作品タイトル不明
第二十一話「ロックハートとは」
昨夜の反乱の後始末について、ラズウェル辺境伯と話し合った後、もう一つ大事な案件が残っていることを思い出した。
「閣下にお願いがございます」
先ほどまで沈んでいた辺境伯だったが、俺との会話で吹っ切れたのか、いつもの明るい笑顔を見せ、「何かな」と尋ねてきた。
「今回の功労者、ドワーフの鍛冶師たちへの褒美についてです。彼らは自らの危険を顧みず、城門を破壊してくれました。それに対し、閣下から褒美を与えてほしいのです」
そこまで言ったところで、辺境伯は俺が何を求めているのか理解する。
「ロックハート家からの献上品である蒸留酒を与えよというのだな。よかろう、その方が酒も喜ぶだろう」
「ありがとうございます」と頭を下げる。
そして、この先の議論は俺が立ち入る領分ではないと言って、辺境伯の執務室を辞去した。
辺境伯の部屋を出た後、未だ魔力切れが回復していないリディとシャロンを残し、ベアトリスとメル、そしてダンとともに鍛冶師ギルドウェルバーン支部を訪ねた。
前回の件で身構えてしまったが、さすがにドワーフたちで溢れていることはなく、ロビーは閑散としていた。恐らく、これが 平常運転(通常の状態) なのだろう。
受付のカウンターには前回支部長室へ案内してくれた男性職員――ジョナサン・ウォーター――がおり、彼に用件を伝える。
「昨日の鍛冶師がたのご助力に対する御礼を申し上げたいのですが、デーゲンハルト支部長は御在席でしょうか」
男性職員は 恭(うやうや) しく一礼した後、すぐに支部長室に案内を始める。
俺は支部長に確認しなくて良いのかと思いながら、男性職員の背中を見つめる。
(それにしても、支部長に一言連絡を入れてから案内するのが常識だと思うが……鍛冶師ギルドにおける“ロックハート特権”という奴かも知れないな……)
そんなことを考えながら、支部長室に入っていく。
デーゲンハルトは立ち上がって俺たちを出迎え、
「本当に無事だったようだな。それにしても今日は何の用だ? まだ、後始末が残っておるんじゃないのか?」
俺は大きく頭を下げ、父マサイアスの使者としての言上を述べ始める。
「この度の鍛冶師がたの御助力、感謝に堪えません。本来なら、父マサイアスが直接お礼申し上げるべきかと思いますが、此度は私が使者としてデーゲンハルト殿に……」
そこまで言ったところで、「堅い、堅い」と言って、俺の言葉を遮る。
「俺たちは礼を言われるためにやったわけじゃねぇんだ。飲み仲間を助けるために一肌脱いだに過ぎん。お前もいつも通りにしろ」
ぶっきらぼうな口調だが、目は笑っている。
「了解。率直に言わせて貰うよ」と言って、笑みを浮かべる。ちなみに以前の“宴会”でタメ口で話すように言われており、それ以来、敬語は使っていない。
「今回の件で、総督閣下が鍛冶師がたに礼がしたいとのことなんだ。それで ロックハート家(うち) が献上した蒸留酒をギルドに寄贈したいとおっしゃっている」
蒸留酒というところでデーゲンハルトの目がきらりと光るが、前回のように食いついてこない。
逆に先ほどまでの友好的な雰囲気が消え、やや厳しい表情になっていた。
「俺たちが辺境伯を助けた。だから俺たちに酒をくれると……気に入らねぇな」
俺は何が気に入らないのか理解できなかった。
「どこが気に入らないんだ? 領主を助けて褒美を貰う。当たり前過ぎると思うんだが」
デーゲンハルトは「そこが気に入らんのだ」と言った後、ダンに向かって話し始める。
「お前さんは何で城を抜け出して助けを呼びにいったんだ? 敵がうようよいる庭を突っ切ったそうじゃないか」
突然話を振られたダンは困惑の表情を浮かべる。デーゲンハルトはそれに構わず話を進めていく。
「お前は褒美がほしいから命を掛けたのか? 違うだろう。ザックがヤバイと思ったから、危険を承知で助けを呼びにいったんだろう?」
ダンはその言い方が不本意なのか、やや上擦った声で叫ぶように答える。
「もちろんです! 褒美のことなんか考えてもいません!」
デーゲンハルトは小さく頷く。
「俺たちも同じだ。ロックハートの連中を助けてぇと思ったから助けた。酒が欲しくてやったわけじゃねぇ……確かに俺たちドワーフは酒好きだ。それを誇りにすら思っている。……だがな、俺たちにも譲れねぇもんがある。仲間を助けるのに見返りを求めるなんざ、俺たちのやり方じゃねぇ」
どうやら、褒美を下賜されるという点が気に入らないようだ。
(貰えるものなら貰っておけばいいと思うんだが、そういうもんでもないのだろうな。要は矜持を傷付けられたと思ってしまったわけか……俺の言い方が悪かったようだ……)
俺が堅苦しい物言いで褒美の話をしたことが原因のようだと気付く。確かにドワーフだから、褒美に酒をやれば喜ぶと単純に考えていたところはある。
(しくじったな。さて、どうすべきか……)
「とりあえず、この話はなかったことにしてほしい」と頭を下げる。
デーゲンハルトは小さく頷くと、静かに話し始めた。
「話は変わるが、俺たちがこれほどまでにロックハートに拘る理由、それを分かっているか?」
俺は質問の意味がよく分からず、「今までにない強い酒を造ったからじゃないのか」と首を傾げる。
デーゲンハルトは真剣な表情で話を続ける。
「ロックハートは 職人の名(・・・・) を酒につけた。これが俺たち職人にとって、どれほど衝撃的だったか……それを分かっているか?」
俺は素直に 頭(かぶり) を振る。
「新しい酒に“ロックハート”の名を付けても誰もおかしいとは思わん。いや、普通ならそうするだろう。それなのにだ。ロックハートは 無名(・・) の職人の名を付けたんだ……」
デーゲンハルトの言いたいことは、ロックハート家は職人の名、すなわちスコットの名を酒につけた。それが職人気質のドワーフの鍛冶師たちにとっては衝撃的なことだった。もちろん、剣などに名工の名が冠されることはある。だが、それは“誰々の剣”などという固有名詞だ。
しかし、今回は“酒”の名、つまりビールやワインなどと同じ、一般名詞になりうる物に職人の名がつけられた。更に言えば、領主にとって重要な収入源となりうる土地の名産品に一介の、そして無名の職人の名をつけたのだ。このことは、その職人に対する強い信頼を示しているというのだ。
「……ロックハートは職人が魂を込めた仕事を正当に評価した。いや、それ以上だな。俺たちは最初、そんな領主はいるわけねぇって疑った……」
真相を知っている俺は沈黙するしかなかった。
「……もう一つ大事なことは、ロックハートはどんな偉い奴からの引き合いにも応じなかった。言っちゃ悪いが、ロックハートは田舎の、それも平民上がりの騎士だ。その成り上がりの田舎領主が爵位と領地を前にしても首を縦に振らなかった。条件を吊り上げているって言う奴もいた。だが、どんな条件を出されても、頑として譲らなかった」
俺は“田舎領主”という言葉に苦笑しながら、「父も祖父も田舎暮らしが性に合っていると言っているからな」と答える。
デーゲンハルトは俺の軽口を無視して、更に真剣な表情で話を続けていく。
「俺が一番信じられなかったのは、蒸留酒を独占するつもりがねぇことだ。これだけの技術だ。普通なら秘伝にする。俺たちドワーフでも、新しい技を編み出したら弟子にしか教えん。だが、ロックハートは違った。誰にでも無条件で教えてやるって言うじゃねぇか」
「無条件じゃないぞ。やる気のない奴に教えるつもりはない」
「ああ、そうだ。だが、やる気のある奴には誰にでも教えるんだろう。その理由がもっと信じられなかった……」
そこで俺の目をしっかりと見つめ、力強く訴えてくる。
「酒の質が落ちるから。ただ、それだけの理由なんだ!」
少し興奮したと思ったのか、少しばつの悪そうな顔をする。だが、すぐに話を続け始めた。
「今でもそんなはずはねぇと思っている奴は多い。だが、俺たちドワーフは違う。 ロックハート(・・・・・・) は 俺たち以上(・・・・・) に酒を愛していると気付いた……俺たちが、ドワーフの俺たちが酒のことで負けたと思ったんだよ。ロックハートにな」
確かに外から見れば、そう見えるかもしれない。だが、俺には過大評価としか思えなかった。
「そう言ってくれるのはありがたいが、それは過大評価だぞ。確かに酒の質は落としたくない。だが、それは粗悪な酒が広がれば、俺たちの酒も同じだと思われて売れなくなる。ただそれだけの理由だ」
そして、「まあ、俺が酒好きなのは否定しないがな」と笑いながら付け加える。
「お前がどう思おうがどうでもいいんだ。要は、俺たちドワーフはロックハートの心意気って奴に惚れたと言いたいだけだ」
ドワーフたちがなぜスコッチに、そしてロックハート家に拘るのか、ようやく理解できた。彼らの職人の、そして、酒飲みの魂の琴線に触れたのだ。
ドワーフは国を持たない。カウム王国に比較的多く住んでいるが、それは山岳国家であり、豊富な金属資源が多いからに過ぎない。
もちろん、カウム王国もドワーフたちを優遇しているから、居心地はいいのだろう。しかし、ドワーフたちはカウムの王室に対して忠誠を誓っているわけではない。
もし、カウムがドワーフたちの怒りを買えば、彼らはすぐにでもカウムから出て行くだろう。彼らにとって重要なのは、仕事のやりやすい環境であって、国家という枠組みなど全く気にしないからだ。
ドワーフたちが国を興さないのは、単に面倒だからだろう。一国の元首に匹敵する鍛冶師ギルドの長という地位ですら、彼らにとっては面倒なだけで全く魅力を感じていないはずだ。現にここにいるデーゲンハルトは支部長という仕事を嫌っている。
逆に言えば、ドワーフたちは非常に自由だ。国という組織に縛られず、腕一本でどこででも生きていける。
俺はそんな彼らに憧れに似た感情を覚えていた。
(俺にとっては理想的な生き方だな。どこでも生きていけるっていう自信と気概。それさえあれば、自由に生きていける。今の俺には到底無理だが、そのうち……)
その後、城門を破壊したときの話になった。
「しかし、あの大きな 蝶番(ヒンジ) をよく壊せたな」
俺の問いに「あれの構造はよく分かっているからな」と何でもないように答え、
「 蝶番(ヒンジ) にゃ、 獣脂(グリース) を詰める隙間がある。その隙間の分、僅かだが、“ガタ”があるんだ。叩きゃガタの分だけ 軸(ピン) が動く。そうすりゃ、 蝶番板(プレート) と 軸(ピン) がガツンとぶつかるんだ。後は簡単だ。プレートとピンが当たるタイミングでぶっ叩けばいい……」
デーゲンハルトの説明を聞いて驚くというより呆れた。
彼らが城門を破壊した方法は、蝶番の板側と軸側にある僅かな隙間を利用して軸に直接衝撃を与え続けることだった。
門扉が揺れるタイミングを計って、板と軸が接触した瞬間に衝撃を加えていく。一定のリズムだったのは、門扉の揺れの周期に合わせていたためだそうだ。
どうやって板と軸が接触したタイミングを計ったかと尋ねると、「耳だ。音で分かる」とあっさり答えられてしまった。
理屈は分かる。 軸(ピン) が 板(プレート) に押し付けられている時に衝撃を加えれば、その衝撃力はすべて 蝶番(ヒンジ) に加わる。
しかし、少しでもタイミングを外せば、門扉の板部分に衝撃を与えるだけで蝶番を壊すことはできないだろう。
この場合、理屈が分かるのと実際に行うのでは天と地ほどの違いがある。
(二十人全員が耳で聞き分けていたのか……ここまで来ると職人技というより、神技だな。ベルトラムが俺の説明だけで日本刀モドキを作れたのも意外じゃないってことか……)
ラスモア村でドワーフの鍛冶師ベルトラムに日本刀モドキのバスタードソードを打ってもらったことを思い出していた。あの時の俺の説明はいい加減だったが、彼の腕のおかげで優秀な剣ができたのはこういう土壌があったからだと納得した。