軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十三話「応戦」

「ラスモア村館ヶ丘地図」

トリア歴三〇一八年十月二十日、午後七時頃。

暗闇に沈むラスモア村にアンデッドの集団が襲来した。

灯りの魔道具や夜間戦闘用の投光器により照らし出された東の草原は、不気味な死者の群れに埋め尽くされ、その上空には数え切れないほどの 幽霊(ゴースト) が左右に揺れながら漂っている。

ロックハート家の指揮官は歴戦の戦士である祖父ゴーヴァン。祖父はミスリルのハーフプレートにアダマンタイトの魔法剣を手にし、屋敷の前で東の空を睨んでいる。その後ろには真新しい神槍を持ち、ミスリルで補強された 鎖帷子(ホーバーグ) に身を固めたウォルト・ヴァッセルが、祖父を守護するかのように静かに立っていた。

父マサイアスはルナを守る最後の砦となるべく、屋敷の中で待機している。

俺は館ヶ丘の頂上、ロックハート屋敷近くの訓練場に待機していた。横にはリディが弓を手に持って控え、更にシャロンも学院で授与された杖を持って同じように東の空を見つめている。

メルは俺を守るかのように前に立ち、気合が入っているためか既に剣は抜き放っている。

訓練場の端ではベアトリスがリラックスした表情で自警団員に指示を与えていた。

「いいかい! ゴーストどもがザックの魔法に食いついてきたら全部叩ききるんだ! もし、魔法に食いつかなかった時はすぐに屋敷に向かう! 分かったね!」

「了解!」と自警団員たちは緊張気味に答えるが、それでも恐怖を感じている者は一人もいなかった。

屋敷を守る自警団員は三十人ほど。二百七十人の自警団員の中でも特に優秀な者たちが集められており、レベルは全員三十五を超えている。傭兵のランクで言えば五級を超える猛者たちだ。

この規模の軍で、これだけの兵士が揃っているところはほとんどない。高名な傭兵団ですらここまでの戦力を持っているところは少ないだろう。

更にここにいる者たちにはミスリルをコーティングした剣や槍を渡してあり、対ゴースト戦でも充分な働きができるはずだ。対ゴーストという点だけで言えば、俺が知る限り世界最高水準の部隊だ。

ちなみにミスリルコーティング製の武器はベルトラムたちに優先的に作業してもらい、数を増やしている。ひと月ほど前まではベルトラムしか作れなかったが、今ではミーナやフォルカーたちも作れるようになり、六人がかりで一気に作業してもらっている。

そのおかげもあり、現状では剣が百本に槍が六十本、防具についても百以上の 胸甲(キュイラス) が改造を終え、自警団員全員には行き届かないが、各隊に充分な数は回せている。

ダンは弓術の腕を見込まれ、彼の父ガイ・ジェークスやヘクター・マーロンと同じ弓兵隊に配されている。

この弓兵隊は優秀な弓術士二十名と 弩(いしゆみ) の取扱いがうまい十名の弩弓兵からなる。

ミスリルの鏃の矢は二千本ほど確保しており、弓術士たちに配られている。ミスリルコーティングした 太矢(ボルト) は五百本ほどだが、各所に配された兵士にも配られているため、この部隊の弩弓兵には一人十本程度しか渡せていない。

弩の連射性能から考えて、あまり多数を用意しても意味が無いと考えたのだが、ゴーストたちの数を見る限り裏目に出た気がしている。

弓兵隊は訓練場の近くで待機し、 影流離(シャドウストーク) に引っ掛かったら一斉射撃を行い、その後は上空を飛ぶ敵を攻撃する手筈になっていた。

屋敷からは見えにくいが、防壁の外で 死者たち(アンデッド) の軍団が停止したようだ。ゴーストたちもその上空で漂いながら留まっている。

その状況に「不味いな」と思わず呟いてしまった。それを聞きつけたリディが「どうしたの?」と聞いてくる。

「防壁の前で止まったということは敵に知性があるってことだ。力技で攻めてくれれば守りきる自信はあったんだが……」

「でも、それっていいこともあるんじゃないの?」

彼女の言葉に「どういう意味だ?」と首を傾げる。

「だって、去年のオークみたいに闇雲に攻めてこないってことは ルナ(あの子) の存在に気付いていないってことじゃないの?」

確かにそうとも言える。しかし、ここまで真直ぐに向かってきたということはルナの存在には気付いている可能性が高い。

俺がそのことを指摘しようとした時、敵が動き始めた。

防空用の塔から「敵前進開始!」という声が聞こえ、丘の麓からは「よく狙え!」という兄の声が微かに聞こえてくる。

祖父が「こちらに引き付ける! ザック、魔法を!」と命令した。

「了解!」と叫び、 影流離(シャドウストーク) の呪文を唱えていく。

「夜と平穏を司りし、 闇の神(ノクティス) よ。我が分身に意思を与えたまえ。その代償に我が命の力を御身に捧げん。目覚めよ、影法師! 影流離(シャドウストーク) !」

今回の“影”には“怯え”をイメージして作ってある。これは一年前にルナが感じた感情を再現することで敵を誘引できるのではないかと考えたからだ。

投光器の光によって作られた俺の影がゆっくりと立ち上がっていく。そして、そのまま訓練場の中央に立った。

その直後、敵の動きが変わった。

「ゴーストが物凄い勢いで、こちらに向かってきます!」という見張りの声に、祖父が「迎撃用意!」と命じ、剣を構える。祖父の後ろにいるウォルトも槍をゆっくりと持ち上げる。

「こっちに来るよ! 近寄ってくる幽霊どもは全部叩き斬っちまいな! だが、力加減を間違えるんじゃないよ! 素振りとおんなじだと思っておきな!」

ベアトリスの命令が訓練場に響く。自警団員は自信に満ちた声で「了解!」と答え、それぞれの武器を構える。

ゴーストたちは狂ったように俺の影に向かって飛んでくる。声にはならない奇声または悲鳴のような想念を撒き散らし、恐怖を振り撒いている。

自警団の若者からゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

「安心しな! みんなが着ている鎧にはミスリルが貼り付けてあるんだ! 見た目がちっとばかしグロいが、恐れることはないよ!」

ベアトリスの陽気な声に、一瞬恐怖に飲まれそうになった自警団員たちの表情に余裕が戻る。

蛇行を繰り返しながら近寄ってくるゴーストが訓練場に入ってきた。

俺の影に 集(たか) ろうとした瞬間、「放て!」とヘクターの鋭い声が響き渡る。その声に被るように弓弦のビュンという音が響き、矢が空気を斬り裂くシュッという音が続く。

次の瞬間、百以上いたゴーストが断末魔のような想念を撒き散らして消えていく。

それでもゴーストは次から次へと俺の影に殺到してくる。そんな状況でも弓兵隊は落ち着いており、ばら撒くように矢を放ち、ゴーストを消滅させていった。ヘクターとガイに至っては一本の矢で数体を消し去っていた。

今のところ、俺の思惑通りに進んでいる。俺の隣ではリディも弓を使っており、彼女も効率よくゴーストを消滅させている。しかし、殺到してくるゴーストの数が多すぎ、矢での攻撃では排除し切れなくなってきた。

(これまでは作戦通りだが、これ以上ゴーストたちが集まると影が消えてしまう。さて、どうしたものか……)

更にゴーストたちの後ろからは 死霊(スペクター) の禍々しい姿も見え始める。

「シャロン! 俺の影を中心に大き目の 炎の嵐(ファイアストーム) を頼む!」

シャロンは俺の意図を理解したのか、すぐに頷き呪文を詠唱していく。

その間にスペクターたちも影に近づき始めていた。しかし、ゴーストと違いスペクターは闇雲に突っ込むことなく、俺の影を見定めるように空中に静止していた。

「ヘクター! スペクターを狙え! ゴーストはシャロンが何とかする!」

ヘクターは「了解!」と応え、「弓兵隊、スペクターを狙え! 放て!」とすぐに標的をスペクターに変えた。

スペクターたちは空中に静止していたが、弓で狙われると気付くと慌てたように上昇し始める。しかし、ヘクターたちの方が早く、鋭い風切音と共に飛翔するミスリルの矢を受け、次々と消滅していく。

スペクターたちは逃げ惑うが、ゴーストは相変わらず、俺の影に向かっていた。そして、シャロンの 炎の嵐(ファイアストーム) の魔法が完成する。

「……我が敵を焼き尽くせ! 炎の嵐(ファイアストーム) !」

次の瞬間、半径十メートル、高さ十メートルほどの炎の渦が訓練場に出現した。その中心には俺の影があり、そこだけは台風の目のようになっている。

影に殺到するゴーストたちは“飛んで火に入る夏の虫”という感じで、次々とシャロンの炎に焼かれていく。三十秒ほどで炎が消えるが、消えた後には俺の影しか残っていなかった。

それでもゴーストたちが途切れることはなかった。スペクターたちも上空で俺の影を見極めるかのように飛び回っている。

上空にいた一体のスペクターが俺に気付き、奇声のような念を放ってきた。一瞬、吐き気を催すような目眩を感じたが、すぐに収まる。

スペクターの精神攻撃だった。

しかし、高い精神力と精神耐性のスキル、更にミスリルで補強した防具によって、ほとんど影響を受けていない。一瞬吐き気を覚えたのは初めて攻撃を受けた衝撃に過ぎず、二度目の攻撃では首筋がゾクッとする程度にしか感じていない。

横ではリディとシャロンが僅かに顔を顰めているが、彼女たちも大きな影響はないようで、すぐに攻撃に移っていく。スペクターたちの攻撃は俺たちに集中しているが、全く効果を表すことがなかった。

ベアトリスは俺たちが攻撃を受けていたことに気付いていた。

「ザック! 下のゴーストはあたしらで何とかする! スペクターどもを頼む!」

彼女はそれだけ言うと、「マーロンの旦那たちばかりにいいところを持っていかせないよ!」と叫び、槍を振り回しながら訓練場に踊り込み、手当たり次第にゴーストを葬っていく。

その後ろにはメルを筆頭に三十人の自警団員が続き、鬨の声を上げながら同じようにゴーストに斬り掛かっていった。

ヘクターも「味方に流れ矢を当てるな! 慎重に狙え!」と叫び、空中に浮かぶスペクターを狙撃していく。

リディもシャロンもスペクターを狙い始め、次々と撃ち落とす。俺も影流離の魔法を固定したまま、対アンデッド用に考えた光属性魔法を準備し始めた。

「世のすべての光を司りし 光の神(ルキドゥス) よ。聖なる御身を包みし、光の衣を我に貸し与えたまえ。御身に我が命の力を捧げん。穢れし魂に 禊(みそぎ) の光を! 浄化(プリフィケーション) 」

呪文の完成と共に俺の右手からオーロラのような光が空に広がり、訓練場の上空を包み込んでいく。スペクターやゴーストはその光から逃れようと慌てるが、その白く淡い光は見た目以上に速く、スペクターたちは次々と飲み込まれていく。光に触れたスペクターたちは急速に力を失い、地面に落下していった。

下ではベアトリスたちが待ち構えており、動きの鈍ったスペクターたちを次々と葬っていく。

今回使った魔法は闇属性の反属性、光属性を使って闇の精霊の力を 相殺(リセット) する魔法だ。イメージとしてはリセットというより紫外線殺菌に近い。光を受けたアンデッドは萎れるように力を失っていくのだ。

俺の魔法でほぼ全てのゴーストとスペクターが地上に引き摺り下ろされ、運よく空中で逃れられた者もシャロンの魔法やヘクターたちの矢によって殲滅されていく。

時間にして三十分ほど。恐らく五百以上のゴーストと百ほどのスペクターを消滅させた。

それほどの戦果を上げながらも、こちらには全く損害がなかった。掠り傷一つ負うことなく、数百のアンデッドを殲滅している。まさに完勝だった。

今回、ゴーストやスペクターをこれほど簡単に倒せたことには理由がある。

一番の理由は幽体に対して有効なミスリルなど魔法金属製の武器を有していたことだろう。正確な数字は分からないが、ゴーストなどの幽体の魔物の 体力(HP) はほとんどないと考えられる。これらの魔物はいわゆる“物理攻撃無効”のスキルを持っているため、通常ならHPがほとんどなくとも問題はない。

しかし、今回は幽体や霊体に対して攻撃が可能な魔法金属製の武器を使っているため、防御力がなくHPの少ないゴーストたちは掠っただけでも倒すことができる。つまりゴーストたちは魔法金属製の武器を持つ者からみれば、完全にカモなのだ。

もう一点理由を挙げるとすれば、ゴーストたちがシャドウストークの魔法に過剰反応したことだ。もし、過剰反応せずに冷静に自警団員を狙っていたら、これほど容易に殲滅することはできなかっただろう。ミスリル製の防具は全員に行き渡っていないから、精神攻撃で被害を受ける可能性があったのだ。

屋敷の前で戦闘に参加することなく見守っていた祖父は、あまりに容易にゴーストたちを倒したことに驚くより呆れていた。後ろに立つウォルトも心なしか呆れているように見える。

「これほど非常識な戦闘は初めてじゃ」と笑うが、

「ロッドたちが心配じゃ。済まんが、ヘクターたちは防壁に向かってくれ」と防壁での戦いに向かうよう命じた。

俺たちも防壁に向かおうとしたが、祖父は俺とシャロンを押し留め、リディだけに、

「ザックとシャロンは休ませる。済まんがロッドの応援に行ってくれんか」と指示を出す。

「まだ魔力は充分にあります」と言ってみたが、

「まだ戦いは始まったばかりじゃ。それも何日も続くかもしれん。これは命令じゃ」と言われてしまった。更に「もちろん、防壁が危ういようなら行ってもらうが、今はとにかく休め。これも仕事じゃ」と窘められた。

(頭では分かっているんだが、みんなが戦っている時に休んでいるっていうのは……特に体力も魔力も充分にあることが分かっているから余計にそう思ってしまう……)

戦闘の第一ラウンドはロックハート家の完勝だった。しかし、敵の戦力の全容が分からない以上、楽観はできない。

祖父はベアトリスたちにも休憩を命じるが、「この程度でへばるような連中じゃありません。今のうちに矢の回収をやっておきます」と言った後、自警団員に対し、

「訓練の準備運動にもならなかったね! 矢と魔晶石を回収するよ! だが、武器は手放すな! いつでも防壁に向かえるように準備しておくんだ!」と命じ、自らも訓練場に散らばる矢や太矢の回収を始めた。

しばらくすると、スコットと鍛冶師ギルド職員のジョニーが蒸留所の職人たちと共に屋敷にやってきた。各地から修行に来ている若者も含まれており、三十人以上いる。

ジョニーが「そろそろ手伝いが必要かと思いまして」と言いながらも周囲をキョロキョロと見回している。学校からもゴーストたちが狂ったように襲いかかってきた光景が見え、少し怯えているようだ。

祖父は「よく来てくれた」と言ってから、「ベアトリス嬢たちを手伝ってくれ。後は前線に矢と太矢を運ぶんじゃ……」と命じていく。

蒸留職人たちは訓練を受けておらず戦闘に参加させるつもりはない。ジョニーやスコットも自分たちが前線に出れば邪魔になるだけと分かっており、後方支援を申し出てくれたのだ。

館ヶ丘は直径三百メートル、標高差三十メートルほどあり、矢や食料などを前線に運ぶだけでも大変な作業になる。職人たちは普段はフロアモルティング――麦を床に広げて発芽させる作業――や樽詰めなどハードな作業をこなしており、体力的には問題ないため物資の運搬を頼んであった。

ラスモア村は総力体制で防衛に当たっている。