作品タイトル不明
第二十四話「剣の完成」
トリア暦三〇一八年四月十日。
カエルム帝国北部の都市、ウェルバーンの鍛冶師たちがラスモア村に来てから二十日が過ぎている。鍛冶師ギルドの支部長であるデーゲンハルト・グラブシュら二十五人の鍛冶師たちは毎日、朝早くから夜中まで 槌(ハンマー) を振り続けている。
村に来た当初は新しい設備に戸惑ったものの、ウェルバーンの鍛冶師の命運を背負った彼らは僅か五日で最新の設備を自らのものにした。村の鍛冶師ベルトラムは炉や燃料の違いを覚え、自らの道具として使いこなすには一流の鍛冶師であっても、通常なら一ヶ月以上掛かると言っている。
特に魔法金属であるアダマンタイトやミスリルなど特殊な金属の見極めは難しく、微妙な温度の違いを目と肌で覚える必要があるため、ドワーフの鍛冶師といえども一朝一夕で体得できるものではないが、気合の入り方が違ったのだろう。
一度感覚を掴んでしまえば一流の鍛冶師らしく、非常に手際の良い仕事を見せてくれた。特にデーゲンハルトの指揮のもと、剣を打つチームと防具を作るチームに分かれ、見事な分業体制で仕事を進めている。防具にいたってはパーツごとに担当を決め、効率化を図っているのだ。
本来、ドワーフの鍛冶師、特に親方クラスが分業で作業を行うことは非常に稀だ。親方の指揮のもと、半人前の弟子たちが作業に加わることはあっても、それは騎士団から発注される規格品のようなものであって、一品物ではありえない。そういったものは親方が一から作り上げていくのが常識だ。
これは親方クラスではやり方が微妙に違うためで、作業を分業化しようとしても、自分のやり方を押し通そうとして揉めることになるからだ。
その親方クラスの鍛冶師たちが自らのプライドを抑え、共同で作業している。これは酒に対する執念というより、ウェルバーンの鍛冶師としての矜持だと思っている。名工として名高いウルリッヒ・ドレクスラーやゲールノート・グレイヴァーの武具を目の当たりにし、自分たちの最高の技術を結集する必要があると考えたのだろう。
更に言えば、デーゲンハルトたちは親方クラスの中でも若手に属し、柔軟な思考を持っていることも理由に挙げられる。頭が固いベテランではいいと思ってもやれなかったはずだ。
もちろん、ザックコレクションの分配量を決めることが理由の一つであることは疑う余地はないが。
祖父と父だが、初日こそ要望を確認するため、朝一番に呼び出され、昼頃まで拘束されたが、それから数日間はデーゲンハルトたちが炉の癖を掴むのに忙しく、呼び出されることはほとんどなかった。
しかし、三月の終わり頃から呼び出される回数が徐々に増え、毎日数時間拘束されていた。二人とも最初は苦笑いを浮かべながらも協力していたが、徐々に拘束される時間が長くなり、仕事に差し障るからもう少し何とかならないかと遠慮気味に抗議したらしい。
それに対しデーゲンハルトたちは「そこを何とか頼む。あと十日我慢してくれんか」と頭を下げてきたそうだ。祖父たちも自分たちの武具を作ってくれていることもあり、強く言えず、今に至っている。
これだけ言うと俺に影響はなさそうに聞こえるが、実を言うと俺が一番影響を受けている。
ラスペード教授の教え子、つまり魔道具や魔法陣の専門家として、武具に施す魔法陣について相談を受けたためだ。
確かに俺はラスペード教授の助手としていろいろと手伝ってはいたが、正式な研究職でもなく、学院を卒業したばかりの若造に過ぎない。それを理由に断ったのだが、「師匠から魔法陣を教えてもらったが、俺たちは基本的には魔法の素人なんだ。すまんが、知恵を貸してくれ」と頭を下げられてしまい、閉口した。
実際、魔法陣の基礎的な知識は一年生の頃から習っていたし、防音の魔道具を作った際にはなりふり構わず教授に教えを請い、様々な知識を得ている。教授に言わせると、俺は学生レベルではなく、研究者、それもかなり上位の研究者に匹敵する知識があるそうだ。
これは前世の知識のおかげもあるのだが、教授以外の研究者より魔法陣の理解度は高いと自分でも思っている。村に戻ってからも空気作動式のポンプなどを作っていることもあり、その点も依頼してきた理由の一つとなっている。
祖父と父の武具がより良くなれば、村の防衛強化につながる。その点からも協力することはやぶさかではないし、鍛冶師の口伝の技を研究できる機会を逃すのは正直惜しい。
そのため了承したのだが、これが思った以上に拘束されてしまったのだ。祖父や父は一日三、四時間程度だったが、俺の場合、複雑な魔法陣を読み解くのに時間が掛かり、朝夕の鍛錬と防御施設の建設の時間以外、深夜まで鍛冶師たちに付き合っていた。そのため、十時間以上工房に篭ることすらあった。
原因としては魔法陣の解析という作業が面白く、自ら進んで付き合っていたためだが、あまりにも帰ってこないため、リディが拗ねてしまったことが誤算だった。あと数日で完成するということで何とか宥めたが、この先もいろいろと約束させられている。
その甲斐もあって武具に刻む魔法陣の知識は増え、祖父たちの武具にも新たな手法で魔法を付与できるようになった。
ちなみにデーゲンハルトが初日に言った“秘策”とは俺を巻き込むことも含まれていたようだ。もちろん、新たなアイディアは持っていたが、言葉ほどその成立性に自信はなかったらしい。
鍛冶師ギルド総本部からの連絡では、四月二十日に匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーを始め、二十名の鍛冶師がラスモア村に到着する予定だ。更にカエルム帝国の帝都プリムスの鍛冶師と、傭兵の国フォルティスの鍛冶師、各十名がアルスで加わり、ドワーフの鍛冶師だけで四十名という大所帯になるらしい。
そのため、今回は傭兵を雇わず、カウム王国の黒鋼騎士団五百名が護衛に付くとのことだ。もちろん、国境を越えることはなく、カウム王国側のボグウッドの町までだ。ボグウッドからはロックハート家が自警団を率いて迎えにいくことになっている。
(国の宝とも言える鍛冶師たちとはいえ、精鋭五百人の正規兵が護衛とは……王国もギルドにいい顔をするのに必死だな……)
更に冒険者の街ペリクリトルと学術都市ドクトゥスの各支部から、四月二十日頃に各十名の鍛冶師が到着することが伝えられていた。
(アルスから二十人、プリムス、フォルティス、ペリクリトル、ドクトゥスから計四十人。それにデーゲンハルトたち二十五人が加わるから、八十五人か。ベルトラムたちを入れたら、九十人以上のドワーフが集まるのか……何もなければいいが……)
そう思ったが、これだけのドワーフが酒絡みで集まるのに、何も起こらないことはありえないとも思っていた。ただ、俺の想定範囲内で収まってくれることだけを願うだけだ。
そんな中、当初の予定から変わったことがあった。
それは商業都市アウレラのギルド支部から不参加の連絡が来たことだ。
このような酒絡みのイベントにドワーフが参加しないということに、最初は耳を疑った。しかし、事情を聞き納得した。
アウレラから参加できなくなった理由、それはアウレラ街道の治安低下だった。
事の発端はカエルム帝国が行うルークス聖王国への侵攻作戦だった。今回の作戦はルークスが行った謀略に対し懲罰的な攻撃を行うというもので、謀略を仕掛けられた北部総督府軍が主力となる。
元々、北部総督府軍の兵力は少なく、常備軍は二万しかない。その二万から侵攻軍として一万五千が出征したため、帝国北部の治安維持部隊が激減する。北部総督であるラズウェル辺境伯は傭兵の国フォルティスから招いた傭兵や市民による義勇兵をもって治安維持に当たることを決め、三月一日に北部総督府軍が出征したものの、帝国北部の治安は維持された。しかし、帝国の版図の外であるアウレラ街道の治安維持にまで気を回す余裕はなかった。
そのため、ドクトゥス以西のアウレラ街道は帝国北部の都市ロークリフ周辺を除き、盗賊たちが跋扈する非常に危険な街道になってしまった。
商人たちにとって更に不幸なことに、戦争による傭兵の需要増加により護衛の確保が困難になったことだ。治安の悪化に加え、護衛自体が減ったため、盗賊たちは易々と商隊を蹂躙できる。その噂が更なる盗賊を招くという悪循環に陥ったのだ。
デーゲンハルトらは治安が悪化する直前に出発したことと、辺境伯が優秀な傭兵を護衛として付けたことから問題は発生しなかったが、後発のアウレラ支部はそのあおりをもろに食らってしまった。
当初、ドワーフたちは「何があろうとラスモア村に行く!」と言って出発を強行しようとしたらしいが、アウレラに入ってくる情報は悲惨なものばかりだった。
百以上の盗賊団、数千人にも及ぶ盗賊たちが跋扈し、それらが共同して商隊を襲う。その結果、三百人規模の傭兵に守られた商隊ですら全滅するという状況にまで陥っていたのだ。
更に未確認ではあるが、ルークスの獣人部隊が暗躍しているという噂もあり、商業ギルドとしてもこれ以上の犠牲を出すわけにはいかないと、街道の安全が確保されるまでは商隊の出発を見合わせるようにという通達を出したほどだ。
アウレラからラスモア村に行くルートはアウレラ街道だけではないが、帝国とルークスの戦争の危機が迫っている状態では安全なルートは限られてくる。通常なら海路を使って帝都プリムスまで行き、そこからカウム王国に入ってアルス街道を北上するルートか、ルークスと帝国の国境近く、モエニア山脈の北側から帝国中央部を横断し、フォルティスに入るルートになる。
一つ目のルートは比較的安全だが日数が掛かり、二つ目のルートは戦場を突っ切る可能性があり、現実的ではない。後は帝国北部に入り、街道とはいえないような村と村を繋ぐようなルートを使う手もあるが、これも案内人がいないと難しく、更に治安が悪化している状態では現実的ではなかった。
この程度の障害でドワーフたちが酒を諦めるのかと思ったが、これらの事情から優秀な親方クラスの鍛冶師を失うことを恐れたギルド職員たちが身を挺して懇願し、涙を飲んで出発を諦めたという噂も聞こえてきている。ある鍛冶師は地面に膝をつき、血の涙を流して悔しがり、その日のギルド支部は慟哭する声が止まなかったという。
ちなみにこれらの情報は商業ギルドの自粛要請を蹴って出発し、全財産を失った商人の生き残りから得た情報らしい。現状ではアウレラ街道はドクトゥス以西で機能しておらず、アウレラやペリクリトルなどで構成される都市国家連合が、サルトゥース-ラクス連合王国内の傭兵団に盗賊討伐依頼を出すことを検討している。
それよりも、鍛冶師ギルド・アウレラ支部が単独で盗賊の討伐依頼を出す可能性の方が高い。資金力に任せて膨大な懸賞金を掛ければ、数が減った傭兵たちも奮起し、盗賊たちを殲滅することは可能だ。いや、ドワーフたちが自らの手で討伐に赴く可能性すらある。
ドワーフに酒絡みで恨まれる。これほど恐ろしいことはないが、盗賊たちはこの事実を知っているのだろうか。
いずれにせよ、ここ数ヶ月は物流が制限され、物価の高騰が起きる可能性があった。
四月十五日になり、祖父たちの剣がほぼ完成した。
ここ数日、デーゲンハルトら鍛冶師たちは徹夜で作業を続けており、さすがにやつれているように見える。しかし、目だけは異様にギラギラとしており、食事を作りに来ている主婦たちがおびえるほどだった。今日は祖父と父だけでなく、兄、それにリディたちも来ている。
俺たちの目の前に、二振りのバスタードソードが置かれている。その剣だが、形こそオーソドックスなバスタードソードだが、一目見ると吸込まれるような錯覚を起こすほど妖しい輝きを見せていた。
色は俺の剣と同じく黒曜石のような硬質の黒色。しかし、木窓から入り込む日の光を受けると、濃い紫色の刃文が映り、誰が見ても業物と分かるほど完成度が高い。 剣柄(ポンメル) には深紅の魔晶石、二級相当の上質な物が嵌め込まれている。
「まずはゴーヴァンの分だ。見ての通りアダマンタイトの剣だ。バランスを確かめてくれんか」
デーゲンハルトがそう言うと、祖父は何も言わずに剣を手に取った。
祖父はそれを手に取ると、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。「これほどの剣を……」と呟き、その美しい 剣身(ブレード) に魅入られていた。
「済まんが、バランスを確かめてくれんか」とデーゲンハルトが繰り返すと、祖父もようやく我に返り、小さく謝罪した後、軽く素振りを行う。
「バランスは今使っておる剣と全く変わらぬ。これほど手に馴染むとは……ベルトラムの剣と言われても疑わぬほどじゃ」
祖父はベルトラムの剣を三十年以上使っている。ベルトラムも祖父の癖や好みを完璧に把握しており、新しく打ち直した剣もそれまでのものと全く同じバランスにしているそうだ。そのため、祖父はそのような感想を持ったようだ。
デーゲンハルトたちは満足げに頷くと、次は父にバランスを確認するように伝える。父も剣を握ると魅入られたようになったが、すぐにバランスを確認し、問題ないことを伝えた。
「では、試し斬りだ」
デーゲンハルトはそう言うと、工房の外に出て行く。外に出ると、そこには麦わらを巻いた直径十センチほどの丸太が立てられていた。地面から三十センチくらいの場所に四方に足が出され、安定させてある。
「これを斬るのか」という祖父の言葉にデーゲンハルトは大きく頷き、「折れも曲がりもせん。安心しろ」と答えた。祖父は僅かに躊躇った後、鍛冶師たちの顔を見て納得したのか、標的である丸太の前に立ち、静かに剣を構えた。
次の瞬間、裂帛の気合と共に剣が真横に振り抜かれた。
堅い木を叩く、カンという音が周囲に響く。それとともに、丸太の上部が斬り飛ばされ、コンコンという硬い音を立てながら転がっていく。
俺たちは誰も声を出せなかった。
脚部に補強がされているとはいえ、地面に突き刺しただけの丸太を斬り飛ばすことは並大抵の腕ではできない。もちろん、剣の切れ味がよくなければ無理だが、縦に繊維が走る丸太を折るのではなく斬ることは難しい。
それ以前に下にしか支点がないため、普通なら丸太が斜めになって力が逃げ、斬ることはできないはずだ。祖父はそれをいとも簡単にやってみせた。その技量に声が出せなかったのだ。
鍛冶師たちはそれほど驚いているようには見えない。祖父も切れ味には驚いたようだが、切れないとは思っていなかったようだ。
数秒後、デーゲンハルトが丸太の切断面を確認するため近づいていった。俺たちも我に返り、丸太の切断面と剣を確かめていく。
切断面はカンナを掛けたようになっていた。
(どうやったら、こんな風に切れるんだ? 押し切るだけじゃ無理だし、引き切るにしても剣の厚みがある……確かに硬化の魔法は強めに掛けてあるが……俺の常識じゃ全く分からないな……)
俺がそんなことを考えていると、デーゲンハルトが祖父に「どうだ?」と感想を求めていた。祖父も「見事なものじゃ。これならばオーガ程度の足なら容易に断ち切れる」と納得の表情を見せていた。
オーガは人間の二倍の身長を持つ魔物だ。大腿骨の太さも倍になるが、実際にはそれ以上の太さになっている。
身長が倍になるということは、体重は二の三乗、つまり八倍になる。一方、面積は二の二乗の四倍にしかならないため、単位面積当たりに掛かる荷重は人間の二倍になり、その分負担が大きくなる。体重六十キロの人間が同じ重量のものを背負っているようなものなのだ。そのため、大型の魔物の骨は太くなり、更に人間の骨より硬くなる。それを断ち切ることは至難の業だ。
更に筋肉も同じようなことがいえる。単位面積当たりに掛かる荷重が二倍になるということは、それだけ筋肉に負担が掛かる。オーガは人間より鈍重に思われがちだが、実際には動きはそれほど遅くない。
つまり、人間より脚の筋力が高いことを示している。当然、筋肉は発達し、太く、更に密になっているから、それを断ち切ることは人間の胴体を輪切りにするより遥かに難しいのだ。
祖父もオーガと戦ったことがあり、当然オーガの脚を断ち切ることの困難さは知っている。その上で“容易に断ち切れる”と言い切った。つまり、それだけの能力を持っている剣であると言っているのだ。
「確かにお前さんの腕ならオーガの足でも充分に斬れるだろうな」と言いながら、デーゲンハルトは 剣身(ブレード) を念入りに確認していく。
「剣にも異常はないな……では、次は魔法を纏わせてもらうか」
そういうと、次の標的に向かった。そこには鈍い黒鉄色の棒があった。直径は五センチほどで、木の枠に嵌め込まれ、檻の一部を取り出したように見える。
祖父が「いくらなんでも鉄の棒は無理じゃろう」と苦い顔をすると、デーゲンハルトは「この程度が斬れん剣ではウルリッヒのものと比べることすらできん」と全く取り合おうとしない。
祖父の懸念を無視し、魔法剣の説明を始める。
「こいつには火属性が付与してある。ザックが魔法陣を試した感じじゃ、相当な火力が出るはずだ。起動方法は……」
祖父は諦めたのか小さく頭を横に振り、デーゲンハルトの説明を聞いていく。
「起動は念じればよい……ザック、お前が説明した方がいいだろう」と俺に話を振ってきた。
突然の振りに驚くものの、魔術師であり、魔法陣の改良を行った俺が説明するほうが合理的だと思い直す。
「起動は灯りの魔道具や着火の魔道具と同じです。 剣柄(ポンメル) の魔晶石に向けて“火よ、出でよ”という感じで念じてください」
祖父自身、俺たちの魔法剣を振ったことはあるが、魔法を纏わせたことはなかった。そのため、「そのように簡単なのか」と一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに標的に向けて構えを取る。
そして、ゆっくりと剣を振り上げると、真っ赤な炎が吹き上がった。長さは剣の一・五倍ほど、二メートル以上の炎が天に向かって伸びていた。
その勢いに祖父は「おお!」と驚きの声を上げる。
「もう少し火を抑えてください。火の色は工房の炉の色を思い出して」と俺が早口で説明すると、祖父は小さく頷き、目を瞑る。
すぐに炎は小さく収まり、それに従い赤い炎がオレンジ色に変わっていく。
「そのくらいで大丈夫です。いつでもどうぞ」と俺が言うと、その直後、祖父は剣を鋭く振り下ろした。そこから先は俺がアルスで試し斬りをした時と同じだった。あまりに簡単に鉄を斬り裂けたため、魔法剣を使う俺たち以外は言葉を失っていた。
祖父は炎を見つめながら、「これほどとは……ザックの剣も凄まじいと思ったが、これも優るとも劣らん」と呟いていた。
この魔法剣だが、ウルリッヒの魔法剣より魔法の効率がいい。これは俺自身が測定したから間違いない。そして、効率がいいだけでなく、威力も上がっている。
前にも話したが、魔法剣は一種の“ステータス”と考えられており、炎や光を纏わせることに意味がある。つまり、魔法の力で切れ味や攻撃力を増すことは考えず、ベースの剣の性能の方が重視されているのだ。
実際、俺のように高温をイメージできれば威力は上がるが、それは使い手の能力に依存しているだけで、剣の能力ではない。
今回はグラブシュ家に伝わる魔法陣だけでなく、他の鍛冶師の魔法陣も分析させてもらっている。普通の魔法陣より小さく、更に複雑な紋様となっており、個々の判別は難しいが、いくつかの魔法陣を分析することで理論は大体理解できた。
魔法剣の起動回路である魔法陣だが、他の魔道具の魔法陣と理論的にはそれほど変わらない。大まかに言うと次のような構成になっている。
精霊の力を集める入力回路、精霊の力を現象に変える変換回路、現象を出現させる出力回路だ。もう少し細かく分ければ、同調回路、周波数変換回路、フィルターなどにも分けられるが、基本的には前述の三つとなる。電気回路を少しでもかじったことがあれば、すぐに増幅回路の基本的な構成に近いことに気付く。
基本的な構成さえ分かれば、どの部分が増幅率を制御し、どの部分が出力を制御するかなどが分かってくる。あとはトライアル・アンド・エラーでパラメータをいじり、最適な出力になるようにすることができる。
ここで役に立ったのが、俺のステータスを見る能力だった。入力となる精霊の力はほぼ一定であるため、バイアスとなる術者の魔力を一定とした上で出力を上げていけばいい。
通常なら感覚に頼るところを俺の場合は数値として見ることができるため、細かな調整が可能だ。逆に言うと、どの部分をいじれば効率が変わるのか、数値で量ることができ、魔法陣のどの部分が重要なのかを知ることができたのだ。
その上で不要な部分、若しくは効率を落としている部分を削ぎ落とし、最大効率になるようにチューニングしていった。更に出力回路部分を研究することで、纏わせる炎の形状、温度分布を変えることが可能になった。
元々、魔法剣は全体に魔法を纏わせる設計になっているが、実際の戦闘では敵にダメージを与えるのは、剣の先端部分がほとんどだ。特に一流の剣術士が剣の根元部分を攻撃に使うことはほとんどない。
そこで剣先側三分の一の出力を上げ、それ以外の部分の出力を極端に落としている。本来は柄側に炎は不要だが、見た目を重視して残しているに過ぎない。
また、形状も剣よりもやや幅広にし、刃部分の炎が効率よく対象に当たるよう調整している。
これらの改良により、剣先部分の出力はウルリッヒの剣より高くなったにも関わらず、魔力消費量は二割ほど減少させることが可能になった。
ただ残念なことに、俺自身が魔法陣を刻むことができない。これは武具に魔法陣を刻むためには、“魔力付与”という特殊な 技能(スキル) が必要なためだ。
このスキルはミスリルやアダマンタイトといった特殊な金属に魔法陣を刻む際に必要な技能であり、これがないと魔法陣を描いても魔法は起動しない。これはミスリルなどの魔法金属は精霊の力の伝導性がよすぎるため、折角魔法陣で集めた精霊の力がミスリルなどを通して拡散してしまうからだ。
原理は未だに解明できていないが、魔力付与の技能により描かれた魔法陣は魔法金属でも普通に起動する。この技能だが、ドワーフの固有スキルらしい。極稀に人間の鍛冶師でも使える者がいるが、ドワーフでも全員が持っているわけではなく、鍛冶師の家系にのみ現れるスキルのようだ。この魔力付与は一流の鍛冶師になるための必須スキルと言われている。
但し、俺も魔法金属以外なら魔法陣は描くことができる。しかし、通常の金属では金属性以外の魔法との相性が悪く、非常に効率が悪くなってしまうため、実用的ではない。もちろん、金属性の魔法は付与できるから、硬化の魔法は俺でも付与できるので、役には立つのだが、キャラクター作成の時に選択しなかったことが悔やまれる。
祖父の魔法剣の試し斬りが終わると、父の試し斬りの番になる。さすがに祖父の標的のような非常識なものではなく、通常の麦わらと木材を組み合せたものだった。
父の剣に付与された魔法も火属性だった。理由は俺とメル、そして兄の魔法剣が光属性であり、攻撃的な属性としては火か光ということで、光に偏らないように火属性にしている。
その兄のミスリルの剣だが、これは今からデーゲンハルトたちと魔法を付与する予定だ。既に光属性の魔法陣が刻まれているが、大きく改造する予定でいる。
父の魔法剣も無事に起動し、試し斬りをしたが、威力の大きさに父は呆然としていた。
「どちらも問題無さそうだな。あとは鎧だが、こっちもあと三日もあれば完成するはずだ。ロッドの魔法剣も完成させてアルスの連中を驚かせてやるぞ」
デーゲンハルトは試し斬りがうまくいったことに高揚し、そう宣言すると、再び工房に戻っていった。残された形の俺たちは顔を見合わせていたが、すぐに「ザックはすぐに来てくれ! ゴーヴァンとマットはまた夕方に来てくれ!」と大声で指示される。再び顔を見合わせるが、俺は仕方なく工房に入っていった。