軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四話「ラスモア村改革プラン(その四):教育」

収穫祭が終わり、冬蒔きの麦の畑を耕し始めた十月の半ば頃、蒸留の成功と石鹸の完成を受け、次のプランを考えていた。

この村のような農村では、冬になると人々も仕事が減っていく。

冬蒔きの麦は十一月には蒔き終わり、冬の間は家畜の世話や農具の補修、細々とした日用品の製作などが主な仕事になっているそうだ。

その作業も農繁期に比べれば仕事量は少なく、当然、子供の仕事も減る。

俺はこの期間を使って教育を施せないかと考えていた。

幸い、教師に最適な暇人リディがいる。更に、この村の知識人ニコラスの妻ケイトや娘のジーンなども候補になる。

人手を取られるため、村の経理関係が滞るかもしれないが、そちらについては俺が手伝えばいいと思っている。

簿記は得意ではないが、そこまで複雑な会計処理はしていないだろう。収支計算程度なら四則演算くらいだし、この村の規模の計算ならそれ程難しくはない。恐らくやっていないだろう将来予測についても、簡単な表とグラフを作ればいいだけだから、俺がやった方が村のためになる。

父にその話をする前に、教師候補ナンバーワンのリディの意向を確認しにいった。

リディの一日は結構時間が余っている。

長命種の特性なのか、彼女には時間を有効に使おうという気がない。やることがないと、本を読んでいるか、俺たちの訓練を見ているか、母たちとおしゃべりしているかのいずれかしか見たことが無い。

俺は単刀直入に「村の子供に勉強を教える気はないか?」と、彼女に尋ねてみた。

彼女は不思議そうな顔で「村の子供? 何を教えるの?」と聞き返してくる。

「簡単な読み書きと算数、時間があれば、この世界の歴史なんかを教えてやって欲しい」

俺がそう伝えると、彼女は悩むような微妙な表情になる。

「うーん。子供だけならいいけど……大人がいるところはあんまり……」

どうも自分に向けられる視線がまだ苦手なようで、特に大人の男から向けられる視線が気になるようだ。

「兄様くらい、十歳くらいまでの子供だったらどうだ? 教えるところに大人は入れないっていうので」

彼女はまだうーんと唸っているが、「そうね。考えてみるわ」と少し前向きになってくれた。

教育に必要な事項を整理していく。

やり方は、各地区を巡回する形で行おうと思っている。前にゴードンの家を訪れた時に子供はまとめてどこかの家に預かるという話だったから、その家で勉強を教える形がいいだろう。そうなると、十人程度の少人数ずつが相手になる。

(将来的には学校を作りたいけど、農繁期には子供といえども貴重な労働力だし、その辺りが難しいだろうな。後は小さい子供以外、労働力として期待されている十歳以上の子供や、勉強したい大人をどうするかだな)

それについては年齢別クラスを作り、ケイトかジーンに教師になってもらおうと思っている。ニコラスでもいいのだが、教わる方からすれば女性の方が萎縮しなくていいような気がする。

次に教材だが、読み書きは簡単な冊子を手書きで作ればいいだろう。一回の授業で教えられるのは十人程度だから、その人数分あれば充分だろう。

算数は教科書より、足し算、引き算の基本と九九を覚えさせるところから始めればいい。

歴史は後で考えるとして、現状では読み書きと算数を教えるのが先決だ。

俺は簡単な計画書を作成し、父のところに向かった。

父は執務室で、ニコラスとイーノスの二人と頭をつき合わせるように、今年の収穫と穀物の備蓄量について検討していた。

俺が声を掛けると、「ちょうどいいところに来た」と言って、俺をその話に参加させる。

概要を聞くと、今年は小麦も大麦も豊作で備蓄量が多くなり過ぎそうだということだが、輪栽式農業であるため、来年の作付面積をどの程度にすべきか検討しているとのことだった。

ここ数年、豊作が続いており、牧草地をどの程度小麦用の畑に開墾するかが問題のようだ。

(牧草地にしてあるところを農地にするのが大変だからか。確かに人の手で耕すのは大変だからな。だが、もし不作になったら困るし、逆に豊作になっても備蓄しておくところがない。小麦ならヴァイツェンビールのような白ビールにできる……駄目だな。ベルトラムの影響なのか、最近何でも酒につなげようとしてしまう)

「その前に質問なのですが、麦を他の土地で売ることは考えないのですか?」

その問いに父が首を振る。

「輸送費が掛かりすぎる。キルナレック――ラスモア村近くの人口三千人の街――に持っていっても大した金額にはならん」

「一度、小麦で作りたいものがあります。それが出来たら商品価値が上がるので、現金収入になると思います」

父とニコラスは少し身を乗り出し、「「どういったものだ(でしょう)」」と声を揃えて聞いてきた。その直後、微妙な間が空き、場に笑いが起こる。一頻り笑った後、

「麺を作ろうと思います。小麦を細かくひいて水と塩で練り、糸のように細く伸ばしていきます。それを乾燥させれば、茹でるだけで食べられる主食が出来ます」

誰も麺という物を知らなかったので、穀物を挽いた粉で作る長細い食べ物だと説明しておいた。三人はまだ首を傾げているが、こればかりは実物を食べないと判らないだろう。

ところで、この村で作られる小麦は、すべてパンにする小麦だ。パンに使うのは強力粉だから、乾燥パスタに使うものと同じだったはずだ。うろ覚えだが、生パスタは薄力粉でうどんが中力粉。乾燥パスタはどちらとも違うものを使ったと記憶している。まあ、自分で作る気がなかったから、記憶違いかもしれないが。

乾燥パスタなら、付加価値が付くから輸送コストを考えても儲けが出る可能性が高い。それに麦よりも保管スペースが小さくできるし、保存期間も長かったはずだから、備蓄としても有効だ。これについても、小麦の保存可能期間を知らないから、本当かどうかは判らない。

問題は俺が乾燥パスタというものを作ったことがないということだ。

パスタマシーンはそれほど複雑な機械じゃないから、ベルトラムに頼めば簡単に出来そうだが、それ以前にパスタができるかを試す必要がある。

乾燥については、試すだけなら、魔法を使おうと思っている。

火属性魔法と風属性魔法を交互に使い、魔法で乾燥ができないか、一度試してみたことがある。無詠唱になるので魔力をかなり使ったが、濡れた布を乾かすことができたから、麺でもいけるはずだ。

麺については後日試すということで、作付面積の考え方について確認していくと、やはり牧草地を開墾するのが大変であることが、最大のネックだそうだ。

これについては、農具の改良を考えていた。

この村では牛や馬を農業に利用していない。牛は肉と牛乳を得るため、馬は荷馬車の曳き馬として使うためと、乗用馬として売るために育てている。

「この村では馬や牛を農作業に使いません。馬を使えれば、開墾の労力はかなり改善できると思います」

父が「馬を使うと言ってもどうやって使うんだ?」とイメージが湧かないようだ。

不思議なことに、この村を含め、この世界では馬を農耕馬とする文化がない。

理由は判らないが、“馬は輸送のためのもの”という固定観念に囚われているようなのだ。

これについては一つの仮説を立てている。

馬の名産地はカエルム帝国の中央にある草原地帯であり、騎馬民族のような部族がいる。そして、その騎馬民族と共に亜人のケンタウロスがおり、カエルム帝国の膨張を支えた強力な戦力だったそうだ。そのため、馬は強力な戦争の道具、または輸送に使う道具というイメージが定着し、農業に使うことを考えなかった、又は許されなかったのではないかというものだ。

更にカエルム帝国だけでなく、どの国も騎兵は精鋭というイメージがあるため、馬は移動手段という固定観念に囚われている可能性がある。

「簡単にいえば、荷馬車の後ろに 犂(すき) を付けるだけです」

俺は紙に荷馬車の絵を書き、その後ろに犂を書き加えていく。

「荷馬車の荷台は必要ありませんから、それを省き、更にここに土を起こす板と犂の歯を並べれば、一度で土を深く起こすことができます」

俺は荷馬車からの改良点、車輪を太くする、犂の部分を下に下げるなどを紙に書き込んでいく。

ニコラスが「確かにこれなら馬の力で土は掘り起こせますね」と感心していた。

父もしきりに頷き、もう少し詳細な絵が書けるか聞いてきた。

「職人のクレイグとベルトラムに見せたい。もう少し詳細な絵を書くことはできるか?」

「できますが、犂の部分は農家の人に聞いてもいいかもしれません。どの程度深く掘り起こす必要があるのか、どのくらいの大きさに土を 解(ほぐ) す必要があるのかなどは、私も良く判りませんから」

絵は後日書き上げるということにし、ここに来た目的、教育について話を始める。

「村の人たちに読み書きと計算を覚えてもらおうと思うのですが……」

父とニコラス、イーノスに俺の考えを説明していく。

ニコラスはうんうんと頷きながら聞いているが、父とイーノスは少し首を傾げている。

「別に読み書きが出来ずとも困らんだろう? 街ならともかくこの村では計算もあまり必要ないが?」

父には教育の目的が理解できないようだ。

「そうですね……農家も読み書きが出来れば、豊作の時にどうやって成功したのか、不作の時にどうやって被害を最小限に抑えるかなどの方法を記録することが出来ます。新しい方法、例えば麦を蒔くタイミングを少しずらすとか、土の起こし方を変えるとかを試した時にどのような結果になったかを記録しておけば、それを皆で共有できます」

「確かにそうだが、別に口伝でも充分ではないのか?」

「短期間なら充分でしょう。ですが、五年、十年、二十年と経てば、覚えている人は少なくなるでしょう。ですが、読み書きができれば、記録しておくことができますから、それによって記憶の継承ができるのです」

父はうーんと唸りながら、「確かにそうだが」とまだ納得しきれていない。

「例えば、この村では農地で作るものを毎年変えています。四年で一巡しますが、四年前のことなら覚えているでしょう。ですが、その一巡前、八年前になると記憶は不確かなものになります」

父は「うむ。確かにな」と頷く。

「毎年、気候が安定しているなら、問題は無いですが、年によって日照時間や気温などが変わります。同じ条件でも作り手によって出来不出来が出ますから、それを記録しておけば、次に同じような条件になった時に出来のいい方法を取れば、より効率よく収穫できるのではないでしょうか? まあ、これはどのくらいきちんと記録するかで成功するかどうか決まりますが」

「読み書きについては判った。計算のほうも同じだな。どの畑でどれだけの収穫があったのか、差がどの程度なのかを計算するのに必要だと」

父もようやく理解してくれたようだ。

「その通りです。他にも何かを買うような場合でも、必要量を計算できますから、無駄は出ませんし、簡単な計算ができるだけでも十分役に立ちます」

父は教育の必要性については理解してくれたが、方法については懐疑的だった。

「やるのはよい。問題はやり方だな。領民に命じることはできるが、あまり強くは強制できん。理由は判るな?」

「はい。仕事に支障が出るなら本末転倒ですから」

そして、リディが教師として十歳以下の子供に勉強を教えること、当面は農閑期の冬場に各地区を一時間程度ずつ回る巡回授業とすること、十歳以上の子供や大人が希望する場合は、ケイトやジーンに手伝ってもらうことなどを説明していく。

「リディアは了解しているのだな。ニコラス、イーノス。ケイトとジーンに確認を取っておいてくれ。もちろん、家の仕事の都合を優先するようにいってくれ」

二人は「判りました」と頷く。

「いつものことだが、金は掛けられん。今の話だと教材用の紙、文字の練習をする砂盤くらいだが?」

「はい。少しずつ増やそうとは思っていますが、それほど費用は必要ないと思います。二つだけ、作りたいものがあります……」

俺は黒板とチョークを作ることを考えていた。

黒板は木の板の表面をきれいに磨いて、黒っぽい塗料を塗ればいいし、チョークについては、石灰岩が近くにあるので、それを砕いて粉末にし、焼き固めればできるのではないかと思っている。

「その程度なら問題ないだろう。ニコラス、いつも済まんが、また、手伝ってやってくれ」

ニコラスはニコリと笑い、頷いてくれた。

「私もこの計画には大賛成です。私が今のように仕事ができるのは、ドクトゥスに留学させて頂けたからです。村の民の中にも優秀な人材がいるでしょう。このロックハート領の繁栄のためにはとてもいいことだと思います」

ニコラスは俺の意図を正確に理解してくれていた。

(本当に優秀な人材だよ。ニコラスは学校の必要性を理解している。この村に学校を作ってもらうプランを考えてもらおうかな)

こうして、ラスモア村での教育が開始された。

十二月に入り、巡回授業が開始された。

四歳児である俺はそれに付いて行くことができないが、リディの話を聞いて概略は知っていた。

初めての授業の時は、皆、目の前の砂盤が珍しいのか、ほとんど勉強にはならなかったそうだ。

俺と同じくらいの小さな子供たちが砂盤で遊び始め、それに釣られた子供たちが騒ぎ始めた。それでもリディは怒りもせず、好きにさせていたそうだ。

俺がその理由を聞くと、

「だって、珍しい物を見たら楽しくなるじゃない。小さい子供なら仕方が無いわ」

「それじゃ、勉強にならないだろ?」

「大丈夫よ。面白いお話を聞かせたり、あなたがやったみたいな遊びを混ぜれば、結構みんな聞いてくれるわ」

どうやら、俺がメルたちに文字を覚えさせた遊び――アルファベットを書いた円に石を投げ入れるゲーム――をアレンジして使ったり、歌に合わせて文字を覚えさせたりしているようだ。

授業が始まって十日ほど経つと、新しい教材を思いついたのか、木を削ってブロックのような物を作ったり、木の板に絵や文字を書き込んだりしている。

そのせいで、俺と過ごす時間が減ったのが少し残念だが、暇そうにすることもなく、生き生きとしているリディの姿を見ると、教師を勧めてよかったと思っている。

(今のところ順調だけど、このままいってくれればいいんだが)

俺は順調に進むことが嬉しいものの、今まで順調に行ったことがないことを思い出し、落とし穴がないか気になっていた。