作品タイトル不明
第九話「防壁の完成」
トリア暦三〇一八年三月十日。
激動の三〇一七年が幕を閉じ、三〇一八年を迎え、既に二ヶ月が経過している。今のところ、警戒している神々の敵の動きは見られず、平穏な日々が続いている。
神に遣わされた者、ルナについてだが、村に来て五ヶ月ほど経っているが、未だに心を開かない。母たちやリディたちも気にかけているが、部屋から連れ出さなければ、一日中暗い部屋に閉じこもっているような状態はまったく変わっていない。
少しだけ進歩していると思われる点は、メルとシャロンに対しては蚊の鳴くような声だが、感謝の言葉を口にするようになったことだ。少しずつだが、改善しているのではないかと希望を持ち始めている。
大したことはないのだが、一つだけ気になっている点がある。
それはルナの髪の色のことだ。
助け出した当初はやや濃い目のブラウンの髪だったのだが、伸びてきている髪は見事な黒髪だったのだ。理由はまだ聞けていないが、どうやら髪を染めていたらしい。
いろいろな人に聞いてみるが、髪の色を変えることは田舎では珍しく、皆、首を傾げていた。
これについてはルナの両親が神々の敵から目を逸らすために、偽装したのではないかと考えている。ただし、黒髪自体は少ないものの決していないというわけではなく、そこまでする理由は思いつかなかった。
館ヶ丘の防壁だが、二月の半ばに完成した。
防壁は完成したのだが、まだ防空用の塔が完成していないため、防御施設としては未完成だが、予定通り、高さ五メートル幅三メートルの防壁と、深さ三メートル幅五メートルの堀を館ヶ丘の全周に張り巡らせる作業は終了している。
丘の南に繋がっている道は“跳ね橋”にしており、橋を上げると堀を渡る所が完全になくなるため、地上からの攻撃に対しては充分な防御が期待できる。
実を言うと、この跳ね橋の製作に一番時間が掛かっている。
堀を渡す必要があるため、長さ約十メートル、幅約五メートルという巨大なものになった。丈夫な楢の木の分厚い板を張り合わせ、更に鉄製の板で補強しているため、それだけでもかなりの重量だ。
その巨大な橋を稼動させるため、太い鎖が必要となったことと、少人数で即座に閉止できるよう、カウンターウェイトをつけたことから、重量は優に二十トンを超えている。この重量物を支える構造物が正門になるのだが、高さ十五メートル、幅十メートルの巨大なものになり、橋の製作だけで二ヶ月近く掛かっている。
父や祖父からこれほどのものが必要かと言われるほど、この平和な村には不釣合いな構築物ができあがった。
現状では常時開放されているが、数日に一回、機構の確認を含め、開閉を行っている。この開閉操作なのだが、橋を上げる方はカウンターウェイトの重さが手助けしてくれるため、二人で十分に動かせるのだが、下ろす方はその重みに逆らう形になるため、四人掛かりで何とか下ろせるという感じだ。もちろん、緊急時に橋を上げる場合は、ストッパと巻き上げ機構のクラッチを外せば、自動で上がる仕組みにしてある。
防壁を造り始めて気になった色だが、赤土色が強かったのでレンガの色にしようと考えた。全面をレンガ色にするとのっぺりとした感じになったので、白い砂を混ぜながら、表面に白い線を引くイメージでレンガ模様を作ってみた。
侵入防止のため、手掛かりとなる突起ができないよう表面を平らに成形しているので、間近でみるとレンガ模様の壁紙のようだが、遠目にはレンガでできた壁に見える。丘に作られたスコッチの貯蔵庫のレンガ壁とマッチして、見た目もそれほど悪くはないと自賛している。
堀には溜め池から引いたきれいな水が絶えず流れ、一メートルほどの深さの清流となっている。子供が近くを通るため、落下防止用の簡単な柵を作るつもりだが、今のところ手が回っていない。
この堀には一箇所だけ数本の石柱が作ってある。夏になったら木の床を張り、京都の“川床”を再現するためのものだ。その場所は公衆浴場に一番近い場所で、村の人たちに開放する予定だ。
魚については川から勝手に来た小魚がいるだけで、養殖は行っていない。今はやることが多過ぎて手が回らないが、そのうち着手したいと思っている。
対空用の塔は正門近くに二つ建ててある。縦横が五メートルで高さ三十メートルなのだが、内部に階段を作る必要があり、一つ建てるのに十日ほど掛かっている。
最初は防壁沿いに五十メートル間隔で建てようと思ったが、そうするとそれだけで二十ほど必要となるため断念した。一箇所に十人の兵士を配置すると考えると、二百人ほど必要になるから、防壁の守りが薄くなりすぎるためだ。今は屋敷や学校などの重要施設付近に重点的に建てていくつもりでいる。
学校の体育館はもう少しで完成する。基礎の部分は俺の魔法で作ったが、基本的には木造なので従士ニコラス・ガーランドの指示で職人たちが作っている。冬季の雪だけでなく他の要因もあり、いかに農閑期といえども時間は掛かるようだ。
防空用の装備として配備を進めている 弩(クロスボウ) だが、ようやく五十基に達した。未だに職人が見つかっていないので、鍛冶師のベルトラムや彼の妻ミーナにメンテナンスを頼んでいる。
ベルトラムのところにはウェルバーンから修行に来ているクルトとドリスに加え、アルスから蒸留器作りの修業のため、三人のドワーフが加わったため、それほど苦にしていないようだが、彼らがウェルバーンに帰るまでに専属の職人を探す必要がある。
この弩だが、自警団だけでなく、村の女性にも扱い方を憶えてもらっている。今はまだ地上の的に向けて練習するだけだが、もう少し慣れてきたら、魔法で飛ばした標的を使うつもりだ。俺は闇属性魔法の 影流離(シャドウストーク) を使うつもりだが、シャロンは別の魔法を考えていた。
シャロンの考えた魔法は風属性魔法で作る大コウモリだった。大きさは全長が七十センチほど、翼を広げると二メートルほどで、コウモリの複雑な動きまで再現できている優れものだ。今はヘクターやガイといった一流の弓術士が的にして訓練を行っている。
訓練に参加したリディに聞いてみると、「難しいわね。ハーピーなら動きは何となく分かるんだけど、シャロンのコウモリは全然動きが読めないわ。でも、いい訓練にはなるわね」といい、ロックハート家一の弓の使い手であるヘクターですら、難しいと認めている。
「あの動きに当てるのは至難の業ですね。弓の数が必要になるというザック様のお考えがようやく分かりました」
そんなことを言いながらも二十メートル以内であれば、ほぼ確実に命中させていた。いかに強弓を使うとはいえ、未来位置を予想できないと当てることは不可能だ。額の奥が光っているようには見えないが、一流の弓術士は宇宙世紀の“ 新型(N-Type) ”のように先が見えるのかもしれない。
シャロンにコウモリにした理由を聞いてみると、学院で調べた情報や元カウム王国軍の士官バイロン・シードルフの話を参考に決めたとのことだった。
「 翼魔(レッサーデーモン) や 小魔(インプ) はコウモリの翼を持っていると聞きましたから。それにバイロンさんが小魔の動きはコウモリに似ているっておっしゃったので……」
このコウモリの魔法だが、俺の 影流離(シャドウストーク) と同じように、攻撃力が“ゼロ”であるため消費魔力が少なく、長時間の稼動が可能だ。欠点は色がついていないため見辛いというものだが、二十メートルくらいの距離なら十分に視認できるため、ほとんど問題にはなっていない。
もう一人の魔術師リディだが、やはりオリジナル魔法は苦手のようで的にできる魔法は作れていない。彼女自身はそのことで凹んでいたが、俺やシャロンが異常なだけで、これが普通なのだろう。
俺自身のことだが、防壁を造りながらも訓練は欠かしていない。防壁造りは 魔力(MP) の消費は激しいが、時間はそれほど掛からないため、訓練に回す時間は十分に取れる。
午前中に二時間、午後は四時間ほど訓練に回している。
そのお陰もあって、剣術士レベルが上がっている。ちなみに今のステータスは以下のようになっている。
ザカライアス・ロックハート 十五歳 魔道剣術士レベル四十五
筋力 :五九
反射神経 :九三
肉体制御能力:九三
耐久力 :一二五(八三×一・五)
魔力 :一〇〇
精神力 :一二五(八三×一・五)
知力 :一〇〇
製作能力 :五六
容姿 :八七
魅力 :八二
HP :一八〇五
MP :四一三六
スキル :剣術四十五、投擲三十二、格闘二十七、体術五十三、回避五十八、盾防御十五、交渉五十八、計算七十、馬術二十三、気配察知三十八、隠密四十、罠二十一、狩猟二十、細工師二十
魔法 :土属性五十六、風・金・水属性五十二、火属性五十、木・光・闇属性四十九
特殊能力 :頑健、病気耐性、毒耐性、精神耐性、視力強化、死力発揮、前世記憶、参照、魔闘術
学院卒業時には剣術士レベルが四十三だったから、この半年でレベルが二つ上がっていることになる。このレベルでこのペースでレベルが上がることは珍しいそうだ。だが、俺よりもレベルが高いメルも同じように上がっているので、“本当に珍しいのか?”と思ってしまう。
そのメルだが、俺と同じく半年で二レベル上がり、剣術士レベルが四十九、剣術スキルが五十になっている。この事実に兄ロッドが危機感を抱き、「近いうちに追い抜かれそうだ」と言って、剣術の訓練時間を増やしている。
ちなみに兄の剣術士レベルは五十四、スキルも同じく五十四で、十代後半の若者とは思えないほど異常に高いレベルだが、十六歳のメルがいるため、この村では誰も異常に高いとは思っていない。
ダンも努力を重ね、剣術士レベルが三十六、スキルは三十七、弓術士レベルは三十八でスキルは三十九となり、ベテラン傭兵以上の戦闘力になっている。更に特筆すべきは気配察知が四十九、隠密四十七となり、これほどの能力を持つ 斥候(スカウト) は冒険者の街ペリクリトルでも珍しいそうだ。
シャロンは訓練の標的を作ったり、酒場でビールを冷やしたりと活躍(?)しているため、風属性が四十九、火属性が四十七に上がっている。更にリディと続けている訓練のお陰で、剣術スキルも二十となり、並みの兵士であれば剣だけで十分に対処できるほど腕を上げている。
リディとベアトリスだが、この二人も着実にレベルを上げている。
リディは風属性五十七、水属性と木属性五十六、光属性五十二に加え、弓術スキルレベル五十二となり、着実にレベルを上げている。
ベアトリスは元々槍術士レベルが高かったが、それでもレベル六十二と更にレベルアップを果たしている。このレベルで神槍を使うため、祖父ですら、「ベアトリス嬢に確実に勝てるとは言えぬな」と言っているほどだ。
このように着実に敵を迎え撃つ準備は進んでいた。だが、敵の情報がなさ過ぎるため、更に強くなろうと皆が努力を続けていた。
そして、酒造りだが、アルス近郊の村で見つけた“ 泥炭(ピート) ”が昨年の十一月に到着し、麦芽の乾燥に使用し始めている。蒸留直後の“ニューポット”にもピートが効いており、ようやくスモーキーなスコッチの生産に目処が立った。ただ、スコットを始め、ピートの良さに誰も気づいておらず、ただ臭いだけの酒という評価だった。
これについては、数年後に結果が出るはずで、今は強めに効かせたヘビーピーテッドを始め、ピートの効かせ方をいろいろ試している。
今日は 蒸留酒定期便(スコッチライナー) が到着する日であり、対空用の塔を建てる作業をした後、スコットとザックコレクションの出荷の準備を行っていた。
午後二時頃、スコットと共に貯蔵庫で作業をしていると、館ヶ丘に十台近い荷馬車が入ってきた。
作業の手を止めたスコットが顔を上げ、「いつもより多いですね?」と首を傾げる。
俺は「そうだな」と答えるが、その理由は知っていた。
「ああ、あれはシーウェル侯爵家の馬車だ。昨日の夕方、使者が訪れたそうだ。あの荷馬車はシーウェル家の最高級ワインだ」
スコッチライナーの責任者ネイサン・バーロウが手を上げて荷馬車を止めると、笑顔で「精が出ますな、ザカライアス様」と挨拶してきた。俺が挨拶を返すと、
「このたびはシーウェル侯爵家の使者の方が同行されております。真に申し訳ございませんが、ご領主様のところまでご同行いただけないでしょうか」
スコッチライナーの後ろにいた荷馬車と共に、貴族らしい豪華な乗馬服を纏った騎乗の人物を見つけた。
バーロウは「イグネイシャス・ラドフォード子爵閣下です。シーウェル侯爵家の重鎮ですよ」と相手の素性を小声で教えてくれた。
子爵は四十歳くらいで、武人という感じはないが、贅肉のないすらりとした身体つきの細面の二枚目だった。撫で付けられた濃いブラウンの髪ときれいに整えられた口髭がダンディな俳優を思い起こさせる人物だった。
「ロックハート家の方ですかな?」
その問いに大きく頭を下げ、「初めてお目にかかります。マサイアス・ロックハートの次男、ザカライアスと申します」と答えた。
子爵は「貴公が有名なザカライアス卿か! お若いな」と言った後、「申し訳ない。挨拶がまだでしたな」と言ってきれいな会釈をする。
「シーウェル侯爵家の臣、ラドフォード子爵家のイグネイシャスと申す。以後お見知りおきを」
爽やかな笑顔で右手を差し出される。言葉は芝居がかっているが、滲み出てくるような自然な振る舞いで嫌味のようなものは一切感じなかった。
握手をし、「それでは屋敷の方に」と言って案内をする。
歩きながら子爵が「見事な防壁ですな」と言い、「噂には聞いていたが、これほどの防壁がこのような辺境に……」と呟くと、慌てて「いや、申し訳ない。馬鹿にしたわけではないのだ」と軽く頭を下げてきた。
そういう感想が出ることを予想していたので、「気にしておりません。帝国の版図から外れたこのような場所に防壁がある方が珍しいですから」と笑顔で返す。
「いや、帝都に近くとも、この大きさの村にこのような見事な防壁は見たことがない。最近完成したと聞いたが?」
俺が「ええ、つい先日完成したものです」と言うと、「これほどの物を半年と掛からずに……ザカライアス卿お一人でですかな」と驚きながらも更に尋ねてくる。
俺は小さく頷き、「この村で土属性魔法を使える者は私しかおりませんので。学院で習ったことを応用したのですが、何分素人が作った物ですので、お恥ずかしい限りです」と笑う。
俺の言葉に「そのようなことはないが……“ザックコレクション”を守るために、これほどのものを作るとは……」と呟くと、それ以上言葉を発しなくなった。彼の後ろを歩く騎士の一人も、「村に防壁が無い分、ここを重点的に守っているのですな。なるほど……」と一人で納得していた。
アルス街道で流れている噂通りに勘違いしているようだが、あえて訂正しなかった。
バーロウやペリクリトルの商人ノートンから聞いたのだが、俺が魔法で防壁を作っている話はアルス街道では有名な話らしい。スコッチを守るために、ザカライアスが突拍子もないことをしていると言われているのだろう。
俺としても防壁を造る理由として“戦略物資”である“ザックコレクション”を守っていると思われる方が都合がいい。だから、噂を否定することなく、逆にバーロウたちに「盗賊にやられたら大変だからな」と積極的にそう話している。
苦笑しないよう注意しながら、屋敷に案内していく。
屋敷までいくと、誰かが気を利かせたのか、父たちが出迎えに出ていた。
「ようこそ、お越しくださいました。マサイアス・ロックハートです。不作法者で申し訳ございませんが、正式な挨拶を知りませんので」
父がいつもと変わらぬ笑顔で挨拶をすると、子爵は「いやいや、気にする必要はありません」と言い、
「シーウェル侯爵家の臣、ラドフォード子爵のイグネイシャスと申します。此度は侯爵家当主クレメンス様の名代として参りました」
俺はこのやり取りを聞きながら、子爵の腰の低さに違和感を覚えていた。
(シーウェル侯爵家は皇帝と縁戚関係にあったはずだ。その縁者ならもう少し偉そうにしても良さそうだが……侯爵からロックハートと誼を結んでこいと言われているのか? 抜け目のない人だったから十分にあり得るな……)