作品タイトル不明
第十三話「ゲートスケル准男爵:前篇」
七月十一日午後七時頃。
ラズウェル辺境伯の居城に、鍛冶師ギルドのデーゲンハルト支部長からの手紙が届いた。
今日の昼に依頼したマドックら盗賊の武器の購入者に関する情報を伝えてくれたのだ。
そして、その手紙には意外な情報が記されていた。
長剣、両手剣、槍の共通の購入者は、商業都市アウレラに本拠を置くオウレット商会だった。
(オウレット商会? 聞いたことがないな……)
さすがにタイスバーン子爵家の名がそのまま出てくるとは思っていなかったが、アウレラの商人の名が出てくるとも思っていなかった。
ラズウェル辺境伯家を取り仕切るオールダム男爵なら知っているかもしれないと、オールダムに確認するが、
「オウレット商会……聞いたことはございませんな。明日にでも商業ギルドに確認してみましょう」
商人たちとの接点が多いはずのオールダムですら、オウレット商会の名を知らなかった。
翌日、俺は鍛冶師ギルドに調査を依頼した。
依頼内容はオウレット商会が他の武器を購入していないかということだ。もしかしたら、単なる武器商人で偶然マドックたちにその武器が渡った可能性もある。
デーゲンハルト支部長はすぐに職員を各工房に派遣してくれた。
オールダムも商業ギルドのウェルバーン支部に部下を派遣し、オウレット商会について調査を行ったようだ。
その日の夕方、オールダムと俺が集めた情報を照合してみたが、中堅どころの薬品関係の商会であり、今まで武器類の取引は行っていなかったこと、ギルド支部にもほとんど顔を出していない新参の商会であることしか分からなかった。
更にもう一つ、オールダムから情報がもたらされた。
「ゲートスケル准男爵の部下、ハリソン・ガネル殿が子爵領に向かったようです」
ハリソン・ガネルという人物はゲートスケル准男爵の 懐刀(ふところがたな) であり、先日、タイスバーン子爵らの後ろにいた白髪の武人だが、あまり強い印象は残っていない。だが、子爵領の治安・軍事関係に強い影響力を持つ騎士だそうだ。
「……子爵領の治安向上に彼の手腕が生かされたと聞いております。ただ、あまり芳しくない噂もあるようで……」
ガネルは対ルークス戦線で活躍した騎士だが、単純な戦闘だけでなく、諜報活動や後方破壊活動などにも従事していたらしい。
噂によれば、ルークス国内で暗殺なども行っていたようで、彼がゲートスケルのもとで働くようになってから、タイスバーン子爵領内で有力者が何人も不審な死を遂げ、それらにガネルが関与しているのではないかという。
「……この時期にガネル殿が子爵領に戻ったということは、何らかの準備、言葉を飾らずに言えば、ロザリンドお嬢様のご結婚を妨害するための準備を行いにいったのでしょう。幸い、タイスバーン子爵閣下もゲートスケル卿も軍事に明るくはありません。ですから、ガネル殿が戻るまでは、ウェルバーンでは何も起こらぬと考えてよいでしょう。今のうちにこちらも手を打つ必要がありますな……」
しかし、オールダム男爵の予想は完全に裏切られた。
それも最悪の形で。
■■■■
私、デズモンド・ゲートスケル准男爵は、騎士であるイートン・ゲートスケルの次男に生まれた。
ゲートスケル家は帝国北部に領地を持つ騎士の家で、私には一歳年上の兄がいる。その兄は武人として多少の才はあるようだが、際立った才能も無く、領主としては全くの無能だ。
逆に私には武人としての才能が無い。だが、文官としてなら十分以上の能力を持っていると自負している。その証拠に上級貴族でもない私が帝都プリムスにある帝国高等学術院を上位の席次で卒業している。
しかし、兄がゲートスケル家を継ぐことは、私が学術院を卒業する遥か前から決まっていた。
帝国高等学術院は上級貴族のための高等教育機関であり、帝室関係者や公爵家などの子息が多く学んでいる。彼ら上級貴族に対し、門戸は大きく開かれている。
しかし、貴族でもない私のような者は入学すること自体、非常に困難だ。更に入学後の成績においても、爵位によって成績が水増しされており、その不利な条件で上位に食い込むのは血の滲むような努力が必要だった。
私は自分がゲートスケル家を継ぐことはないという事実を知ってから、帝都で官僚となることを夢見るようになっていた。だから、どのような努力でも厭わなかった。その結果が成績上位での卒業だった。
そんな私の努力は全く無駄だったようだ。
帝都は想像以上に腐敗し退廃的だった。帝都には世襲によるポストの分配と前例主義が蔓延っていたのだ。
帝室関係者や上級貴族への賄賂なくしては、人事担当者に会うことすらできなかった。
すべては金と縁故。その巨大な壁が私の前に立ちはだかったのだ。
私には自信があった。
機会さえ与えてもらえれば、必ず実力を認めてもらえると。だが、その機会すら金が必要だったのだ。
そんな時、偶然コンスタンス・タイスバーン子爵閣下と知遇を得ることができた。
コンスタンス様が北部総督の名代として帝都に来たのは全くの偶然だ。そして、その旅の途中で文官が一名病死し、欠員ができたことも。
私はその機会に自らの全てを賭けた。
北部の事情に通じていたこと、特に北方街道の経済的な価値について持論を持っていたことも運が良かったと言えるだろう。コンスタンス様と共に宰相閣下に報告に訪れた際、閣下からのご下問が私の専門分野であったことも私の運の良さだ。
コンスタンス様の随行員の末席に潜り込んだ私が、公爵である宰相閣下に直答し、私の言葉に宰相閣下が感銘を受けたこと、そして、それがコンスタンス様に対する評価を押し上げたことは運の良さではなく、私の実力と言ってもいいはずだ。
これが切っ掛けとなり、タイスバーン家の家臣として取り立てられた。そして、コンスタンス様は私に全幅の信頼を寄せ、二十歳になったばかりの私には相応しくないほどの大きな案件、自領の改革という大仕事を任せてくれたのだ。それも全権を委任する形で。
私はその信頼に応えるべく、まさに身命を賭して仕事に励んだ。
それでもタイスバーン子爵領の状況は中々改善されなかった。主要街道から遠く離れた東部のポルタ山地近くという地理的な条件と、主要な産業が農業以外にない状況では、小手先の改革案では即効性はなかった。
私は結果を出せずに焦っていた。
そんな時、アウレラの商人、オーラフ・オウレットが現れた。
彼は私の部下、ハリソン・ガネルと旧知の間柄で、ある薬品の原料である植物の栽培を条件に、多額の融資と奴隷による労働力の提供を申し出た。
私は胡散臭いものを感じたが、その魅力的な条件に、オウレットの提案に乗った。
五年ほど前から、その薬品、“ 光神(ルキドゥス) の血”の原料を生産し始めた。“ルキドゥスの血”はルークス聖王国で使用される薬物で、兵士の士気向上を目的とした一種の麻薬だ。
その薬物を使用すると、精神の高揚、身体能力の向上、闇属性魔法に対する耐性強化などの効果とともに指揮官の命令に忠実になる。それは貧弱な農民兵が歴戦の精鋭部隊と互角に渡り合えるようになる悪魔的な薬物だった。
当然、デメリットはある。
効果の持続時間が四時間程度と短いこと、服用後に反動で動けなくなること、習慣性があることなどだ。
本来なら、交戦国であるルークス聖王国に利することになる薬物の製造に関わることは利敵行為に当たる。その点について、オウレットに問い質した。
「私は帝国の騎士の家に生まれた。そのことを誇りに思っているのだ。貴様の提案は利敵行為そのものではないか」
オウレットは脂ぎった顔に笑みを貼り付けたまま、私を説得に掛かる。
「ゲートスケル様はあくまで私の商会にお売りになるのです。私の知る限り、ルークスと取引をしている商人と取引をしてはならないという法はございません。更に言えば、このルキドゥスの血はルークス国内でも禁止しようとしている劇薬です。それを広めることは敵国の国力を下げる立派な謀略ではありませんか」
オウレットの情報によると、ルークスの行政府、聖王府では“ルキドゥスの血”の使用を止めるよう光神教教団本部に働きかけているそうだ。
聖王府の役人たちの言い分は、労働力である農民を無駄に使い潰すだけでなく、その製造過程でも多くの中毒者が出るため、国力の低下を招くというものだ。
ただ、教団側、特に聖騎士たちは農民兵が戦力とならないと、国そのものが危ういといって反対している。実際、ルークスの主力は農民兵による人海戦術であり、それを支える“ルキドゥスの血”の使用を止めれば、膠着状態にある西部戦線が大きく様変わりする可能性はある。
私はオウレットの言葉をそのまま受け取ったわけではないが、彼の詭弁にも似た 論理(ロジック) に乗ることにした。
オウレットは約束通り、タイスバーン子爵領に対し、百万 C(クローナ) (=約十億円)の低利の融資を開始した。これにより、高利に喘いでいた子爵領の財政はとりあえず一息つくことが出来た。
更に労働力として百人単位での奴隷の供給が行われた。奴隷の所有権はオウレット商会にあるが、実際には無償で貸し出されている。もちろん、食費などの維持費は子爵領持ちだが、それでもルキドゥスの血の原料となる“ 血華蓮(けっかれん) ”と呼ばれる植物の栽培ですぐに元は取れる。
この血華蓮という植物は、湿地や池に生える蓮科の植物だ。その名の通り、鮮血のような赤い花を年に数回咲かせ、花びらが落ちた後に 瘡蓋(かさぶた) のようなどす黒い色の実を付ける。
タイスバーン子爵領は帝国北東部、ファータス河――カウム王国から流れる大河――沿いにあり、何本もの支流がファータス河に流れ込むため、湿地や池が多く存在する。
本来なら水が豊かで肥沃な大地は、開墾すれば農地に適しているのだが、資金難と労働力不足により、手付かずとなっていた。それが幸いし、血華蓮に適した土地が多く残っていたのだ。
その好条件をオウレットも当然知っていたのだろう。
“ルキドゥスの血”の生産は一年目から順調だった。オウレットが原料となる血華蓮の実をすべて買い取り、それをアウレラに運んでいく。タイスバーン子爵領はその売却益から借入金を返済していった。
二年目には更に融資額を上げ、領内の基盤整備を行っていった。街道の整備、農地の開墾、商業ギルドの誘致……その全てがうまくいった。
オウレットは昨年の春頃から“ルキドゥスの血”自体の製造を始めた。
理由を聞くと、ルークス国内での取締りが厳しくなり、製品として直接教団に持ち込む方がリスクが少なく、更に儲けも多いからだそうだ。
唯一の懸念である製造時発生する中毒者だが、奴隷を使うことによって顕在化することはなかった。
取締りが厳しくなったのは、ルークス国内の政変、光神教教団トップの交代を機に聖王府が巻き返しを図った結果だそうだ。
この頃が私の絶頂期だった。
私の行う政策はすべて成功し、帝国北部で最も貧しいと言われたタイスバーンがウェルバーンにも匹敵する豊かな土地に変わったのだ。
私に対する評価は天井知らずで、その結果、四年前に准男爵の爵位を賜ることができたのだ。更にコンスタンス様の息女ヘロイーズを妻に迎え、公私共に充実した日々を過ごしていた。
だが、その充実した日々も終わりを告げた。
急速な発展を遂げたタイスバーン子爵領に対し、北部総督ラズウェル辺境伯が疑念を抱いたのだ。
最初は視察という形だったため、気付かなかったが、辺境伯の手の者が領内をくまなく探っていく。
幸い、その時は血華蓮の栽培に気付かなかったようだが、老練な辺境伯は何度も探りを入れてきたのだ。
私も手をこまねいていたわけではなかった。
辺境伯が探りを入れてくる前から、ラズウェル家に揺さぶりを掛けたのだ。
ラズウェル家には明確な弱点がある。
それは後継者だ。
この弱点はコンスタンス様にとって好機でもあった。
私が採った手は、辺境伯の息女ロザリンドとコンスタンス様のご嫡男エグバート様のご結婚だ。
エグバート様がラズウェル家に入り、更に高齢を理由に現北部総督ヒューバート・ラズウェル辺境伯を隠居させる。その後、コンスタンス様が嫡孫フランシスの後見となってラズウェル家を合法的に牛耳れば、法的にも道義的にも問題はない。
一年前、辺境伯の方が先に手を打ってきた。それはロザリンドとロックハートの嫡男ロドリックとの婚約発表だった。
当初は辺境の騎士に過ぎないロックハート家が障害になるとは考えなかったが、調べていくうちに辺境伯の老獪さが分かってきた。
ロックハート家は鍛冶師ギルドを動かせる 唯一(・・) の存在であり、各国は 挙(こぞ) ってロックハート家の引き抜きを行っていた。
辺境伯はその嫡男を婿として取り込むことで、ラズウェル家の政治的な基盤を強化したのだ。
婿であるロドリックがロックハート家の当主となれば、ラズウェル家の思惑通りに鍛冶師ギルドを動かせる。実際に動かせるかはこの際全く問題にならない。ルークスの支配者すら葬り去ることができる強大な力を、ラズウェル家が手に入れたと 見える(・・・) ことが重要なのだ。
更に厄介なことに、ロドリックは結婚を機に辺境の領地に帰るという。
ロックハート家の領地であるラスモア村は東の自由国境地帯にある飛び地であり、帝国の力がほとんど及ばない土地だ。
つまり、ラズウェル家とロックハート家を同時に破滅させることは現実的には不可能となる。よって、ラズウェル家に何かあれば、ロックハートが敵に回る。その意味を考えない愚か者以外は、ラズウェル家に手を出せなくなったのだ。
もし、ラズウェル家の嫡孫フランシスを害したと仮定すると、その実行者は強烈な報復を受けるだろう。今後、ドワーフたちとの取引ができなくなるだけでなく、ドワーフたちの意向を気にする商人たちとも取引ができなくなるのだ。
これは商業活動の致命的な停滞を意味する。その覚悟がない限り、ラズウェル家に手を出せないようにしたのだ。
それでも私にはまだ余裕があった。