軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十八話「偵察拠点」

トリア暦三〇一八年三月十五日。

東の森からアクィラ山脈の麓にかけて偵察に出ている。朝早く出発して、午前十時頃に村の北東にあるシーリン湖に到着していた。到着と共に飢えた雪狼に襲われたが、難なく殲滅した。

狼の死体を回収したが、飛び散った血の臭いが強く、その場を離れることにした。

充分に離れたところで、メルが「さっきの魔法、凄かったですね」と楽しそうに話しかけてきた。雪狼との戦闘で使った 多弾(マルチプルガイデッド) の 光矢(シャイニングアロー) の魔法のことだった。

ダンも「十本の光の矢をいっぺんにでしたからね。ザック様の魔法を見るたびに思いますよ。これをみんなが使えたら、弓術士は要らなくなるって」と笑う。マークが「本当にそう思います」と真剣な表情で同意していた。

「あれが使えるのは俺だけだ。シャロンですら同じような魔法が作れなかったんだ」と笑いながら言い、すぐに真面目な表情に切り替え、「それに弓術士は 戦(いくさ) の要だぞ」と付け加える。

この世界の戦争では弓術士の活躍の場は篭城戦くらいしかない。前にも言ったが、戦術が発達していない上に騎兵の割合が高いことから、防御力の低い弓兵はあっという間に蹂躙されてしまう。

しかし、地球の歴史を見れば分かるように、銃器が登場するまで、弓は戦争の主役だった。飛び道具という括りで見れば、銃も弓も遠距離から一方的に攻撃ができる点で同じだ。長弓や 弩(いしゆみ) ですら、決定力に欠けるが、敵に致命傷を与える必要はない。

敵の戦闘力を削り、自らの戦闘力を温存するという点では、飛び道具に勝るものは少ない。

館ヶ丘での戦闘を想定すると、接近戦での戦闘より、防壁の上から弓矢で攻撃し続けるシチュエーションになる可能性が高い。弩の大量導入を考えているが、クレシーの戦い――イングランドの長弓兵がフランスの弩弓兵と重装騎兵を破った有名な戦い――の例を見るまでもなく、優秀な弓術士による連射は弩以上に効果的に戦果を上げられるはずだ。

言ったダンにしてもそのことは分かっており、あくまで笑い話のネタにしているだけなのだが、俺が弓や 弩(いしゆみ) を重視していることを、弓術士のホープであるマークに対し、きちんと言っておきたかったのだ。

シーリン湖から東に進むとアクィラ山脈の山麓に入っていく。まだ、勾配は厳しくないが、明らかに山に入ったと分かる。そして、この辺りから危険な魔物が多く出没し始める。特に雪解けが始まったこの時期は飢えた魔物が麓付近まで下りてくるため、油断は出来ない。

俺はダンに「悪いが先行してくれ」と頼み、メルには「極力戦闘は避けるつもりでいてくれ」と念を押しておく。元々、今回の目的は哨戒活動と拠点の設置場所の調査であり、魔物の排除ではない。メルは「分かりました」と言って、大きく頷く。

山に入ると更に歩きにくくなる。雪解け水が作る小さな谷や崩落した崖などが現れるため、その都度避けていかなければならない。

幸い、午前中は比較的弱い魔物が散発的に襲ってくるだけで、ダンがほとんど一人で捌いていく。

正午頃、見晴らしのいい尾根で昼食を摂った。村からは七、八キロほど東に行った場所で、標高は村を基準にすると百メートルほどといったところだ。西の方を見ると、東の森が続き、村の丘や畑がはっきりと見える。さすがに森の中までは見通せないが、アーン川――村の北側を流れる川――やウッドフォード川――村の南にある黒池に流れ込む川――は確認できる。

収納魔法(インベントリ) から望遠鏡を取り出し、館ヶ丘を見てみると、対空用の塔が確認できた。

(天気にもよるんだろうが、このくらいの距離なら望遠鏡さえあれば十分に狼煙は見えるな。後はどこに、どんな拠点を作るかだ……)

この見晴らしのいい場所でも、深い森の中を通られれば、数千単位の軍隊でも見つけられないだろう。つまり、敵を見つけるためには人が森の中を歩いて偵察する必要がある。逆にこの見晴らしのいい場所では空を飛ぶ魔物からは丸見えだ。

敵を魔族だと想定すれば、翼魔族による偵察が考えられる。過去にもカウム王国のトーア砦周辺やラクス王国の東部、更にはペリクリトル周辺でも翼魔族らしい姿が確認されている。だから、あまり目立つ場所に拠点を作ると、翼魔族に見つかり偵察要員が狙われる可能性が出てくる。

(そう考えると、できるだけ目立たないように、洞窟か何かに偽装する方がいいかもしれないな……)

昼食後、アクィラの山を更に登っていく。一時間ほど進むと標高は二百メートルを超え、山は険しさを増していく。

「この辺りが限界だな」と周囲を見渡せる崖の上で呟く。メルが「この先は確認しないんですか」と聞いてきたので、

「これだけ険しいと事故が怖いからな。奥に進むより、範囲を広げた方が効果はある」

俺の言葉にダンとマークが頷く。メルも「そうですね。ガイさんやダンならともかく、私だと周りを見る余裕なんて無さそうです」と笑う。

その後、南に向かうが、この標高では崖などの障害物が多く、まともに進めない。

(軽装の俺たちでも、これだけ梃子摺るということは大軍の行軍には向かないってことだ。やはり山裾辺りを集中的に偵察できる場所の方がいいだろう……)

ラスモア村から五から七キロ辺りがアクィラの山裾になる。オークの群れが通った場所もその辺りで、強靭な体力の魔物であっても百単位の数になると、移動できる場所は限られてくる。

一旦、山を下り、再び南に向かう。

森の中を二時間ほど進み、ウッドフォード川にたどり着いた。ウッドフォード川はアクィラ山中の湧き水を水源とした小さな川だが、この時期は雪解けにより水量が多い。

既に日は傾き、森の中は薄暗くなり始めている。今日の移動はここで終わり、川岸から少し離れた場所を野営場所に決め、準備を始めた。

ダンが周囲に鳴子などの警報装置を設置していき、その間に他の三人で薪を集めていく。

食糧は俺の 収納魔法(インベントリ) に朝入れてきたものが保管してあるため調理の必要はないが、三月ということで暖を取るための焚き火が必要だ。

今日の移動距離は十七、八キロといったところだが、山中を移動したことから予想より疲労が大きい。

(地図がないから何とも言えないが、この辺りだと村から直線で七、八キロというところか。川沿いだから迷うことはない……この辺りから索敵に出ればアクィラの山裾を十分にカバーできる。それに村からの移動時間は三時間ほどだから、一泊するとしても昼頃に交代すれば、村から十キロくらいの範囲まで索敵できるな……)

元々、ウッドフォード川沿いに偵察用の拠点を作るつもりでいた。理由は深い森の中で偽装した拠点に迷わずに行くために目印となる川沿いが有利なこと、安全な飲み水が容易に確保できること、水によって岩場が形成されており地形が他より複雑であることから拠点を作るときに偽装しやすいことが挙げられる。

「明日はこの辺りで拠点にできそうな場所を探す……」

焚き火を囲みながら明日の予定を説明していく。

野営の準備を終えると、インベントリからメイド長のモリーに作ってもらった料理を折り畳みのテーブルの上に出していく。まだ熱々のシチュー、焼きたてのパン、ベーコンを載せたボイル野菜のサラダなどで、野営とは思えないほどの豪華さだ。

マークは「ザック様と一緒なら偵察も楽しそうです」と呆れたような顔をしていた。

メルがそれに頷き、「ザック様がこの魔法を覚えてから、山の中でも全然苦にならなくなったわ」とマークに言い、ダンも「モリーさんの料理が食べられるんですから、家よりずっと豪華なんですよ」と笑みを浮かべながら俺に言ってくる。

主家と従士の家では食事の内容に差はあるのだろうが、ロックハート家の食事は比較的質素で、贅沢な食事という認識はなかった。

「そうなのか? 材料もそれほど良い物を使っているわけじゃないし、クレアの料理の腕はいいから、そんなに変わらないんじゃないのか?」

ダンの母、クレア・ジェークスはモリーの手伝いをしていたことがあり、今も客が来ると手伝いに来ている。更に彼の父、ガイ・ジェークスは森に入ることが多く、その際に野鳥やウサギなどを仕留めてくるから、食材も悪くないはずだ。

ダンが答える前にメルが「お屋敷はザック様に合わせているんで、おいしいんですよ。モリーさんもいろんな調味料を使っているみたいですし」と真面目な顔で答える。

「そうなのか……」ということしかできなかった。

メルもダンも屋敷の西隣にある離れに俺と一緒に住んでいるが、食事は別だった。俺の場合、屋敷で食事を摂ることが多いが、従士の子であるダンたちは主家で食事を摂るわけにもいかず、自分たちの実家で食べることが多い。もちろん、何日かに一度はザックセクステット全員で食事をしているが、全員が忙しく、食事を楽しむ余裕が少ない。

俺自身、モリーの作る食事に文句を言ったことはないが、改善の提案はいろいろしていた。特に香辛料やハーブの使い方、肉や魚の焼き加減などは伝えている。もちろん、俺自身料理をしていたわけでもないので、イメージ的な言い方しかできていない。

「モリーさんもトリシアさんやジーンさんと勉強しているんですよ。私もシャロンもよく教えてもらいに行きますけど……」

メルの話ではモリーは彼女の娘トリシア、嫁のジーンとともに俺がドクトゥスで手に入れた料理の本を見て、毎日勉強しているそうだ。

「……それにお屋敷の厨房には信じられないくらいスパイスとかハーブがありますし。ドクトゥスでお隣だったリトリフさんやノヴェロさんの家にもハーブが少しあるくらいだったんです……」

ドクトゥスにいる時、メルはシャロンと共に隣のリトリフ家やノヴェロ家で料理を教えてもらっていた。その時にドクトゥスの一般家庭の状況を知ったようで、それと比べるとうちは信じられないほど食材が揃っているらしい。

(確かにちょっと田舎に行くと、胡椒もろくに使っていないからな……うちは 野生肉(ジビエ) が食卓に載るからって、見つけたら手当たり次第に買っていたから、ナツメグやクローブ、タイムやオレガノなんかも揃っているからな……)

そんな話をしながら夜は更けていく。

不寝番は俺とマーク、ダンとメルの組で行ったが、魔物が現れることはなく、無事朝を迎えた。

その日は朝から、この周辺を重点的に調査し、拠点の設置候補地を探していく。

ウッドフォード川を遡っていくと次第に谷が深くなり、渓流になっていく。三十分ほど進んだところで、落差五メートルほどの滝を見つけた。

俺が「滝か……」と呟くと、ダンが「父から聞いたことがあります」と言った。

「この先は崖が多くて、結構険しいそうです。父やヘクターさんはこの先には行かないと聞きました」

どうやら、ウッドフォード川沿いの限界点まで来たようだ。元冒険者のガイと祖父の部隊で斥候を務めていたメルの父ヘクター・マーロンはロックハート家で一、二を争う斥候だ。その彼らがこれ以上、先には行かないということは通常の装備では踏破できない険しい場所なのだろう。

俺は「了解」と言ってから、「野営した場所まで戻って下流側を探そう」と指示を出した。

一旦、野営地に戻り、今度は下流側に進んでいく。十分ほど進むと、高さ五メートル、幅七、八メートルほどの岩場を見つけた。川からは二十メートルほどで川面からも五メートルほど高い位置にあり、大雨が降っても水没する恐れはなさそうだった。

ここを候補地として、周囲を確認していく。楢の大木が生い茂り、やや薄暗い感じはするが、下生えの草は少なく、魔物や動物の足跡を見つけるにはちょうどいい。

(ここにするか……この岩場なら迷うことはないな……これにカモフラージュして作れば目立たないはずだ……)

岩場の周囲を確認するが、岩は地面にしっかりと埋まっており、不安定さは全く感じられない。

「この岩場に新たな岩を接合して拠点を作る。三時間ほどで終わると思うが、周囲の警戒を頼む」

ダンとマークが了解と答え、周囲の警戒を始めた。メルは俺の護衛ということなのか、すぐ後ろに控えている。

大きめの岩をくり貫く方法もあるが、自然石の分解は意外と難しい。これは自分で作ったものとは異なり、組成が分からないからで、その分イメージしにくく、魔力の消費量が大きくなるのだ。

今回は大きめの岩に継ぎ足す形で拠点を作っていく。作り方としては塔を作る方法とほとんど同じで、地面から土を盛り上げ、中に空洞を作る方法だ。大きさ的には四人程度が寝泊りできるスペースと食事を作るための竃程度なので、数平方メートルくらいで充分だろう。

この岩場は直方体に近い形で、何かが原因で割れたのか、片方の側面が垂直になっている。この面を壁にすれば、幅五メートル、奥行き三メートル、高さ二メートルくらいのスペースを作ることはさほど難しくない。

土の壁(アースウォール) の魔法で大岩の横の地面を慎重に盛り上げていく。盛り上げた土は下だけを石に変え、上は土のままにしておく。つまり、岩が半分埋まっているように見せるのだ。

岩の側面にスロープ状の地面が現れた。今は草が生えていないため、むき出しの地面が目立つが草が覆えば、元から埋まっていた岩に見えるだろう。

後はスロープの側面に目立たないよう穴を開けていき、空間を作り出す。更に排水用の穴と排煙用の穴を空け、目立たないように偽装しておく。

(煙は上に木の枝が生い茂っているから、それほど目立たないはずだ。後は入口を密閉できるようにしておけばいいだろう……)

収納魔法(インベントリ) に入れておいた木の板に、枯れ草を貼り付け、入口扉を作る。

中に入り灯りの魔道具で照らしてみると、思ったより狭い。

(大体四畳半くらいの面積なんだが、天井が低いからかもしれないな。まあ、野営用だから居住性はこの程度でいいだろう)

さすがに木の寝台などは持ち込めなかったが、岩棚のような形状の二段の寝台を作る。そして、その横に食糧や毛布などを入れておく棚を備え付けておく。更に入口付近に竃を作り、排煙用の穴に煙突を接続して作業は終わった。

一連の作業に二時間半ほど掛かったが、思った以上にしっかりとしたものができた。

メルが「普通に人が住めますね」と楽しげに話している。

ダンとマークも合流し、竃の使い心地などを確認していく。

部屋の中に煙は充満することなく流れ、外でも木の枝で拡散されるため、昼間でも相当注意して見ないと気付かない。

「完璧ですね」とダンは満面の笑みで感心し、マークは「相変わらず凄いですね。ザック様の魔法は。あっという間に家を作ってしまうんですから」と呆れ顔で感心していた。

非常食として持って来た瓶詰めの食糧――塩漬けの豚や干し肉、乾燥させた豆など――と鍋などの調理器具を備え付け、拠点は完成した。

(一泊程度なら村から持ち込めば食料は充分だろう。一旦ここに置いていけば身軽な状態で偵察にいけるし……後は狼煙台だが、今日は魔力が尽きそうだから、また次だな……それにしてもこういう作業は楽しいものだ。子供の頃に作った“秘密基地”みたいで)

太陽は中天を過ぎており、目測で午後二時頃になっていた。

「さて、川に沿って帰ろうか。ダンとマークは引き続き周囲の警戒を頼む。メルは俺と一緒に地図を作ってくれ」

ウッドフォード川を下りながら、狼煙台の設置場所を探していく。何箇所か候補になる場所を地図に書き込み、日が落ちる前に村に無事に戻った。

翌日、再びウッドフォード川を遡り、狼煙台を作っていく。狼煙台は土属性魔法で作った高さ二十メートルほどの煙突だ。この辺りの木は二十五メートルを超えるものが多いが、上空から目立たないように木が疎らになった箇所に立ち枯れの木に見えるように設置した。

試験を行ってみたところ、館ヶ丘の塔から充分に煙は見え、狼煙台としての機能を十分に果たすことが分かった。

使わずに済めばいいと思いながらも、なぜか絶対に必要だと思えてしまう。

(神の啓示なのか、それとも単なる不安がなせる技なのか……いずれにしても、この辺りで敵を見つけるということは村が戦場になるということだ……そんな光景は見たくないな……)