作品タイトル不明
第十二話「鍛冶師ギルドウェルバーン支部:後篇」
七月十一日、午前十時過ぎ。
俺たちはマドックら盗賊から回収した武器の鑑定を頼むため、鍛冶師ギルド、ウェルバーン支部に来ていた。
俺が鍛冶師ギルドに入り、名を告げた瞬間、受付にいた男性職員は突然、奥に向かって駆け出した。それはオールダム男爵の紹介状を出す暇がないほど素早い行動だった。
俺が「あの……」と声を掛けるが、彼は走りながら、「少々お待ちください。すぐに戻りますから、絶対に待っていてください」と泣きそうな顔で答え、そのまま建物の奥に消えていった。
俺はそれを茫然と眺めていたが、周囲から、「ロックハートだと」とか、「ザカライアスと聞こえたが」という声が聞こえ、思わず周りを見回した。
周りには壮年のドワーフたちが俺のことを興味深げに見詰めている。居心地が悪いというわけではないが、何となく微妙な空気が一階のロビーを支配しているように思えていた。
それから二、三分すると、先ほど走り出した男性職員が息を切らせて戻ってきた。
「こ、こちらへどうぞ。はぁはぁ……し、支部長がお待ちです……はぁはぁ」
俺が「外に荷物があるのですが」と言うと、「す、すぐに手配します。と、とりあえず支部長室にお願いします」と泣きそうな顔で頭を深々と下げる。
俺は仕方なく、走るように大股で歩く職員の後に続いて建物の奥に向かった。
支部長室は二階の最も奥にあり、結構な距離がある。
(この距離をあの時間で走りきったのか? それにしても、あまり良い予感はしないんだが……)
支部長室の前に到着すると、職員はノックもせずに「ザカライアス・ロックハート様をお連れしました!」と叫び、扉を勢いよく開ける。
そして、「どうぞ」と言いながら、俺を部屋に押し込むと、逃げるように立ち去っていった。
俺はその対応に困惑しながらも、中にいる恰幅のいい壮年のドワーフに相対する。
「デーゲンハルト支部長でよろしかったでしょうか。私はカエルムの騎士、マサイアス・ロックハートの次男、ザカライアス・ロックハートと申します。この度は……」
俺が名を名乗ると、デーゲンハルト支部長は「ほ、本当にザカライアス・ロックハートなのだな」と呟く。そして、俺の言葉を遮ったことに気づくと、「いや、これは失礼した」と頭を下げ、ややばつの悪そうな顔をしていた。
「デーゲンハルトだ。頼みごとがあるそうだが、我々にできることなら協力は惜しまん。何でも言ってくれ」
デーゲンハルトはそう言うと、右手を差し出し握手をしながら、俺に椅子を勧めてくれた。
俺は腰を落ち着ける前にと、リディたちのことを話そうとした。
「その前に仲間たちが荷馬車のところにいます。荷物もありますので……」
彼は再び俺の言葉を遮り、今度は「に、荷物だと!」と大声で叫んだ。
俺はその行動に驚きながらも話を続け、
「見ていただきたい武具と……」
そう言った瞬間、デーゲンハルトはこの世の終わりのような落胆を見せ、がっくりと肩を落とした。
しかし、次の言葉、「……後は大したものではありませんが、スコッチを一樽……」という言葉で「スコッチだと!」とほとんど怒号ともいうべき、耳が痛くなるような大声を出していた。
その声にどこからともなく、「スコッチと聞こえたが?」、「どういうことだ?」と言いながら、デーゲンハルトよりやや若いが、ベテランの鍛冶師らしいドワーフたちが俺の周囲を取り囲んでいた。その様子はまさに湧き出てきたようで、俺の気配察知が全く役に立たなかった。
(いつの間に現れたんだ! 全く気付かなかった……それにしても、何人いるんだ? 十人じゃきかなさそうだが……しかし、これだけの人数を察知できなかったとは……)
俺は彼らの出現に呆然としながら、ドワーフたちを見ていた。デーゲンハルトを含め、彼らは皆、興奮しており、話ができない。
どちらも声を掛けることなく、時間だけが過ぎていく。
そこに救世主が現れた。先ほどの職員が「荷物は集会室に運び込みました。お連れ様もご一緒です」と報告したのだ。
その言葉でデーゲンハルトは落ち着きを取り戻したのか、 厳(いかめ) しい顔で頷くと、「では、集会室に行くぞ」と言って歩き出す。部屋にいたドワーフたちも彼に続いていくが、俺は突然のことでその場で固まってしまい、動くことができなかった。
一人のドワーフが、「下に行かないのか?」と声をかけてきたため、ようやく我に返れた。
(話には聞いていたが、ドワーフという種族の行動は全く読めない……それにしても、いつもギルドにいるわけではないだろうに、どうして今日はこんなにいるんだ? 本当に酒の匂いが分かるとでも言うのか……)
俺は疑問を抱えながら、デーゲンハルト支部長らの後に続く。
一階の集会室はロビーの奥にあり、中は学校の教室よりやや大きいほどの広さだった。だが、今は非常に狭く感じている。なぜなら、数十人のドワーフたちがひしめいていたからだ。
彼らの視線は一ヶ所に釘付けになっていた。
台車に載せられたスコッチの酒樽に、彼らの視線は固定されながらも、「あれが噂のスコッチか?」とか、「職員連中がジョッキの用意をしていたが、飲ませて貰えるのか」などとひそひそと話している。
樽の横には所在無げなリディたちがおり、俺を見付けるとホッとしたような表情を見せる。彼女たちもこの状況に困惑しているようだ。
デーゲンハルトがそのドワーフたちの視線を酒樽から引き離した。
「ザカライアス・ロックハート殿だ! 今回は我々に助力を求めているそうだ!」
その言葉に「助力? 何でも言ってくれ!」と声が上がる。
俺はやや怯みながらも、「ザカライアス・ロックハートです。若輩者ですので、ザックとお呼びください」と言って頭を下げる。
そして、本題に入ろうとしたが、ドワーフたちはそわそわと落ち着きが無く、視線がある一点に固定されている。
(スコッチに釘付けって感じか。これじゃ、話にならないな。幸い、誰かが飲む手配をしてくれているようだから、先にスコッチを振るまうか……)
「手土産代わりに我がラスモア村のスコッチをお持ちしました。ザックコレクションではありませんが、よろしかったらご賞味ください」
その瞬間、集会室に「「ウォォォ!」」という怒号のような歓喜の声が響き渡る。後で聞いたところ、外にいた商人たちが異変が起こったのではと慌て巡回中の騎士に通報したそうだ。幸い、職員の説明で事なきを得たため、特に問題には発展しなかったようだ。
陶器製のジョッキを手に取り、酒樽に取り付けたコックをひねる。
琥珀色の液体がトットットッという音を立て、陶器を満たしていく。
スコッチを入れる間、誰も一言もしゃべらない。
スコッチが注がれる音以外、物音一つしない静けさの中、俺は黙々と酒を注いでいった。
(恐ろしく緊張するんだが……それにしても、視線というのは圧力を感じさせるんだな。ドワーフたちの視線が俺の手元に集まっているのが、物理的に分かる気がする……)
十分ほどで人数分のジョッキが満たされると、デーゲンハルトの声が響き渡る。
「全員並べ!」
すると、序列か何かで決まっているのか、ドワーフたちは混乱することなく、列を作り始めた。俺たちが一つずつ手渡ししていくが、一言礼を言うだけで、静かに集会室の中に散っていく。
全員にジョッキが渡り、デーゲンハルトが俺に声を掛けてきた。
「ザックと呼んでいいんだな」
俺が頷くと、
「じゃあ、ザック。お前が乾杯の音頭を取ってくれ」
俺は混乱しながらも、ジョッキを手に飲みたそうにしているドワーフたちを待たせるわけにはいかないと、すぐに了承した。
「では、スコッチは酒精が強いので気を付けて下さい。一気に飲むとむせますから。では、皆さんとの出会いに、乾杯!」
ドワーフたちから「乾杯!」という声が上がり、一斉にジョッキに口を付ける。
その瞬間、ごくごくという喉を鳴らす音だけが、集会室に響いていた。俺の一気に飲まないでくれと言う言葉はあまり通じていなかったようだ。だが、誰一人むせることなく、喉を鳴らしていく。
数秒後、一斉にプハァーという声と、「こいつは凄ぇ!」という声に代わる。
ドワーフたちはそれまでの厳粛とも言える態度から、一気に友好的な態度になり、「こいつを呑むのが夢だったんだ」、「良く持って来てくれた!」とか言いながら、俺の背中をばしばしと叩いていく。革鎧を着ていなかったら、俺の背中は真っ赤になっていただろう。
(それにしてもここまで満足してくれるとは。そう言えば、村以外で大勢がスコッチを飲んでいるのを見たのは初めてだな……ニコラス――ニコラス・ガーランド。内政担当の従士――から聞いていたが、ドワーフにとって酒っていうのは本当に命の糧って感じなんだ……それにしても、本当にうまそうに飲んでいる……)
ドワーフたちが落ち着いたところで、本題を切りだした。
「今日はお願いがあって参りました。先日、我々を襲撃した盗賊の……」
その瞬間、「ロックハートを襲っただと! どこのどいつだ!」という怒号が湧きあがる。デーゲンハルトが「静かにしろ! ザック、先を続けてくれ」と言うまで、ドワーフたちは怒りの言葉をぶちまけていた。
俺はたじろぎながらも話を続けていく。
「盗賊は撃退しましたし、こちらには全く損害はありませんでした。それはいいのですが、今回の襲撃にはおかしなことがあったのです……」
今回の襲撃について、盗賊たちが訓練を受けていたこと、上質の武器が与えられていたことなどを話していく。
「そこでお願いなのですが、ここにある武器について知っていることがあれば教えて頂きたいのです。どんな些細なことでも構いません」
俺が頭を下げると、デーゲンハルトが「見せてもらうぞ」と言って、一本の長剣を手に取る。もちろん、ジョッキは手放してはいないが、それでも真剣な表情で剣を矯めつ眇めつ眺めていく。
「こいつはホルガー、お前のところのじゃねぇか?」
ホルガーと呼ばれた壮年のドワーフが進み出て、剣を受け取ると、「確かにうちの若い奴が作った数打ちの物だな」と言って頷いている。
その後、何人かの鍛冶師たちが自分のところの工房で作ったものだと声を上げる。
デーゲンハルトは、彼らの意見をまとめると、同種の武器は同じ工房から買っていることが分かった。
「片手剣はホルガー、両手剣はクヌート、槍はリヒャルトのところか……斧は見覚えがねぇな。で、どうすりゃいいんだ?」
「いつ頃作られた物か、いつ売られた物か分かるものなのでしょうか?」
「いつ売ったかは難しいが、作った時期なら大体わかるだろうな」
俺はいつ頃作られた物か確認してもらい、その後、誰に売ったかをリストにしてほしいと頼んだ。さすがはプロの職人らしく、スコッチを飲みながらも顧客の情報を渡すのは職人としての仁義に反するという意見が出る。
「……もちろん、顧客の情報ですから、私はそのリストを見ません。デーゲンハルトさんに見て頂いて、同じ人物がいないか確認してほしいのです。それならどうでしょうか」
デーゲンハルトはそれに頷き、「ロックハートを襲ったやつを見つけるんだ。こいつは鍛冶師ギルドとして仕切らせてもらうぞ。文句はねぇな!」と言うと、ドワーフたちは足を鳴らして賛同する。
その後、自分の工房のものと分かった親方たちがギルドの職員を捕まえ、工房の事務員たちに指示を伝えるよう命じていた。
俺がどのくらいで分かるのか聞いてみると、
「今日中には分かるだろうよ。何せ、酒が懸かっているんだ。事務員たちも死ぬ気でやるはずだ」
(ここの職員も大変だが、事務の人たちも大変だな……)
俺は事務員たちに心の中で頭を下げる。
その後、なぜかビールやワイン、つまみの類まで用意され、一気に宴会に突入していった。
最初は面食らっていたリディたちだが、宴会に突入する頃になると諦めたのか、それとも開き直ったのか、俺とともに楽しく飲み始める。
特に酒好きのベアトリスは、隣に座るデーゲンハルトに「ドワーフ連中は気のいいやつらが多くていいね」と言い、デーゲンハルトも「虎のネェちゃんもいい飲みっぷりだぜ」と更にジョッキを空けていく。
リディは俺の横に座り、「ねぇ、あれを出して飲ませて」と言ってしなだれかかってくる。
俺が「こんな公衆の面前じゃ、無理だろう。今夜二人きりの時なら……」と答えると、リディは「もう仕方ないわね。いいわ、今夜必ずよ」と言ってすねる仕草をする。その割には、手に持っている白ワインを冷やしてほしいとしっかりと要求してきたが。
メルとシャロンはワインを口にしているが、周囲のドワーフたちの勢いに目を丸くしている。村での宴会やドクトゥスで他の冒険者たちとの打ち上げなどである程度耐性はついているが、さすがに最強の酒飲み、ドワーフの鍛冶師たちに囲まれて飲むほどには慣れていないようだ。
ダンはメルたちとドワーフの間に入るように陣取り、一人で飲まされ続けていた。
(ベアトリスはともかく、リディとメル、シャロンには悪いことをしたかな。ダンは……頑張れ……あとで骨は拾ってやる……)
俺はというとワインやビールを飲みながら、密かに解毒の魔法でアルコールを浄化していた。十五歳になったのを機に酒を嗜むようにしたのだが、未だに成長期が続いており、暴飲はしないようにしている。
もちろん、こういう時もあるので研究は怠らず、水属性魔法の解毒の魔法を少し改良し、アルコールも分解できるようにしている。これでほとんど酒は残らない。
(二日酔いにならないし、体に影響がないからいいんだが、これは何か間違っている気がするんだよな。やはり酒は酔ってこそ酒だ。早く制限なく飲みたいものだ……ダンにはここを出たらすぐに解毒の魔法が必要だな……)
途中でどうしてドワーフの鍛冶師たちが集まっていたのか、デーゲンハルトに聞いてみた。
「ロックハート家の馬車が街に入ったと聞いてな。もしかしたら、スコッチを持ってきてくれたんじゃないかと……まあ、本能のようなものだな!」
豪快にそう言い切られると何も言えなくなってしまった。
その後、デーゲンハルトから蒸留酒の取引の話が出た。
「ウェルバーンにもスコッチを売ってくれねぇか。こいつらを見たらどれだけ待っているか分かるだろう? 頼む、ザック」
拝むように頭を下げられるが、今のところ販路を延ばす余裕がない。
「いや、アルスに売るので精一杯なんですよ。あと数年は増産できないし……もう少ししたら、職人が育つのでそれまではちょっと……」
俺の言葉にデーゲンハルトは「あと数年……」と呟き、この世の終わりが来たような絶望の表情を浮かべる。
「そこを何とかならねぇか。頼む」
(増産分から捻出すれば、月に一樽分くらいは何とかなる。だが、ここまでの輸送を考えると、月に一回、一樽だけ輸送するのはあまりにコストが掛かりすぎるな。三ヶ月に一回、三樽くらいなら何とかなるかもしれないが……どちらにしてもニコラスとスコットに相談しないと、ここでは決められないな……)
そのことを伝え、更にウェルバーンに蒸留所を作るときはできるだけの支援をするという約束で、何とか納得してもらった。
三時間ほどで宴会はお開きになった。
ふらふらになっているダンに解毒の魔法を掛け、まだ飲み足りないとぐずるベアトリスを引きずりながら、荷馬車を引き取って城に戻っていった。
その夜、デーゲンハルトから、全く予想していなかった情報がもたらされた。
■■■■
ロックハート氏らが帰った後、私ジョナサン・ウォーターの対応に対し、支部長自らが労いと称賛の言葉を掛けてくれた。
「良くやってくれたぞ、ジョニー。親方連中も皆満足しておった。あれだけ迅速な対応はなかなかできん」
「あ、ありがとうございます」
支部長が私のことを愛称で呼んだことに驚いたが、私は彼の称賛の言葉に再び達成感に包まれていくのを感じていた。
これほど困難な仕事をやり遂げたことは、今までの人生で一度もなかった。運が良かったこともあるが、自分の仕事を高く評価してくれたことが無性に嬉しかった。
ぼんやりとそんなことを考えていたが、支部長の話はまだ続いていた。
「ついては、お前に特別な仕事を与えることにする」
私は思わず「特別な仕事ですか?」と聞き返していた。
「ああ、先ほどザック、いや、ザカライアス・ロックハート殿と協議したのだが、将来、ここウェルバーンに蒸留所が作られることになる……」
そして、次の言葉に私は愕然とした。
「……その管理をお前に任せることにした。金は好きなだけ使え。だが、我々を満足させるものを作ってくれよ」
支部長はそう言って鍛冶師特有の鍛えられた腕で私の尻をバンと叩く。だが、私は痛みを感じることはなかった。それ以上の衝撃を支部長の言葉から受けていたからだ。
支部長は満面の笑みを浮かべ、
「お前は俺たちのことを良く分かっている。お前なら出来るさ」
そう言って、自室に戻っていった。
残された私はしばし放心していた。
酒でドワーフたちを満足させる。それが如何に困難なことか。それを知っている私は目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。
■■■■
後にウェルバーンの蒸留酒は、 低地(ローランド) 物と呼ばれ、アクィラ山脈近くの 高地(ハイランド) 物――ラスモア村、カウム王国の王都アルスが有名――に匹敵する銘酒と知られるようになる。それは元鍛冶師ギルド職員、ジョナサン・ウォーター氏の功績によると伝えられている。
彼の功績を讃え、鍛冶師ギルドウェルバーン支部はウェルバーンの蒸留酒の一つに「ジョニー・ウォーター」という名を与えた。そのラベルには、彼が鍛冶師ギルドを走り回った時の様子を表わす、大股で走る紳士の姿が描かれている。