軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十二話「カルテットからセクステットへ」

トリア暦三〇一三年八月二十八日

その日の昼過ぎ、二ヶ月ぶりにドクトゥスの家に戻ってきた。

だが、馬を返してきたり、隣のリトルフ家、ノヴェロ家に挨拶したりとやることが多く、結局、日が傾く頃になってようやく落ち着くことができた。

一息ついたところで、問題があることに気付いた。

部屋割のことだ。

今までは二階の四部屋を寝室として使っており、四人の時には一人一部屋でも問題なかった。だが、二人増えたことにより、当たり前だが六人になり、部屋が足りない。

昔から仲がいいメルとシャロンが同じ部屋になるというのは、比較的簡単に決まったが、ダンの寝る部屋が中々決まらなかったのだ。

最初、男同士ということで俺と同じ部屋でいいだろうと簡単に考えていたのだが、それにはダン、メル、シャロンの三人が反対してきた。

理由は主家筋である俺は一人で部屋を使うべきだと言うことなのだが、そうなると、リディとベアトリスが同じ部屋ということになる。

リディは個室を希望しているし、俺も彼女の性格を考えればそれが妥当だと判断した。そうなると、メルがベアトリスと同じ部屋、ダンが妹であるシャロンと同じ部屋という選択肢しか残らない。だが、シャロンも年頃になりつつあるし、いくら兄妹とはいえ、男と同じ部屋は嫌だろう。メルの方も慣れたとはいえ、ベアトリスと同じ部屋では落ち着かないだろうと考えていた。

悩んだあげく、一階にある二畳ほどの物置に使っていた部屋をダンの寝室とすることで決着した。物置と言っても、元はメイド部屋か何かだったようで、一応窓もある居室だ。住むこと自体は問題ないが、他の部屋に比べるとかなり狭い。

とりあえず、入っていた物を出して、客用の簡易寝台を置いたが、ほとんどそれだけで埋まってしまう。

申し訳ないと俺が言うと、ダンは「この部屋でも十分すぎます」と笑顔で答えてくれた。

この世界の田舎の一般的な家では、家族全員が同じ部屋で寝るというスタイルが多い。ラスモア村でも農家の家はほとんどがその作りになっている。

さすがに従士の家はそこまで小さくないが、それでも夫婦の部屋と子供部屋がある程度で、ダンもシャロンが学院に入るまでは彼女と一番下の妹のユニスの三人で一部屋を使っていたそうだ。

ここに来る前も妹と同じ部屋だったそうで、初めて一人部屋が貰えると本当に喜んでいた。

翌日の八月二十九日。

メルとダンの冒険者登録を行うため、ギルドに行った。

ベアトリスが後見人ということで問題なく登録を終え、俺たちはすぐにギルドの裏にある訓練場に向かった。

今日は朝から雨が降りそうな生憎の天気であり、更に旅の疲れを取るため、元々森に入る予定にしていなかったのだ。

ギルドの訓練場に初めて入ったメルとダンは、周りで訓練に励む冒険者や傭兵たちの姿に目を輝かす。だが、すぐにその表情は失望に変わっていった。

俺が理由を聞くと、メルが「村の方が強い人が多いなと思って」と正直な感想を述べる。

確かにレベル五十オーバーの猛者たちがゴロゴロおり、自警団を情け容赦なく扱くロックハート家の方が、見応えのある訓練をやっていた。

「まあ、今日はいないが、ここにも凄腕の人はいるんだ。ベアトリスがいたようにな」

メルは小さく頷くと、木剣を手に素振りを始めた。俺も同じように素振りをし、ある程度からだが温まったところで、ベアトリス相手に模擬戦を始める。

ベアトリスたちと一時間ほど模擬戦を行い、休憩していると、二級冒険者のジェラルドが声を掛けてきた。

彼は「二人ばかり増えているが、そいつらもお前のハーレム要員か?」とニヤリと笑う。

俺が何か答える前に、「さすがは 全方位のハーレム王子(オールレンジプリンス) だぜ。男まで射程内とはな……くくく」と、ダンを見ながら俺の肩を叩く。

俺はいつもの軽口だと思い、軽く流そうとしたが、メルが「ザック様を馬鹿にしないで!」と叫んでいた。

メルは赤毛の髪に二重瞼のパッチリとした瞳の美少女で、普段は笑顔を絶やさない明るい表情をしていることが多い。だが、その時は目を吊り上げ、怒りを 露(あらわ) にしていた。

村にいる限り、俺を馬鹿にする奴はいないから、彼女はこういうことに免疫が無い。

だから、メルは本気で怒っていたのだ。

その迫力にジェラルドが一瞬驚き、そして、人の悪そうな笑みを浮かべながら、「ザック」と言って、俺の肩に手を置く。

「虎の次は山猫か? お前さん、こういうタイプもいけるんだな」

ジェラルドは、再びいつもの調子で俺をからかってくる。

俺はそのからかいには反応せず、メルとダンを紹介する。

「メリッサ・マーロンだ。そっちはダン・ジェークス。俺の幼馴染だ。よろしく頼む」

ジェラルドは「ほう、幼馴染ねぇ……」と呟き、目を細める。

メルはまだ怒りが収まらないのか、ジェラルドを睨みつけている。ダンの方は友好的とは言い難いが、一応、目礼のような感じで頭を下げていた。

ジェラルドの遠慮のない視線を受け、メルが「これ以上は許さない! 勝負しなさい!」と言って、彼に木剣を突き付けた。

ベアトリスの時もそうだったが、メルは言葉を使うより、剣で語り合う傾向にあるようだ。

だが、ジェラルドはひらひらと手を振り、「嬢ちゃんじゃ勝負にならねぇよ」と取り合おうとしない。

(もっともだな。俺でも全く歯が立たないんだから。見た目は軽いが、ジェラルドは一流の剣術士だ。 ロックハート家(うち) の従士だと、ニコラスに匹敵する腕だからな)

俺はメルを諦めさせるため、彼女に声を掛けようとした。だが、一瞬早くダンがジェラルドに声を掛けていた。

「僕も一緒に稽古をつけて下さい。二対一なら少しは勝負になると思います」

ジェラルドは「二対一ね……」と呟くが、応じる気配がない。

ベアトリスが笑みを浮かべながら、割り込んできた。

「いっその事、ザックとシャロンを入れて、“ザックカルテット”と勝負したらどうだい? そっちの方が面白そうだろ?」

ジェラルドは大きく首を横に振る。

「馬鹿言え! ザックとシャロン嬢ちゃん相手に、前衛の俺が勝負になるかよ。 空気の槌(エアハンマー) で吹き飛ばされて終わりだぜ」

ベアトリスが更に何か言おうとすると、すかさずジェラルドが肩を竦めながら、「判った、判った。そっちの嬢ちゃんと坊主の相手をすりゃいいんだろ」と了承した。

退屈していたのか、その様子を見ていた冒険者たちが、面白そうだとわらわらと集まってきた。

「ザックのダチを相手に二対一かよ。ジェラルド、間違っても負けるなよ」

そんな声が飛び交う中、メルとダンは模擬戦の準備を始めていた。

メルはいつもの通り、バスタード型の木剣を、ダンは短めの片手剣型の木剣を腰に差し、 短弓(ショートボウ) を構える。

そして、阿吽の呼吸でメルとダンが前衛と後衛に分かれていく。

ジェラルドはその様子を見て、「ほう」と小さく言いながら、木剣を握る。彼は構えるでもなく、剣を杖のように地面に差したまま、「いつでもいいぜ」と声を掛けた。

実のところ、これがジェラルドのスタイルなのだが、初見の相手は彼が自分を馬鹿にしていると勘違いすることが多い。

俺も最初は侮られていると思ったのだが、誰を相手にしても同じような対応だった。

俺はメルの怒りが爆発すると思っていた。

(メルは俺のことになると一気に熱くなるからな……いや、意外に冷静だな……)

そう思ったのは、メルが油断なく構えたまま、じりじりとにじり寄っていく姿を見たからだ。目は怒りに燃えている感じだが、動きは冷静そのもので、ゆっくりと間合いを計っている。そして、同じようにダンも矢を番えた短弓を構えたまま、ゆっくりと横に動いていた。

ダンの位置がジェラルドの左真横になった瞬間、ビュンという弓弦の音が訓練場に響いた。

俺たち以外の誰もが、ダンが矢を放ったと思ったことだろう。

だが、彼の弓から矢が放たれることはなかった。

周りで見ていた冒険者たちは、ダンが矢を放ち損ねたと思い、笑い声を上げようとした。だが、その笑い声は彼らの喉の奥で固まり、声となって出てくることはなかった。

ジェラルドは弓弦の音と共に矢が放たれたと反射的に注意をダンに向ける。

その僅かな視線の移動を見てとり、メルが飛び出していった。

ここでジェラルドは僅かに後手に回ることになる。しかし、メルとジェラルドの技量差は話にならないほど大きく、彼は余裕を持って、メルの攻撃に対処できる。彼を含め、皆そう思っていた。

ジェラルドがメルに向かって剣を振り上げようとした時、メルは突撃を止め、逆にバックステップで距離を取る。

その時、二度目の弓弦が訓練場に響いた。

今度は音だけでなく、ジェラルドの左脇腹に向けて矢が放たれていたのだ。

ジェラルドは“ちっ”と舌打ちした後、身体を僅かにずらして矢を避けた。

彼の意識が矢に行った僅かな隙を突いて、メルが猛然と攻撃を加えていく。

元々身長差があったが、メルは体を曲げ、地を這うような低い姿勢で、ジェラルドの軸足を斬り付けた。ジェラルドは剣で易々と弾き、その勢いを利用して、逆にメルの頭部を狙って剣を振り下ろす。

メルは左側に転がるようにして、それを避け、片膝をつき左手を地面につけた状態でジェラルドの様子を窺っていた。

ジェラルドの言ではないが、威嚇する山猫のような動きに見える。

だが、それも作戦のうちだった。その攻防の間にダンがジェラルドの背後に音も無く接近していたのだ。

ダンは気配を絶ってジェラルドの背後に走りより、いつの間にか持ち替えていた剣を横薙ぎに払う。

ジェラルドは「おいおい、油断も隙もねぇな」と苦笑しながら、鋭い剣筋でダンの攻撃を払い除ける。

その後は、メルとダンの息の合った攻撃が続くが、奇襲が通用しなかった以上、レベル六十を超えているジェラルドが余裕を持って二人の攻撃を捌いていく。

数合渡り合ったところで、技量の劣るダンが肩を打ち据えられ脱落した。そして、一対一ではメルも全く太刀打ちできず、二度打ち合っただけで剣を弾き飛ばされ、そこで模擬戦は終了した。

今のダンとメルのコンビネーションについて、村で何度か目にしていた俺たちに驚きはない。だが、初めて二人と対戦した時には、驚きを隠せなかった。俺の腕ではジェラルドのように二方向からの攻撃に対処することはできず、ものの一、二分で敗北してしまったのだ。

メルが正面で敵の注意を払いながら、ダンが気配を殺して奇襲を掛ける。逆に急に気配を見せて、後ろに注意を払わせ、メルの攻撃を支援する。このコンビネーションは経験豊富なベアトリスでも梃子摺り、「本当に凄い子たちだよ」と賞賛していたほどだ。

この戦い方なのだが、ダンの発案だそうだ。

彼は俺たちとの行動を想定し、最も地力の無い自分がどうすればいいか悩んだそうだ。そこで、父であるガイに相談した。

ガイは直接彼を指導することはせず、祖父、従士頭で槍使いのウォルト、剣術士のニコラス、弓術士のヘクター、そして、ガイの五人の実戦を見せたそうだ。

五人とも超一流の戦士だが、祖父たちに比べ、剣と弓を使うガイは純粋な攻撃力の面で見劣りする。もちろん、彼の剣も弓も一流以上の腕なのだが、他が凄すぎるのだ。

祖父のパーティでは、祖父とニコラスが前衛、ウォルトが中衛、ヘクターが後衛になる。これは数十年来の基本的なフォーメーションだ。

ガイは四人のフォーメーションには入らず、フリーなポジションで敵の注意を引き付けたり、奇襲を掛けたりと、遊撃的な存在となって四人をサポートしていたそうだ。ガイは主力である四人の力を最も効率的に引き出させることが自分の役割だと身をもって示した。

俺たちのパーティでも同じことが言える。

ベアトリスがいないと仮定すると、前衛が俺とメル、後衛がリディとシャロンが基本の形となる。そして、俺たちの最も大きな特徴は、魔法による強力な遠距離攻撃力だ。それを生かすため、ダンは敵の注意を引き付けることで、呪文の詠唱時間を稼ぐことを考えた。

そこまで考えた時、メルに自分の考えを明かし、彼女とどうすべきかいろいろ試した。そして、二人で敵を撹乱するのが、一番効率のいい方法だとの結論に達し、彼女と日々研究を重ねたそうだ。

メルとダン、そしてジェラルドの模擬戦を周りで見ていた冒険者たちは、実力者である二級冒険者のジェラルドが十歳そこそこの子供相手に梃子摺ったことが信じられなかった。彼らはいつものように冗談を言うこともなく、ただ言葉を失っていた。

若い冒険者の中には、ジェラルドと模擬戦をやったことがある者もいた。だが、七級程度の若手では、二対一でも圧倒されることが普通だったからだ。

そんな中、ジェラルドが「さすがはザックの幼馴染だな……」と二人に声を掛けた。

そして、笑みを浮かべて、「ジェラルドだ。さっきのは軽い冗談だ」と右手を差し出した。

ダンはその手を取るが、メルはまだ納得していないのか、彼の手を取ろうとしない。

俺が「ジェラルドさんはいつも一言多い、いや、二言三言余計なことを言うが、根はいい人だ。メルもすぐに判るよ」と言うと、彼女は俺に頷いてから、ジェラルドの右手を取った。

ジェラルドが「二言三言も多くは無いぞ」と苦笑するが、彼の後ろから彼のパーティメンバーの魔術師ルーファスがいつものように小言を言い始めた。

「いや、まさに彼の言うとおりだ。お前はいつも余計なことを言ってトラブルを招くんだ。いつも言っているだろう。軽口を叩く時は相手をよく見ろと……」

ルーファスの小言にジェラルドは「判った、判った」と言って応じていた。

この模擬戦でメルとダンは一気にドクトゥスの冒険者たちに認知された。

そして、俺たち四人の“ザックカルテット”という呼び名は一気に広まった。

それがきっかけとなったのか、リディとベアトリスを加えた俺たち六人は、いつしか“ ザック六重奏(ザックセクステット) ”と呼ばれるほど、連携の取れたパーティとして知れ渡るようになった。

(でも、何で“ザックセクステット”なんだ? どう考えてもベアトリスがリーダーだろう……きっと、陰で何か変なあだ名でもつけられているんだろうな……)