軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十二話「アンデッド」

トリア歴三〇一八年十月二十日、午後四時半頃。

夕闇が迫る時間になっても未だにダンが帰ってこない。彼と共に偵察に出た猟師のダヴィが午後四時頃に報告に戻り、そして自警団の弓術士マークが戻ってきた。

彼はダンが可能な限り情報を集めようとギリギリまで偵察していると報告した。

「お止めしたのですが、自分ひとりの方が見つからないとおっしゃられて……それでこれをお館様にお渡ししろと……」

マークはウェストバックから折り畳まれた紙を取り出し、父マサイアスに手渡した。

父は素早くそれを広げて中身を確認していく。そして、十秒ほどで読み終えると、苦渋に満ちた表情になる。

「スケルトンが少なくとも五百、グールが三百…… 幽霊(ゴースト) が無数に飛び、更に上位種の 死霊(スペクター) の姿もあったそうだ……」

そこで口篭ると意を決して言葉を搾り出す。

「 首なし騎士(デュラハン) は一体ではなく三体だ。ダンの見立てではそれらも何者かの命令を受けているらしい」

その情報にロックハート家の猛者たちに動揺が走る。

デュラハンは四級相当の魔物とされ、オーガより戦闘力は低いとされている。しかし、それは単に戦闘力のみの話だ。知性のないオーガより知性を持ったデュラハンの方が危険な場合が多く、特にアンデッドを率いるデュラハンは三級もしくは二級の魔物と評価される。

その上位の魔物であるデュラハンを使役できる存在がいる可能性がある。つまり、 竜(ドラゴン) や 魔将(アークデーモン) など一級相当に匹敵する存在がいるかもしれないのだ。

父は直ちに馬の扱いに長けたシム・マーロンに伝令を命じた。

「すぐに暗くなってしまうがボグウッドまで走ってくれ。敵は千を超えるアンデッドの集団である可能性が高い。我々は援軍が来るまで篭城するが、街道にも警報を出すようにと守備隊の責任者に伝えてくれ」

そう言ってシムに救援要請の書状を渡す。

「かしこまりました。確実に伝え、すぐに戻って参ります」と頭を下げて厩に向かおうとするが、父は「済まんが、バルベジーまで走ってくれ」と呼び止め首を横に振る。

シムは驚きに満ちた表情を浮かべるが、父はそれに構わず、話を続ける。

「事は一刻を争う。お前の腕とあの名馬なら明後日にはバルベジーに着けるだろう。カウムの騎士に任せるより遥かに速いし確実だ」

シムは故郷を守る戦いに参加できないことが悔しいのか、僅かに唇を噛むが、父が自分を信頼してくれていると知り、「バルベジーの黒鋼騎士団に直接伝えます」ともう一度頭を下げてから厩に走っていった。

すぐにカエルム産の名馬と共に館ヶ丘を下りていき、すぐに見えなくなる。

シムが出発した後、ダンの班以外の偵察隊が戻ってきた。彼らもアンデッドの先遣隊に遭遇し、慌てて帰還している。その情報を総合すると、アンデッドの数は数千に達する可能性が高い。

父はロックハート家の者と主だった従士を集め、今後の方針を話し始めた。

「今から村を捨てて逃げることは不可能だろう。魔物が少ない西の森とはいえ、夜に馬車を走らせるのは危険すぎる。一輌でも破損すれば後ろが動けなくなりアンデッドどもに追いつかれてしまうからな。もちろん徒歩での移動は論外だ……ここに至っては篭城しかありえん」

その言葉に祖父も頷く。

「敵の動きが思った以上に速い。迎え撃つだけで精一杯じゃろう。グールやスケルトンは数が多かろうが問題はないが、ゴーストとスペクターが厄介じゃな」

自警団員は約二百七十名、更に訓練中の十五歳以下の子供たちも一般的な若い冒険者より腕は立つ。それを含めれば戦力は三百名程度だ。

しかし、館ヶ丘の防壁の長さは一キロメートルほどあり、それだけの人数で全てを守りきることは難しい。また、学校や屋敷などを重点的に守るといっても、壁をすり抜けられるゴーストは厄介だ。更にその上位種とも言えるスペクターはゴーストと違い知性を持っているため、絡め手を使ってくる可能性もある。

俺は一番の懸念を伝える。

「特に心配なのはルナについてです。彼女が狙われる可能性が一番高いですから」

今回の襲撃はルナを狙ったものと考えるのが妥当だろう。偶然、アンデッドの集団が現れたとしても、真直ぐこの村に向かっている時点で他の要素は考え難い。

そうなると、彼女をどう守るかが問題だ。屋敷の中にいてもゴーストたちは容易に入り込めるため、物理的に防御することが難しく、アンデッドに有効な武器を持つ護衛を常におく必要がある。

「メルにルナの護衛をしてもらうのが一番なんだが……」

ルナの護衛候補は一緒に住んでいる女性であるメル、シャロン、リディ、ベアトリスの四人だ。このうち、シャロンとリディは魔術師であることから、篭城戦では貴重な戦力となる。

更に言えば、ルナが一番懐いているのはメルだ。そしてメルは剣術士であるため、篭城する場合は戦力となりにくい。また、屋敷内に入り込まれた場合、接近戦となるから剣術士として優秀でアダマンタイトの剣を持つ彼女が最適なのだ。ベアトリスもいるが、部屋の中で槍は扱いにくい。

問題があるとすれば、メル自身がルナの護衛に専念することを嫌がることだろう。彼女は最前線で戦いたいと思っているだろうし、俺たちが戦っている時に比較的安全な屋敷にいることを良しとしない。更に長期戦になった場合、一人だけでは難しいと言うこともある。

護衛のことをメルに頼んでみたが、やはり断られた。

「お屋敷の周りで倒します。ですから、私にも戦わせてください」と懇願されてしまった。

結局、ルナの護衛は義姉ロザリーと彼女の侍女たちが受け持つことになった。彼女たちの剣術の腕はレベル二十程度だ。ゴーストが相手ならミスリルコーティングの剣で充分だが、スペクターなど上位種が相手の場合、不安がないとはいえない。念のため、大広間で待機させることで、常に父か従士の誰かが対応できるようにする。

今回屋敷でルナを守り、村人たちを学校に避難させた。ルナを学校に連れて行き、そこに戦力を集中するという考えもある。実際、防衛側の人数が限られているので戦力の分散は愚策だろう。

しかし、あえて分散する策を採った。

ルナが狙われるなら学校は比較的安全だ。自分たちが多少危険でも村人を危険に曝すよりマシだと考え方を変えたのだ。

もちろん、村人たちの護衛は置くつもりだし、学校が狙われれば祖父を始めウォルトやベアトリスなどの達人が丘を下って応援に行くことになっている。

従士たちとの協議が終わった頃、ベルトラムが若いドワーフたち三十人ほどを引き連れ祖父のところにやってきた。

いつの間にか無骨な 金属鎧(アーマー) を着込み、バイキングのような角付きの 兜(ヘルメット) を被っている。右手には両手で使う大型の戦闘用ハンマーがあり、盾は持っていない。

但し、空いているはずの左手には当然の如くジョッキがあった。全員がやる気に満ちた顔つきになっている。

「俺たちも村の若造どもよりは戦えるぞ。何でも命令してくれ」

ベルトラムがそう言うと祖父が苦笑しながら、「今は敵の出方を待つだけじゃ。とりあえず、ニコラスの班に入ってくれ」と命じた。

ベルトラムの言う通り、若い自警団員より戦闘力もあるし、スタミナもあるから長期戦になれば貴重な戦力になるだろう。

しかし、俺たちに彼らを戦わせる考えはなかった。

敵の数が多いと想定される状況で武器の損耗は継戦能力の低下に繋がり、命取りになり兼ねない。特にミスリルコーティングの武器の補修は彼らにしかできないから対アンデッド戦において鍛冶師たちの存在は大きいのだ。

本当のところはそう伝えたいが、ドワーフは仲間を守るために勇敢に戦う種族だ。この村に愛着を持ち、まして彼らの愛する酒を守るためにやる気になっている。だから彼らのプライドを傷つけないように学校を守るニコラスの指揮下に入れた。

ちなみに館ヶ丘には篭城時に使う臨時の工房が学校の横に作られており、工具や素材も運び込まれている。

この工房だが、研磨などでは水を使うため、学校の横にある池のほとりに建ててあった。この池は防壁の外に造った堀から引き込み排水しているもので、地下で外と繋げ給排水口には格子が取り付けてある。この池は洗濯などの生活用水として使うために作ったものだが、最悪の場合は飲み水にも使える。

マークが戻ってから一時間近く経った。

まだ完全に暗闇に落ちたわけではないが、曇天の空は灰色から黒に染まりかかっている。

防壁では灯りの魔道具が並べられ、点灯されていく。このような夜戦も当然想定しており、ノートン商会を通じて家庭用の物より大型の灯りの魔道具を大量に購入している。

防壁の上には五メートルおきに魔法の灯りが煌き、幻想的な風景を作り出している。

学校では各家庭から持ち込まれた灯りの魔道具と調理用の焚き火により、昼間のようなとまではいかないものの充分な明るさを確保している。

更に大型の灯りの魔道具が用意されている。これは俺が作った物で三級相当の魔晶石を搭載した 探照灯(サーチライト) だ。クロムメッキを施した直径一メートルほどの反射鏡に脚をつけたもので、五百メートル先まで照らすことができる。

これが三十台ほどあり、防空用の塔に配置している。他にも百メートル先まで照らせる小型の物も多数用意してあり、これは防壁に設置している。

これらを夜に使うと天空を照らす不夜城のようで幻想的な美しい風景になるが、今は不吉な光景にしか見えない。

更に三十分ほど経ち、午後六時の鐘が鳴った。村の顔役ゴードンに預けてある時計は彼の手によって学校に持ち込まれており、律儀にも午後六時を示す鐘を鳴らしているのだ。

日は完全に落ち、館ヶ丘以外は暗闇に包まれている。

俺はダンのことが心配で門で彼を待っていた。

そんな中、門近くの防空塔で見張りをしていた若い自警団員が「灯りの魔道具が見えます!」と大声で叫んだ。慌てて防壁から外を覗き込むと小さく揺れる明かりが見えている。望遠鏡を覗くと必死に走るダンの姿があった。無事な姿に知らぬうちに安堵の息を吐き出していた。

「ダンが帰ってきたぞ!」と俺が叫ぶと、周りから歓声が上がる。ダンの後ろを確認するが、まだ敵の姿はない。

ダンは何度も転びそうになりながらも門に到着した。

「無事か!」という俺の声に「ハァハァ」という荒い息の後、「大丈夫です。すぐにお館様と先代様に報告を……ハァハァ」と肩で息をしながら更に丘を登ろうとした。

俺は彼に肩を貸しながら、一緒に丘を登っていった。

屋敷に着くと既に父が待ち構え、「ご苦労だった」とダンを労う。更に「これを飲め」と言って水が入ったジョッキを自ら手渡した。ダンはハァハァと息を吐きながら「ありがとうございます」といって一気に飲み干すとすぐに報告を始めた。

「アンデッドの数は千以上です。数え切れませんでした……」

その言葉に今日何度目かの緊張が従士たちの間に走る。ダンはそれを一瞥すると更に報告を続けていった。

「確認できたアンデッドは 動く死体(リビングデッド) 、 骸骨(スケルトン) 、 屍喰鬼(グール) 、 幽霊(ゴースト) 、 死霊(スペクター) が多数です。四級以上の上位種は 死霊魔道師(リッチ) が三、 首なし騎士(デュラハン) が五です。これは確認できただけで、更に多い可能性もあります。あと、スケルトンの上位種がいたような気がしますが、確認できませんでした……」

ダンの報告を聞きながら、その種類と数の多さに驚きを隠せなかった。しかし、彼の報告はまだ続いていた。

「……私の知らない魔物が一体いました。禍々しい姿をした黒マントの人型です。決して大きくはないのですが、私でも感じられるほどの魔力を持っていました。今思い出しても震えが止まりません……」

そこにいた全員が言葉を失っていた。

「……明るいうちに引き離したので何とも言えませんが、恐らく一時間もしないうちにここに到着するはずです。すぐに戦闘準備を!」

ダンはその謎の魔物の姿を思い出し、僅かに恐慌に陥ったようだ。既に準備は終わっており、日は落ちているとはいえ冷静に見回せば彼にも分かったはずだ。俺はゆっくりと精神安定の魔法を彼に掛ける。その魔法によりダンの震えは止まり、目の焦点もしっかりとしてきた。

「準備はできている。後はお前が帰ってくるだけだった。お疲れ様」と言って彼の肩に手を回す。

「父上、ダンを休ませてもいいでしょうか」と確認すると、父は大きく頷き、「とりあえず、休んで食事を摂れ」と命じた。

ダンは父に頭を下げると、俺たちの住む離れに向かって歩き出した。シャロンが彼に付き添っていく。

俺はドクトゥスで様々な魔物と戦い、また 斥候(スカウト) として常に冷静であろうとしている彼が、魔物の姿を思い出しただけで恐慌に陥ったことに戦慄を覚えていた。

(ダンが見た魔物が気になる。あれほど恐れるということは少なくとも一級相当だ……一級相当ならそれだけでも脅威になる……)

その間に祖父がてきぱきと従士たちに指示を出していく。

「儂の班はここを守る。恐らくここが最初に狙われる。ニコラスの班は学校を、他は防壁を守る。ヘクターはガイと共に弓術士を率いて敵が現れた場所に向かえ……」

そして、俺とリディに向かって、

「ザックは投光器を使って 影流離(シャドウストーク) の魔法を頼む。うまくいけばゴーストどもが囮に食いつくかもしれんからな。リディアとシャロンはザックのサポートじゃ。だが、魔力は温存しておいてくれ。ダンが見た謎の魔物もおる。そいつがどんな手を使って来るか分からんからな」

俺たちはルナを狙ってくる前提で様々な検討を行っていた。その検討の中で闇の精霊の力を敵が感知する可能性を利用できないかと考えた。そこで思いついたのは 影流離(シャドウストーク) の魔法を使って敵を混乱させるという策だ。

しかし、シャドウストークは“影”を利用する魔法であり日中でないと使えない。そこで夜間戦闘用に作った投光器を利用することを思いついた。

光の範囲が狭く日中ほど自由度はないが、出現させるだけで動かさなくてもいいなら複数の投光器を使えば問題はない。逆に一箇所に固定しておけば魔法や矢による攻撃が行いやすいため、動かす必要は少ないと思っている。

今回は屋敷の西にある訓練場におびき寄せるつもりでいる。訓練場であれば俺やシャロンの火属性魔法を使っても延焼することはないし、矢を射掛けても障害物がないため殲滅しやすいからだ。

祖父の命令ですぐに全員が動き始めた。母は従士の妻たちと共に学校に行き、そこで炊き出しや負傷者の応急手当の指揮を執る。屋敷に残る女性はザックセクステットを除けば、義姉ロザリーと彼女の侍女アンジーとエレナ、妹のセラ、そしてルナだ。ルナを除けば全員が戦える。

こうしてロックハート家の戦闘準備は整った。

そして、午後七時。見張りからの報告が館ヶ丘を木霊した。

「敵襲! 東にアンデッド多数! 草原が埋め尽くされています! 敵襲!」

報告を聞いた祖父が兄に命じた。

「ロッド、防壁で指揮を執れ! ゴーストは討ち漏らしても構わんが、他の魔物は一体たりとも中に入れるな!」

兄は「了解!」と叫ぶと灯りの魔道具を手に屋敷から駆け出していった。父は「屋敷の中でルナを守ります」といい、祖父も「頼んだぞ」と頷く。

そして、俺たちに「準備を始めるぞ」と言い、自信に満ちたゆっくりとした足取りで屋敷の外に向かった。