作品タイトル不明
第五十五話「ウルリッヒの工房」
トリア暦三〇一七年九月二十四日。
秋晴れの青空が広がる朝、俺たちは宿泊先である 金床(アンヴィル) 亭から鍛冶師街に向かっていた。
今日は午前中に防具の採寸や武具のおおまかな要望を伝え、午後から蒸留所の候補地の現地調査に行く予定だ。
それぞれの担当する鍛冶師が異なることから、全員別行動となる。と言っても、宿から鍛冶師街は目と鼻の先で、街自体も半径百数十mほどと小さな街であるため、行くだけなら僅か数分で着いてしまう。
距離的には大したことはないのだが、アルスの街自体が斜面に作られた構造であり、意外と入り組んでいるとのことで、鍛冶師ギルドの職員が案内してくれることになっている。
ちなみに、このアルス行きに同行している従士のウィル・キーガンも、槍を作ってもらうことになった。ただ、さすがにベアトリスと同じ名工、“神槍の作り手”オイゲン・ハウザーではなかったが、それでも三百人の鍛冶師に選ばれるだけの腕を持つ超一流の鍛冶師に打ってもらうことになっている。
そのことに対し、彼は「ウォルトさんならともかく、私では……」としきりに恐縮していた。若くして祖父ゴーヴァンと父マサイアスに認められて従士になったウィルは、今年三十歳となり、槍術士レベルは四十を大きく超えている。三十歳という年齢としては十分な腕なのだが、さすがにレベル七十近い従士頭のウォルト・ヴァッセルに比ぶべくもなく、恐縮するのは仕方がないだろう。
武具に関係ないスコットとジョニー・ウォーターの二人は、俺たちの用事が済むまで鍛冶師ギルド本部で、近隣の 醸造所(・・・) の位置を確認することになっている。これは午後から蒸留所建設候補地の調査の準備のためだ。
俺はギルド本部職員であるジャック・ハーパーに案内され、まずは剣を打ってくれるウルリッヒ・ドレクスラーの工房に向かった。
匠合(ギルド) 長であるウルリッヒだが、毎日ギルド本部にいるわけではない。一昨日は 蒸留酒定期便(スコッチライナー) が到着する日であり、ギルド本部にいたが、基本的には工房で剣を打っているそうだ。
ギルド本部から五十mほど北に上がったところにウルリッヒの工房はある。有名な鍛冶師の工房の割にはそれほど大きくはなく、一般の家屋より少し大きい程度――地上一階、地下二階建てで幅十m、奥行き十五mほど――で違いと言えば、大きな煙突があることくらいだ。
そのことをジャックに聞いてみると、
「皆さん驚かれるんですが、匠合長の工房でも鍛冶師は十二人しかいません。それも住み込みは五人だけですから、これで十分なのだそうです……」
工房といっても金属の精錬や材料の保管は別の場所で行っているため、それほどの面積はいらないそうだ。
言っては何だが、ラスモア村の鍛冶師であるベルトラムの工房の方がはるかに大きい。もちろん、ベルトラムの工房では鋳造もやるから単純には比較できないことは判っているが、それでも世界有数の鍛冶師の工房としては、小さい気がして仕方がない。
ウルリッヒの工房に着くと、すぐに若いドワーフの鍛冶師が現れ、地下二階に案内される。地下二階といっても、アルスの街の家は斜面に作られているため、数段の階段を上れば斜面の下側――南西側――の屋外に出ることもできる。つまり、完全な地下室というより、半地下室という感じなのだ。
この工房だが、地下二階部分が鍛冶工房、地下一階が事務所兼食堂、地上部分が住居になっている。
鍛冶工房に下りていくと、ウルリッヒとベテランの鍛冶師らしい二人のドワーフが金属の塊を前にして話し込み、その横では若い職人が道具の準備や炉の温度調整などを忙しそうに働いている。
ドアの音で気付いたのか、すぐにウルリッヒが俺たちの方に近づいてきた。
「待っておったぞ! さて、始めるか!」
午前八時になっていない時間だというのに、既にかなりテンションが上がっている。
「素材はどうするんじゃ。希望があれば言ってくれ。儂はアダマンタイトが良いと思うんじゃが……そう言えば、お前さんは魔道剣術士じゃったな。ならば、魔法剣にした方がよいかもしれんな……」
怒涛の如く捲し立てられ、閉口しそうになるが、彼の発した単語に俺は固まってしまった。
(素材がアダマンタイト……魔法剣だと……嘘だろう……)
アダマンタイトは非常に希少な金属であり、高い硬度と魔法との相性の良さから、武器用としては最高の金属と呼ばれている。当然、価値は高く、小型の剣一振り分の素材だけでも十万 C(クローナ) (=一億円)は下らないと言われている。
ちなみにミスリルはアダマンタイトよりかなり軽量――鋼よりも軽量――であり、武器用としても防具用としても優秀な金属だが、硬度の点でアダマンタイトに劣る。また、有名な魔法金属としてオリハルコンがあるが、残念なことにこの世界では未だに見つかっていない。恩師であるラスペード教授から聞いた話では、学術都市ドクトゥスの大図書館にある古い書物には、オリハルコンに関する記述があるそうだ。
あまりに高価な素材に「アダマンタイトじゃ、材料費だけで……」と言って断ろうとするが、ウルリッヒは俺の言葉を遮り、
「金の事は気にするな。儂にとっちゃ、この程度の素材など大した金ではないわい!」
さすがに世界で一、二を争う鍛冶師だ。入手困難な素材を“この程度”と言ってのける。これ以上何か言うと、彼が気を悪くすると思い、ありがたく提案を受けることにした。
「……判ったよ。なら、アダマンタイトでお願いしたい。魔法剣にする必要はないが、出来れば硬化の魔法を付与して欲しい」
魔法剣は“魔剣”や“聖剣”などとも呼ばれているが、正確には“属性魔法を付与した剣”を指す。
この魔法剣だが、素材はミスリルなどの“精霊の力”との相性が良い 所謂(いわゆる) 魔法金属と呼ばれる金属が用いられる。それに魔晶石と魔法陣を組み込み、その魔晶石に魔力を通すことで、火や光などの属性を付与することが出来る。
一般的に知られている魔法剣は、破壊力が大きい火属性を付与した火炎剣で、魔力を通すと刀身に炎を纏い攻撃力を増加させることができる。ただし、小説などでよくある、纏った炎を飛ばすようなことはできないらしい。
ちなみに兄ロドリックがウェルバーンで贈呈されたミスリル製の剣は、未完成だが光属性の魔法剣だ。後日、自らアルスを訪れて完成させてもらうと言っていた。
「良いのか? 魔術師なら魔力も多いはずじゃ。それに言っては悪いが、魔道剣術士は普通の剣術士より非力じゃろう。ならば、攻撃力を上げる魔法付与は必須じゃと思うんじゃが」
彼の言うことは一般論としては正しい。だが、俺はあえてその選択を取らなかった。
「確かに俺は同じレベルの剣術士と比べたら力は弱いさ。実際、女剣術士のメルの方がよっぽど一撃のキレはあるしな」
「そこまで判っておるということは、何か理由があるのじゃな」
ウルリッヒの問いに、俺は大きく頷く。
「俺の場合、攻撃の主体は魔法だ。つまりだ。魔力を剣につぎ込むより、魔法を撃ち込む方がいいってことだ。もちろん、剣の間合いで戦うこともある。だが、魔力を剣につぎ込むのは、最後の最後ってことになる……」
そこで言葉を切り、右手を高く上げ、
「それにだ。もし、普通の剣が通用しない敵と斬り結ぶことになっても、こんなことも出来る……」
そう言って、光の剣の呪文を唱えていく。
「光を司りし 光の神(ルキドゥス) よ。御身の光輝なる力、聖なる光を与えたまえ。我はその代償に我が命の力を捧げん。出でよ、 光輝の細剣(シャイニングセイバー) 」
“ブゥン”という唸り音とともに、俺の右手から赤っぽいオレンジ色の細い光の剣が現れる。
「いざとなれば、こいつが使える。だから、剣は丈夫で、切れ味がいい方がいいんだ」
“光輝の細剣”は初めて魔法が使えるようになった夜に作った 光の細剣(ライトサーベル) を実用に耐えるように改造した魔法だ。
以前の“光の細剣”は単に光を集めただけで“物質化”していなかった。そのため、相手の攻撃を受け止めたり、弾いたりすることができず、剣として使い辛かった。だが、 光輝の細剣(シャイニングセイバー) は光を物質化した“芯”があるため、相手の攻撃を受けることができ、体が覚えている剣術をそのまま使うことが出来る。
この魔法だが、防音の魔道具を開発した時に精霊の力を物質化できると気付き、作ってみたものだ。
攻撃力の面で言えば、熱を発するわけではないが、発動に必要な 魔力(MP) 以上にMPをつぎ込めば、金属を溶かしながら断ち切ることもできる。もちろん、非物質のゴーストなどの 不死魔物(アンデッド) にも通用する。それに長さも自在に調整できる――最大二m近くまで伸ばせる――から、奇襲効果も期待できる。
ただ魔力の消費量が大きく、常時発動というわけにはいかない点が弱点だ。もっとも数分程度なら無理せず維持できるから、いざという時には十分に実用に足る魔法だ。
実用に足る魔法なのだが、ただ一つ思い通りに行かなかったことがある。
それは“色”だ。
なぜか赤っぽいオレンジ色の光になるのだ。
最初は白に近い黄色だった。遊び心で、“ブゥン”という効果音を出すイメージをした途端、赤に近いオレンジ色になってしまったのだ。無意識のうちに装備の色に合わせているのかもしれないが、どうイメージしても青色にも緑色にもならない。色が変わっただけで実用面に問題があるわけではないからいいのだが、どうしても気になってしまう。
ちなみに、力の暗黒面に落ちた記憶はない。
話を戻すが、魔法剣にしないと言った理由はもう一つある。
魔法を付与することで攻撃力が向上するし、物理攻撃が効かない魔物にも対応できるというメリットがあるが、デメリットも存在する。
それは 魔力(MP) 消費量が多いと言われていることだ。
一般的な剣術士、もちろん、一流の剣術士のことだが、魔法剣を発動させると、十分ほどで魔力切れの症状に陥るのだ。ラスペード教授が昔に行った実験では、長くて十分、短ければ五分ほどで魔力切れになったそうだ。
攻撃の主体が魔法である俺にとって、 魔力(MP) の消費量が多い武器は致命的になる可能性がある。また、理論上、魔法剣は少量だが常時魔力を吸収する――魔晶石と魔法陣の維持に魔力が必要になる――そうなので、これもデメリットになる。
ウルリッヒは俺の光輝の細剣を見て、小さく首を横に振る。
「確かに使えそうな魔法じゃな……ところで、お前さんは魔法剣って奴を使ったことがあるか?」
俺は 頭(かぶり) を振った。魔法剣は非常に希少であり、完成品の実物を見たことがなかった。当然、手に取ったことはない。
「良かろう。一度使ってみれば判るじゃろう。おい、あれを持ってこい」
ウルリッヒは弟子の一人に指示を出した。
指示を受けた若者は「はい!」と返事をし、弾かれるように奥に向かう。すぐに長さ一・五mほどの長細い木箱を抱えて戻ってきた。
ウルリッヒはその木箱を開け、一振りの長剣を取り出した。
「こいつはミスリルじゃが、火属性が付与してある。こいつで試し斬りをやってみてくれんか」
そう言って庭に向かった。
庭には太い木の棒が突き刺してあり、そこに弟子たちが古い金属鎧の上半身部分を設置していく。
「まずは、そのまま斬りつけてみてくれ」
俺はこの状況に戸惑っていた。納品前の魔法剣、恐らく数十億円の値が付く剣だ。もし、試し斬りで傷を付けたらと思うと、ぞっとする。
「その剣は納品前のものなんだろう?」
ウルリッヒは「うむ」と頷き、
「後は装飾に手を加えるだけじゃ。明日には納品する」
後は鞘や鍔などに装飾を加えれば完成らしい。ちなみに納品先はカエルム帝国の騎士だそうだ。
「だとしたら、不味いだろう。傷でも付けたら……」
「お前さんの腕なら問題ないじゃろう。多少の傷なら直せばよいしの」
そう言って取り合おうとしない。仕方なく、剣を受け取った。
その剣を手に取ると、さすがに世界有数の鍛冶師の作だと感嘆の溜息が出てきた。一点のくもりもなく、鏡のように磨き上げられた刀身。光が当たると、僅かに虹色の光沢が煌き、強い力を感じさせる。
その美しい刀身から目を離し、二度、三度と軽く振ってみた。
そして、再び溜息が出た。
程よい重量を感じながらも振る度に馴染んでいき、まるで手の延長のような一体感を感じさせる。
ベルトラムの剣も素晴らしい出来で同じような感じを受けたが、この剣は俺のために調整されているわけでもないのに、まるで俺のためにあつらえたかのような、そんな気さえしたのだ。