軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十九話「追悼のやり方」

トリア歴三〇一八年十月三十日。

千三百人のアルスのドワーフと二百人のペリクリトルのドワーフ、計千五百人のドワーフがスケルトンの処分作業に当たっている。

数十トンの骨を運ぶだけでも大仕事だが、荷車を使って次々と運ばれ、西の森に運び込まれた骨は親方たちによって細かく砕かれていく。

森の中はハンマーの奏でる音で満ちていた。

ドワーフたちは彼らの背丈ほどもある大型のハンマーを使い、更に大きな岩を土台にしているにも関わらず、信じられないほど細かく砕いていく。脆くなっているとはいえ、石臼で挽いたような細かさに改めて鍛冶師たちの技量に驚嘆した。

作業を開始しある程度目途がついたところでドワーフたちに任せ、俺は一旦、屋敷に戻っていた。昼前には今日中に作業が終わる見込みが立ち、午後三時過ぎには終わるという報告を父にするためだ。

父はその異常な早さに驚きを隠せなかったが、すぐにやる気になったドワーフたちならありうると思い直し、すぐに頷いた。

そして、俺はもう一つの話を切り出す。

「明日にでも戦死者の追悼の式典を行ってはいかがでしょうか。恐らく王国軍もウルリッヒたちも明日には引き上げるでしょう。彼らに感謝を伝える良い機会だと思います」

「それがよいな」と言って頷き、従士たちを集めて村人たちにそのことを伝えるよう命じた。

昼食を摂った後、西の森に向かったが、途中で数人の村の女性に呼び止められた。彼女たちは戦死した自警団員の家族で、息子を失った母親や未亡人たちだ。

「明日の追悼の式典のことなんですが、ザック様にお願いするのが一番だと思って」と五十代の女性が切り出してきた。何のことだろうと思って聞いていると、

「できれば湿っぽいものじゃなくて、お祭みたいに明るいものにできないでしょうか……」

遺族の代表が言ってきたのは追悼の式典ではなく、祝勝会にして欲しいというものだった。突然の話に何かあったのかと確認すると、

「今朝のことなんですが、カウムの王妃様がうちに来られまして……ビックリしていると王妃様があたしの手を取って、息子は世界を救った英雄だとおっしゃられたんです。これだけの大勝利は今までにないことで、誇りに思ってほしいと。あたしは戦いのことなんてよく分からないんですが、王妃様みたいな偉い人がおっしゃったことなんでそうなのかなと。王妃様はうちだけじゃなく、死んだ者の家を全部回ったみたいなんです……」

カトリーナ王妃は戦死した自警団員の家を回り、哀悼の言葉を述べていったらしい。更に戦死者たちの功績は世界を救うほどのものであり、ぜひとも自分たちにも称えさせてほしいと言ったそうだ。

(何が目的なんだ? 自分の国の戦死者の遺族を慰問するなら分かるが、他国でそこまでやる目的は何なのだろう? あの王妃様が大事なスコッチを守ったとはいえ、それだけで称えるってことはなさそうだしな……確かにカウムを守ったことにもなるが、その程度でそこまでやる必要は何なんだ?……)

一国の王妃が自国ならともかく、他国の戦死者の家を訪問することに違和感を覚える。

(まさか祝勝会をやりたいがために……無いと言い切れないところがあるからな、あの王妃様なら……)

遺族たちは王妃の訪問後、話し合いをしたらしい。

「……それでみんなで話したんですが、うちの息子も、この子の旦那もみんなお祭好きなんです。四月の祭の時には本当に楽しそうに……だから、ザック様にお願いがあるんです。前みたいなお祭にできないでしょうか。折角ドワーフの皆さんも来てくださったんです。それに王国の騎士様たちにも楽しく飲んでもらって……うちの息子たちを楽しく送り出したいって他の人に相談したら、みんな賛成してくれました。何とかならないものでしょうか……」

俺はどう答えていいのか迷った。

確かにうちの村の連中は祭好きだ。特にドワーフフェスティバルではドワーフたちと楽しく騒いでいる。だからと言って追悼の式典をしなくていいのか、死者を冒涜しているのではないかと思えてしまう。

そのことを正直に聞いてみた。

「父上は村を守ってくれた者たちを静かに送りだした方がいいと思っている。俺もそうだ。祭だと死んでいった者たちを冒涜している気がするんだが……」

俺の問いに全員が首を横に振る。

「家族はみんな、きちんと別れを済ませています。王妃様が言うように大勝利ならお祝いをするべきだと思います。それにこう言ってはなんですが、うちの村に湿っぽいのは合わない気がするんです。みんなが大きな声で笑えるような祭が合っている気が……」

そう言ってもう一度頭を下げられた。俺は父と相談すると言って急いで屋敷に戻る。

大広間で従士たちに指示を出していた父を捕まえ、その話をすると、俺と同じように困惑の表情を浮かべる。

「分からんでもないが、違う気がするのだが……」と判断に困っていた。

リディが明るい声で話に入ってきた。

「私もお祭に賛成だわ。人はいつか必ず死ぬもの。家族が静かに送り出したいっていうなら別だけど、みんなで明るく送りたいっていうなら、そうすべきよ。第一、湿っぽいのはロックハート家には似合わないわ」

更に表情を真面目なものに変え、

「それにあんなにドワーフがいるのに、お酒を飲む祭をしないっていうのは変だと思うの。なんだか自然の摂理に反する気がしない?」

そう言った後、ぺろりと舌を出す。俺と父は苦笑するしかなかった。

更にベアトリスも同じように祭に賛成する。

「あたしもリディアーヌの意見に賛成だね。あれだけの大勝利を祝わないのは生き残った者だけじゃなく、死んでいった者たちに失礼だと思う。命をかけて守りきったんだから、盛大に祝うべきだと思うね」

父もその意見に傾き始めた。しかし、俺には懸念があった。

「祭っていうが、準備する時間がないぞ。第一、四千人を超える人数なんだ。それだけの人数に料理も出せないし、楽師なんかも用意できないから、盛大にって感じにはならないぞ。まあ、ドワーフたちは酒があれば充分なんだろうが、その酒も足りるか微妙だしな」

俺の懸念に別の人物が答えた。屋敷に戻ってきた王妃カトリーナだった。

「心配には及びませんわ」

俺たちの視線が王妃に集中する。

「食料とお酒は充分な量を確保していますわ。既に機材も順次運び込まれています。先ほどエルウェス卿が到着し、その報告を受けたところですわ」

王妃はこうなることを予想し、王国の官僚オットー・エルウェスに指示を出していたようだ。王妃の手際のよさに苦笑いが浮かぶ。

(やはり祝勝会をしたいために戦死者の家を回ったのか……)

俺の苦笑を見ても、王妃は真面目な表情を崩さなかった。

「祝勝会はやるべきです。それも鍛冶師ギルドのドワーフ方がいらっしゃるこの機会に。これは死者を弔うというより、ロックハート家を守るという意味です。ザカライアス卿なら私の言っている意味はお分かりでしょう?」

“ザックさん”と呼ばず、“ザカライアス卿”と呼んできたということは王妃としての立場で発言しているのだろう。

もちろん王妃の言いたいことは分かっている。

父が「説明してくれ」と言ってきたので、頷いてから説明していく。

「妃殿下のおっしゃりたいのは、ロックハート家は一万を超える 魔族(・・) を相手に大勝利した。それもカウム王国の手を借りることなく。この勝利はアクリーチェインでの勝利に匹敵します……」

アクリーチェインでの勝利とは十一年前の三〇〇七年六月、カウム王国のアクリーチェインという土地での大勝利のことだ。侵攻してきた五千を超える魔族軍を、カウム王国軍を主力とした連合軍が完膚なきまでに殲滅している。この勝利により魔族の侵攻が食い止められ、カウム王国は崩壊を免れた。

「しかし、相手はアンデッドであって魔族と確認されたわけではあるまい」

「それは関係ありません。東から、アクィラから攻め込んできた大軍勢に勝利したという事実が重要なのです」

「ザカライアス卿のおっしゃる通りです。今回のアンデッドの大軍は我が王国を含め、諸国は魔族の侵攻と捉えております。過去に魔族がアンデッドを使ったという記録はありませんが、魔族ならアンデッドを使ってもおかしくないと誰もが思うでしょう」

父は王妃の言葉に頷く。

「では話を続けます。つまり、ロックハート家は僅か三百の軍勢、それも農民が主力の自警団を指揮して、四十倍以上の敵を殲滅したのです。それも 僅か一割(・・・・) の戦死者しか出さず……世界中に大勝利として伝わるのは時間の問題でしょう」

俺の言葉に父が顔を顰める。僅か一割という言葉が引っ掛かるのだろう。俺はそれに構わず、話を進めていく。

「これだけの武勇を誇る勢力を帝国の皇室が放っておくはずがありません。ラドフォード子爵からの情報でも皇帝の後継者問題は深刻だということが分かっています。つまり、皇太子派、レオポルド皇子派のいずれもがロックハート家の武名を利用しようと考えるはずです。レオポルド殿下は身分の低い騎士や平民の登用に積極的ですし、逆に皇太子殿下は少しでも戦える味方が欲しい。そうなれば、我が家に接触してくることは火を見るよりも明らかです。ただ勧誘してくるだけならいいのですが、こちらはただの騎士。身分を笠に上級貴族が脅しを掛けてこないとも限りません」

父は更に渋い顔になる。元々出世する気もなく、田舎暮らしが性にあっていると公言しているのだ。

「そこまでは分かった。しかしだ。それと祝勝会をすることに何の関係があるのだ」

「今回、アルスから鍛冶師ギルドの重鎮を始め、ほぼすべてのドワーフが駆けつけました。更にペリクリトルからも多くのドワーフが駆けつけています。つまり、ロックハート家を守るためなら全ドワーフが立ち上がると言っても過言ではない、そんな状況に見えるのです。いいえ、実際そうでしょう……」

そこで言葉を切り、王妃をちらりと見る。俺の説明に満足そうな笑みを浮かべていた。

「更にここで千人を超えるドワーフたちと勝利を祝えばどう見えるでしょうか」

「全ドワーフと連帯しているように見えるな」

「そうです。ロックハート家はドワーフたちが到着するのを待って共に勝利を祝った。つまり、ドワーフたちもロックハート家の一員であるかのように見えるのです。もちろん、これは事実ではありません。ですが、 そう見える(・・・・・) ということが重要なのです」

父は俺の言いたいことを理解したようだ。

「ドワーフたちはロックハート家の危機に際して、全てを投げ打って救援にいった。ロックハート家は勝利に全く寄与しなかったドワーフたちを待って勝利を祝った。そう見せるというのだな」

俺は大きく頷いた。

「その通りです。そのように見えれば皇太子派もレオポルド皇子派もロックハート家の、そして鍛冶師ギルドの機嫌を損ねるようなことはしないでしょう。下手な手を打ってドワーフたちの怒りが帝国に向けば、そのことをもってライバルに蹴落とされるのですから」

父を含め、ロックハート家の関係者は皆黙ってしまった。帝国のお家騒動など辺境の自分たちには関係ない話だと思っていたためだ。それが思いもよらぬところで自分たちに関係していると言われれば困惑するのは当然だろう。

それより王妃の方が気になる。彼女はこのことを理解した上で準備をしていた。そして、わざわざカウム王家の一員としてこの村を訪問しているのだ。

抜け目のない王妃が自国に有利にならないことをするはずがない。しかし、王妃がここにいて有利になることがどうしても思い付かないのだ。

鍛冶師ギルドへ恩を売ることは街道での便宜で充分だろう。更にドワーフにとって死活問題である酒についても充分な量を確保しているから、これ以上ないくらい良好な関係は築けるはずだ。

そうであるにも関わらず、祝勝会に彼女がいる理由が読めない。もちろんカウム王国に有利になるだけなら何も言わない。実際、救援の軍を迷わず出してくれたのだから。しかし、考えが読めない以上、ロックハート家に影響が出ないとは言い切れない。

(何らかの意図があるはずなんだが……本当にこの王妃様は侮れない……今のところ、うちに不利になることはしたことがないから信用してもいいのかもしれないが……まさか本当に祝勝会をしたいためにここまで……)

こうして祝勝会が開催されることが決まった。

俺は到着したエルウェス卿と打ち合わせをするため、彼の下に向かった。

エルウェス卿の姿を見て、俺は言葉を失った。目は落ち窪み、 死霊魔道師(リッチ) のような不健康な顔になっていたのだ。明らかに睡眠不足だった。

挨拶もそこそこに「お加減が悪そうですが」と切り出すと、幽鬼のような笑みを浮かべ、

「五日ほど寝ておりませんので。ですが問題ありません。これは王国の危機ですから」

それでもあまりに顔色が悪いため、ウェルバーンのギルド職員ジョナサン・ウォーターを彼の補佐に付けることにした。

「ドワーフフェスティバルの事務局長をやったジョナサン・ウォーターに準備を任せます。エルウェス卿はゆっくりと休んでください。後は私とウォーターで何とかしますから」

その言葉にエルウェス卿はニコリと笑うと、そのまま気を失った。やはり気力だけで働いていたようだ。念のため治癒魔法を掛けておくが、過労に治癒魔法はあまり効果がない。

鍛冶師ギルドに続き、異世界のブラックな職場を見た気分だった。ただ、鍛冶師ギルドの職員については、俺が原因の一つでもあるので何も言えないが。

ジョニーに概略を伝えると「明日ですか!」と驚くが、ウルリッヒたちが長期間アルスを離れることの重大さに気付き、「できる限りやってみます」と気合を入れて外に走っていった。

俺は急いで西の森に戻り、ウルリッヒたちに祝勝会を明日行うと告げた。

ドワーフたちは「オオ!」と言って全身で歓迎を表すが、ウルリッヒだけは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「カティの差し金じゃな」

俺はそれに答えず、全員に聞こえるように大声で叫んだ。

「遺族から湿っぽくなることなく、陽気に 闇の神(ノクティス) の下に送ってやってほしいと言われたんだ! だから、遠慮なく飲んで騒いでほしい!」

その言葉で更にドワーフたちの やる気(モチベーション) が上がり、作業効率が上がっていく。結局、午後三時になる前にすべてのスケルトンは粉砕され、俺とシャロンの魔法で焼却した。粉砕された骨は簡単に灰になり、そのまま穴に埋めた。

これですべての処理が完了した。

俺たちだけなら何ヶ月も掛かったはずの作業が僅か一日で終わり、これでアンデッドとの戦いの処理はほぼ終わった。

「では今から前夜祭じゃな」と神槍のオイゲン・ハウザーがニコニコと笑っている。

更に俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトックも「仕事の後じゃ! 思いっきり飲むぞ!」と叫ぶが、「お前は仕事の前でも思いっきり飲んでいるんじゃないのか!」という声が掛かり、周囲に笑いの渦ができる。

館ヶ丘に戻り、スコットと今日、明日に出すスコッチの量の相談をする。父からは可能な限り飲ませてやってほしいと言われているが、在庫に影響が出る量を出してしまうとザックコレクションの出荷量が減ってしまう。

調整の結果、二日間で三年物のクォーター樽を五十個出すことになった。これで六千リットル以上あり、千五百人のドワーフが相手でも一人当たり四リットル、フルボトル五本以上だ。

それでも不安があったため、ウルリッヒたちに一人ジョッキ八杯分しかないからと伝えると、今日は二杯分とし、残りを明日に回してほしいと言われた。

ちなみにエルウェス卿が手配した酒はビールがホグスヘッド樽二百、約五万リットル、ワインがバット樽三十で約一万五千リットルもある。ドワーフだけなら一人当たりビール三十リットル以上、ワイン十リットルほどだ。

街道沿いの酒はほとんどすべて買い付けたらしいが、それでも帰りの分が全く足りないため、アルスから送るように指示を出しているそうだ。

酒とともに食材も大量にあったが、それを調理する手が足りない。

ジョニーが父と内政担当のニコラス・ガーランドに「村の主婦たちに応援を要請したいのですが」と確認すると、父が「仕方あるまい」と言って許可を出し、ニコラスがウィル・キーガンら従士たちに命じて希望者を募った。

その結果、多くの主婦が手を挙げ、更に母ターニャがその指揮を執ることになった。これで料理は何とかなる。

会場は前回のドワーフフェスティバルと同じく北の草原にしようと思ったが、四千人近くが参加するイベント会場としては狭すぎる。そのため、館ヶ丘の南と西の草原を会場にする。

ジョニーとともにバタバタと準備を進めていたが、ある人物が持ってきた話により仕事が手につかなくなった。