作品タイトル不明
第三十九話「移住者」
トリア歴三〇一八年六月一日。
ウルリッヒ・ドレクスラーら鍛冶師ギルド総本部所属の鍛冶師たちの魔法陣の改良が完了し、自警団の武具の強化にも目途が立った。
また、館ヶ丘の防御施設も防御用の塔が十基完成し、屋敷や学校など主要な施設の防御が可能になっている。あと五基ほど作るつもりでいるが、現状でも充分に機能するはずだ。
今日アルスから 蒸留酒定期便(スコッチライナー) とともに、四人のドワーフがやってきた。彼らは蒸留器製造の講師となるべくやってきた鍛冶師たちだ。匠合長であるウルリッヒがいない状況で決めていいのかと思わないでもないが、既に候補は決まっていたらしく、匠合長の帰還を待つことなく総会を開いて承認したようだ。
ドワーフたちのことだから一日でも早く蒸留器を作る職人を育てようと、早々に送りこんできたのだろう。
四人は三十代半ばから四十代前半とドワーフの鍛冶師にしては若く、男女二名、つまり二組の夫婦だった。彼らはここラスモア村に永住する予定だ。
四人はフォルカーとノーラのケルペン夫妻、ローデリヒとマルガのフンメル夫妻だ。ノーラとマルガはミーナの昔ながらの友人、つまり飲み友達だそうで、再会するなり手を取り合って喜んでいた。
フォルカーが最年長の四十三歳、アルスで複数の工房を渡り歩き、武器と防具のいずれもこなせる器用さを買われ抜擢されたそうだ。顔はドワーフらしく髭で覆われ厳つい感じだが、温厚な性格で辛抱強く、こういった講師に向いているとウルリッヒは評価していた。
フォルカーの妻ノーラはミーナより年上で今年三十六になる防具職人だ。ドワーフにしてはほっそりとしており、赤毛が特徴的な美女だ。二人は一年前に結婚したばかりの新婚だった。
ローデリヒは俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトックの工房で修行をしていた職人だ。ゲオルグ曰く、“天才肌ではないが、研究熱心な努力家”だそうだ。マルガはミーナと同い年で、更に同じ工房で働いていた親友で、丸顔の愛嬌がある容姿でミーナと同じように笑顔がよく似合う。
彼らはベルトラムの助手をしながら蒸留器の製造を学ぶことになる。今のところ蒸留器製造コースは夏くらいに開講する予定であり、最初のうちはベルトラムが講師で今修行をしているウェルバーンのクルトとドリス、アルスのハインツとマルクが助手をするが、ゆくゆくはフォルカーら四人に講師になってもらい、ベルトラムには熟練者コースの手伝いをしてもらうつもりでいる。
この四人だけでなく、蒸留酒造りの職人たちも続々とやってきている。既にカエルム帝国のシーウェル侯爵領から十名が修行に来ているし、来月にはペリクリトルから十名程度、ドクトゥスからも数名派遣するという連絡が入っている。
今も三十人以上が修行をしているため、酒造りの職人たちだけで百人くらいになりそうな勢いだ。そのため、急ピッチで職人たちの宿舎を増築している。
今日はフォルカーたち四人の歓迎会と、ウルリッヒたち九人の送別会を行うことになっている。ウルリッヒたちはフォルカーたちと一緒にやってきた 蒸留酒定期便(スコッチライナー) と共に明後日アルスに帰る。
歓送迎会の場所は東ヶ丘にある鍛冶師ギルドの施設“ラスモア研修所”の集会室だ。
ふと思ったのだが、この集会室は宴会にしか使っていない気がする。研修生が増えれば設置目的どおりの使い方になるかもしれないが、今のところ“宴会場”という名が相応しい。
フォルカーたちは匠合長を始め、世界に名だたる大ベテランの鍛冶師たちと一緒に飲むということで最初は緊張していたが、スコッチが出てきた瞬間、そんな緊張は完全に吹き飛んだ。彼らはスコッチを口にしたことがなく、涙を流してジョッキを傾けていく。
「こんなにうまい酒なんだな……これからこいつを毎日飲めるのか……」というローデリヒの呟きに師匠であるゲオルグが「飲むことは構わんが、仕事は忘れるなよ」と苦言を呈した。そういいながらもこの村に永住できる弟子を羨望の眼差しで見ている。
ロックハート家からは父や祖父だけでなく、普段は屋敷を守る従士頭のウォルト・ヴァッセルを含め従士全員が出席している。これは主要な従士たちがウルリッヒらに武具を作ってもらっており、その礼をするためで、館ヶ丘で警備の指揮を取っているのは兄ロドリックだった。
「それにしても我がロックハート家は凄まじい武具を手に入れたな」と父が言うと、祖父も「確かにこれほどの武具は皇帝陛下くらいしか持っておらんじゃろう」と頷いている。
祖父の言うことは多少の誇張はあるが、間違ってはいない。
ロックハート家にある剣は希少なアダマンタイトの剣が五振り――祖父、父、俺、メル、バイロンのもの――、ミスリルの剣が七振り――兄、ニコラス、ヘクター、ガイ、ダン、リディ、シムのもの――、ミスリルの槍が四本――ウォルト、ベアトリス、イーノス、新たに作り直されたウィルのもの――だ。
それだけでなく、名工と呼ばれる防具職人の防具も多数あり、更に兄たちの防具もゲールノートらの手で補強されている。数だけなら帝国の公爵家の方が多いだろうが、名工と呼ばれる鍛冶師たちが自らの最高傑作と言って憚らないものがゴロゴロしているのだ。オークションにでも出せば、総額一千万クローナ、百億円を超えるはずだ。
更にミスリルコーティング技術により対魔族・対アンデッド戦能力は飛躍的に上がっている。
「これだけの武具を揃えてもらったんだ。何としてでも“スコッチ”を守ってみせる」
俺はウルリッヒたちにそう宣言した。しかし、ウルリッヒは小さく首を横に振り、
「そう言ってくれることはうれしいが、スコッチを守るために無理はするな。お前とスコット殿たち職人が生きておれば、いつでも美味い酒は作れるんじゃ。いざとなったら村ごとアルスに逃げて来い。儂らはいつでもロックハートの味方じゃ」
ドワーフが酒を守らなくてもよいと言ったことに驚くが、彼らの心の篭った言葉が心に染みる。
湿っぽくなるのも嫌なので歓迎する方のフォルカーたちに声を掛けに行く。彼らは三年物のスコッチを飲みながら未だに涙を浮かべていた。
ちなみにまだ 長期熟成酒(ザックコレクション) は飲んでいない。彼らに飲ませるのは明日の蒸留所と貯蔵庫の見学後を予定している。
涙ぐみながらもノーラとマルガの女性二人はミーナと旧交を温めていた。
「そう言えば三人は飲み仲間って話だが、すごい偶然があるものだな」と何気なくいうと、ミーナの視線が僅かに泳いだ。ノーラとマルガも俺に視線を合わせようとしない。
「もしかしたら何か裏があるのか?」と聞くと、ミーナが「特にないですよ」と視線を合わせずに答える。横にいるベルトラムに「何か聞いていないのか?」と聞くと、ベルトラムは「俺は知らんな」と首を傾げる。
「いや、そう言えばミーナはよく手紙を出していたな。スコッチライナーが来るたびに渡していなかったか?」
そこで更にミーナの視線が泳ぎ出し、最後には大きな溜息をついて事実を告白し始めた。
「実はマルガたちにちょっとだけアドバイスをしたんです……」
彼女はそう言って話し始めた。
「私が抜け駆けみたいに ラスモア村(ここ) に来たからちょっと後ろめたかったんです。ですから、ここに来るためにどうしたらいいかって……」
ミーナはウルリッヒの意向でこの村にやってきた。その際、いろいろとあったらしい。そのため、仲の良い友達にドワーフたちの憧れの地ラスモア村に移住する方法を伝授したようだ。
「ここ数年、自警団の装備の手入れで忙しかったじゃないですか。私たちの手伝いをいずれ呼び寄せると思っていたんです。そうなった時のために、ここは出会いが少ないから最初から若い夫婦を呼ぶようにしたらいいと、おじいちゃんに手紙で伝えていたんです……」
元々ミーナはベルトラムの嫁候補として送り込まれており、今回はそれを見越してそんな提案をしたらしい。ちなみに彼女の祖父はゲールノートであり、彼に伝わればウルリッヒにも必ず伝わると考えたようだ。
「で、マルガたちにも手紙を送ったんです。いい人がいたら早く結婚しておきなさいって。うまくいけばここに移住できるかもしれないからって……」
女性でもドワーフはドワーフだなと笑いが込み上げるが、フォルカーとローデリヒが不憫な気がしなくもない。
冗談で「ここに来るために結婚相手を探したのか?」と聞いてみたら、マルガが「そうだけど……」と言った後、恥ずかしそうに身をくねらせながら、「今はそうじゃないわ。彼のことは愛しているもの」と 惚気(のろけ) た。
その言葉にローデリヒが照れるが、更にその続きがあった。
「でも、ここに来れたらいいなって思ったことは否定しないわ。ドワーフですから」と開き直った。その言葉でその場にいた者たちが一斉に爆笑する。
「さすがはドワーフじゃ。ミーナもそうじゃが、正直なことは良いことじゃ」
祖父がそう言って笑う。
俺はそんな雰囲気を楽しみながら、別のことを考えていた。
(これで常時この村にいる鍛冶師は六人になる。自警団の武具の手入れはこれで何とかなるな。後は館ヶ丘に篭城した時のための鍛冶場を作ればいいだろう……しかし、これで準備は充分なのだろうか? 敵の戦力が分からないんだ。もっと手を打っておいた方がいいんじゃないか……)
俺が考え込んでいることに気付いたのか、ベアトリスが「考えても答えが出ないことだってあるんだ。あたしらにも相談しておくれよ」と言ってきた。
「そうだな。ウルリッヒたちが帰ったら父上たちを含めてもう一度相談するよ。今日は楽しむことにする……ありがとう」
自然と感謝の言葉が出た。
「あんたは考えすぎるんだよ」と言って赤ワインの入ったグラスを手渡してきた。彼女が手にしているのはシーウェルワインで、それも俺の魔法で十年ほど熟成させたものだ。
「本当にこのワインが気に入ったんだな」と笑いながら、それを受け取る。
その後、ウルリッヒがアルスの鍛冶師を代表して、「今回は世話になった」と頭を下げる。
「 ロックハート家(うち) の方がよっぽど礼を言わなきゃならないんだ。あれだけの物を作ってもらったんだからな」
俺が軽口を叩くようにそういったが、ウルリッヒは真面目な表情を崩さなかった。
「儂らの腕が上がったことは事実じゃ。引退にはまだ早いが、そろそろ後進の指導に専念するかと思っておったんじゃ。だが、ここに来て考えを変えた。スコット殿はあれほどの酒を造りながら未だに更なる高みを目指しておる。儂らも負けてはおれん。それが何よりの収穫じゃ」
百年近い経験を持ち、名工と呼ばれる彼らにとって、自らの成長が止まったことが苦痛だったようだ。それがスコットたちの酒造りに対する情熱を目の当たりにし、自らの腕に満足しそうになっていたことに気付いた。そして、更なる高みを目指すと宣言したのだ。
(さすがはドワーフ。まさに職人魂の塊だな。こういう職人と仕事をするのは楽しいものだ……)
俺はそんな彼らを尊敬の目で見ていた。
「まあ、本心を言えば、浴びるほどスコッチが飲めたことが一番なんじゃがな」
俺はその言葉に崩れ落ちそうになる。そして、「その一言で台無しだよ!」と叫んでいた。そう言った後、すぐに笑い声を上げる。
「当たり前じゃ。儂らにとって美味い酒を飲むことこそ、生きる目的と言っても過言ではない!」と真顔で言った後、俺に釣られるようにドワーフたちも笑い始めた。
その笑いが収まった後、ウルリッヒたちがもう一度真面目な顔になる。
「真面目な話じゃ。この村がやばいなら迷わず逃げろ。貯蔵庫の酒は惜しいが、本当に惜しいのじゃが、お前たち、友の命には換えられん。少しでも危険を感じたら必ず儂らに言ってくれ。頼んだぞ」
俺はその真摯な言葉に頷くことしかできなかった。
二日後の六月三日。
ウルリッヒ・ドレクスラー匠合長ら九名の鍛冶師たちは、鍛冶師ギルド総本部のあるアルスに帰っていった。出発の際、名残惜しげに俺たち一人一人に握手をし、「本当に世話になった」と言って 蒸留酒定期便(スコッチライナー) とともに去っていった。
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トリア歴三〇一八年六月二十日。
鍛冶師ギルドは以下の文書を各国に向け発信した。
『鍛冶師ギルド及びギルド所属の全ドワーフはここに宣言する。
本年四月にカエルム帝国北東部ロックハート領に開設した“ラスモア村研修所”は我々の命の糧、蒸留酒の生産に欠かすことのできない施設であり、本施設が戦乱、襲撃、その他の事情で損傷する恐れがある場合、鍛冶師ギルドは総力をもってこれを防ぐものである。また、研修所に派遣された鍛冶師は全てギルドの保護下にあることを明記する。
研修所及び研修所にいる鍛冶師を保護する必要が生じた場合、鍛冶師ギルドはどのような組織の妨害を受けようとも必ず守る。
蒸留酒の生産、貯蔵、輸送、販売に対し、直接的、間接的を問わず妨害行為が行われた場合、どのような手段を用いてでも全力をもってこれを排除する。これは個人、組織、国家を問わない。鍛冶師ギルドは総力をもって対象となる者を排除する。
これは脅しではない。我々は酒に妥協しない。そのことを改めてここに宣言するものである。
トリア歴三〇一八年六月二十日。鍛冶師ギルド匠合長ウルリッヒ・ドレクスラー』
各国政府は鍛冶師ギルドの各支部を通じて、この文書を受け取った。
その際、どの支部長もこう言って手渡したと伝えられている。
『我々は酒に関し、決して妥協しない。ラスモア研修所に危険が及ぶ 恐れ(・・) がある場合は全力をもって対処する』
各国政府は今回の宣言に対し、どう対応するか検討を始めた。特に議論を呼んだところは、“ラスモア研修所に危険が及ぶ恐れがある場合”という一文の“恐れ”という文言だった。
この言葉によりラスモア研修所近くで騒乱が起きる“可能性”があるだけで鍛冶師ギルドが動くことになる。特に酒絡みということでドワーフたちが暴走することは火を見るより明らかであり、一歩対応を間違えると自国が損害を被ると警戒したのだ。
そんな中、素早く対応を決めた国家があった。鍛冶師ギルドのあるカウム王国だった。王国はその文書を受け取るとその場で支持を表明した。
その手際の良さに驚きの声が上がったが、この件にはドワーフ並に酒を愛するカトリーナ王妃が関与していると噂され、内々に打診されていたのではないかという憶測が飛んだ。
この他では魔術師ギルドがワーグマン議長名で以下のような表明をした。
『魔術師ギルド評議会は鍛冶師ギルドの宣言に全面的に賛同する。いかなる国家、組織が関与しようとも、この件に関し魔術師ギルドは鍛冶師ギルドを全面的に支持するものである』
カウム王国の支持表明は当然であると受け止められた。しかし、利害関係が少ない魔術師ギルドが早期に支持を表明したこと、更にはどの国家が相手であっても鍛冶師ギルドに 与(くみ) すると宣言したことは、驚きをもって受け止められた。そして、その宣言により各国はすぐに同調していった。
しかし、各国が最初から疑念を持たなかったわけではなかった。各国の指導者たちは切れ者のワーグマン議長が積極的に支持したことに疑問を感じ、議長の発言の真意を調べた。
そして、ワーグマン議長の真意を突き止めることに成功する。
その結果は以下のようなものだった。
鍛冶師ギルドとロックハート家の関係は非常に親密であり、四月にはドワーフたちの祭典と言ってもよい酒類評定会を開催し、そこには匠合長自らが参加している。これはラスモア村がドワーフの“聖地”に他ならず、彼らと良好な関係を築くためには“聖地を守る”ことを妨害してはならない。更にいえば、間接的に妨害するだけでも彼らの敵として認定される恐れがあり、そのような大きなリスクを負うことは得策ではない。
ロックハート家はカエルム帝国のラズウェル辺境伯家だけではなく、シーウェル侯爵家やカウム王室にも影響力を持っているため、魔術師ギルドとしてはロックハート家と良好な関係を築きたいと考えている。
更にある情報提供者から議長の言葉が伝わった。
『それにあの村にはZL氏がいるからね。彼が鍛冶師ギルドの裏にいるなら下手な手を打って本気になられるより、さっさと支持した方がいい。彼は私と違って義理堅い。うまくいけば恩を売れる。こんな絶好の機会を逃したくないね……』
ワーグマン議長はZL氏、すなわちザカライアス・ロックハート卿が鍛冶師ギルドの黒幕であり、彼個人に恩を売ることができる絶好の機会だと語ったとされる。
この情報だが、あまりに容易に入手できたため、ワーグマン議長が故意に流した情報ではないかと噂された。
また、ザカライアス卿がワーグマン議長に手を回し、情報を漏洩させたのではないかという憶測も飛んだ。
そのため、ザカライアス卿を敵に回すことは鍛冶師ギルドだけでなく、魔術師ギルドも敵に回る可能性があると考えられ、この情報を入手した各国は即座に支持を表明したと言われている。