軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十四話「戦力増強」

トリア暦三〇一七年九月二十三日。

俺たちの歓迎の宴会は非常に盛り上がり、ときおりドワーフたちの陽気な歌声が響くなど、大宴会というに相応しい状況になっていた。

次々と出される料理は手の込んだものこそ少ないものの、山の幸がふんだんに盛り込まれた素晴らしい料理だった。山鳥や鴨といった鳥類に加え、鹿や猪と言った野性味あふれる素材をシンプルにローストしただけのものだが、香草をうまく使っており、噛み締めるほどに肉と脂のうまみと香りを楽しめる。肉類の他にも地元特産のチーズや根菜類なども多く供され、手が止まらないという感じだ。

酒も長期熟成酒――ザックコレクション――だけでなく、三年物のスコッチやブランデー、カルバ ト(・) ス――りんご酒の蒸留酒。蒸留職人カルバートの名をとった酒――なども樽ごと並べられ、更にワインやエールなどの樽も持ち込まれている。ほとんど祭という感じだ。

ザックコレクションの試飲に始まり、スコットへの“ウィッシュキー”という名の贈呈があったこともここまで盛り上がった要因だろうが、うまい酒とうまい料理があれば、自ずと陽気になるのがドワーフなのだろう。

宴会が最高潮に達した頃、鍛冶師ギルドの 匠合(ギルド) 長、ウルリッヒ・ドレクスラーが 徐(おもむろ) に立ち上がった。

「皆、聞いてくれ! 話があるんじゃ!」

俺を含め、何の話か判らず、部屋の中は静かになる。

「昨日の夜、ザックが儂に頼みがあると言ってきた! 仲間に武具を作ってやりたいとな!」

その瞬間、鍛冶師たちが身を乗り出すように話に食いつき、一人の年嵩のドワーフが声を上げた。

「で、どんな武具が欲しいんじゃ!」

ウルリッヒはその問いに対し、直接答えず、俺のほうに視線を送ってきた。俺は戸惑いながらも、ここにいる親方たちの弟子を紹介してもらえるかもと考え、説明を始める。

「ここにいる虎獣人のベアトリスと剣術士のメリッサには 鎖帷子(チェインメイル) を。 斥候(スカウト) のダンには長剣と防具の補強を、魔術師であるリディアーヌとシャロンには軽量の防具を考えています……」

最前列にいるドワーフが疑問を口にする。

「お前さんのはいいのかの? かなりの軽装じゃが?」

俺は 頭(かぶり) を振り、

「私は今の装備で十分です。それに今回用意できた予算では難しいと思っていますし……」

そこまで話したところで「金の話は後でもよかろう」とウルリッヒが遮る。

「ここまではいい。じゃが、こいつは儂にとんでもないことを言ってきたんじゃ! 金がないから、若手の鍛冶師を紹介しろとな!」

鍛冶師たちの表情が憮然としたものに変わっていく。ブーイングが上がらないのが不思議なほどだ。

「……じゃが、儂は断った! 当然じゃ……」

ウルリッヒはそこで言葉を切り、にやりと笑う。その言葉に鍛冶師たちも同じように笑うが、俺には意味が判らなかった。

「こいつらの武具を若造なんぞに任せられるか! こいつの剣は儂が打つ! これは譲れん! 他にやる奴はおらんか!」

そういった瞬間、その場に居た全員が一斉に「儂がやる!」と叫んで、立ち上がった。

俺はその光景を呆然と眺めていた。

「どうじゃ。口利きなどせんでも何とかなったじゃろう?」

「ああ……いや、あんたも含め、ここにいる鍛冶師に頼めるほどの金は……」

アルスでも一、二を争う名工、ウルリッヒ・ドレクスラーに剣を打ってもらうには、数十万C、つまり数億円の金を積む必要がある。そして、金を積んだとしても彼が打つに値しないと思えば、打ってもらえない。何人もの高名な騎士や傭兵たちが諦めたという話は、ここアルスでは噂話のネタにもならないほど、ありふれているのだ。

俺が逡巡している間に、ドワーフたちに取り囲まれ、分厚い輪になっていた。いつも思うのだが、こういう状況になるとドワーフはなぜか俊敏になる。

ドワーフの輪の最前列には、ウルリッヒと並ぶ名工、防具作りの名人ゲールノート・グレイヴァーもいた。

恐らく、俺がザックコレクションを持って来たことに感謝して言ってくれているのだろう。彼らにはまだ言っていないが、今回ザックコレクションの代金は受け取らないことにしていた。仮に適正な価格で販売したとしても、このノリで引き受けてくれただろう。

「ありがたい話だが、対価が支払えない。それに他の仕事に影響が出るのは本意じゃないんだ……」

俺はそう言って断ろうとした。

だが、ウルリッヒは首を横に振り、

「対価なら、スコット殿への感謝の意を伝えられただけで十分じゃ。それにこのグラスも十分な対価になろう」

確かに今回用意したグラスの総額は金に換算すれば、十万 C(クローナ) 、一億円は下らないだろう。希少性も考えれば、二億円を超えるかもしれない。

それでもウルリッヒ一人に剣を打ってもらうだけでも全く足らない。そう考えていると、ウルリッヒがグラスを持ち上げ、日の光にかざす。

「儂も職人の端くれ、こいつの価値はお前さんが言うほど安いものではないはずじゃ。これだけのものをアウレラに持ち込んでみろ。瞬く間に百万や二百万にはなるじゃろう……」

俺は卸値で考えていたが、さすがに商業ギルドを相手にしている鍛冶師ギルドの長は違う考えのようだ。商業都市アウレラに持ち込み、オークションに掛ければ、数倍の価値になるというのだ。

「金持ちって奴はどこにでもおる。まして、これだけの品であるにも関わらず、お前以外には作れんのだ。商人どもが金持ち相手に二度と手に入らぬとか何とか言って、グラス一つで数千Cはぼったくるじゃろう。それにこのボトルじゃ。これは宝石で作っていると言われても誰も疑わぬほどのものじゃ。下手をすれば、数十万の値がつく……」

彼の言わんとすることは判らないでもないが、俺にとってはそこまで手間を掛けた品でもなく、名工たちの作る国宝級の武具と比較する気はない。

俺がそのことを告げようとする前にウルリッヒが手で制し、

「そんなことより、儂らがお前さんたちに作ってやりたいだけじゃ。お前が儂らにグラスを贈ってくれたのと同じ、気持ちの問題なんじゃ」

周りにいるドワーフたちも皆頷いており、俺としても納得せざるを得ない。だが、どうにも居心地が悪い。

(たかがグラスとボトルだぞ。それが国宝級の武具と等価ってありえないだろう……まあ、戦国時代の茶器だと城と同じ価値があると言われたものもあったそうだから、ありえない話じゃないんだろうが……)

俺がそんなことを考えていると、俺たちの武具を作ってくれる鍛冶師たちが次々と決まっていった。その決め方だが、匠合長であるウルリッヒが指名するわけでもなく、誰かが音頭を取って決めているわけでもない。

気付けば、十数人のベテラン鍛冶師に取り囲まれ、俺を含め、リディやベアトリスたちに軽い方がよいかなどと希望が聞かれていた。その希望に沿った人選になっているようだが、知らぬ間に数人の名工が分担する形になっていた。

俺も放心状態のうちに希望を聞かれており、武器は今使っているバスタードソードをベースにすること、防具は静音性を考慮して今の革鎧をベースに部分的に金属で補強するかそれと同等の性能とすること、更に金属製のヘルメットを新調することになったらしい。

らしいと言ったのは、怒涛のような鍛冶師たちの質問攻めにあい、頭が回っていないためだ。周りを見るとリディたちも同じような状況らしい。

そんな状況のため、誰一人自分の装備に注文を付ける余裕はなかった。だが、ただ一人、リディだけが注文を付けていた。

「ザックの防具は必ず黒にして。光沢のある黒よ。それ以外は絶対に認めないから」

鍛冶師たちにとって、そこまで拘る理由は判らないと思うのだが、なぜかウルリッヒたちは満面の笑みを浮かべて大きく頷き、「任せておけ!」と笑顔で応えていた。リディもそれで納得したのか、「よろしくお願いするわ」と笑みを返していた。

既に諦めているが、暗黒卿のコスチュームから脱却することはできない運命にあるようだ。

そして、最終的に決まったのは、こんな感じだった。

俺の場合、剣をウルリッヒが作り、防具はゲオルグ・シュトックという防具職人が担当する。

リディとダンは剣を新たに作ることになり、剣専門の鍛冶師ヨハン・ヴィルトの工房が担当する。防具は現状の革鎧を補強することになったようで、ウード・レーヴェンガルトという防具職人が主担当となった。

シャロンは魔術師ということで、防具のみを作り直すことになった。担当はリュック・ブロイッヒというベテランの防具職人が担当する。

ここまで名前が出てきた鍛冶師だが、ウルリッヒは言うに及ばず、ゲオルグは防具作りでは“伝説の鍛冶師”ゲールノートの後継者と言われているし、ヨハンもサーベルなどの軽量の剣ではウルリッヒに匹敵するというベテラン鍛冶師だ。また、ウードもリュックもゲールノートやゲオルグに知名度は及ばないものの、それぞれ防具職人としては十分に名の通っている優秀な鍛冶師だ。

前衛であるメルとベアトリスの担当は更に凄かった。

二人の 鎖帷子(チェインメイル) は前述のゲールノート・グレイヴァーが直々に作るのだ。ゲールノートの作と言えば、カエルム帝国の皇帝が特別な恩賞として下賜するほどの名品であり、部分的な防具でも十万C、一億円は下らない。恐らく“普通”の素材でも三十万から五十万Cに達するはずだ。ベアトリスの槍も新調されることになったが、その作り手であるオイゲン・ハウザーは、“神槍”と呼ばれるほどの名品を作ることで有名だ。

メルのバスタードソードはウルリッヒが打つことになり、彼女はウルリッヒとゲールノートという伝説的な名工の武具を一気に手に入れることになった。

俺を含め、ザックセクステットの面々は皆、呆然と立ち尽くすしかなかった。

(全部で何億円になるんだ? いや、何十億円か……ウルリッヒの剣が二振り、ゲールノートのチェインメイルが二着。これだけで百万C、十億円じゃきかない……他の鍛冶師たちも全世界に名を轟かせている名工……俺たちにそれに見合う腕があるのか……)

他にも 籠手(ガントレット) や 腕甲(ヴァンブレイス) 、 大腿甲(キュイス) などの防具や、予備の剣がいらないかと言ってくる。

だが、俺には懸念があった。

アルスには十日ほど滞在するつもりで、月が替わったら 蒸留酒定期便(スコッチライナー) とともに村に戻るつもりでいる。

当然、これだけの名工たちが作るのだから、最低一ヶ月、普通なら数ヶ月は必要だろう。特に防具は調整が必要なため、一から作る場合には非常に時間がかかる。

今回、若手の優秀な鍛冶師を紹介してもらおうと思ったのは、その時間的な制約も関係していた。彼らも他の仕事があるだろうが、親方の了解のもとで腕を振るう機会が与えられれば、最優先でやってくれるのではないかと考えたのだ。

「俺たちは十日後には村に帰るつもりなんだが……それにベアトリスはともかく、俺たちにこれだけの名工がたの武具を使う資格はない……」

はっきり言って俺は腰が引けていた。

魔法の腕ならティリア魔術学院のラスペード教授のような一部の魔術師以外に遅れをとる気はしない。いや、仮に教授が相手であっても、魔法の運用で何とかできるつもりでいる。

だが、剣の腕はまだまだ未熟だ。

剣術レベルが四十を超えた程度、つまり、一人前の剣術士と呼ばれる程度の腕でしかない。もちろん、僅か十五歳という年齢を考えれば十分に驚異的なことなのだが、祖父ゴーヴァンや古参の従士であるウォルト・ヴァッセルやニコラス・ガーランドのような超一流と呼ばれる腕は持っていない。

俺たちの中でウルリッヒたちの武具に見合うのは、レベル六十を超えているベアトリスだけだろう。彼女であってさえ、普通なら断られてもおかしくはない。

それが酒の付き合いというだけで、これだけの名工の作を手に入れていいのか。もっと相応しい者たちの機会を奪っているのではないかと考えた。

正直に言えば、それだけの装備を身に纏っていれば、悪目立ちすることは明らかだ。十分に名を馳せている冒険者や傭兵ならともかく、年齢的には駆け出し以下の俺がそんな武具を身につけていたら、やっかみで面倒なことになるのではないかと思ってしまったのだ。それがどれほど贅沢な悩みか判っているが、どうしても腰が引けてしまうのだ。

「俺なんかより相応しい武人がたくさんいる。その人たちに作ってやるべきだ」

俺がそう呟くように言うと、ウルリッヒがニヤリと笑って反論してきた。

「聞くところによりゃ、俺たち鍛冶師が半人前にスコッチを飲ませないのに反対していたそうじゃないか。“俺の目指す酒は酒好きのための酒だ! 飲みたい奴が飲むべきだ!”そう言ったそうじゃないか」

「確かにウェルバーンでそう言った気はするが、それとこれとは別だろう」

俺がそう反論すると、

「儂らの作るもんも同じじゃ。使って欲しい奴に使ってもらう。腕がどうこうは努力すりゃいい話じゃ。そうじゃろが。なあ、みんな!」

ウルリッヒの言葉に「「おう! そうじゃ!」」という声が上がる。

ウルリッヒが言うほど単純な話ではないのだろうが、彼らの想いは良く判る。

(多分、俺がグラスやボトルを作ったのと同じだな。自分の想いを何とか伝えたい。だが、金じゃ駄目だ。なら、何が出来るって考えて、この結論になったんだろうな。まあ、そのレベルは違いすぎるが……)

結局、ありがたく作ってもらうことにし、翌朝、各工房で採寸などを行うことになったのだが、ベアトリスですらこの怒涛の流れについていけない。

「なあ、あたしのチェインメイルが あの(・・) ゲールノートのってことでいいのかい? 槍は“神槍”のオイゲン……夢を見ているんじゃないのかねぇ……」

ダンやシャロンも同じ反応だが、最も放心していたのはメルだった。

「私の剣が……本当に?……でも、私には……」

混乱しぶつぶつと呟いている彼女の肩に手を置き、

「ウルリッヒもゲールノートも作ってやりたいから作るんだ。まあ、俺もおんなじ思いなんだが、頑張ってそれに見合うようになろう……」

俺の言葉で少しだけ混乱が収まったのか、はにかむような笑顔で大きく頷いていた。