軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話「新工房」

トリア暦三〇一七年三月二十一日の夕方。

デーゲンハルト・グラブシュらウェルバーンの鍛冶師たちを歓迎する宴が始まろうとしていた。場所は新たに作られた工房で、そのお披露目も兼ねている。

父や祖父を始め、ロックハート家の主だった者がこの場に来ていた。もちろん、緊急時を想定し、従士頭のウォルト・ヴァッセルは屋敷に残っているが、それでも内政担当のニコラス・ガーランドを始め、ほとんどの従士たちがウェルバーンで主君を救ってくれた鍛冶師たちに敬意を表するため、やってきている。

この工房だが、信じられないくらいの設備が整っていた。

まず、大きさだが、工房部分だけでもロックハート家の屋敷より大きい。いや、遥かに大きい。

平屋の木造家屋――一部は屋根裏部屋のようになっており、打合せなどに使える会議室になっている――で、真っ白な漆喰と黒塗りの柱、黒いスレート屋根が重厚な鍛冶工房の雰囲気を醸し出している。

更に特徴的なのは大きな扉や窓が多く取り付けてあることだ。

工房内では高温の炉を使うことから、そのような作りになっているのだが、魔道具を使った換気扇まで備え付けられていることに、初めて見た時は驚きを隠せなかった。

中には特殊な金属の加工も可能な最新型の炉――大型の炉が一つと小型の炉が複数――あり、更に作業台として頑丈な木製のテーブルと壁には 物入れ(ロッカー) が多数並んでいる。その中には精密な加工が施せるアダマンタイト製の工具類が収められているそうだ。

大型の炉の横には蒸留器用の大型加工設備――揚重設備や鉄製の加工台など――が並び、鍛冶師ギルドのお膝元、カウム王国の王都アルスですら、これほど設備が整った工房はないと建設に携わった職人たちが言っていたほどだ。

用意されている素材も凄かった。

カウム王国が誇る高品位鋼“アルス鋼”はもちろん、高価なミスリルのインゴットがいくつも積み上げられ、更には希少な魔法金属アダマンタイトまで用意されていた。

しかも、ここに保管している素材は予備に過ぎなかった。祖父たちの武具の素材は事前にウェルバーンに送られており、ある程度の加工は済ませてあるそうで、それが収められた木箱が多数積み上げられている。

更に使用する燃料が圧巻だった。

この村では石炭か木炭を使っているが、アルスから送られてきた炭はコークスだった。ただのコークス――石炭を蒸し焼きにして炭素だけを取り出したもの――なら驚くには当たらないが、このコークスは炉で作った物を、更に土属性魔法によって不純物を取り除いた高品質の物だった。

非常に高価なものだそうだが、発熱量が大きく、アダマンタイトなどの特殊な加工を施す時に使用するものらしい。もちろん、専用の特殊な炉も用意されている。

付帯施設もまた、この村には釣り合わないものだった。

工房の横に木造三階建ての宿泊棟が建てられており、一階が集会室兼食堂で、その横に大型の調理場が設置されている。二、三階部分が居室になっており五十人が一度に宿泊できる。

当然(・・) のことだが、“酒樽”専用の大型倉庫が併設されている。こちらも平屋建ての倉庫だが、灰色の石で造られた重厚なもので、館ヶ丘にある蒸留酒貯蔵庫の縮小版といった感じだ。中には五十樽近い数の麦酒や葡萄酒の樽が並んでいる。すべてデーゲンハルトたちが持ち込んだものだ。

この倉庫だが、当初の計画の五倍以上の大きさになっているそうだ。大型のバット樽――五百リットルほど入るワイン用の樽――でも百個近く保管できる大きさで、シャロンの提案でドワーフたちが酒を持ち込むことになり、急遽設計を変更したらしい。

この話はつい最近聞いたので、詳しいことは知らないが、この“酒庫”は宿泊棟より金も時間も掛かっているそうだ。設計変更の関係もあり、つい先日完成し、俺自身初めて中を見た。

(やはりこうなったか。ジョニーはドワーフたちのために全力を尽くすからな……しかし、これほどの倉庫がいるのか? いくらドワーフが大勢押しかけるといっても、ほんの短い期間だけだ。何かもったいない気がするな……シャロンに何か考えが……いや、そんなことはないはずだ。単にこの期間に必要だからだろう……)

中を見ながらそんなことを考えていた。横にいたシャロンが「何か気になることでもありましたか?」と尋ねてきたので、「特に何もないよ」と答えておいた。どうやら、知らず知らずのうちに独り言を言っていたようだ。

そして、今俺たちがいるのは宿泊棟の集会室だ。

この集会室も百人近くが一度に集まれる大きなものだ。広さ的には学校の教室を三つほど合わせた大きさで、幅二十メートル、奥行き十メートルほどある。

この集会室ももったいないと思っていた。

鍛冶師ギルドの職員ジョナサン・ウォーターの説明では、この宿泊棟も隣の工房も蒸留器の製造技術を学ぶ鍛冶師たちのための施設ということだが、教えるのはラスモア村の鍛冶師ベルトラムだけであり、一度に教えられるのは精々十人程度のはずだ。

そう考えれば、この四分の一の規模でも充分過ぎる。表向きの理由はともかく、明らかに四月に行われる技能評定会――つい先日、鍛冶師ギルド総本部から正式に開催の通知が届いている――を想定したもので間違いない。

(やはり 最低(・・) 百人はドワーフが来るってことなんだな……ここに五十人が泊まれば、あとは村にある三軒の宿屋で残りの五十人は泊まれる……)

ここラスモア村には現在三軒の宿屋兼酒場がある。一軒は昔からある 黒池(ブラックラフ) 亭だが、他の二軒は 蒸留酒定期便(スコッチライナー) が村を訪れるようになってからできたものだ。名は 蒸留釜(ポットスチル) 亭と 酒樽(カスク) 亭。

この村らしい名前だが、村の中心部に建てられた木造二階建ての宿で、酒と料理で競い合い、現在では村人たち、特に自警団員の憩いの場になっている。

この三軒の宿屋の収容人数は合計百人ほどだから、宿泊棟に泊まれない五十人の鍛冶師にそれぞれの支部から来る職員を合わせても、宿泊は可能だろう。

宴の準備は粛々と進められ、ザックコレクションの入ったボトルが登場した。その瞬間、ドワーフたちの間に緊張が走る。本能的にあれが長期熟成酒だと感じ取ったのだろう。それまで雑談の声がざわざわと響いていたが、一瞬にして静けさが集会室を支配した。

(ここで“十一年物”の披露をしたら、どうなるんだろう……)

今回の 技能評定会(イベント) ではロックハート家から歓迎と感謝の気持ちを表すため、“この世界最古のスコッチ”、すなわち、三〇〇六年物のスコッチを振舞う予定でいる。

味は確認しているが、翌年の三〇〇七年ものに比べ雑味が多く、俺としては納得行く酒ではない。あくまで 余興(・・) として、非売品であり、“ここでしか飲めない”世界最古の蒸留酒の試飲を行うことにしている。

このイベントの目的としては、スコッチは寝かせれば寝かせたほどうまくなるという認識が広まることを防ぐというものがある。実際、十年程度なら寝かせた方が美味くなることが多いのだが、そんな単純なものでないことを、“最大の顧客”であるドワーフたちに認識してもらおうと思っている。

これはシーウェルワインの熟成とも関係している。

前の世界でも、インターネットで情報が氾濫しているにも関わらず、赤ワインは寝かせれば寝かせただけ美味くなると思っている人が結構いた。

実際には葡萄の品種、その時の出来、更には作り方で熟成の最高点は決まっている。

三十年寝かせたワインより、十年程度のワインの方がバランスがよく、味わい深いということは珍しいことではない。但し、値段については同じワインなら希少性の観点から古い方が高くなることが多いが、味が価格に比例するとは限らないのだ。

もちろん、高い分、美味いと思わないと損をした気になるから、美味いと言いたくなる気持ちはよく分かるが。

同じようなことがウィスキーにも言える。

三十年、四十年と寝かせたスコッチやコニャックが必ずしも美味いとは限らない。確かに絶品と言えるスコッチは三十五年から四十年熟成のものに多いが、ヘタってしまうものもないわけではない。

個人的には二十年から三十年くらい、もっとはっきり言えば二十三年から二十五年くらいのシングルモルトウィスキーが好みだった。シングルカスク――別の樽のウィスキーを加えていないもの――、特にカスクストレングス――シングルカスクのウィスキーで加水していないもの、つまり、何も手を加えずボトリングした樽出しのウィスキー――の当たりの物は別だが。

話が長くなったが、熟成が“最上”という常識を作りたくないのだ。

(そう思っても、金持ちが買い占めたりして、長期熟成が持て囃されるんだろうな……)

もちろん、今日の歓迎の宴では三〇〇六年物は出さず、三〇〇七年物のザックコレクションが振舞われる。

ウェルバーンのドワーフたちは未だにザックコレクションを口にしたことがないため、これだけでも充分喜んでくれている。まだ始まっていないのに、涙を流してザックコレクションが入っているクリスタルガラスのボトルを見つめているドワーフがいるほどだ。

さすがにアルスの総本部のように三百人が見つめ続ける異様さはないが、父の歓迎の挨拶の時もボトルを見続け、更には自分たちの代表であるデーゲンハルトの言葉すら耳に入っていないようだ。

もちろん、挨拶を返しているデーゲンハルト本人も気が気でないようで、いつものどっしりとした感じがない。

(ドワーフを相手にする時は最初に飲ませてからの方がいいな……)

一応、父にはザックコレクションの試飲の後に、挨拶をした方がいいと提案していたのだが、アルスでの出来事を見ていない父は「いくらなんでも、それでは礼を失している」と取り合わなかった。しかし、今はその考えを改めているようだ。父の表情が呆然としたものになっているから、きっとそのはずだ。

祖父もそのことに気付いたのか、俺に「お前が仕切れ」と小声で命じてきた。小さく頷くことで了承を伝えると、立ち上がって「それではザックコレクションの試飲を行います」と宣言する。

アルスでも行ったようにクリスタル製のテイスティンググラスを用意してあり、それにリディたちがザックコレクションを注いでいく。

ここから先はアルスの総本部の出来事を規模を縮小して再現しただけで、特筆すべきことはない。俺たち以外のロックハート家関係者が驚愕の表情を浮かべており、剛毅な祖父ですら普段は見せない呆けた表情を浮かべていた。それが印象に残った程度で、つまり、特に問題は発生していないということだ。

ザックコレクションの試飲、すなわち“儀式”――一種のトランス状態とも言える状態になり、言うがままにグラスを傾け、最後に叫ぶという作法(?)――が終わると、ようやくドワーフたちの表情に普段の陽気さが戻ってくる。

祖父が「今回は遠いところをわざわざ済まぬな」と声を掛けると、デーゲンハルトは「なあに、こっちが押しかけてきたんだ。気にするな」とグラス――三年物のスコッチに変わっている――を掲げる。

しかし、ザックコレクションの入っていたボトルがデーゲンハルトの目に入ると、「こいつを手に入れるためなら、死ぬ気で剣を打たねばならん」と力強く宣言する。

その時の目は笑っておらず、祖父が思わず「無理をする必要はないぞ。お前が作る武具なら最高のものじゃろう。儂にはそれで充分じゃ」と口にするが、「そうはいかん。納得できるものを必ず作る。ザックコレクションの配分が掛かっておるからな」と更に闘志を燃やしていた。他のドワーフたちも「その通りじゃ!」と賛同する。

きっと、納得するまでハンマーを振り続けるのだろう。

祖父は何ともいえない表情で小さく首を横に振り、俺に向かって目で何かを伝えようとしていた。言葉にはしていないが、俺が語ったアルスでの出来事が理解でき、そのことを伝えようとしたのだろう。

ベルトラムが会話に加わり、「美味い酒だ」とジョッキをあおる。そのジョッキの中身だが、今日はスコッチではなく、ウェルバーンのエールが入っている。数十年ぶりに昔住んでいた土地の地酒が飲めると嬉しそうだった。

その満面の笑みにドワーフたちから「お前さんはいい。スコッチが飲み放題なんだからな」とやっかみにも似た声が掛かる。

言葉ほど嫌味はなく、本気でうらやましそうな表情をしていることから、俺たちも思わずつられて笑ってしまう。

「俺も飲み放題ってわけじゃないぞ。なあ、ザック」とベルトラムが心外そうな顔で俺に話を振ってくる。

「ああ、ベルトラムの飲み代は自警団の武具のメンテナンス代と蒸留器の加工費だ。大体一日ジョッキ一杯ってところだ。まあ、それでもアルスの鍛冶師たちより多いがな」

俺の言葉に二十五人のドワーフが一斉に「いつでも替わってやるぞ!」と言い、更に「ベルトラム一人じゃ、大変だろう。何なら儂が……」と言ってくる。

正直なところ、鍛冶師は足りていない。この村には二百五十人分の武具に、新たに百基以上の 弩(いしゆみ) が加わり、ベルトラムと彼の妻ミーナ、ウェルバーンから来ている弟子のクルトとドリス、アルスから来ている弟子のハインツとマルクの六人は武具のメンテナンスを毎日暗くなるまで行っている。

しかし、そのことを言うと本気でこの村にドワーフが溢れる気がするため、口にできないでいる。

不思議なことだが、ドワーフの鍛冶師がここラスモア村に突然現れることはない。冒険者は元々ここにはいないし、傭兵は街道から離れないため、ドワーフがこの村を訪れることは非常に珍しいのだ。

そのことを以前ベルトラムに聞いたことがある。鍛冶師については招聘されるか、ギルドから推薦されるかしない限り、ドワーフの鍛冶師がいる町や村に勝手に行くことはないそうだ。

これは紳士協定というか、仁義のようなもので、無用なトラブルを防ぐための知恵らしい。

その場所が気に入らないドワーフの鍛冶師がその土地を離れた場合は、一旦、総本部か大きな支部に行き、そこで工房を立ち上げるか、どこかで働くかを選択する。大きな街なら需要は充分にあり、問題は発生しないからだ。そして、空いた土地には総本部や近くの支部で募集を行い、応募があれば派遣されることになる。

ここでいう問題というのは主に酒絡みのことだ。

美味い酒があるからとドワーフたちが集まると、当然、その場所の酒が飲み尽くされてしまう。そうなれば、美味い酒を飲みたい人々が飲めなくなる。

酒飲み(ドワーフ) の仁義として、そのようなことが起きないように自主規制を行っているのだ。