作品タイトル不明
第二十二話「意外な行動」
デーゲンハルト・グラブシュらウェルバーンの鍛冶師たちを歓迎する宴が始まった。宴会が始まると、ドワーフたちとウェルバーンに行った俺たちザックセクステットの面々が旧交を温めていく。
特に酒豪のベアトリスは秘蔵のエールをドワーフと同じペースで飲み続け、太い虎の尾を振り、ご機嫌になっている。また、ウェルバーンでの生活が長い、兄ロドリックと兄嫁ロザリーはウェルバーンの最新の情報を楽しげに聞いていた。
更に昔、祖父と共にウェルバーンで軍務に就いていたニコラス・ガーランドとヘクター・マーロンの二人は、鍛冶師たちの中に懐かしい顔を見つけたようで、和気藹々といった感じで酒を酌み交わしていた。
言い忘れたが、 驚くべき(・・・・) ことにドワーフたちはスコッチをジョッキ 一杯(・・) に自主規制していた。
滞在中のスコッチはロックハート家が提供する予定でおり、今日は歓迎の宴ということで一人五、六杯は飲むだろうと想定し、クォーター樽――約百二十リットル――を一つ用意していたにも関わらずだ。
ドワーフ一人当たり、スコッチ約五リットル、つまり、フルボトル六本強。この計算の時点で既におかしいのだが、俺たちはドワーフの常識に毒されており、この時は誰もおかしいとは思っていなかった。
それに加え、毎日飲む分もジョッキ一杯分、つまり五日で一樽分、計七樽準備してあった。
しかし、デーゲンハルトは「アルスの連中を納得させるまでは“酒を断つ”」と宣言し、俺たちの勧めを断ったのだ。
最初に聞いた時には聞き間違いだと思った。
ドワーフが目の前に酒があるのに手を出さないということは、飢えた狼が目の前の新鮮な肉に飛びつかないことと同じ、いや、更に根源的な、例えば太陽の光を求める草木が地面の下に枝を伸ばすような、明らかに自然の摂理に逆らった行為なのだ。
しかし、理由を聞いてみると、意外に納得いく話が聞けた。
実を言うと、蒸留酒貯蔵庫の見学と試飲の後、俺たちの武具を見せて欲しいと頼まれ、全員の武具を披露している。その際、「これを超える物を作らねばならんのか……」と呟きながら、穴が空くのではないかと思うほど、俺たちの武具を見ていた。その時のデーゲンハルトたちの真剣かつ悲壮感溢れる目をしていた。それほど強い衝撃を受けたのだ。
特に俺とメルの剣、すなわち、匠合長ウルリッヒ・ドレクスラー作の剣と、メルとベアトリスのゲールノート作のチェインメイルは二十五人のドワーフたちが代わる代わる手にとって眺め、全員が感嘆の溜息を漏らしていた。
「こいつはウルリッヒ、ゲールノートの最高傑作だ……気合を入れなおさねばならん……」というデーゲンハルトの呟きに全員が頷いていたのが、印象的だった。
つまり、彼らが“酒断ち”を宣言した理由は“職人としての矜持”なのだ。
世界最高峰の職人が最高傑作を作った。そして、自分たちはそれを超えなければならない。普通の感覚なら諦めるところだが、職人魂の塊であるドワーフたちに諦めるという選択肢はなかった。ただ、彼らの闘志に火をつけ、超えてみせるという強い意志が“酒を断つ”という行動に赴かせたのだ。
これが俺の解釈だが、単に“酒=ザックコレクション”のために闘志を燃やしているのかもしれない。
厳密に言えば酒を完全に断つわけではない。
今日もスコッチジョッキ一杯、つまりボトル一本分に加え、エールやビール、ワインは浴びるように飲んでいる。
更に明日以降も“スコッチ以外の酒”は普通に飲む。それを“酒を断つ”というのはおかしなことだが、スコッチが手の届くところにあるのにドワーフが飲まない。
彼ら(ドワーフ) 基準では充分に酒を断っていることになる。彼らにとって、これ以上に強い決意表明はあり得ない。
デーゲンハルトは「今日の分は最後に技能評定会が終わった後の余興で、今日からの分を出してくれるとありがたい。そうすれば浴びるように飲めるからな」と付け加えた。
終わった後に飲むという言葉に思わず笑みが零れるが、それ以上に分からないことがあった。それは父も同じようで、「余興?」と首を傾げ、俺に「聞いているか」と尋ねてきた。
俺が「いえ、何も」と答える。
すると、ジョナサン・ウォーターが突然立ち上がった。そして、父と俺を見ながら、「実を言いますと、評定会の余興としまして、各国の銘酒の飲み比べを企画しております」と言ってきた。
俺たちが唖然としていると、「もちろん、その準備要員、料理人は私の方で手配しております」と付け加える。
あまりの手際の良さに俺はこめかみを押さえながら、「ウルリッヒの、いや、匠合長の許可は出ているのか」と尋ねた。
ジョニーは真面目な表情で「既に匠合長の承認は頂いております。各国の支部にも通達済みです」と答えた後、深々と頭を下げ、「鍛冶師ギルドで取り仕切るため、お伝えするのを失念しておりました。大変申し訳ございませんでした」と謝罪する。
父は困惑した表情を浮かべながらも、「ギルドが開くのであれば、気にはせぬが……」と認めるが、「大丈夫なのか」と小さく呟くのが聞こえてきた。何が大丈夫なのか聞く気が起きなかったので聞かなかったが、俺自身、あまり良い未来が見えず、“大丈夫なのか”と心の中で呟いていた。
ロックハート家との交流が一段落すると、自然とウェルバーン出身の鍛冶師、クルトとドリス、アルスから蒸留器の製造を学びに来ているハインツとマルクの話題に移っていく。
クルトはデーゲンハルトの息子で今年三十四歳になる。彼はここラスモア村に蒸留器の製造を学ぶため、ベルトラムに弟子入りした。ドリスも同様に、蒸留器の製造を学ぶために弟子入りしている。
ベルトラムの話では、クルトはデーゲンハルトの指導を受けていたこともあり、鍛冶師としての素養が高く、既に蒸留器の製造をほぼマスターしているそうだ。今はスコットら蒸留職人たちと蒸留器の更なる改善に取り組んでいる。
ドリスの方はまだ二十一歳と若く、クルトほど 基礎(ベース) が出来ていないこともあり、金属加工の基本的なところから学んでいる。もちろん、ドワーフということで普通の鍛冶師の見習いより遥かに腕は良く、武具の補修も任されている。
アルスから来ているハインツとマルクは共に四十代前半で、見た目だけなら充分に親方クラスという立派な髭を蓄えた鍛冶師だ。ギルド総本部のお膝元から来た中堅クラスということで、既に一流の腕を持ち、普段はベルトラムが必ず担当する、祖父の武器の手入れを任されているほどだ。
この二人だが、非常に高い競争率を勝ち抜いて、ここラスモア村に派遣されている。ジョニーから聞いた話では、三十代から五十代の中堅クラスの鍛冶師を対象にラスモア村行きの希望者を募ったところ、近隣の都市を含め、五百人以上の鍛冶師が手を上げたらしい。
その二百五十倍という狭き門の選考方法だが、至ってシンプルだった。蒸留器の製造は薄い銅板を加工する必要があるため、その加工技術を競ったのだ。もちろん、題材は蒸留器ではなく、 全身鎧(フルプレートアーマー) で、それをアルスの銅板を巧みに加工し、仕上げる腕を競った。
審判役はベテランの防具職人たちで、伝説の防具職人ゲールノートを始め、俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトック、リディとダンの防具を作ったウード・レーヴェンガルト、シャロンの防具を作ったリュック・ブロイッヒなど、世界に名を知られた職人たちが何一つ見逃すものかと、目を皿のようにして審査を行ったのだ。
その時の様子をハインツに聞いたことがあるが、彼の答えは「ゲールノート師が若手の作った物をあれほど真剣に見たというのは、初めてだと思う。俺の作品のところで独り言を言うんだが、気になって仕方がなかった……」と手振りを交えて教えてくれた。
普段、ドワーフの鍛冶師たちは弟子の作った物に何か言うことはほとんどない。技は“盗む”ものという職人気質がそうさせるのだが、この時ばかりは一切の妥協なく、入念なチェックを行ったらしい。
理由は聞かなくても分かるから聞いていないが、あの豪放なゲールノートが目を皿にして細かくチェックしている姿を想像すると笑いが込み上げてくるが、チェックされた方は堪ったものではなかったようだ。
言い忘れたが、中堅クラスに限定されているのは親方クラスが参加すると、明確な優劣が付けられないためで、匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーが三百人の親方たちの参加を制限したという話だ。
その時の話をマルクから聞いたが、「俺が聞いた話だと、匠合長は“制限を加えねば、血の雨が降る”と言ったそうだ。確かに親方連中が手を上げたら、決めるために一月や二月では効かんだろうな」ということだった。
ちなみに彼らの 競技会(コンペ) は募集から審査まで僅か一ヶ月だった。その短期間で普段防具には使わない銅という素材で全身鎧を作った腕と根性、いや、酒に対する執念は尋常ではない。
これも聞かなくても分かっていることだが、五百人もの鍛冶師が応募した理由はラスモア村でスコッチが飲めるということだった。今のアルスでは親方連中しかスコッチが飲めないため、ここにくれば自分たちでもスコッチが飲めるだろうと応募したのだ。もちろん、新しい技術に対する好奇心があったことは間違いないだろう。それが極々僅かだったとしても。
この四人は二年間の修業の後、それぞれの街に戻っていく。彼らの一年ほど後に修行を終えた蒸留職人たちを迎え入れるためだが、この四人がそれぞれの都市の蒸留酒造りの鍵を握っていると言っても過言ではない。
蒸留器自体はシンプルな構造の釜だが、熱の伝導や蒸気の 漏れ(リーク) など、蒸留器の出来次第では蒸留酒の品質に大きな差が出る。
ラスモア村に近ければ、蒸留器造りの第一人者、ベルトラムの助けを借りられるが、数百キロ離れた場所では頼りになるのは自分たちだけだ。
四人もそのことを充分に理解しており、武具の手入れの合間を見つけて、蒸留所を訪れ、蒸留の基本を学びつつ、職人たちと意見交換を行っている。
デーゲンハルトらの関心もそこに集中し、「どうなんだ。 蒸留器(ポットスチル) はできそうか」と息子に詰め寄る姿も見られた。他の鍛冶師たちもクルトとドリスを囲み、見込みを聞いていく。
父親や大先輩を前にして、クルトも答え辛いのか、引き攣った顔で「大丈夫だ。必ず憶えて帰る」というので精一杯のようだ。あまりに不憫なので助け舟を出す。
「クルトもドリスもいいセンスをしているよ。スコッチの味にどう影響するか、スコットたちに聞いているからな。蒸留器の形ごとにどんな味になるか、どこをどう変えると味に影響するかをしっかりと覚えている」
俺がそう言うと「ということは、こいつらは毎日スコッチを飲んでいるのか……」とデーゲンハルトが唸る。どうやら俺の言い方が悪く、スコッチの味をみるという方に意識が行ってしまったらしい。
俺は苦笑しながら、「明日にでも見てもらうが、蒸留器の形は随分違うんだ。それぞれの特徴を憶えないと美味い酒は作れない。これは俺が保証するよ」と言うと、「ザックがそういうなら必要なことなんだろうな」と一応納得してくれた。
「こんな修行なら俺もやりたかったな」と小さく呟く声を俺は聞き逃さなかった。
宴が始まって一時間もすると、陽気な歌声が集会室を包み始める。ウェルバーンでも聞いた乾杯の歌だが、三十人くらいのドワーフが力一杯歌うため、耳が痛くなるほどだ。それでも陽気な方が俺も楽しいので特に気にならない。
歌が終わり、再び会話が始まった。
俺は気になっていたことをデーゲンハルトに聞いてみた。それは祖父と父の武具がどんなものかということだ。
デーゲンハルトたちも一流の腕を持った鍛冶師だ。それでもアルスにいる伝説級の鍛冶師たち、剣のウルリッヒ、防具のゲールノートらにはどうしても及ばない。
「祖父も父もバスタードで決まりだが、素材は兄上の剣と同じでミスリルなのか?」と聞くと、デーゲンハルトは 頭(かぶり) を振って、「今回はアダマンタイトだ」と言い、「うちの工房で形だけは作ってきたが、作り直しだ。この工房の炉を使わねば、ウルリッヒの足元にも及ばん」と答える。
アダマンタイトは非常に硬い金属で融点も高く、加工には専用の炉が必要になる。しかし、アダマンタイトという素材は総本部のあるアルス以外では滅多に使われることはなく、大都市ウェルバーンであっても専用の炉はない。今回は支部長デーゲンハルトの工房の炉を改造して、何とか加工を行ったそうだ。
「お前やメルの剣には三つの属性が付与されておる。今の俺の腕じゃ、二属性が限界だ……だが、俺には秘策がある」
全世界を見ても 現在(・・) 一つの武具に三つの属性を付与できるのは、ウルリッヒとゲールノートだけと言われている。もちろん、魔道具であれば四つの属性を組み合わせた物もあるのだが、武器という構造上の制約から、魔法の起動に必要な魔晶石を多数取り付けることは難しい。
二級相当以上の魔物から採れる高品質の魔晶石を使い、さらに特殊な魔法陣を描くことによって、それを可能にしている。ゲールノートのチェインメイルも首の部分がプレートになっており、そこに魔晶石がはめ込まれ、魔法陣が描かれている。
「秘策? どんな秘策なんだ?」と俺が尋ねると、デーゲンハルトはニヤリと笑い、「グラブシュ家に伝わる魔法陣にちょっとした工夫をするのだ」と言うだけで、明確には教えてくれなかった。
ドワーフの鍛冶師は師匠から弟子に口伝で技を伝えられる。特に付与魔法については秘技に属するため、一人前となり独立するまで教えられないらしい。
鍛冶師たちの使う魔法陣は魔道具の権威リオネル・ラスペード教授ですら判読が難しいほど複雑で、俺も自分の剣の魔法陣を見ているが、未だに意味が分からない部分が多い。
理屈上はシンプルな魔法陣でも機能するはずだが、出力を上げたり、他の属性との干渉を防いだりと複雑な機能を加えていることが解明できない原因だ。
デーゲンハルト自身、 まだ(・・) 八十歳を超えたところであり、総本部の親方クラスと比較すると若手といってもいい年齢だ。また、ウェルバーンという土地柄、騎士団の標準装備の製造の方が多く、魔法剣の製造はあまり行っていない。
つまり、経験的にはアルスの親方クラスの中では下位に属するだろう。その彼がどのような“秘策”を考えたのか気になるが、そのうち分かるので、「楽しみにしているよ」と答え、無理に聞き出そうとはしなかった。
そんな話をしていたが、宴の開始から二時間が経とうというところで、デーゲンハルトが立ち上がった。俺たちロックハート家の面々が疑問を感じていると、突然挨拶を始めた。
「ゴーヴァン、マット。今日は歓迎の宴を開いてくれ、感謝する」と頭を下げた。そして、俺とスコットに向かって「ザックコレクション、美味かったぞ」と手を上げる。
「済まんが、今日の宴はこれでお開きにさせてもらいたい! 明日からの仕事に支障が出るからな!」と宣言すると、祖父に向かって「折角の歓迎の宴だが、俺たちはこれで引き上げさせてもらう」と頭を下げる。
俺は驚きを隠せなかった。まだ、宵の口でありドワーフたちにしては少量しか酒を飲んでいなかったのだ。もちろん少量といっても彼ら基準であり、エールの樽が一つ、空になっているが。
驚いたことに明日予定されていた蒸留所の見学も「すべてが終わってからだ。それまでは全身全霊をもって剣を打つ」と言って断ってきた。
更に「済まんが、ゴーヴァンとマットは日に何度か顔を出してもらいたい。もちろん、仕事の合間でいい。時間もそれほど掛からんはずだ」ともう一度頭を下げた。それにあわせるよう、他のドワーフたちも頭を下げる。
祖父は「自警団の訓練の合間でよければ顔は出すが……」と答え、父も同じように執務の間でよければという条件付で了承した。
ただ、二人の顔には困惑にも似た表情が浮かんでいた。宴会を早々に切り上げるほどのやる気を見せているドワーフたちから嫌な予感がしているのだろう。
恐らく、その予感は正しい。アルスではウルリッヒら名工が、ザックコレクションの礼ということで数日間徹夜をしている。今回はそれ以上にモチベーションが上がる理由があるのだ。当然、完璧を目指すから、祖父と父は拘束され続けるだろう。しかし、ドワーフの酒に対する執念を考えれば、祖父たちに断るという選択肢は無い。
俺は心の中で祖父たちに同情していた。
(じい様も父上もドワーフの酒への執着って奴を体感するんだろうな。大変だろうが、今回、幸いなことに俺は無関係だ。酒の飲み比べと聞いた時には嫌な予感がしたが、ジョニーが仕切ってくれているし、デーゲンハルトたちが来たが、俺の生活はそれほど変わらないだろう。まあ、ウルリッヒたちが来たら話は違うんだろうが、一ヶ月ほどはのんびりできるだろう……)