作品タイトル不明
第二十五話「想定外の訪問者」
トリア暦三〇一八年四月二十日。
デーゲンハルトたちの武具造りは昨日の夕方に終わった。
ギリギリになったが、満足いくものができたようで、昨日は前祝ということでスコッチを一樽空けている。
一人当たり五リットル弱、ボトルで言えば五本分のウィスキーを飲んでいることになる。普通の人間なら急性アルコール中毒で死ぬレベルだが、ドワーフたちはアルコール中毒とは無縁の種族だ。今朝も元気にビール片手に朝食を摂っており、辛そうな表情の者など一人もいなかった。
まあ、ドワーフが二日酔いになっていたら、そちらの方が驚くかもしれない。
話は変わるが、デーゲンハルトたちは祖父たちの剣と鎧、更には兄のミスリルの剣の仕上げと、一ヶ月という僅かな期間でよく完成させたと思う。アルスのウルリッヒたちはもっと短い期間だったが、今回は初めての試みもあり、想像以上に大変な作業だったはずだ。他人事のように言っているが、俺たちもようやく解放されると密かに安堵している。
今日は総本部や各支部の鍛冶師たちがこの村にやってくる日だ。総本部とアルスで合流した帝都プリムス、傭兵の国フォルティスの鍛冶師たちが一緒に来るのは不思議ではないが、アルス街道の反対から来るペリクリトル、ドクトゥスの鍛冶師たちも今日到着することになっている。
これには理由があった。
本来ならペリクリトルやドクトゥスの鍛冶師たちは三日前に隣町のキルナレックに到着しており、一昨日にはここラスモア村に到着できた。しかし、この村に来てもウェルバーンの鍛冶師たちが必死に仕事をしており、気分よくスコッチが飲めない――武具ができるまでドワーフ流の禁酒、つまりスコッチを飲まないと宣言している――ため、キルナレックで期日である今日まで待機していたらしい。これはギルド職員ジョナサン・ウォーターがウェルバーンの鍛冶師たちに集中して仕事をしてもらうために交渉したそうだ。
相変わらず苦労人だなと思うが、ドワーフたちがよく待っているものだとそちらの方にも感心してしまう。
朝一番に祖父が自警団員三十名を率いて、カウム王国側の国境の町ボグウッドまで出迎えに行く。俺と兄ロッド、更にダンも同行する。
キルナレック側はそれぞれの支部が雇った傭兵が護衛をしているため問題ないが、南から来る総本部の鍛冶師たちはカウム王国の精鋭、黒鋼騎士団五百名に守られていたためだ。
友好国とはいえ完全武装の騎士五百名を受け入れるわけにはいかないため、ラスモア村の自警団が護衛を引き継ぐというのが、主な理由だが、五百名の騎士がラスモア村に入ると人口が一気に倍近くになるため、収容できないという事情もあった。
今回のイベントだが、カウム王国と都市国家連合――商業都市アウレラ、冒険者の街ペリクリトル、学術都市ドクトゥスなどが加盟する連合体――の商人たちの注目を浴び、見学希望が絶えない。百名近いドワーフに加え、総本部、各支部の随行員や護衛で百人以上の人数がそれに加わる。
これだけでもラスモア村の宿屋の収容人数を完全にオーバーしているのに、商人たちまで来られるとお手上げだ。そこでキルナレックに宿泊してもらい、日帰りで来てもらうことにしようとしたのだが、馬車でも片道三時間近く掛かるため、商人たちには非常に不評で、クレームが来ていた。
そこで内政担当の従士、ニコラス・ガーランドと相談し、民家に分宿してもらうことにしたのだが、馬車だけでも二百輌近い数になり、館ヶ丘の学校周辺に馬車を止め、馬は放牧地に放すことで対応しようと考えている。
その商人たちだが、鍛冶師ギルド始まって以来の一大イベントということで、事前にロックハート家に売り込みに来ていた。特に多かったのが、食料品の売り込みだった。各国の珍しい食べ物などで、南はジルソール、西はペリプルス、北はサルトゥースと世界各地の変わった食材を売り込みにきたのだ。それも破格の値段で。
酒も売り込んでくれればいいと思っていたのだが、今回は鍛冶師ギルドが各支部の酒の飲み比べをやるという話が伝わっており、更にはラスモア村の蒸留酒と比較されても宣伝にならないと、あえて勝負してこなかったようだ。
今回売り込みに来た商人たちだが、商業都市アウレラの商人たちではなかった。アウレラ街道が治安悪化によりほぼ封鎖されているためだが、今回は帝国の商人、特にシーウェル侯爵の息が掛かった商人たちが多数来ている。もちろん、ペリクリトルやその北にあるラクス王国の王都フォンスの商人も来ているが、圧倒的に帝国の商人が多かった。
当然のことだが、彼らは鍛冶師ギルドとのコネクションを狙っている。今回は最大のライバル、アウレラの商人がほとんどいない。この機を逃さず、鍛冶師ギルドとのパイプを作っておきたいと考えているようだ。特に今回は総本部の匠合長だけでなく、各国の支部長クラスが多数参加する。少しでも伝手ができればということで、ほとんど赤字という値段を提示してきている。
こちらとしてはイベントが盛り上がると当初は認めるつもりだったのだが、四月に入るとほぼ毎日商人が訪れ、あまりの多さに頭を抱えた。父にしても俺にしてもデーゲンハルトに捕まっており、ただでさえ時間がないところに面談希望が絶えなかったのだ。
そこで“鍛冶師ギルド技能評定会実行委員会”なるものを立ち上げ、その事務局長にジョニーを任命した。最近逞しくなったジョニーは特に狼狽することなく承諾し、精力的に商人たちと交渉を行ってくれている。時々、シャロンがアドバイスをしているようだが、本当に逞しくなったと思う。
今回のイベント会場だが、当初は館ヶ丘の学校をメイン会場に考えていたが、ギルド関係者二百人にほぼ同数の商人が加わり、収容能力的に無理がある。そこで、館ヶ丘の北にある草原を野外会場にすることにした。天幕や椅子などが必要になるが、商人たちが積極的に準備してくれたため、昨日の昼頃にはほぼ準備は完了している。調理場についてはウェルバーンの野外宴会と同じく、俺の魔法でかまどなどを作ることで間に合わせている。
祖父の指揮の下、騎乗した自警団員がボグウッドの町に向け、出発した。
昨日から天候に恵まれ、初夏を思わせるような晴天が広がっている。西の森に入ると木漏れ日が眩しく、遠乗りに出かけるような気分になる。
隣にいるダンも「天気がよくてよかったですね」とリラックスした様子で馬を操っている。普段なら平和な西の森でも警戒を解くことはないのだが、昨日までに魔物はもちろん、商人たちを狙う盗賊がいないか、村の周辺を徹底的に調べていたため、野犬一匹いないはずだ。この掃討作戦により、自警団員はここ数日、ほとんど森に入りっぱなしだった。
それでも自警団員から不平は一切聞かれなかった。今日から三日間は祭と言えるイベントであり、祖父の厳しい訓練もなく、美味い酒が飲み放題というご褒美が待っていたからだ。もちろん、警備に回る者もいるが、三日間のうち一日だけが割り当てられているだけだし、そもそも訓練や森への偵察に比べたら、警備など仕事のうちに入らないと思っているのだ。
長閑な森の中をパカパカという蹄の奏でる軽やかな音を響かせながら、 速歩(トロット) で馬を進めていく。守るべき荷馬車もなく、ボグウッドの町まで二時間ほどで到着した。
ボグウッドの町の手前で止まり、祖父と兄が正門で出迎えに来たことを告げる。既に準備されていたようで、すぐに黒鋼騎士団の将が現れた。
その将は重厚なアルス鋼の鎧を身に纏った三十代半ばの騎士だった。彼は笑みを浮かべながら、「黒鋼騎士団所属のイザドル・ロクスバラ男爵と申します」と言って、祖父に右手を差し出した。
以前トラブルになったグレンジャー伯爵のような傲慢さはなく、髭面の強面ながら温厚そうな瞳が印象的だ。
祖父と兄がそれぞれ挨拶を交わすと、門の中から「久しぶりじゃな!」という懐かしいドラ声が聞こえてきた。
鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーとゲールノート・グレイヴァー、更にはオイゲンやゲオルグといった錚々たる顔ぶれが現れる。
そして、俺の腰辺りを鍛え抜かれた手でバシンと叩いていく。相変わらず、手荒い歓迎だと苦笑するが、「よく来てくれた」と言って握手をしていく。
ドワーフたちと挨拶を交わした後、祖父と兄を紹介し、「ここにいても邪魔になるな。早速出発しよう。準備はできているんだろ?」と尋ねると、ウルリッヒはやや困惑した表情を浮かべ、「いや……」と豪放な彼にしては珍しく口篭る。
俺たちが首を傾げていると、同じように困惑の表情を浮かべたロクスバラ男爵が「実は他にも同行者がおられまして……」と言い辛そうに口を開く。
「同行者とは?」と兄が尋ねると、一台の馬車――鍛冶師ギルドの紋章が入った箱馬車――から、思いもよらぬ人物が現れた。
「ごきげんよう、ザックさん」
その人物は微笑みながらそう言うと、俺の方に近づいてくる。見た目は恰幅の良い商家のご夫人という感じで、華美ではないが仕立ての良い服を着た女性だった。
「王妃殿下、どうして……」と言いながら、俺とダンは片膝を突き、王族への礼を行う。
その行動に祖父は「まさか」と驚き、慌てて俺たちに倣った。兄も同様に慌てて膝を突くが、後ろにいる自警団員はどうしていいのか分からず、立ち尽くしていた。
「あら、今日はただのカティですわよ。お立ちになって」と言われるが、どうすべきか悩んだ末、ウルリッヒに目配せをする。ウルリッヒもどう答えていいのか困っているようで、小さく首を横に振るだけだった。
(何でここにいるんだ? 一国の王妃がお忍びで……まさか、ザックコレクション目当てなのか……いくら何でもそれはないはずだ……)
千々に乱れる心を無理やり抑え付け、何とか立ち上がった。祖父が不敬ではないかという顔をするが、ここは王妃に合わせないと仕方が無いと諦めていた。
「ご無沙汰しております、カティさん」と引き攣った笑みを浮かべて歓迎の挨拶をするが、どうしても一言付け加えてしまう。
「できれば事前に連絡をいただきたかったですね。ウルリッヒも困っていたのでは?」
王妃はペロッと舌を出し、「ごめんなさいね。でも、先に言ったら駄目っていわれるに決まっているでしょ」と悪びれることなく付け加える。
祖父と兄に「立ち上がってください。その格好の方が目立ちますので」と注意し、更にウルリッヒに「どういうことだ」という視線を送っておく。ウルリッヒの回答を待つことなく、ロクスバラ男爵に向き直る。
「この カティ(・・・) さんの護衛はどういたしましょうか? 騎士団の方から何名か来られるのでしょうか」
そう尋ねると、ロクスバラは「ここから先は貴家にお任せいたします。陛下のご裁可も頂いております」と答える。
俺と祖父、兄はどうすべきかという感じで顔を見合わせるが、祖父はお前が考えろというように小さく頷いてきた。
(一国の王妃に何かあったら……何も起こらないとは思うが、万が一を考えると……)
「当家ではカティさんの安全を保証しかねます。大変申し訳ございませんが、ロックハート領への立ち入りについてはお断りいたします」
俺は王妃カトリーナのラスモア村訪問を断ることにした。そもそも正式な外交ルートを通じないで、一国の王妃が他国を訪問することも問題だが、それを知った上で受け入れることはロックハート家にあらぬ疑いが掛かる。そう考えれば、王妃を受け入れるという選択肢はあり得ない。
王妃は「ど、どうしてもですか……」と泣き真似をしながら、こちらを見つめるが、この王妃様は見た目とは異なり 強(したた) かなので、もう一度「大変申し訳ないことですが」と断りの言葉を繰り返す。
その姿にウルリッヒが同情したのか、「どうしても駄目なのか。二、三日のことじゃろう」と言ってきた。
「こればかりは帝都の裁可が下りない限り認められない。下手をしたら、帝都の上級貴族が変な気を起こすかもしれないからな」
俺が危惧しているのは王妃の安全だけではない。一介の騎士に過ぎないロックハート家が隣国の王妃と懇意にしているとなれば、叛意ありと看做されても申し開きは難しい。
下手をすると、権力抗争に明け暮れている帝都の皇太子や皇子辺りが、鍛冶師ギルドへの影響力ほしさに言いがかりをつけ、領地を召し上げると言いかねない。
いくら遠隔地にあり、名目上の領土とはいえ、ここはカエルム帝国の領土なのだ。領主である父が騎士の爵位など返上すればいいといっても、そんな簡単な話で解決しない。
それに今はルナのことがある。
折角要塞化した館ヶ丘が奪われるだけでなく、信頼できる住民による自警団も失ってしまう。利己的な理由といえなくもないが、少なくともロックハート家が断ることは理に適っている。
そんな話をしていたところ、王妃は安堵の表情を浮かべ、「帝国政府の裁可があればよろしいのですよね」と言ってきた。
俺が何か言う前に、「先日、シーウェル侯爵様を通じて、ラスモア村にカウム王国関係者が訪問することの許可は得ておりますわ。もちろん、軍は入れないという条件で」と言い、帝国の紋章の入った書類を取り出した。
俺はそれを受け取りながら、
「王国関係者……確かにそうですが、今回はお忍び。公式の訪問とは言えないのでは?」
そう主張する俺の言葉をやんわりと遮り、「帝国との取り決めには公式・非公式の区別はございませんわ。私自身が確認しましたから、間違いございません」
「しかし、安全上の理由も……」と言おうとすると、
「それについても問題ありませんわ。帝国は一切の責任を負わないと明記しております。つまり、帝都から何か言われることはありません」
俺はこめかみを押さえながら、この王妃様を侮ってはいけないということを思い出した。
(この王妃様、見た目は八百屋のおばちゃんみたいだが、中身はカウム王国一の政治家だった……これを機に鍛冶師ギルドとのパイプを強めようと国王を説得したんだろうな……ということは……)
「お供の方々は官僚ですか」と小さな声で確認する。
王妃は「さすがはザックさんですね。今回は優秀な若手の官僚が主役ですのよ。以前教えていただいた法律を作るためのね」とにこりと笑う。
昨年の秋、グレンジャー伯爵が発端となったカウム王国政府と鍛冶師ギルドの軋轢に対し、俺はある助言をした。それは鍛冶師ギルドのドワーフたちのために、ある法律を整備し、蒸留酒の品質を世界一にするということだ。
その法律とは蒸留酒の品質維持に関するもので、スコッチ・ウイスキー規則(The Scotch Whisky Regulations)を参考にしたものだ。ようは原材料や製造方法、熟成期間などを明確に規定し、それを遵守させることで品質を維持するという法律だ。
今のところ、ラスモア村以外で蒸留酒は作られていないが、この先、アルスやウェルバーンで蒸留酒が造られていく。更には他の場所でも次々と造られていくはずだ。
今のビールやワインは特に法律で製造法が定められているわけではなく、酒税に関する法律が存在するだけだ。それらは競争相手が多いことから低品質のものは自然淘汰されていく。
しかし、蒸留酒は違う。高い購買力を持つドワーフの鍛冶師に対し、供給力が圧倒的に不足している。つまり、低品質の蒸留酒、蒸留酒と呼べないようなものも含めて流通される可能性が高い。これを防ぐためには鍛冶師ギルドのお膝元アルスで法律の雛形を作ってもらい、それをギルドの支部を通じて各国に広めてもらう方法が手っ取り早いと考えたのだ。
「そういうことでしたら、仕方がありません……おじい様、兄上、この方は鍛冶師ギルドの関係者で“ただ”のカティさんです。そういうことでお願いします」
俺はそう言って祖父たちに頭を下げる。
「マットたちにはきちんと言っておくんじゃぞ」と祖父が釘を刺すものの、仕方が無いという表情で承諾してくれた。
カティ(・・・) に随行する官僚たちは五人。皆若く、今回の責任者であるオットー・エルウェスは僅か二十四歳にして、法律制定の責任者に抜擢されている。後で話を聞いたが、騎士階級の文官でドクトゥスの私塾で法律などを学んだ英才だということだった。
出発前にゴタゴタがあったものの、ウルリッヒらドワーフの鍛冶師たちを乗せた馬車と共にラスモア村に向けて出発した。