軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十八話「騎士ハリソン・ガネル:後篇」

トリア暦三〇一七年七月十九日

兄ロドリック・ロックハートと辺境伯の息女ロザリンド・ラズウェルの結婚の式典を明日に控え、式典を見ようとやってきた人々で溢れ返っていた。

そんな中、俺はデズモンド・ゲートスケル准男爵の部下、ハリソン・ガネルがどう行動するか考えていた。

今までのところ、ガネルに関する情報は皆無だ。騎士団が警備を理由にしてかなり大規模な捜査を行っていたが、全くと言っていいほど情報は集まっていない。

(奴が昨日のうちに情報を手に入れたとしたら、襲ってくるのは恐らく今日だろう……それとも、まだ俺の情報を手に入れていないのか。可能性は低くとも辺境伯を狙う方に賭けているのか……)

俺を狙わせるためにゲートスケルが死亡したという噂を故意に流したり、あえてリディたちとデートに出ると門衛に話したりしている。

門を守るのは第一騎士団に所属する兵士で、彼らには第一騎士団長のブレイスフォード男爵を通じて事前に説明してある。そのため、不自然にならない程度に、俺が街に繰り出していく理由を笑い話にして広めてくれている。

だが、ガネルの情報は全く入ってこない。情報を流し始めてあまり時間が経っていないとはいえ、多少なりとも動きが見えると思っていた。

門衛からの情報では知り合いに話をした程度で、情報を聞き出そうとした者はいなかったそうだ。

協力者が残っていないのか。それとも兵士たちが不審に思わないくらい前から協力者が騎士団に食い込んでいるのか。

前者なら当面は問題にならないだろう。仮に明日の式典で辺境伯を襲撃したとしても単独であれば失敗に終わる可能性が高いからだ。

だが、後者の場合はこちらの動きを読まれる可能性があり、ガネルを捕えるという作戦に齟齬が出る可能性がある。それだけでなく、辺境伯への襲撃が成功する可能性すら出てくるのだ。

昨日は襲われる可能性が低いと考えていたから、それなりに楽しんでいた。もちろん、待ち伏せの可能性があるような場所では警戒していたが。

そして、今日はリディの番だ。

彼女はいつものように白い麻のシャツ、濃い茶色の乗馬用のズボンにロングのブーツという出で立ちで、やや緑がかったブロンドの髪をポニーテールにしている。その姿は男装の麗人と言う感じで、男性より女性の視線を集めるほど颯爽としている。

いつものように門衛に一声掛け、俺たちは腕を組んで街に繰り出していく。

今日はリディの要望で食品関係の店を回ることになっていた。先日の宴会でデーゲンハルトの妻ヘーデと意気投合したそうで、彼女から良い店を紹介してもらったのだそうだ。

「おいしいチーズがあるそうなの。それに油漬けの魚もね。あの発泡ワインのつまみにばっちりあうはずよ」

いつの間にか、 発泡(スパークリング) ワインのつまみになりそうなものを聞き出していたようだ。

「でも、明日はお祭みたいなものだし、品数が少ないかもって……」

兄たちの結婚式は近隣の街や村からだけでなく、北部域全域から観光客がやってくるほどのイベントになっていた。元々ロザリンドことロザリーの人気は高く、更に兄も若き英雄として名を知らぬものはいない。その二人が結ばれると言うことで、ウェルバーンの街は祝賀ムード一色に染まっている。

いつも以上に人が多く、西地区に向かうにも一苦労だったが、何とか鍛冶師ギルド近くにある食料品店に到着する。

そこも人で溢れており、人ごみの苦手なリディは入るのを躊躇っていた。

「止めておくか? もう少し人が少なくなってからでも遅くはないし」

リディが頷こうとしたとき、後ろから声が掛かる。

「あら、ザックにリディアじゃないの。どうしたの?」

声の主はデーゲンハルトの妻ヘーデだった。身長百四十cmほどの小柄な体格ながら、声は大きく、肝っ玉母さんという感じだ。見た目は三十代半ばにしか見えないが、三十を過ぎた息子がおり、実年齢はデーゲンハルトとほぼ同じの六十代半ばだそうだ。

俺たちが人ごみに躊躇していると言うと、ヘーデは俺たちの手を引っ張り、

「こんなので怯んでちゃ駄目よ。ほら、ついておいで」

ずんずん店の中に進んでいく。リディが少し悲鳴を上げたような気がするが、全く気にされていない。

店の中はそれほど大きくなく、外以上に人でごった返していたが、ヘーデが大声で店主を呼ぶと、すぐに目的の場所、チーズの棚まで道が出来る。

「このチーズだよ」

彼女が指差したのはレッドチェダーかミモレットのようなオレンジ色のチーズの塊だった。その大きさは直径四、五十cm、厚さ二十cmほど。手にとって見るとずっしりと重い。

「これを薄く切って火で軽く炙るとほんとにおいしいんだから」

結局、そのチーズとオイルサーディンのような油漬けの魚――見た目はワカサギのような小魚――の入った壷、更にイチジクのような果物を干したものを買った。それだけで十五kgほどになり、帰りに取りにくるといって預かってもらっている。

( 収納魔法(インベントリ) に入れられれば楽なんだが、帰りはあれを持って帰るのか……それよりいつ襲撃があるかだ。まあ、これだけ人がいれば簡単には手が出せないはずだが……)

だが、俺のその甘い考えはすぐに裏切られることになる。

買い物を終え、店を出たときだった。

男がいきなり襲い掛かってきたのだ。

人でごった返す商店の出入口と言うこともあり、直前まで全く殺気を感じず、すぐ近くまで接近を許していた。

俺を狙ったのであれば、人が邪魔になるとは言え、避けることはそれほど難しくなかっただろう。だが、その男は俺の死角、リディの陰から襲ってきたのだ。

俺は寸前でその男の動きに気付いた。凶刃からリディを守ろうと彼女の腕を強く引く。突然の行動に驚きながらも、男の殺気を感じたのか、リディは倒れることなく身構えていた。

だが、俺の方は両脚で踏ん張る形になり、僅かに隙を作ってしまった。

男は既に俺の目の前に迫っており、刃渡り三十cmほどの細身の短剣で正確に心臓を狙ってくる。

棒立ちのような姿勢ながらも、何とか半身を傾けることで致命的な突きをかわす。だが、中途半端な姿勢があだになり、左肩を浅く斬り裂かれる。

鋭い痛みを感じるが、それほど深い傷ではないと判っていた。動かすことに支障はないと確信し、咄嗟にクナイ型の短剣に手を伸ばす。この狭い場所でここまで接近を許すとさすがにバスタードソードは使えない。

その間に、「ザック!」というリディの悲鳴のような声が街に響く。

男はもう一度短剣で突きを放ってきた。

鋭い突きではあるが、回避特化型の俺にとって、それほど脅威は感じなかった。回避に成功し、クナイで反撃を試みるほどの余裕があった。

余裕が出てきたためか、肩に焼けるような痛みを感じる。その痛みを堪えながら、斬りつけてきた男の顔を確認した。

その男は予想通り、ハリソン・ガネルだった。髪を黒く染めているが、鋭い目付きが特徴的で、ゲートスケル准男爵の後ろに控えていた男の記憶と一致している。

俺は痛む左肩を庇いながら、打って出ようとした。

だが、ガネルは再び斬り掛かることなく、踵を返す。

一瞬、罠かと思い、追いかけるのを躊躇った。

あっという間にガネルは人の波の中に消えようとしていた。

俺は大声で「誰か! 騎士団に連絡を!」と叫ぶ。人ごみの中に消える前にとやや焦りながらも最も得意な魔法、 燕翼の刃(スワローカッター) を放った。

ガネルとの間に既に多くの人がいたが、未だに視界には捉えている。

突然の刃傷沙汰に驚く人々の間を、魔法の燕がすり抜けるように飛んでいく。ガネルの姿はほとんど見えなくなっていたが、魔法の燕が彼の左太ももを大きく切り裂くのは見えていた。

俺はこれで何とかなると安堵し、奴を捕らえようと足を踏み出した。その時、左肩に痛みが走り、手傷を負ったことを思い出す。

(掠っただけだと思ったが、結構深手だったようだな……)

俺は慌てて治癒魔法を掛けようとした。だが、飲みすぎた時のような吐き気が襲い、ぐるぐると地面が回り始める。

いつの間にか地面に仰向けに倒れており、回り続ける空を見上げていた。

意識が遠のいていく。ざわざわという周りの雑踏が耳の中で古い映画のBGMのように反響していた。

(毒か……油断した……)

薄れる意識の中、無詠唱で解毒の魔法を掛けていく。遠くのほうからリディが俺の名を呼ぶ声が微かに聞こえていた。

後頭部に柔らかさを感じて意識を取り戻す。見上げるとリディの顔があり、泣きそうな顔で俺の頭を抱きしめていた。

解毒の魔法が功を奏したようだ。更にリディも解毒の魔法を掛けてくれたようで、さっきの不快さがきれいに消えていた。

既に出血は止まり、毒による意識の混濁も消えていたが、まだ体の自由が利かない。

「ガネルは……奴はどうした……」

俺の頭を抱きかかえるリディにそう声をかける。

「大丈夫なのね! ああ、良かった! 本当に……」

彼女の顔がぱっと明るくなる。そして、何度も良かったと呟き、更に俺を抱きしめていく。

「どのくらい気を失っていた? 他にケガをした人は……」

リディも少し冷静さが戻ったのか、周囲を見渡し、

「五分ほどよ、気を失っていたのは。それに他には誰も……」

バタバタという足音が響き、三十代くらいの騎士が俺に声を掛けてきた。

「大丈夫か? 今、治癒師を呼んでいるところだ……うん? 治療済みなのか?」

俺のことを知らないようで不思議そうにしている。

「ザカライアス・ロックハートといいます。私を襲った者はどうなったのでしょうか?」

俺はそのサウスオールという騎士にガネルがどうなったか尋ねた。

「ザカライアス卿でしたか。貴殿を襲った者は既に確保しております」

俺はリディの肩に掴まりながら立ち上がり、

「ありがとうございます。あの者はゲートスケル准男爵の部下、ハリソン・ガネルと思われます。大至急、総督府に一報を」

サウスオールはガネルという名を聞き、顔色が変わる。そして、一礼した後、ものすごい勢いで走り去っていった。

■■■

私――ハリソン・ガネル――はザカライアス・ロックハートの暗殺に失敗した。いや、ほとんど成功していたはずだが、なぜか失敗したのだ。

だが、奴を斬り付けた直後は暗殺の成功を疑うことはなかった。

店から出た直後の油断している状態でリディアーヌという女性を盾にするように接近した。殺気を消し死角から襲い掛かったのだが、さすがに腕の立つ剣術士だった。心臓を狙った突きはかわされ、左肩を薄く傷付けるだけに終わってしまった。

更に離脱する私に瞬時に魔法を放ち、左足を大きく傷付けてくれた。

私は逃げることを諦め、その場に膝をついた。

周りでは逃げ惑う女性たちの悲鳴と、家族を守ろうとする男性たちの怒鳴り声が入り乱れていた。

気付くと足元の地面が血で赤く染まっていた。

私は止血することなく、その場に仰向けに倒れこんだ。

私の視線の先には、七月の夏の青空が広がっていた。白い綿雲が流れ、一羽の小さな鳥が飛び去っていくのをぼんやりと見ていた。

私の心の中は達成感で満たされていた。ラズウェル辺境伯家ではないとはいえ、一矢報いることが出来たからだ。

彼の死を確認したわけではないが、猛毒を塗った短剣で傷を付けることに成功している。あの毒はオーガですら瞬殺できる猛毒だ。実際、帝都にいた時、この毒で何人も殺している。その中には屈強な獣人の男も含まれており、数秒で死ぬところを確認している。毒の効果は実証済みで疑う余地はない。

空を見上げて何分か経った頃、兵士の一団が走ってくるガチャガチャという甲冑の音が街に響く。

周囲の人々が私を指さしたようで、数人の兵士が私を乱暴に引き起こし、縄を打っていく。抵抗する気はなかったが、持っていた短剣はいつの間にか手放していた。

周りの様子がはっきりと見えてきた。

私を遠巻きにするように人垣が出来ている。ここだけでなく、ザカライアスを斬り付けたところにも人だかりが出来ていた。

私が何気に目を向けると、急に歓声に似た声が上がった。

私はなぜ歓声が上がるのか不思議に思った。あの毒で傷を付けられ、生き残れたものはいない。あの毒はルークスで開発された特殊な毒で、普通の人間なら指先を僅かに傷付けただけでも、数十秒で手遅れになるほどの即効性がある。今回は指先ではなく、心臓に近い肩だ。あの位置なら長くとも十秒で手遅れになるはずだ。

ザカライアスの連れはエルフの魔術師、リディアーヌ・デュプレだ。情報では四属性が使える魔術師で治癒魔法が得意だったが、僅かな時間で死に至る毒だ。間に合うはずがない。

そう思っていたが、人垣の中から、ふらつきながらも自らの足で歩くザカライアスの姿があった。私は自分の目を疑った。

「なぜ生きている……どうやって……」

私は思わずそう口走っていた。

そして、この男に恐れを感じていた。

森の中では三倍の戦力を相手に易々と勝利し、騎士団一個大隊ですら彼を殺すことは出来なかった。そして、私の切り札、ルークスの毒ですら彼の息の根を止めることができなかった。

ザカライアスは私に近づき、「ハリソン・ガネル殿だな」と私の名を口にした。

私は肯定も否定もせず、「なぜ生きている! 貴様は何者だ!」と叫んでいた。そして、足が傷付いていることを忘れ、彼に飛び掛ろうとしたようだ。

その時の記憶が曖昧だが、飛びかかろうとした瞬間に兵士たちに殴られ気を失った。

そして、私はどこかの尋問室らしい部屋の椅子に縛り付けられている。

恐らく騎士団本部の尋問室だろうが、窓のない部屋であり、どのくらい気を失っていたかも判然としない。

意識がはっきりしてくると、そこには第一騎士団長のブレイスフォード男爵と彼の部下らしい騎士が立っていた。

「ハリソン・ガネルだな」

騎士団長の問いに私は素直に頷く。ここに至っては抵抗することすら不毛だと達観していたからだ。

「貴様が今までにしてきたことを洗いざらい話してもらうぞ……」

私はすべて話すことにした。

それは贖罪の意味を含んでいる。大恩あるデズモンド様の仇を討てなかったことに対する罪に対して。

そもそも私がデズモンド様に仕えるようになったのは、帝都の大貴族に裏切られたことがきっかけだった。

その男は私が所属していた軍団の将だった。私はその貴族の直属の部下ではなかったが、同じ戦線で戦っていた。そして、奴は私がルークスに潜入し破壊工作を行うことを提案した。その提案が採用され、私の部隊は敵国に深く侵入していった。

奴は意図的に私の情報をルークス側に流し、それに呼応した敵を叩くという策を立てていた。その作戦は見事に成功する。

その頃、私の部隊は敵に煮え湯を何度も飲ませており、ルークスは大規模な掃討作戦を展開したようだ。私の部隊は十倍以上の敵に完全に包囲され、そして殲滅された。味方はその隙に重要な拠点を奪取し、更に引上げてくる敵の進路上に伏兵を置き、敵を蹴散らしたそうだ。

傍から見れば見事な勝利だっただろう。僅かな損害で数倍の敵を葬り去ったのだから。

私はその時、一人息子とすべての部下を失った。そして私自身も重傷を負い、捕らえられた。その後、数ヶ月間に渡り、ルークス国内の収容所で拷問に晒され続けた。

私はある協力者の力を借りて脱出した。その協力者がオーラフ・オウレット、今回 光神(ルキドゥス) の血なる薬を作らせ、デズモンド様の破滅の原因になったオウレット商会の会長を名乗る男だ。

オウレットの協力により、帝都に舞い戻ることが出来た。

私は既に戦死していることになっており、屋敷には妻も使用人も残っていなかった。部隊の全滅の責任を取らされる形で騎士の爵位と領地を奪われていたのだ。

私はすべてを失っていた。だが、このことは事前にオウレットから聞かされており、動揺はなかった。

私を嵌めた貴族に報復しようとした。その報復であの猛毒を使った。

護衛たちを次々と倒し、後は私を嵌めた張本人を殺せば終わりと言うところまで追い詰めることができた。だが、奴の悪運は強かった。護衛を倒すだけで毒を使い果たし、毒による暗殺に失敗したのだ。それでも護衛を失った奴を殺すことはできると、剣で斬り殺そうとした。だが、奴の両腕を切り落としたところで別の護衛たちが現れてしまった。

私はその場から逃走した。だが、奴の親族は執拗に私を追跡してきた。数日間の逃走劇を繰り広げたが、大貴族の権力を使った捜索で私は徐々に追い詰められていった。

傷付き朦朧とする私は偶然、デズモンド様と出会った。デズモンド様は傷ついた私に治癒師を手配するだけでなく、北部総督府の代表団の随行員に紛れ込ませ、奴らの捜索の手から逃れさせてくれた。その時、デズモンド様はまだお若く、私を紛れ込ませるだけの権限はなかった。もし見付かれば、デズモンド様も手に入れたばかりの地位を失っていたはずだ。

私は運よく、ウェルバーンまで逃げ延びることができた。

私はそこで初めて疑問を口にした。なぜ地位を失う危険があるのに私を助けてくれたのかと。すると、デズモンド様はこうお答えになられた。

「爵位だけの無能な者が嫌いなだけだ。特にそれを振りかざす奴は……貴様を助ければ奴らに一泡吹かせることができる。私にとってはそれだけの理由だ」

だが、それは明らかに嘘だった。

一泡吹かせるだけなら、口の堅い治癒魔法の使い手を自ら捜すようなことはしないだろう。更に自らの荷物を処分してまで荷馬車の中に私の入るスペースを作ってくれるようなことも。

結局、理由は判らなかったが、私はデズモンド様に恩を感じ、忠誠を誓うことにした。

そして、名をハリソン・ガネルと改め、タイスバーン子爵家に仕える騎士となった。

デズモンド様は有能だが経験がなく、危うく思えた。私は独断で主の敵となりうる人物、栄達の邪魔になる人物を排除していった。

五年ほど前、オウレットが私のところにやってきた。その時はアウレラの商人として。

彼は私にある提案をした。

辺境伯の嫡男パトリック・ラズウェルが邪魔ではないかと。

あまりのことに彼の言い分をはっきりと覚えていないが、確かこのような感じだったはずだ。

ゲートスケル卿が栄達の階段を上がり続けるには、タイスバーン子爵閣下の栄達が必須。そのためにはラズウェル辺境伯家を子爵閣下が掌握する必要があると。

確かにオウレットの言い分は理解できる。だが、発覚した際のリスクを考えれば躊躇せざるを得ない。

彼はそんな私に二種類の薬物を手渡してきた。その二種類の薬物を摂取すると心臓が徐々に弱り、衰弱死すると言う薬だった。ただし、二種類の薬物を摂らなければ、全く症状が現れないというものだった。

私はオウレットの誘いに乗った。パトリックが遠乗りを趣味としていることを知っており、よく立ち寄る村があることもすぐに判った。そこで必ず立ち寄る村長宅の水瓶に一つ目の薬を入れておく。更に辺境伯家の厨房の調味料にもう一つの薬を混ぜ込んでおいた。

毒見が行われても全く問題はなかった。遠乗りに同行するのは騎士たちであり、食事を一緒にとることがなかったからだ。

そして、パトリックは死んだ。辺境伯家からの発表では心臓の病気が原因となっていた。

オウレットはその後、麻薬である“ 光神(ルキドゥス) の血”の製造以外、何も要求してこなかった。それどころか多額の融資と奴隷による労働力の提供を行い、タイスバーン子爵領の発展に貢献した。その時はそう考えていた。

オウレットについて私なりに調べてみたが、ほとんど何も判らなかった。唯一判ったのは、薬品卸の商会を営む商人であることだけだった。

ただ、ルークスでは教団が薬物について人体実験を行っているという噂を聞くことができた。オウレットはその関係者か、その組織に近い人物であったのだろう。

そのオウレットの目的が帝国に混乱を与えることだと容易に想像できた。

私は帝国に混乱が起きようが構わないと考えていた。帝都の腐った貴族どもに打撃が与えられるなら、積極的に手を貸そうとさえ思っていた。

だが、オウレットの考えは私の思いとは全く違った。彼の考える混乱は北部域を震源とするものであり、その中心がタイスバーン子爵閣下とデズモンド様だったのだ。

私がそのことに気付いたのは、北部域での反乱を示唆されたときだった……

私が語り終えると、ブレイスフォード騎士団長が拳を強く握っているのに気付いた。

「貴様がパトリック様を……ルークスの手先だったとは……」

私はこれで死ねると思った。

心残りはデズモンド様の仇を討てなかったことだが、あの方がそれを望むことはないだろう。

尋問が終わってから私は監視の兵士とともに部屋に残された。騎士団長らが私の告白を聞き、慌てて出ていったためだ。

陽が傾き始める頃、一人の少年が部屋に入ってきた。その少年はザカライアス・ロックハートだった。