作品タイトル不明
第二話「アウレラ街道西部域」
トリア暦三〇一七年七月二日。
夏至祭の翌日ということもあり、出発する商隊は思いのほか多かった。しかし、急ぐ旅でもない俺たちは商隊と共にアウレラ街道――西の商業都市アウレラと東の冒険者の街ペリクリトルを結ぶ主要街道をゆっくりと進んでいく。
アウレラ街道はドクトゥスの東側は比較的安全な街道だが、西側は盗賊や魔物が跋扈する危険な街道だ。これには地理的な理由がある。
ドクトゥスより東側は、巨視的に見るとラクス王国の勢力圏と言える。また、冒険者の街ペリクリトルが近いことから、魔物の討伐がかなり頻繁に行われている地域でもある。
逆に西側はカエルム帝国とラクス王国の実質的な国境であるサエウム山脈に近く、いずれの勢力圏とも言いがたい場所だ。
サエウム山脈はカエルムとラクスの紛争地であったことから、両国による討伐がほとんど行われず、その結果多くの魔物が棲んでいる。
また、カエルムの侵攻作戦によって廃れた村が多く、盗賊、野盗と言った輩が潜伏しやすい場所でもあった。
更に悪いことに、街道に最も近い大国、カエルム帝国はサエウム山脈の魔物や盗賊の討伐に積極的ではなかった。
もう一方の大国であるラクス王国も、自国側であるサエウム山脈北側では積極的に討伐を行うものの、カエルム側である南側に軍を進めることはなかった。
ラクスが山脈の南側に進出すれば、今は下火になっている帝国との国境紛争が再燃する恐れがあるからだ。
カエルム帝国が名目上の領地でありながら、アウレラ街道の安全に対して積極的に関与していないことには明確な理由があった。
アウレラ街道の恩恵を最も受けているのは、アウレラを含む都市国家連合だ。更に街道の先にある北のラクス王国、南のカウム王国も恩恵を受けている。
つまり、アウレラ街道が栄えれば、敵国であるラクスや、勢力を急速に伸ばし仮想敵国となりつつあるアウレラなど都市国家連合の勢力拡大に寄与するだけで、カエルムにとって自国へのメリットは少ない。
アウレラ街道の恩恵を受けている北部総督ラズウェル辺境伯はともかく、南部の帝都、プリムスにいる皇帝や貴族たちにとって、ライバルたちを助ける義理は無いと考えていた。
そして、この街道の恩恵を最も受けている商業都市アウレラだが、アウレラの指導者たちはこの状況を改善する意思を当然持っている。
しかし、彼らは大規模な討伐作戦を展開することができなかった。
アウレラは商業都市として最低限の武力しか持たないことで、カエルム帝国に存続を認められている。そのアウレラが魔物や盗賊の討伐とはいえ、大規模な軍を展開すると、カエルム帝国に侵攻の口実を与えることになると懸念していたのだ。
つまり、ドクトゥスからアウレラまでの街道は、大国の利害が複雑に絡む一種の力の真空地帯となっているということだ。
このため、アウレラ街道を進む商隊は、自衛のため大規模なキャラバンを組むことが多い。百輌近い荷馬車に二、三百人の傭兵が護衛に付き、魔物や盗賊からの脅威に対抗することで対処していた。
そうは言っても、毎回大規模なキャラバンを組めるわけではない。荷馬車の移動速度はまちまちであり、速度の遅い荷馬車に合わせていては輸送コストが上がる。
更に小規模な商会が大規模な商会と同じような商品を運んでいるような場合、同時に同じ街に着けば大規模な商会が有利になることは目に見えている。
それを嫌う若い野心的な商人たちは、小規模なキャラバンを組み、大手の商会を出し抜こうと街道に出ていくことがある。
しかし、そのような商人たちは必ずと言っていいほど、その代償を払っていた。それでも一か八かの勝負に出る商人たちは後を絶たなかった。
そして、俺たちだが、護衛の身なりや馬車の作りから、遠めに見ると裕福な貴族の一行に見えてしまう。このため、盗賊たちの標的になる可能性が高い。
貴族の方が商人たちより軽くて高価な物品――宝飾品や現金など――を持っていることが多い。更に商人たちに比べ旅慣れない者が多く、頻繁に休憩を取ったり、逆に荷馬車の速度に合わせるのを嫌ったりするため、商隊からはぐれることがある。
また、実用本位の荷馬車の中に豪奢な馬車があれば、遠距離からでも標的が識別しやすく、格好の獲物と思われているようだ。
今回のロックハート家の一行は、ガイ・ジェークスやバイロン・シードルフと言った猛者がいるものの、自警団の若者は二十歳そこそこで、見た目だけなら経験の少ない若い兵士に見えてしまう。
更に俺たち六人も雇われた護衛にしては若く、女性が多いことから、狙われる可能性はより高くなる。
そのことを父に指摘したが、特に気にした様子もなく、笑いながら答えてくれた。
「盗賊程度に遅れは取らんよ。まあ、三倍程度の人数なら圧倒できるだろう。もちろん、お前たちに期待しているところが大きいんだがな」
確かに自警団の若者のレベルは三十ほどで、十分に一人前の兵士と言えるレベルに達している。指揮を執るガイやバイロンはレベル五十を超えているし、父とイーノスもレベル四十を超えている。
それに俺たち六人が加われば、レベル二十程度が主力の盗賊団なら、三、四十人くらいなら十分に対抗できるし、奇襲さえ受けなければ、俺、リディ、シャロンの魔法で圧倒することすらできる。
それでも、油断はできないと、更に注意を促した。
「ですが、この辺りの盗賊は侮れません。出来る限り商隊と行動を共にするよう注意したほうが良いでしょう」
俺の警告に父は頷き、「そうだな。無駄な戦いをしてケガをするのも馬鹿らしいからな」と同意してくれた。
初夏の眩しい日差しに焼かれながら、出発から二日目の夕方、ドクトゥスの西五十キロにある宿場町ホリウェルに到着した。
その間、商隊の列にまぎれていたため、移動速度は一日辺り二十五キロとかなり少なかったが、魔物にも盗賊にも遭遇することなく、トラブルらしいトラブルはなかった。
翌日から更に森が深くなり、魔物の声が聞こえ始めるが、約百輌の荷馬車と二百人以上の護衛のおかげで、散発的な魔物との遭遇が発生しただけで済んでいる。
出発から六日目の七月七日。
ラズウェル辺境伯領に最も近いロークリフの街が今日の目的地だ。
ここまで何事も起こらず、護衛たちの緊張もやや緩み始めていた。
(こういう時に何かが起こるんだよな。だが、それを言うと本当になりそうだ……)
俺はいつも以上に周囲を警戒し、俺の行動に気付いたダンも同じように警戒を強めている。もちろん、ベテランのガイやバイロンに油断はなかった。
その日の俺たちの位置はキャラバンの前の方だった。
そして、午後二時頃。
あと七、八キロでロークリフの街というところで、それは起こった。
休憩を終え、日の光がほとんど入らないような深い森の中を一時間ほど進んだ後、大木がまばらになり鬱蒼とした潅木が多く生えている場所に入っていた。
日光が入るため明るくはなったのだが、道から数メートル離れれば身を隠すところに事欠かず、少し訓練された兵士なら数十人が伏兵となれる場所だった。
俺は奇襲を掛けるには絶好の場所だと思い、リディとベアトリスに目をやった。すると、彼女たちも同じように思っているようで、武器を握る手に力が入っていた。
俺たちが警戒を強めながら進んでいると、先頭を行く商隊の護衛の「襲撃だ!」、「盗賊どもが出たぞ!」という怒号が上がり、御者らしき男の悲鳴と馬のいななき、そして、何かがぶつかるようなドンという音が聞こえてきた。
ほぼ同時に商隊の列は狭い道で動きを止めた。
ガラガラという荷馬車の音が途絶え、ブルッという馬の鳴き声と共に、商人や護衛たちの不安そうな声が聞こえてくる。
馬車の停止と同時に、父が素早く指示を出していく。
「ガイ! 前方の状況を確認しろ!」
ガイは「了解!」と短く答え、馬から下りて走り出す。
「バイロン! ブレットとシドを率いて馬車の南側を警戒しろ! ジム、ケビンは私に続け!」
ブレットたちは自警団の若者で、ブレットとジムが剣術士、シド、ケビンが槍術士だ。もう一人、マークという弓術士がいるが、今は荷馬車の御者をしている。
自警団の若者はさすがに訓練が行き届いているようで、命令を受けるとマントを跳ね飛ばしながら素早く下馬し、武器を構えていた。
父は馬車の左前方に走りながら、俺たちに指示を出していく。
「ベアトリス嬢はザックたちと共に馬車の護衛を頼む!」
ベアトリスが「了解!」と叫び、すぐに俺たちに指示を出す。
「ザック、あんたとメル、ダンは南側、私とリディアーヌ、シャロンは北側を守るよ! 頭を抑えてきたってことは、後ろも狙っているはずさ。気合を入れておきな!」
百輌近い荷馬車の列はそれだけで一キロ近い長さになっている。二百人以上いる傭兵たちもこの長大な隊列に分散すると、一箇所当たりの人数はかなり少ない。
今回のキャラバンでは北の王国サルトゥースの工芸品やペリクリトルの高価な魔物の素材を積んだ荷馬車が数輌おり、今日は偶然、前方に固まっていた。
朝出発するときにその隊列を確認し、最も油断するタイミングを見計らって、襲い掛かってきたようだ。当然、俺たちもその標的に入っている。
(敵の戦力はどの程度なんだろう。これだけの商隊を襲うということは少なくとも五十人はいるだろうな。狙いは前方のサルトゥースの商隊と俺たちだろう。だとすれば、後ろで陽動を掛けて護衛を抑え、その隙に前から切り離していくつもりなんだろう……)
俺はベアトリスに近づき、
「敵の来る方向が分からない。俺とリディ、シャロンは馬車の上から狙撃したほうがいい」
ベアトリスは「分かったよ。だが、敵の矢には気をつけるんだよ」と言って了承する。
リディとシャロンに馬車の上に登るよう伝え、更に馬車の中にいる母に外に出ないよう伝えた。
母はやや青ざめているが、幼いソフィアを心配させまいと気丈にも笑みを浮かべて頷いてくれた。
母と一緒にいる双子、セオフィラスとセラフィーヌは、顔を紅潮させ、剣を握って外に出ようとしていた。二人は祖父の修行により、剣術士レベル十二になっており、盗賊に立ち向かおうと考えているようだ。
さすがにレベル十二程度では足手纏いになる。彼らの気持ちを考え、二人に非戦闘員である母と末の妹ソフィアの護衛を任せることにした。
俺は二人の頭にポンポンと手を載せ、
「セオ、セラ、よく聞いてくれ。母上とソフィアを守ってほしい。二人が最後の砦だからな。頼んだぞ」
俺の言葉に二人は緊張した面持ちで頷き、馬車の中に戻っていった。
(さて、どの程度の戦力が向かってくるやら。そう言えば、ダンもメルも対人戦は初めてじゃないのか?)
ドクトゥスで森に入っていたが、盗賊と遭遇することはなく、未だに二人は人を殺したことがない。
「リディ、シャロン。ダンとメルは人を殺したことがない。大丈夫だと思うが、一応気にかけておいてくれ」
二人は小さく頷き、リディが何か言おうとしたとき、
「南から来ます!」
ダンの鋭い警告の声が響いた。
その直後、馬車の南側、進行方向の左手側から数本の矢が降り注ぐ。
シュッという矢羽の音が聞こえるが、十分に警戒していたメルとダンは、飛んでくる矢を易々と避けていく。
三回ほど矢が放たれたが、メルたちは矢を叩き落とすか、簡単に避けていき、被害は全く出ていない。だが、こちらも巧みに身を隠す敵に攻撃できずにいた。
先に焦れたのは敵の方だった。
距離があり過ぎて埒が明かないと思ったのか、木の陰から短弓を持った三人の盗賊が躍り出てくる。無頼な感じの髭面の二十代後半くらいの男たちだが、装備は比較的手入れされているように見える。
盗賊たちは有利な位置に付けたと思ったのか、更に矢を放とうと弓を構え始める。
しかし、それより先に魔法を発動させる機会を窺っていた俺とシャロンが魔法を放っていた。
俺たちは阿吽の呼吸で同じ魔法、 燕翼の刃(スワローカッター) を盗賊に向かって放つ。事前の打ち合わせなどなかったが、二羽の魔法のツバメはきれいな弧を描き、盗賊たちの左右から急速に迫っていく。
盗賊たちは初めて見るスワローカッターの魔法に驚き、矢を放つことを忘れて一瞬立ちつくす。だが、盗賊たちは思ったより冷静で、左右から飛んでくる魔法のツバメを回避しようとそちらに注意を向けた。
それは俺たちの想定内の動きだった。リディが僅かにタイミングをずらし、 空気の槌(エアハンマー) を放っていたのだ。
エアハンマーの強烈な圧縮空気の力に、二人の盗賊が体をくの字に曲げて吹き飛んでいく。ただ一人吹き飛ばされなかった盗賊は、大きく目を見開き、青ざめた表情のまま固まっていた。魔術師三人という強力な布陣が信じられないようだ。
それでも冷静さを失わず、距離を取ろうと慎重に後退していく。それだけではなく、俺たち魔術師の方が危険と判断したのか、馬車の上に向けて矢を放とうと弓を構えていた。
その盗賊は油断していたわけではないが、俺とシャロンのスワローカッターが消滅したものと思い込み、警戒を怠った。
一度避けた魔法がまた戻ってくることはないため、ある意味常識的な対応だが、彼にとっては不運なことに、俺たちの魔法は未だ健在だった。
魔法のツバメは吹き飛んだ盗賊を無視し、クロスするように飛び去り、大きく回り込んでいた。そして、弓を構えた盗賊の左右から、死角を突くように同時に襲い掛かっていった。
盗賊は弓を構えた時、右から襲ってくるシャロンのスワローカッターに気付いた。そして、咄嗟に籠手を着けた右手を振り回して、魔法のツバメを叩き落とそうとした。
しかし、そのツバメは生きているかのように巧みに軌道を変え、その手を掻いくぐる。その直後、一気に急上昇に転じて、盗賊の顔面を切り裂いた。
その盗賊は呻きを上げる間もなかった。俺の魔法のツバメが死角を突いて、彼の首に突き刺さっていたからだ。
俺の魔法が決まると、真っ赤な血飛沫が上がった。その男は虚ろな目を俺に向け、ゆっくりと倒れていった。
その間にもダンは立ち上がろうとしている盗賊に矢を放っていく。更にメルが止めを刺そうと倒れた盗賊に近づいていこうとした。その時、「北からも来たぞ!」と言うベアトリスの警告の声が辺りに響く。
ベアトリスは父たちにも「領主様! 前に出過ぎないように!」と警告を与えていた。
俺はベアトリスの声に振り返る。
俺が振り返ると、北側の森の中、それも僅か二十メートルほどの場所に十人以上の盗賊が立ち上がっていた。盗賊たちは野太い鬨の声を上げ、武器を振り回しながら襲い掛かってくる。更に奥の木の間からも、湧きだすように次々と盗賊たちが襲い掛かってきた。
その時、北側には父マサイアスと二人の自警団員、そしてベアトリスの四人しかいない。
傷だらけの革鎧に片手剣や両刃斧、槍などを持った雑多な集団が好戦的な笑みを浮かべて襲い掛かってくる。
魔法を放つ暇もなく、敵の興奮した息遣いが聞こえるほど近くまで接近を許していた。