軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十七話「収穫祭と武具の披露:前篇」

トリア暦三〇一七年十月一日午前七時。

秋の青空が広がる中、ゆっくりと夜が明けていく。

ここアルスは東に峻厳なケルサス山脈が控えているため、夜が明けても太陽は中々姿を現さない。それでも青く澄み切った空と白い雲が秋の清々しさを主張している。

今日は秋分の日に当たり、一年で一番賑やかな祭、収穫祭が行われる。

この世界では一月一日の冬至、四月一日の春分の日、七月一日の夏至にもイベントがあるが、老若男女が楽しめる収穫祭はどこの国でも最も人気が高い。

昨日の前夜祭は鍛冶師ギルド総本部でドワーフたちの催す宴会に付き合った。いや、現在進行形で付き合い続けている。

鍛冶師ギルドの集会室では、陽気に騒いでいたドワーフたちも仮眠を取っている者が多く、そのため、物凄いいびきが部屋中に響いている。だが、皆慣れたものなのか、この程度の騒音で目を覚ます者はいない。もちろん、起きている者も全く気にせず飲み続けている。

俺たちザックセクステットのうち、若い女性であるメルとシャロンは比較的早い時間に宿に退散させているが、他の四人は匠合長のウルリッヒ・ドレクスラーに誘われるまま、寝る間を惜しんで俺たちの武具を作ってくれたことへの感謝と労いを兼ね、宴会に付き合い続けている。正直、徹夜の飲み会は身体的にはかなり辛いのだが、陽気な彼らとの宴会は、精神的には全く辛くもなんともない。

俺の目の前でジョッキをあおり続けているウルリッヒは、俺たちの剣を仕上げるため、ここ数日間徹夜を続けていたそうだが、疲れた様子を見せていない。それどころか、満足のいく剣を作れたことから、テンションが上がっていた。

俺の右側にいるリディは、俺の肩にもたれかかって寝息を立てているが、左側にいるベアトリスは未だに飲み続けている。彼女も自分が神槍と呼ばれる魔法槍を手に入れられることに舞い上がっているようだ。一応、解毒の魔法を何度か掛けているが、よく体がもつものだと感心する。

ラスモア村の蒸留責任者スコット・ウィッシュキーは当初、ドワーフたちに囲まれ、楽しそうに飲んでいたが、ひっきりなしにドワーフたちが乾杯を求めるため、最後の方はかなり辛そうにしていた。見かねた俺の一言、「深酒は味覚に影響する」が効き、日付が変わる前に宿に戻っている。さすがのドワーフたちも酒の味に影響すると言われると、それ以上引き止めようとはしなかった。

ダンとロックハート家の従士、ウィル・キーガンは、俺の護衛ということで酒を断り続けていたが、“エールやビールは酒ではない”というドワーフの常識(?)に負け、日付が変わった頃にはともに撃沈していた。念のため、二人にも解毒の魔法を掛けているので、急性アルコール中毒になることはないだろう。

そして、俺自身だが、付き合い程度に酒を飲むが、都度解毒の魔法で酔いを醒ましているので、それほど酔っていない。ただ、ここ最近で最も活躍している魔法が酔い覚ましの魔法ということに気付き、僅かに頭が痛くなった。平和な 証(あかし) だと思っておけばいいのだろうが、魔術学院を卒業したばかり、それも首席で卒業した新進気鋭の魔術師としてはいささか情けない気がしないでもない。

ちなみに俺たちの武具を作ってくれた鍛冶師たちだが、ウルリッヒの他にはベアトリスの槍を作ってくれたオイゲン・ハウザーとリディとダンの剣を打ってくれたヨハン・ヴィルトも徹夜の宴会に参加している。

ゲールノート・グレイヴァーを始めとする防具職人たちは、今日の“お披露目”に間に合わせようと、昨夜も徹夜で最後の仕上げをしていたため、前夜祭には参加していない。

それにしても、ドワーフたちの徹夜の作業だが、合計すると五、六日くらい続けている勘定になる。よく体が持つものだと思うが、それ以上に工房の若い職人たちが気の毒に思えた。

「若い弟子たちも大変だな。何日徹夜しているんだろう?」

思わず口にした俺の独り言に、赤い顔をしたウルリッヒが律儀にも答えてくれた。

「大変だと思うような奴はおらん。これほどの仕事が間近で見れるんじゃ。寝ておる暇などないわ」

(傍から見れば、ブラック企業そのものなんだが、確かに言うとおりかもしれないな。これほどの仕事なら判らないでもないか……)

寄りかかっているリディの体温を感じながら、窓から流れ込む爽やかな風を感じていた。

午前八時。

正午から“大宴会”を開催するとのことで、準備のため、前夜祭は 一旦(・・) お開きになる。

徹夜のギルド職員たちには疲れた表情を見せている者もいたが、それでも祭りということで辛そうな顔は皆無だった。

蒸留所建設の責任者ジャック・ハーパーとウェルバーンのギルド職員ジョニー・ウォーターの二人は、スコットを宿に送った後も俺たちに付き合い続けていた。さすがに二十代半ばの若者たちは、この程度の徹夜ではそれほど堪えていないようだ。それどころか、この後も宴会の準備を手伝うらしい。

この世界の鍛冶師ギルド職員という仕事は、体力がなければできない仕事のようだ。もしかしたら順序が逆で、ドワーフたちに鍛えられるから、自然と体力が付くのかもしれないが。

言い忘れていたが、昨日完成した武器類はまだ引き渡されていない。この後の宴会で贈呈式のような形でお披露目するらしい。

今からなら三時間ほど仮眠ができると、まだ飲み足りないと言ってグラスを手放さないベアトリスをテーブルから引きはがし、半分眠ったリディを小脇に抱えるようにして、宿に戻っていった。ダンとウィルだが、既に職員たちの手によって、別の部屋に運ばれているので、そのままにしてある。

宿に戻り、体を拭いた後、二時間ほど仮眠を取った。

アルコールは解毒の魔法で除去されており、酒が残っている感じはないのだが、徹夜明け、特に仮眠の後は体が重い。十代半ばの若い肉体だが、その分余計に睡眠を欲するのかもしれない。

正午。

いつもなら二階の集会室に集合するのだが、今日は立食形式のようで、大宴会はギルド総本部の中庭で行われる。幅五十m、奥行き三十mほどの大きさの中庭には、既に集まっているドワーフたちで溢れていた。

準備の方も終わっており、多くのテーブルが出され、酒や食べ物が次々と載せられていた。これだけではなく、町全体が祭一色となっているため、ここ鍛冶師街の大通りにも、ドワーフたちをターゲットとした屋台が多く出されており、十分な量の酒と食事は確保できている感じだ。

ウルリッヒらドワーフたちはいつも通りジョッキを手に談笑しているが、さすがに寝不足気味の俺たちはいつもの元気はなかった。酒に強いベアトリスでさえ、二、三時間の仮眠ではいつものような覇気は無く、元気なのは徹夜をしていないメルとシャロンだけだった。

屋外ということで、ザックコレクションこそ出されていないが、スコッチの樽は倉庫側に並べられ、職員たちがひっきりなしにドワーフたちのジョッキに注ぎ続けていた。

正午の鐘とともに、匠合長のウルリッヒの合図で宴会は始まった。

「では、神の恵みに乾杯!」

「「乾杯!!」」

三百人の親方クラスとそれに倍する家族や弟子たちがひしめく。さすがに中庭だけでは入りきらないため、正門、通用門とも開放され、普段は大型の荷馬車が行き来する大通りにも人が溢れていた。そのため、“乾杯”の唱和がこだまのように伝播していった。

ウルリッヒらはジョッキを一気に呷ると、「「うめぇ!」」という叫びが広がっていく。ドワーフたちの大宴会が始まった。

数十樽はあるであろうビールやエールの樽も次々と開けられていき、更には王妃カティから差し入れである甘口のワインも供されていく。

この辺りにも多くの楽師たちがそれぞれに楽器を奏で、更には王城の方からも祭らしい明るい音楽が流れている。それに加えて、時折聞こえる乾杯の声や陽気な歌声が祭り気分を更に盛り上げていった。

一時間ほどしたところで、ウルリッヒが 徐(おもむろ) に職員に声を掛けた。

「そろそろ準備を頼むぞ」

ジャックたち職員が頷くと、俺たちを本館の一室に誘導する。どうやら、俺たちの武具のお披露目をするらしい。

ゲオルグ・シュトックら防具職人たちも俺たちを先導するようにその部屋に向かっていく。但し、手にはジョッキをしっかりと握ったままだ。

その部屋には既に防具類が並べられていた。

その光景に思わずため息が出る。今まで自分たちの防具は見ているが、他のメンバーのものは話だけで実際に目にしていなかった。そのため、ベテランのリディやベアトリスでさえ、その防具が並ぶ壮観な眺めに息を飲んでいた。

ドワーフたちの指示に従って、防具を身につけていく。

メルとベアトリスはゲールノートの鎖帷子が間に合わず、披露すべき防具がないのだが、彼女たちは普段使っている革鎧を身に纏っていく。今回の趣旨とは合わないのではと思ったが、武具は使う時の形のまま披露したいという鍛冶師たちの意向により、いつもの防具をつけることになっているようだ。

全員が防具をつけ終えた。なぜか、俺の姿を見たリディが満足そうな顔で、防具を作ったゲオルグに頷いていた。ゲオルグもにやりと笑い、ジョッキを掲げて、それに応えている。

中庭に出る扉の前に移動すると、先頭を歩くジャックが 徐(おもむろ) に立ち止まった。

「では、順に中庭に出て頂きます。最初はシャロン様」

ジャックの言葉にシャロンは戸惑いを見せ、俺に助けを求めるような視線を送ってきた。

「お一人ずつ、披露していくとのことです」

どうやら作成者が全員に説明をするイベントになっているようだ。

俺が大丈夫だという感じで頷くと、不安げな表情を浮かべつつも、彼女の防具を作成したリュック・ブロイッヒとともに、ゆっくりと中庭に向かっていった。

中庭に設置された二m四方、高さ一・五mほどの壇上にシャロンは立たされ、リュックが一つ一つ防具の説明をしていく。シャロンは数百人のドワーフの視線を浴び、真っ赤な顔で俯いていた。

「……こいつの素材は 蛇竜(サーペント) じゃ……シャロンは他の連中より体力に劣ると聞いておる。できるだけ軽く、じゃが、防御力は落とさんようにしておる……」

シャロンの鎧はやや黒み掛かった群青色で、爬虫類特有の光沢がある革を使った鎧だ。形は上半身と腰回りを覆うハーフアーマーとなっている。それに脚部分の防具――太ももを守るキュイスと脛を守るグリーブ――と前腕部を守るヴァンブレイスがセットになっている。

「……こいつらのパーティの特徴は、ザックとリディアーヌという二人の腕の良い治癒師がおることじゃ。特にザックは即死以外なら治癒してみせると言っておるほどの使い手じゃ。つまり、急所さえ守れば、後は何とかなる。ならば、頭と胴体を極端に強くし、他はできるだけ軽く作ろうと思ったのじゃ」

シャロンの腹辺りをポンポンと叩きながら、

「良く見てくれ。 胴体(ここ) にはミスリルの板を仕込んである。それも最大級の硬化の魔法を掛けたものがな。この部分だけなら黒鋼の鎧に匹敵するはずじゃ……」

そして、シャロンに持たせていた 兜(ヘルメット) を受け取る。それはつばの広い帽子――キャペリンタイプ――のような耳から首筋まで覆う形で、色はモスグリーンだった。

「こいつもかなりの自信作じゃ。こいつもミスリルで作っておる……」

リュックはそう言いながら、シャロンにヘルメットを被るように言い、彼女は言われるまま、ヘルメットを被る。

「多少視界が狭まるが、鎧の立て襟と合わせれば、ほぼ首は守れるはずじゃ……」

彼の言う通り、ハーフアーマーの立て襟と深いヘルメットで、横から見るとほとんど首は見えない。

ドワーフたちは興味深げにその説明を聞き、それが終わると次々と質問が飛んだ。

五分ほどすると、ウルリッヒが「とりあえず、次じゃ」と言って、ジャックに合図を送る。

シャロンが安堵の表情を浮かべながら壇から降りると、リディとダンが呼ばれる。

「リディアーヌ様とダン様、お願いします」

二人の防具を担当したウード・レーヴェンガルトとともに外に向かう。

シャロンの時と同じようにウードが説明をしていく。

「……素材は 飛竜(ワイバーン) じゃ。素材は同じじゃが、用途に合わせておる…… 斥候(スカウト) であるダンのものは……」

ダンの革鎧は濃い茶色のハーフアーマーだが、シャロンの物とは違い、 上腕甲(リアブレイス) とやや小さめの 肩当て(スパールダー) もつけられている。ヘルメットは革製で、形はプロイセンのピッケルハウベ型――頭頂部にスパイク状の飾りが付いたヘルメット――に近く、頭部にフィットした形で耳部分が大きく開いている。なお、ピッケルハウベとは異なり、頭頂部に飾りは無い。

「スカウト用じゃから、視界を確保することと、音を拾い易くしてくれと言われたんじゃ。この形はダンの提案したもので……」

ドワーフたちは「なるほどの」と感嘆の声を上げる。今までのヘルメットは頭部を守ることを主に考えているため、そう言った工夫がなされることは少なかったのだ。ダンは気恥ずかしそうに首を横に振り、遠くて聞こえないが、「僕が考えたんじゃありません。ザック様のお考えです……」と言っているようだ。

実際、俺が示唆したものだが、詳細はダンがウードと打ち合わせて決めている。

ウードはそれに構わず、更に説明を続けていく。

「弓術士のリディアーヌと斥候のダンで少しだけ変えているところがあるんじゃ。リディアーヌの……」

リディは大勢のドワーフの視線を浴び、やや緊張した顔をしているが、それでも言われるまま鎧の細部が見えるように動いている。多くの男性の視線に晒されるから嫌がるかと思ったのだが、注目されているのが鎧だと判っているから、ほとんど嫌悪感は無いようだ。表情は硬いが嫌そうな感じは全くない。

二人の鎧の素材は全く同じだが、リディの方は左側、つまり弓を射る時に前方になる側の強度を増し、反対に右側は可動性を上げ、弓を射易く、更に防御力も高める工夫がなされている。他にもダンの方がパーツ間の隙間が大きく、自由な動きを阻害しないように作られ、リディの方はシャロンの物と同じように内側にミスリルの板で補強されているなど、見た目以上に違っているようだ。

「……どちらも音はほとんど出んようにしておる。ダン、腕を上げてくれ」

ダンが言われるまま両腕を上げると、鎧のつなぎ目が開き、その工夫が明らかになる。

「鎧の隙間を見てくれ。ここには飛竜の翼膜を使っておる。こいつが音を出さんようにしておるんじゃ……」

硬質の革であるため、二つのパーツが接触するとコンという音が出る。それを柔らかい翼膜をクッションにすることで音が出ないようにしている。もちろん、飛竜の革なので防御力も期待できる。

防具についての説明が終わると、二振りの剣を持ったヨハン・ヴィルトが演壇に立つ。

「見ての通り、二本とも 長剣(ロングソード) じゃ。リディアーヌの物が風属性、ダンの物が火属性じゃ。いずれもミスリルで作っておる」

そう言って二人に剣を渡す。

長さは一mほど。やや細身の片手剣で 柄頭(ポンメル) には魔晶石が嵌めこまれている。

「まずはダン、お前から剣を抜いてくれんか」

ダンは言われるまま、剣を引き抜き、空に掲げた。

鏡のように磨きあげられた 剣身(ブレード) が現れると、日の光を受けて白く輝く。その光景にドワーフたちから「「オォ!」」という感嘆のため息が上がる。

ヨハンは胸を張り、

「儂の自信作じゃ。ダン、魔法を纏わせてくれ」

ダンは小さく頷くと、剣に魔力を込めていく。

剣身の周りにオレンジ色の炎が瞬時に現れる。かなり高温なのか剣の周りに陽炎が立っていた。ヨハンは「そのくらいで良かろう」と言って、ダンに炎を消すよう指示した。

「見ての通り、こいつのは攻撃力重視じゃ。魔物相手なら十分な威嚇効果もあるしの」

そして、リディを呼び、同じように剣に魔法を纏わせるデモンストレーションをさせる。

剣身の周りの空気が揺らぐ感じがするが、火や光属性のような派手な効果は見えない。

「判りにくいが、風属性で切れ味が増しておる。それにほとんど見えぬが三十cmほど長くなっておる。こっちの物は奇襲効果を狙ったものじゃ」

リディは後衛の魔道弓術士であり、剣で戦う機会は少ない。だが、彼女が剣で戦わざるを得ない状況はかなり切迫した状況だろうから、攻撃力より奇襲によって時間を稼いだり、後退するタイミングを図ったりすることを主に置いたようだ。奇襲効果を狙うなら、秘密にしておけばよいような気もするが、現状では敵が明確に判っているわけでもないし、実際、風属性が付与されていると分かっていても、見えない刃では間合いは取りにくいから実用上影響はないだろう。

ヨハンは満足そうに頷くと、ドワーフたちの質問に答えていった。