手が回らなかった。当然のことだが、演台よりも調理場の方が重要で、そちらに注力したことが原因だ。ちなみに調理場は北ヶ丘の北側からフィン川にかけて土属性魔法で作ってある。

調理するのは村に三つある宿屋の調理人と村の主婦たちだ。届いた食材を吟味し、何を作るか相談している。といってもそれほど難しい料理はできないから、揚げ物と焼き物がメインになる予定だ。

一昨日アルスのドワーフたちが持ち込んだ酒樽が館ヶ丘側に並べられていた。ビール用のホグスヘッド樽が八十個ほど、ワイン用のバット樽が十個ほどで、それらが整然と並んでいる。そして、小型のクォーター樽、すなわちスコッチの樽が四十ほど一緒に並べられている。

百個以上の酒樽が並ぶ姿は壮観だが、これでも全く足りない。近隣の町キルナレックとボグウッドから持ち込まれた樽が荷馬車ごと、フィン川沿いに置かれていく。

最終的にビールがホグスヘッド樽換算で百五十個分、ワインがバット樽換算で三十二個分、スコッチがクォーター樽で三十七個となった。

(これでドワーフでも何とか足りるだろう……いや、足りるのか? 一人当たりビールが二十リットル、ワインが十リットル弱、スコッチが三リットル……足りない気がしてきた……)

通常なら足りる量だが、ドワーフフェスティバルのことを考えると不安になる。あの時はビールが五十樽、ワインが四十樽、りんご酒などが十樽、それにスコッチが五樽だった。ドワーフが百人から千五百人になることを考えれば、不安になってもおかしくはない。ちなみに人間も千人から二千五百人になるが、こちらは誤差だと思っている。

(これで足りなくなったらどうするんだろう。今日はキルナレックからも酒を持ち込んだから、この辺りにはほとんど余剰はないはずだ。帰りの酒を用意するといっても……エルウェス卿には本当に同情するな……)

酒のことも不安だが、料理の方も不安が残る。

調理場として簡易の竈を徹夜で作り必要数は揃えているが、下拵えをする時間が限られる中、これだけの大人数に待たせることなく提供できる気がしない。

大鍋に湯を沸かしておき、 腸詰(ソーセージ) をボイルしておく方法である程度時間は稼げるが、下準備がほとんどできなかったことが悔やまれる。

そんなことを考えているが、のんびりと作業を眺めていたわけではない。ビールや白ワインを樽ごと冷やして回りながら、ジョニーの手が回らない分の指示を出していたのだ。こんな時、シャロンがいないと言うのは本当に痛い。酒の冷却だけでなく、指示も的確だからだ。

テーブルの準備――今回は 立ち呑み(角打ち) 方式で木箱の上に木の板を置き、テーブルとする――や救護用のテントの場所の指示などやることはいくらでも出てくる。

午前十時過ぎにようやく準備の目途が立ったが、俺に座って休む時間はなかった。すぐに屋敷に戻ってシャワーを浴び、着替えをしなければならなかった。

兄の結婚式で着た黒の 上着(ジャケット) に同じく黒の細身のズボン、それに磨き上げられた黒のロングブーツを履いていく。唯一黒くないのはヒラヒラとした感じのネクタイ、ジャボだけだが、最近は慣れているので特に思うところはない。

正装しているのは俺だけではない。父や兄はもちろん、従士たちもカエルム帝国の騎士服に似せた礼装を着用し、戦死者の霊に敬意を表している。

リディたちは母たちと一緒に華美ではないドレスを身に纏っている。聞いた話では追悼の式典の後に結婚式用のドレスに着替えるそうだ。屋敷に戻るのが面倒なため、公衆浴場の脱衣場を更衣室に使うらしい。

午前十一時頃、全ての準備が整い、祖父、父、兄とともに正門に上がる。

ウォルトら従士たちは正門の前に整列し、母たちもそこに並んでいた。主賓である王妃、ロクスバラ男爵、ウルリッヒは俺たちと一緒に正門の上で待機していた。

正門に上がると、きれいに整列した黒鋼騎士団が右に、左にはドワーフと冒険者たち、中央にはラスモア村の村人たちが並んでいた。その最前列に今回の戦死者の遺族がいる。

父が一歩前に出る。

「カウム王国黒鋼騎士団の方々、カウム王国及びペリクリトルの鍛冶師、冒険者、傭兵の方々、そして、カトリーナ王妃殿下。この度は我が領地へ救援に赴いていただき、感謝の念に堪えません。皆様の友誼に対し、領民一同を代表して今一度、感謝の言葉を捧げたいと思います」

そう言って王妃に一礼し、更に正面を向いて深々と頭を下げる。それに合わせ、ロックハート家の面々も一礼する。

父は顔を上げると、正面にいる村人たちに語りかける。

「我々は一万三千を超えるアンデッドの大軍に打ち勝った。しかし、それは辛く厳しい戦いだった。尽きることない白骨の群れ。静かに忍び込む怪しい魔物。強力な魔法を放つ 死霊魔道師(リッチ) ……永遠に続くかと思われる絶望的な戦いだった……それでも我々は勝った。これは全ての村人が一丸となって村を守りきった証なのだ」

父の言葉に勝利の高揚感はなく、淡々と事実を告げているという感じだった。

そして、誰一人声を上げることなく、四千人以上の人がいるとは思えないほど、草原は静かだった。その静けさの中、父の演説が続いていく。

「我々はその戦いの中で多くの仲間を失った。よき父、よき夫、よき息子を永遠に失ったのだ……」

最前列にいる遺族たちが嗚咽を漏らし、未亡人の一人が崩れ落ちるように蹲る。それを横にいる遺族が肩を抱くように支えている。

「しかし、彼らの死は決して無駄ではなかった! 彼らの尊い犠牲により、愛する子、妻、家族を守りきったのだ! 我々は彼らのことを忘れてはならない……」

その言葉に多くの者が静かに頷いていた。

「彼らが安らかにノクティスの下に向かえるよう、戦死した英霊たちに黙祷を捧げたいと思う……黙祷!」

全員が静かに目を瞑っていた。幼い子供たちですら騒ぐものはなく、静かな時が流れていく。父の言葉がその静けさを破る。

「今回が最後の戦いではない。この先、魔族の侵攻は続くだろう。しかし、我々はあれほどの大軍を退けたのだ! 私は皆のことを誇りに思っている! このことを胸に刻み、勝利を噛み締めようではないか! これより祝勝会を開始する!」

そして、一礼する。静かな間が空いた後、王妃が拍手を始めると、草原に万雷の拍手が沸きあがり、「ロックハート家、万歳!」、「ラスモア村、万歳!」という声が草原を支配した。

俺たちも同じように拍手と万歳を行い、沈痛だった表情に明るさが戻っていた。

この時、ここにいる全員が勝利を実感した。