作品タイトル不明
第八十三話「エルバイン教授の研究ノート」
トリア暦三〇一六年十月二十九日。
私は半月前の遺跡調査の備忘録を見直している。
もう何度目だろう。それほど衝撃的な内容だった。
十月十六日の夜、私たちはハロックウッド村の西にある古代遺跡から、宿場町ホリウェルに戻ってきた。
途中で少しだけ話は聞いたものの、いつも周囲に気を使う、あのザカライアス・ロックハートが何かに悩むかのように押し黙っている。そのため、彼と一緒にいると常に陽気な雰囲気を振りまくリディアーヌでさえ、口を噤んでいた。
本来であれば、彼らの雇い主である私は、彼に遺跡についての報告を求めることができる。だが、どうしても彼に話を促すことができなかった。それほど重苦しい雰囲気を彼は纏っていた。
日が傾き、宿に着く頃には、ミスター・ロックハートもいつもの明るい笑顔を見せるようになっていた。そして、食事を終えた後、彼は遺跡での出来事を話すと言って、私の部屋にやってきた。もちろん、彼のパーティメンバー全員が一緒だ。
彼が話し始めると、私はその内容に興奮を隠せなかった。
私の研究分野は考古学であり、有史以前の文明を調べることが仕事だ。文明レベルの高い古代人がなぜ突然いなくなったのか、私はそれを一生を費やしてでも調べるつもりでいたから。
そして、その答えが今解き明かされようとしていた。
古代人の文明の礎が魔道工学と呼ばれる技術であり、それが魔法を極度に洗練させたものであると聞かされ、私は自分の仮説が正しかったことに興奮していた。私の仮説とは、古代人たちは高度に発達した魔法文明を持ち、現代では考えられないほど複雑な魔道具を使いこなしていたというものだった。
だが、話を聞いていくうちに徐々にその興奮が冷めていった。
「何か気になることがありましたか?」
私を心配したのか、彼がそう尋ねてきた。私は小さく頷き、
「ええ……精霊の力を介して異質なものに変わっていく。精霊の力、彼らが言うマナについて、私たちは何も知らない……それが恐ろしいのよ。いつ、私たちの身に同じことが起こるかと思うと……私はずっと疑問に思っていたわ。なぜ有史以前の文明が滅んだのか。そして、なぜ、その痕跡がないのか。私たちが遺跡から発掘した物の文字がなぜ読めないのか……今、その理由が判ったんだけど、それをどう整理していいのか……」
「そうですね。俺が聞いただけで、証拠も何もない。それにあの声の主が本当のことを話したかも不明ですしね。そう考えれば、今からの方が大事なんじゃないですか? まだ、手掛かりを得ただけですし」
相変わらず、彼は十四歳とは思えないほどの冷静さを見せるが、私にそのことを指摘する余裕はなかった。
その時、私の頭の中を占めていたのは、古代人たちの悲劇と、それが自分たちに振りかかって来ないかと言うことだった。
「そうね。私の研究がこの世界の役に立つかもしれないのね。これから、私たちの身にも同じことが起こるかもしれない。それを防ぐために少しでも知識を得ておかないと……」
彼は頷くと、再び遺跡であった話を続けていく。
「今の俺たちでは、彼らの言う魔道工学という技術を再現できると思えません。特に“マナ”を媒介にした高度な情報処理システムと 転移門(ゲート) を使ったネットワークシステムは、理屈としては理解できても、理論はさっぱり判りませんから……」
確かに転移門は非常に有用だと思う。危険な街道を通行することなく、街を行き来できる。転移門によって、どれだけの労力を削減できるのか想像もできないが、これだけでも世界は大きく変わるだろう。更に転移門の理論を利用した異空間の活用だが、これが実用化されれば、世界に大きな変革をもたらすだろう。
だが、私には情報処理システムの有用度が良く理解できない。
「情報処理システムが有用なのはどういうことかしら? それについて、その“声の主”は何か言っていたのかしら」
彼は少し困ったような顔をしながら、
「それについては、俺も良く判らないんです。何となく、大量の情報が瞬時に処理できれば凄いなと思ったくらいですね」
彼の仕草に、どこか誤魔化しているような印象を受けた。
だが、それ以上に他の話が聞きたかった。私はそのことを指摘せず、先を促した。彼は少しだけ安堵の表情を見せ、更に話を続けていった。
「……俺たちのいる“トリア”大陸は、その名の通り“第三”大陸だったんです。彼の話では、この大陸の他に第一大陸であるパトリア大陸と、新大陸を意味するノウム大陸があったそうです。今もあるのかは判りませんが、どちらも大災厄の影響を大きく受けていたそうなので、どうなっているかは全く判らないとのことでした……」
(私は見てみたい。その古代文明のあった未知の大陸。今はどう変質しているのか。もしかしたら、奇跡的に生き残っているかもしれない。もし、私に彼らと話す機会があれば……)
その後もミスター・ロックハートの話は続いた。
彼の話では古代人たちは、ゴーレムのような魔道具に労働を任せ、働く必要がなかった。古代人も認めているように、一種の理想郷と言える。
更に魔道工学の話になると、ミスター・ロックハートの声に熱が帯びる。
「魔法が魔道工学の簡易版であるなら、いつか“魔道工学”を生み出せるかもしれません。それも古代の物とは違った形で」
「できるかしら? “彼”は無理そうと言ったのでしょ。私たちは不完全だからって」
「はい。ですが、不完全であるからこそ、それを克服しようと技術は発展するんです。だから、この世界の方がより使い勝手の良い物になると思うんです」
彼のこういう姿を見ると、やはりラスペード教授の弟子なのだと思ってしまう。
確かに魔道具に関する知識では、既にラスペード教授に並ぶ者として認知されているが、そういう意味ではない。新しい知識や技術に対する情熱が二人に共通していると思っているのだ。
そのことを彼に告げると、僅かに顔を歪め、「俺は普通の人間だと思っているんですけど」と苦情とも取れる言葉を口にした。
「あら、ラスペード先生もご自分のことは、普通だと思ってらっしゃるはずよ」
私が笑いながらそう言うと、彼は何も言わず、大きくため息をつく。
(この子は判っていないわ。ラスペード先生に名前を覚えてもらうことが、いかに難しいことかを。学院の研究者でも名前を覚えてもらっているのは極少数のはずよ。よく私に“あれは誰だね”と尋ねられるから、間違いないわ。そういう私も先生に名前を覚えてもらうまでに二年ほど掛かった……若手の研究者なんて、話を聞いてもらうことすら難しいのに、この子はそのことを全く理解していない気がするわ……)
私は彼をからかうのを止め、話題を戻すことにした。
「では、その前に古代人の研究施設から持ち出した物を見せてもらえないかしら」
私がそう言うと、リディアーヌが話に割り込んできた。
「そうよ。あなたが使えるようになった“収納魔法”っていうのを早く見せてほしいわ。もちろん、遺跡から持ち出した物もね」
彼は小さく頷き、自分の胸の前に腕を動かす。その仕草は見えない袋から、何かを取り出すようにも見えた。そして、彼の腕の先がゆっくりと消えていく。
その瞬間、私を含め彼以外の全員が驚愕し、声を失った。
「驚かせてすみません。この先が異空間になっているんですよ」
彼は“収納魔法”を無詠唱で発動していたのだ。
無詠唱にしているのは、複合魔法であり、呪文が思いつかなかったからだと言っていた。それに収納魔法は思ったより消費魔力が少なく、維持と出し入れにはほとんど魔力は使わないとも言っていた。
彼はゆっくりと手を引き抜き、平らな四角い箱のような道具を取り出した。
「微量元素の分析装置だそうです。一応測定はできるそうですが、表示が出鱈目で意味を成さないとのことでした」
彼は次々と道具を取り出していく。その様子は見えない魔法のカバンから道具を取り出す伝説の魔術師のようだった。
収納魔法自体、英雄譚のような話によく出てくるから、割と知られた魔法だ。だが、実際には使える者がおらず、お伽噺の世界に出てくる荒唐無稽な魔法だと考えられていた。
「それが収納魔法……どうやって……私たちにも使えるものかしら?」
彼は少しだけ表情を曇らせながら、かぶりを振る。
「この魔法は光、闇、風、土の四属性が必要です。それに理論が難しいので、直接教えを受けなければ、理解できないのではないかと思います。昔は運搬用に誰でも使える魔道具があったそうなのですが、汚染を警戒して廃棄したそうです」
私は思わず、「四属性……それも反属性同士……」と呟いていた。そして、自分には使えないと落胆した。
更に彼は 研究室(ラボ) のような異空間について説明していく。
「あのラボのような場所はかなり複雑な魔道具が必要なのだそうです。異空間はそもそも生き物が生きていける環境じゃないそうです。空気はもちろん、壁も床もありませんから。まず、人が入れる頑丈な建物を入れる必要があるんです。それに人が生きていくための環境整備はもちろん、人が安全に出入りするための安全装置などが必要なのだそうです。俺の理解できた話じゃ、研究室はもちろん、転移の魔法も難しいみたいですね。一応、聞いたんですけど、実験する気にはなれませんでしたよ……」
彼は転移の理論も聞いたそうだが、この魔法は失敗すると大変なことになるそうだ。
本来なら、入口と出口の転移門を先に作ることによって、安全を確保するのだが、魔法として使う場合は、術者が入口を作りながら、自分の想像力だけで何の目印もない出口側の空間と接続する必要がある。そのため、繋ぐ場所を間違えれば、土の中や水の中ということもあり得るし、繋ぎ損なえば、異空間の中に閉じ込められることになる。
「やめておいた方がいいわね。少なくとも魔法陣で再現できなければ」
私がそう言うと、彼も大きく頷いていた。
「どちらにしても、あなたのように全属性持ちでないと無理そうね。でも、その理論はまとめておいて頂戴。もちろん、その分の追加報酬は払うわ」
彼は私の言葉を聞き、少し憂鬱そうな表情を浮かべた。きっと、魔道具の専門家、ラスペード教授に捕まって、根掘り葉掘り聞かれることを想像したのだろう。
その後、ミスター・ロックハートから聞き取りした結果を自分なりにまとめてみた。
今からおよそ二万年前、古代人たちの歴史は始まった。
当初は、今の我々と同じように、魔法と言う形で“マナ”、すなわち、“精霊の力”を利用していた。その当時から、彼らは八属性すべてが使え、更にエルフと同じ程度の寿命を持っていた。
彼らは才能豊かな人種だった。
魔晶石の加工と魔法陣の作製に才能を見せ、徐々に有用な魔道具を開発していった。
およそ四千五百年前、彼らは遂に魔道具を“魔道工学”なる技術に昇華させた。魔道工学はそれまでの魔道具とは一線を画し、与えられた動作を行うだけではなく、論理回路なるものによって、道具に考える力を与えたという。
魔道工学が花開いた当時、三つの大陸に五十を超える国家があった。
国家の形態は様々で、王制を敷く国家、民の代表による合議制を敷く国家、宗教を礎とする国家など、今のトリア大陸の国家とそれほど大きな差異はなかった。
しかし、マナを利用した長距離間の意志伝達方法と、転移門による瞬間移動方法が一般化すると、国家の形態は大きく変わっていく。
国家間の情報伝達と移動が容易になったことにより、人々の国家観は大きく変わった。我々には想像もできないことだが、手紙のような時間が掛かる不確かな連絡手段ではなく、距離に関係なく、時間差なしに連絡が取れるようになった。
更に驚くべきことに、瞬時に、そして安価に移動できる手段を持った彼らは、千kmもの距離を毎日行き来することができたのだ。
つまり、我々が隣の家に声を掛ける感覚で別の大陸に連絡が取れ、家から徒歩で職場に行く感覚で千kmもの長距離通勤が可能だったのだ。これにより、人の交流が一気に加速し、国家というものが少しずつ希薄になっていった。
その結果、百年ほどの間に、分散していた国家群から国家連合へ、そして、緩やかな連邦制国家へと変貌していった。その間には権力者たちが自らの権力を維持しようと画策したこともあったそうだが、隣町に引っ越すような感覚で移動する人々を繋ぎ止めることは出来なかった。最終的に数千万人規模の独立国家は消え失せ、逆に小規模な 共同体(コミュニティ) の繋がりが強くなる。それも単一のコミュニティに所属するだけではなく、職業、趣味、地域など様々なコミュニティと繋がっていく。
これが可能だったのは、社会資本に対するコストが相対的に小さかったからだ。社会を維持する資本、道路や城壁などの公共施設の維持が魔道工学により低コストで自動化できたことが大きい。更に軍事費に対する支出がほとんど無くなり、人々の支払う税は驚くほど安かった。
もう一つ大きな要因がある。
宗教だ。
彼らの世界では、ほぼ単一の宗教しか存在していなかった。それも非常に寛容な宗教だった。その寛容さにつけ込み、宗教的な権力を狙うものもいた。だが、宗教指導者である神官たちは不死、若しくはそれに近い存在であり、序列が変わることは全くなかった。一部の研究者たちは、神官たちこそが神ではないかという仮説を立てるほどだった。つまり、神が直接司る宗教であり、それが世俗へ干渉することなく、人々にも何も求めない。ただ、心の拠り所として、その宗教は存在していたそうだ。このため、新たな宗教が発生することなく、また、宗教組織にありがちな世代交代での腐敗はなかったのだ。
その宗教が彼らの魔道工学を支持した。本来保守的なはずの宗教が、積極的に支援したことにより、魔道工学は爆発的な発展を遂げたのだ。
この夢のような世界は五百年ほど続いた。
その間に人々が堕落したかについて、証言者は語らなかった。少なくとも彼のいたコミュニティは堕落していなかったそうだが、全世界的にそうだったのかは判らない。
だが、神の審判とも思えるような事態が発生した。それも何の前触れもなく。
最初にその事象が発生したのは、パトリア大陸と呼ばれる第一大陸からだ。パトリア大陸は文明発祥の地であり、古くから多くの人々が住んでいた。
まず、謎の奇病、最初に発見された街の名前をとって付けられた、クナーアン症候群という病気が始まりだった。
その奇病は恐ろしいものだった。
まず、目に見えないところ、つまり内臓がゆっくりと変質していく。それは体調不良を伴うこともあったが、比較的短期間で体調は戻った。そして、その後、食事の好みが変わることが多かった。
次に体の外側に影響が現れ始める。極端に毛深くなる者、牙や角のような特徴が現れる者、昆虫のような器官を持つ者……病はゆっくりとだが、確実に患者たちの姿を醜く変えていった。
その状態であれば、まだ理性を残している者もいた。
外見の変化が止まると、クナーアン症候群は最終段階となる。最終段階は、記憶と性格の変化だった。
記憶は書き換えられるように、自分の知っているはずのものが認識できなくなるだけでなく、自分とは全く関係のない記憶があったりと、記憶の混乱というには、あまりに大きな変化だった。
そして、性格についても徐々に変化していった。この変化については、クナーアン症候群患者すべてに共通した特徴があった。彼らは極度に攻撃的な性格となり、理性を失ったように、爪や歯を使って周囲の人に襲い掛かったのだ。
後に証言者は、クナーアン症候群の末路に酷似した存在を発見した。それは彼が三千年後に、彼の研究室を外の世界に接続したときのことだ。
彼が酷似していると思った存在、それはサエウム山脈にいた数多くの魔物たちだった。
オークやゴブリンといった人型の魔物は比較的症状が軽い患者に酷似し、爬虫類や昆虫系の魔物は症状が重い患者の末路に酷似していたという。
クナーアン症候群が蔓延し始めたとき、古代人たちは、 性質(たち) は悪いが、ただの病気であると考えた。症状だけ見れば、その判断は間違いではなかった。
だが、クナーアン症候群は病などではなかったのだ。
人を含め、生物が変化するのと時を同じくして、魔道工学で発達した魔道具類が狂い始める。それは人に現れたときのように最初は小さな 誤動作(エラー) だった。だが、徐々に機能が狂い始め、全く用を成さなくなる。
何が起こったのか。
証言者の言葉を情報収集者が記憶しているそのままに記載する。
『……情報の改変が行われたのだと考えた。人や生物についても同じで、遺伝子情報が書き換えられたのだろう。今回の危機、大災厄と呼ばれるものは、情報の改変が原因だったのだ……』
私には“遺伝子情報”というものが理解できない。遺伝子情報は体の設計図のようなものだそうだが、情報収集者であるミスター・ロックハートから聞き取った内容では到底理解できなかった。
この大災厄は瞬く間に、パトリア大陸からノウム大陸、更にトリア大陸に広がった。証言者のいたコミュニティは生命工学と呼ばれる研究者グループであり、医者の集まりと考えてもよいようだ。そのため、クナーアン症候群が発生した初期から病気の蔓延を防ぐための処置を行っていた。それが結果的に彼らのコミュニティが“汚染”されるのを遅らせることになった。
証言者によると、一年で他のコミュニティとの連絡は不可能となり、情報が全く入らない状況になった。
幸いなことに彼らのコミュニティは大量の食糧を備蓄していた。生命工学の研究の過程で事故が起こった場合を想定し、外部との接触を絶ったとしても百年程度は生きていくことができるようにしていたのだ。
証言者は自らの研究室が汚染されることを恐れ、外部と一切の接触を絶つため、備蓄していた食糧のうち自らの分を受け取り、研究室に篭った。彼が篭った研究室は時間の流れを遅く設定した場所だった。彼は大災厄の混乱が収まった後に地上に戻るつもりだったようだ。
その後、彼の体感で六十年、外の世界では三千年の時間が流れた。そのため、彼のコミュニティがどのような経緯を辿って崩壊したかは全く判っていない。彼が三千年後に外の世界に繋いだ時には、地形すら変わり、当時の痕跡すら留めない原生林になっていたからだ。
三千年後の世界は、彼に失望を与えた。
魔道工学のような高度に発達した文明の痕跡はなく、不完全な人々がクナーアン症候群患者の末裔に見える生物たちと抗争を続けている。貧しく、教養の欠片もないような人々……彼にはそう見えていた。
失意の中、彼は世界の崩壊、“大災厄”の原因について、考察を始めることにした。彼はより詳細な調査ができるよう、ゴーレムの一種を作り出し、カエルム帝国北部を中心に情報収集を始めた。元々備蓄されているマナは多くなく、彼はゴーレムたちにマナを回すため、不要な施設を切り離した。そのために自らの体を捨て、魂と記憶を機械に封じ込めたのだ。
そして、数十年に渡る調査を行った。だが、直接的な原因となる証拠は全く見つからなかった。
彼は調査を止め、思考による考察を行うことにした。
二十年間に渡る考察を行ったが、彼は遂に答えを導き出すことができなかった。
恐らく仮説はいくつか考えていたはずだが、それを語ることはなかった。
情報収集者であるミスター・ロックハートは、証言者の話から一つの仮説を立てていた。
情報改変は他の世界からの侵略ではないかというものだった。
この世界の 理(ことわり) を書き換えることにより、神すら滅ぼそうとした。だが、その侵略は成功しなかった。
彼が侵略が失敗したと考えた根拠は、不完全ながらも魔法と言う理が残っていることだった。文字などは書き換えられたが、魔法陣の構成、すなわち魔法の理は古代人の時代と変わっていない。ならば、世界の理すべてを書き換えることには失敗したのではないか。
神が介入したのか。古代人が侵略を食い止めたのか。それとも、別の存在がいたのか。ミスター・ロックハートは自分の仮説が正しいと証明する術がないと、それ以上の考察を話さなかった。
私は彼が何か知っているような気がしていた。
彼は契約について非常に厳格に遵守する人間だ。彼との契約では、遺跡に関する情報はすべて開示するとなっているから、この遺跡で得た情報は、すべて私に話してくれているはずだ。その点は疑っていないのだが、彼の考察を開示することは契約に入っていない。恐らく、彼の頭の中にはより詳細な考察があるのだろう。
話は変わるが、証言者が最初は私に話すつもりだったと言った話を聞き、私は愕然とした。私が選ばれなかったのは、全属性持ちであるミスター・ロックハートがいたからだ。その話を聞いた時、私は彼に殺意を抱くほどの怒りを覚えた。
研究者にとって、これ以上の機会は二度と訪れないだろう。その千載一遇の機会を奪われたと逆恨みしたのだ。
だが、彼の話を聞くうちに、証言者である古代人の判断が正しかったと気付いた。
恐らく私が話を聞いたとしても、これほどまでに情報を集めることはできなかった。ミスター・ロックハートでなければ、古代人もここまで話はしなかっただろう。
私はそのことに気付き、逆に彼を連れていった偶然に感謝した。自分でも可笑しいほどの変わりようだが、結果としてそれが最善だったのだから感謝しても当然だと思っている。
私は今回の調査結果を未だに公表していない。
論文としてまとめることなく、研究ノートにメモの形で残しているだけだ。
本来ならすぐにでも発表すべき重大な発見だ。だが、あまりに衝撃的な事実ではあるが、証拠となるものがほとんどない。僅かに回収した古代の魔道具は、他の遺跡でも似たようなものが発掘されているから、証拠にはなり得ない。
この状況で発表すれば、恐らく荒唐無稽の作り話とされるだろう。もしかしたら、ラスペード教授が私を擁護してくれる可能性はあるが、それでも信じる研究者は少ないだろう。
もう一つの懸念は、この事実が非常に危険だからだ。
種族間の対立を生む可能性すらある。なぜなら、魔族や獣人はクナーアン症候群の特徴を示している一方、人間の姿は古代人に近い。このことから、古代人の正当な後継者は人間であるという考え方が広まる可能性がある。特に光神教はこの話を聞けば、必ず利用しようとするはずだ。
この種族間の対立については、私が考えたことではない。ミスター・ロックハートが私に示唆してくれたのだ。
彼は公表するなら、証拠を集めるべきであり、獣人たちが魔物と同列に扱われないような配慮をすべきだと暗に教えてくれた。
(相変わらず、凄い子だわ。私なら学会が混乱しようが発表したかもしれないもの。そこまで考えるどころか、気付くことすらできないわ……でも、この事実は絶対に公表しないといけない。そのためには証拠を集める必要があるわ。さて、どうやって集めようかしら。地道に遺跡調査をすることくらいしか思い付かないわ……)
私は情報屋のサイ・ファーマンに、更なる遺跡の情報を集めるよう依頼した。
(学院改革で予算が潤沢になったからできることだけど、これもミスター・ロックハート、いえ、ザック君に感謝しないといけないわね……)