作品タイトル不明
第十話「タイスバーン子爵」
ラズウェル辺境伯との会談が終わろうという時、誰かが辺境伯の執務室に強引に入ろうとした。辺境伯と腹心のオールダム男爵は扉の外の相手が誰か分かっているようで、苦々しい表情となっている。
辺境伯は仕方がないという顔でオールダムに頷き、彼は会釈をして扉に向かった。
オールダムが扉を開くと、豪奢な衣服に身を纏った三十代後半と 思(おぼ) しき男性を衛兵が必死に押し留めようとしている。
オールダムは先ほどまでの柔和な雰囲気とは異なり、冷え冷えとした口調で相手を咎める。
「タイスバーン閣下、これは何の騒ぎですかな? 総督閣下は来客対応中でございますが」
タイスバーン子爵はオールダムを一瞥するだけで、彼を無視してそのまま部屋の中に入ってくる。子爵の後ろには二十代半ばの怜悧な細身の若い貴族と、護衛らしい白髪の武人がつき従っている。
「兄上、ロックハートが捕らえた盗賊だが、こちらで引き取らせていただく。あの者は我が領内で狼藉を働いた者ゆえな」
辺境伯は「コンスタンス! 場を 弁(わきま) えぬか! 貴様は儂に恥を掻かせるつもりか!」と怒声を投げつけるが、子爵にはその怒りは届かず、平然とした顔で反論してきた。
「来客と聞いたが、たかが騎士ではないか。騎士風情に割く時間があるなら、私の話を聞いていただきたいものだ」
そう言って侮蔑の表情を父に向ける。
だが、父は無言のまま小さく頭を下げるだけで、特に反応しなかった。
タイスバーンは父の反応に舌打ちする。そして、兄ロドリックの横に座っている俺に気付き、「貴様がザカライアスか」と見下すような視線を送ってきた。
彼は大げさに呆れているという手振りを加えながら、辺境伯に向き直った。
「このような子供に何ができるというのですかな? 兄上も長きに渡る総督の任にいささかお疲れのようだ」
辺境伯はその言葉に怒りを通り越して呆れている。そして、タイスバーンでは話にならないと思ったのか、後ろにいる若い男を相手にすることにしたようだ。
辺境伯は低く重い 声音(こわね) で、若い男、ゲートスケルを叱責する。
「ゲートスケル卿。卿にはコンスタンスが馬鹿なことをしでかさぬよう申しつけてあったはずだ。弟がこのような愚かな行いを続けるようなら、儂にも考えがあるぞ」
その言葉にタイスバーンが言い返そうとするが、ゲートスケルが先んじて恭しく頭を下げる。そして、芝居がかった口調で、
「総督閣下の言、肝に銘じておりまする。このデズモンド・ゲートスケルに、全ての責がございます。しかしながら、子爵様の申されることも一理あるかと。閣下には是非、子爵様の言に耳を傾けていただきたく」
辺境伯は「ならば卿に責を問おう」と言って、ゲートスケルを睨みつける。だが、ゲートスケルは「ご存分に」と言い、「我が命、子爵様のためにいつでも投げ出す所存」と言って、片膝をついて、首を差し出すように頭を垂れた。
(妙に芝居がかっているな。これが素なら自分に酔っているだけの愚か者なんだろうが……さっきの総督の話とはずいぶん印象が違う。優秀な若手官僚っていうイメージだったんだが、これじゃ、ただのバカ貴族のボンボンにしか見えない……)
辺境伯もさすがにこの程度のことで斬首にするわけにもいかず、苦々しい表情を浮かべ、どう対応しようか考えている。
そして、 徐(おもむろ) に話し始めた。
「では、卿に問う。ここにいるザカライアス卿は、かのティリア魔術学院の首席にして、千年に一人という天才。更に鍛冶師ギルドと魔術師ギルドに影響力を持っておる。それでも卿はコンスタンスの言うとおり、ザカライアス卿を軽んじてもよいと申すか」
ゲートスケルは膝を突いたまま、「総督閣下のお言葉なれど」と言った後、
「ザカライアス殿は先日十五歳になったばかりと聞き及びます。如何に天才とは言え、経験を積まずして重用すべきではないと愚考いたします。子爵様はこのことをおっしゃりたかったのではないかと……」
その口調は丁寧だが、質問に真摯に答えているとは言いがたい。
(それでは最初の部分にしか答えていない。俺が鍛冶師ギルドと魔術師ギルドに影響力を持っているという部分には全く触れていないが……さて、総督閣下はどうするのかな……)
俺はこの状況を他人事のように眺めていた。正直な話、兄の結婚相手の家の大問題であっても、俺にとってそれほど重要な問題ではない。ここで俺を軽んじてくれれば、逆に助かるくらいに考えていた。
辺境伯はゲートスケルの答えに落胆の表情を隠さず、「卿の詭弁はいつも片手落ちだな……」と呟き、更に追及していく。
「再度問うぞ。鍛冶師ギルドの あの(・・) ドワーフたちに対して、 世界で唯一(・・・・・) 影響力を行使できる人物なのだ。更に付け加えるなら、この儂は、ザカライアス卿はこの国で、いや、この世界で五本の指に入る重要人物だと見ておる。それでもまだコンスタンスの言を支持するのだな」
ゲートスケルは貼り付けていた笑みを凍りつかせるが、何とか反論しようとした。だが、辺境伯がそれを遮り、更に追い討ちを掛ける。
「それに経験云々と言ったな。卿がそれを言うのは自己否定ではないのか? 七年前、卿に実績があったのか? 帝都の高等学術院を卒業したにもかかわらず、誰にも見出されぬまま燻っていた卿に誇れる実績があったのか?」
鋭い舌鋒にゲートスケルは言葉を失う。
「確かに卿は実績を上げておる。儂もそれを認めることはやぶさかではない。だが、コンスタンスの愚かな行動を諌めぬのであれば、側近としての価値はないぞ。側近とは主君が道を誤る前に身を挺してでも正道に戻す者のことだ。先ほどの卿の言を忘れぬようにな」
辺境伯の言葉にゲートスケルはおろか、直情的なタイスバーンですら反論することができない。
「コンスタンス。先ほどの盗賊の件だが、そなたに引き渡してもよい……」
意外な言葉に、オールダム以外の全員が驚きの表情を浮かべる。辺境伯はその様子を気にすることなく、言葉を続けていく。
「……だが、まずは儂の方で取り調べる。そなたの領内で何をしたかは知らぬが、 皇帝陛下(・・・・) の臣であるロックハート卿を暗殺しようとしたのだ。つまり、帝国に弓を引いた重罪人。 北部総督(・・・・) たる儂が納得するまで調べねばならぬ。分かったな」
権威に基づいた正論を投げつけられ、タイスバーンは口をパクパクとするだけで何も言えなかった。そして、怒りに燃えた目を辺境伯に向け、踵を返して執務室から出て行く。残されたゲートスケルは慌てて立ち上がり、辺境伯に一礼した後、タイスバーンの後を追っていった。
辺境伯はふぅと息を吐き、心底疲れたような表情を浮かべながら、「済まぬ」と謝罪する。
「このような醜態を見せたこと、マサイアス卿、ザカライアス卿に対する我が弟の非礼、真に申し訳ない。我が弟ながら、情けない限りだ」
父が代表し、「我々は気にしておりませぬ」と伝える。
「コンスタンスはともかく、ゲートスケルが焦っているのが気になる……儂はあの者、ゲートスケルに期待しておったのだ。あの者は大きな絵は描けぬが、適切な目標を与えてやりさえすれば、それを成し遂げる才を持っておる。惜しむらくは視野が狭いことだ……あと十年経験を積めば、フランシスの補佐としてもよいとさえ思っておったのだが……」
辺境伯は独り言のようにそう呟く。
(やはりずいぶんゲートスケルのことを買っていたようだ……その分、不正に手を染めているかもしれないってことで、裏切られた気分なんだろうな……だが、あそこまで追い詰める必要はないんじゃないか?)
俺がそんなことを考えていると、辺境伯は独り言に気付き、表情を緩める。
「済まぬな。今のは卿らに言っても詮無きこと。愚痴と思って忘れてくれぬか」
俺たちは一礼を以ってそれに応え、執務室を後にした。
再びオールダム男爵が先導してくれるが、彼も疲れたような表情を浮かべている。俺は失礼だとは思ったが、歩きながらマドックについて確認した。
「私のような若輩者が思いつくことですから、既にお気づきだと思いますが、様々な手段でマドックを始末しようとするでしょう。どのようになさるおつもりかお考えをお聞かせ頂けないでしょうか」
オールダムはにこりと頷き、
「既に手は打っております。マドックに近づける者は、私が信頼する部下のみ。食事も含め、衣服、寝台などすべての確認を済ませております」
「差し出がましいことを言い、申し訳ございません。更に強硬な手段に出なければ良いのですが……」
そこで、オールダムは再び微笑む。だが、その笑みは戦慄を覚えさせるような笑みだった。
「お館様は逆のお考えです。マドックを餌に手を出させることをお考えのようです。更に他にも手を考えておいでです。詳細は申し上げられませんが、近日中にはすべて手筈が整うはずです」
さすがに政治家として老練な辺境伯とその腹心だった。
俺が先ほど言った「敵が自ら姿を見せる」ということを、更に大胆に行うつもりのようだ。俺は盗賊の装備について、職人に確認することを提案した。
「盗賊たちの装備をすべて確保しております。これを腕の良い職人に見せれば、入手先がある程度絞れるのではないでしょうか。特に武器については、私の目でも上質な物に見えました」
オールダムは「なるほど」と頷く。
「もし問題がないようでしたら、明日にでも鍛冶師ギルドの支部に向かおうと考えております」
俺の言葉にオールダムは頷き、そこで何か思い出したのか、僅かに笑うような感じで許可を与えてくれた。
「鍛冶師でしたら、ザカライアス卿が行かれた方が良いかもしれませぬな。後ほど、支部長のデーゲンハルト殿への紹介状を 認(したた) めておきましょう」
オールダムは笑いながら、「恐らく使う必要はないと思いますが」と付け加えた。
俺たちはそのまま城の 客室(ゲストルーム) に案内され、賓客として遇されることになった。これはロザリンドの婚約者の家族ということもあるが、俺たちの安全を見越してのことだろう。
城の中を再び歩き、ガイたちと合流する。
午後四時頃、荷馬車の荷物の整理や馬の世話も終わり、ようやく一息吐けた。
タイスバーン子爵の登場により、重い雰囲気が俺たちを覆い、ほとんど口を開かない。
心配したガイやバイロンらが事情を尋ねてきたため、父が出来るだけ当たり障りのない表現で説明していった。
従士たちはタイスバーンに対し怒りを露わにする。そして、ここウェルバーンが必ずしも安全な場所ではないと気を引き締めていた。
その日の夜、ヒューバート・ラズウェル辺境伯と晩餐をともにした。
ロックハート家の面々の他に、従士たちも同席を許されたため、大人数での食事となった。
もちろん、城のホールを兼ねた大食堂であるため、場所の大きさの割には少ない人数なのだが、それでもロックハート家側だけで二十人、ラズウェル家側で四人――辺境伯、ロザリンド、嫡男の未亡人コーデリア、孫のフランシス――がいた。
大物の貴族との正餐ということで、自警団の若者たちはおろか、ガイやイーノス、更にはバイロンですら、ガチガチに固くなり視線が定まっていない。弟たちも緊張しているのか、いつものようにはしゃぐことなく、大人しく席についていた。
そんな中、俺たちザックセクステットの面々は意外と落ち着いていた。
特にメルとシャロンはドレスを身に纏い、貴婦人のように落ち着いている。
年長組、つまりリディとベアトリスだが、騎士服に似た服を着ており、まさに男装の麗人と言った趣がある。某歌劇団の男役のようで、階段を歌いながら下りてくるのではないかと思ってしまったほどだ。
二人とも落ち着いているなと思ったら、既に頬が僅かに紅潮しており、どこかで少し飲んできたようだ。そのため、場の雰囲気に飲まれず、二人で談笑している。
ダンはいつもとそれほど変わったようには見えない。彼もリディたちのように顔を赤くしていたので、一瞬酒を飲んできたのかと思ったが、よく見てみると正面に座るドレス姿のメルを見て、赤くなっているだけだった。
(メルとシャロンは普段を知らなければ、所作だけ見れば十分 貴婦人(レディ) として通用するレベルだ。だが、いつの間に身に付けたんだ?……リディとベアトリスは普段も男装みたいなものなんだが、妙に色気を感じるのはなぜなんだろう……ダンは仕方がないか……)
さすがに一国の王に匹敵する権力者の居城ということもあり、食材も上質なものが豊富に使われていた。そして、それに見合った腕の料理人が作る料理は満足のいくものだった。
特に子牛肉は絶品で、オーブンで焼かれたロゼ色の鞍下肉にベリー系のソースが相まって、ウェルバーン周辺で作られるライトな赤ワインにとてもよく合う。
他にも、近くを流れるウェル河の名産である川エビの殻から取ったアメリケーヌソース風のスープは臭みが一切なく、シャルドネのようなやや濃い目の白ワインが止まらなくなる一品だった。惜しむらくは白ワインの温度が高かったことだ。ぬるさを感じたので、恐らく十七、八度くらいだったのだろう。こっそり自分のワインだけ冷やして飲んでいた。
当然、横に座るリディとベアトリスにはしっかりと見付かっていたが、さすがにこの席では冷やしてやるわけにいかず、二人に睨まれてしまった。
最初は緊張気味だったロックハート家の面々も、食事が進むにつれ、辺境伯らと打ち解けていった。
デザート――桃のコンポート風――が出てくる頃には、辺境伯も上機嫌となり、普段は深く刻まれたしわのせいで六十歳に見えることもある顔が、実年齢の四十代後半に相応しい笑顔になっている。
「今宵は久しぶりに楽しめた。ロックハート家とはこれからもこのような関係でいたいものだな。そうは思わぬか、マサイアス卿?」
父は「その通りですな」と答えて頷き、俺たちも同じように頷いていた。
部屋に戻り、メルとシャロンに晩餐の席で妙に落ち着いていたことについて聞いてみると、珍しくシャロンが率先して答えた。
「ザック様と一緒にいるなら、こういうことはあると思っていたんです。メルちゃんと一緒にいろんな人にどうしたらいいか聞いていたので、それほど困りませんでした」
更にメルが「それに辺境伯様はお優しい方でしたから、特に緊張しませんでしたよ」と笑っている。
どうやら、ワーグマン議長のところの執事、セドリック・スチュアート氏などに上級貴族や高官と晩餐を共にするときのマナーなどを学んでいたようだ。
(スチュアート氏はクェンティンのことで借りがあると思っていたからな。それにしても気付かなかったな……)
同級生のクェンティン・ワーグマンの遭難騒ぎから、シャロンはスチュアート氏と面識があり、メルと共に時々ワーグマン家に行って勉強していたそうだ。
(なるほど、クェンティンがシャロンに想いを寄せていると知っているから、スチュアート氏も応援する意味で……意外と 強(したた) かだな、シャロンは。いや、天然なんだろう……それにしても、どんなシミュレーションをしているんだろう。この二人は……)
翌七月十一日。
ウェルバーンにあるラズウェル辺境伯の居城に宿泊した俺たちは、客室に併設された食堂で朝食を摂っていた。
朝食を終え、部屋に戻ろうと立ち上がった時、オールダム男爵が入室してきた。そして、父に何やら耳打ちをする。
父は驚きの表情を浮かべ、しばらく言葉を失った後、「ボイエットが死んだそうだ」と俺たちに説明してくれた。
ロークリフの街から早馬がつき、代官であるアルマン・ボイエットの死亡が伝えられたそうだ。ボイエットは一昨日の昼頃より姿が見えず、彼の部下たちが捜索していたようで、昨日の夕方に、屋敷の地下室で死体が見付かったそうだ。ボイエットは内側から扉を開けられないようにした上で、自らの首を剣で貫き、自殺していたとのことだった。
(あの臆病者のボイエットが自殺? 本当に自殺なのか? 黒幕に消されたんじゃないのか……)
俺は思わず「本当に自殺なのか」と口に出していた。
オールダムは小さく頷き、律儀に俺の独り言に答えてくれた。
「現場を確認した守備隊隊長の報告では、内側から扉を押さえられており、自殺以外は考えられぬとのことでしたな」
他殺、自殺のいずれにしても、重要な証人であるボイエットが死んだことはかなりの痛手だ。だが、オールダムは特に焦りの表情も無く平然としている。
(ボイエットはマドックより重要な証人。それを失ったのにあの余裕は何なのだろう? それとも余裕があるように見せているだけなのか?)
ここで悩んでも仕方がないため、部屋に戻り、今日の予定を確認する。
両親と兄は挙式の打合せなどで一日中、城にいることになっている。弟たち――セオフィラス、セラフィーヌ、ソフィア――は、ガイたちとともに騎士団の訓練を見学するそうだ。
そして、俺の予定だが、今日は盗賊から接収した武具を職人たちに見せに行くことにしている。まずは鍛冶師ギルドのウェルバーン支部に行くのだが、そのことで父に相談に行った。
「酒を一樽、鍛冶師たちに渡してもよろしいでしょうか」
今回用意した酒は、スコッチ二樽とアップルブランデー三樽、マール――葡萄の搾りかすを蒸留したブランデー――タイプ一樽であり、これらはすべてラズウェル辺境伯への献上品という話だった。
元々鍛冶師たち、主にドワーフたちに渡すことは想定しておらず、俺はスコッチが入った壷を十ほどしか用意していなかった。
俺の問いに対し、父は「好きなものを持っていくと良い」と言って、気前良く譲ってくれる。
「本当によろしいのですか?」
「なに、村からここまでで一つや二つ壊れると思っていたからな。樽が壊れたと思えば、一樽くらい渡しても問題はない」
そう言った後、「実を言うとベルトラムから脅されていたのだ」と小声で話し始める。
「ウェルバーンのドワーフ連中が必ず匂いに釣られて群がってくるとな。だから、一樽くらいは用意しておいてやれと」
最初からこういう事態を想定していたわけではないが、用心のために余分に用意していたようだ。
俺はスコッチを一樽譲り受け、リディたちとともにウェルバーンの街に向かった。
ウェルバーンの街は大きく分けて、東側が役所や貴族の屋敷がある官庁地区、西側が商店などが並ぶ商業地区となっている。
鍛冶師ギルドは各ギルドが並ぶ商業地区の中心付近にあった。
ダンが操る荷馬車とともに城を出ると、そのまま真直ぐ西に向かった。
荷馬車にスコッチの樽や収納魔法で保管していた武具を載せていたため、出発が午前十時頃になり、大通りは人で溢れていた。
人波を掻き分けるように大通りを横切ると、ギルドが集まる地区に入る。俺はそこであることに気付いた。
最初は商人らしい姿の者が多かったが、徐々に小柄だが、がっしりとした体格の者が増えてきたのだ。そして、彼らは俺たちと同じ方向に歩いている。
(ドワーフたちが多いな。集会か何かがあるのか? まさか、スコッチの匂いに誘われたなんてことはないよな……まさかな……)
一抹の不安を感じながら、鍛冶師ギルドの建物に到着した。
ギルドの建物はカエルム帝国の様式を踏襲した灰色の石材の重厚な二階建ての建物だった。荷馬車を横に止め、建物に入ると、そこには多くのドワーフたちがいた。
(やはり集会でもあるんだな。それにしても何十人いるんだ?)
俺はドワーフたちを掻き分け、受付に向かった。そこには二十代半ばくらいの男性職員がおり、「何かご用でしょうか?」と笑顔で話しかけてきた。
俺はまず、「ザカライアス・ロックハートと申します」と名を名乗った。
その瞬間、ロビーにいた人々――数十人のドワーフ――が一斉に振り向いた。