軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十話「ある日の鍛冶師ギルドでの出来事」

俺はスコットが拉致されるかもしれないと思い、対策を思い付いた。そして、すぐに実行に移すべく、ベルトラムの工房に駆け込んだ。

「ベルトラム! 話がある! 酒の話だ!」

俺が工房の入口でそう叫ぶと、すぐに目の色を変えたベルトラムがやってきた。

「酒の話だと! どんな話だ!」

俺はニコラスから聞いた話をベルトラムに話し、更に俺の考えを付け加えた。

「……要するにスコットの身が危ない。この村もだ。今は酒造りが軌道に乗り始めた大事な時なんだ。ここでスコットが抜ければ、俺の目指す最高の酒造りは十年、いや、二十年は遅れてしまう。そこで頼みがある」

ベルトラムは俺の言葉を聞き、難しい顔をしていた。

「頼みだと。鍛冶師の俺に出来ることなんかしれているだろう」

「いや、これはベルトラムじゃなけりゃできないことなんだ……」

俺は自分の考えを話し始めた。

「アルスのドワーフたちに頼んで欲しいんだ。もし、スコットが自分の意思とは関係なくこの村を去ることになった時、うちとは別のところの蒸留酒が売られ始めても買わないと宣言して欲しいと」

ベルトラムは怪訝な顔をする。

「それはどういう意味だ? 確かにこの村で酒が作れなくなるだろうが、他で作れるようになるかもしれんだろう。そいつを買うなと言いたいのか」

「いや、スコットが無理やり他で酒を作らされることを防ぐだけだ。スコットがうちにいる限り、他で蒸留酒ができても俺は気にしない」

「それは判るが……アルスの連中には関係ないことだろう。言っちゃ悪いが、誰が作ろうが、酒に変わりはねぇからな」

俺はその言葉に頷くが、すぐに反論した。

「確かにそうだろう。ここでスコットが抜けても、すぐには影響は出ない。特にアルスの連中は今寝かせてある酒がなくなる三年後まではほとんど影響が無いはずだ。だが、その先はどうだ? スコットが他の場所ですぐに同じように酒が作れると思うか? そうなったら、何年かの空白期間が出来る」

ベルトラムは小さく頷く。

俺は止めを刺すべく、表情を固くする。

「それより、もっと大事なことがある」

彼は「大事なこと?」と俺を見つめる。

「ああ、あんたなら判っているだろうが、初めて蒸留酒を作ったときの物と比べて、今の酒はどうだ? 俺は香りを確認している程度だが、それでも判る。確実に旨くなっていると」

彼は「ああ、確かにな」と頷く。

「このまま行けば、十年と掛からずにもっと旨い酒が出来る。いや、作ってみせる。あと五年もすれば俺も酒を呑めるようになる。そうなれば……」

ベルトラムはポンと手を打つ。

「ああ、判ったぜ。本物の味を知っているのはお前だけだ。なら、ここで作るのが一番だな……アルスの連中にはうまく言っておいてやる。ラスモア村の酒造りの責任者が危険だとな。それを防ぐために、スコットが攫われたり、奴が望まず村を去ったら、どこの酒だろうと買わないと公言しろと」

俺は「ああ、それでいい」と言って頷く。

「そうすりゃ、数年後には旨い酒が呑める。そう言っていいんだな?」

「ああ、少なくとも五、六年すれば十二年物が少しだけ出せる。それほどの自信はないが、今の物よりは確実に旨いはずだ」

「ならいい。俺の知り合いは口は悪いが義理堅い奴ばかりだ。特にここの酒のためなら、大抵のことはしてくれるだろう」

彼の言葉に何とかなりそうだと安堵した。

俺はその時初めて気付いた。

ベルトラムの後ろにヴィルヘルミーナがいたことに。

彼女は不思議そうな顔で俺を見ていた。

(しまったな。スコットのことで、いや、酒造りのことで頭が一杯で気付かなかった……確実に彼女には不審がられている。当然だろうな、十歳そこそこの子供が酒造りの話で熱くなっていれば……さて、どうするべきか)

ベルトラムも俺が何を考えているのか判ったのか、小さく頷いた。

「ミーナのことは気にせんでいいぞ。遅かれ早かれ、こいつには気付かれただろう。お前はここに来ると脇が甘くなるからな」

そう言って笑うが、俺は一緒に笑う気になれない。

俺の顔を見てベルトラムは更に付け加えてきた。

「こいつは一応俺の弟子だからな。それにこいつも大の酒好きだ。お前の秘密を軽々しく話すことはないだろうよ。そうだろう、ミーナ?」

ミーナは小さく頷き、

「はい。ザックさんが普通の子供じゃないのは何となく判っていましたよ。師匠と話す時の顔が子供の顔じゃなかったですから。それにおいしいお酒の話なら、私も混ぜて欲しいです。フフフ」

俺は頭を掻きながら、笑って誤魔化すことにした。

(確かに酒の話になると脇が甘くなる。まあ、ベルトラムが信用していいと言うなら大丈夫なのだろう……)

――――

ここは、カウム王国の王都アルス。

その王都の中でも一際目立つ建物がある。

石材とレンガで作られた二階建ての建物で、その存在理由を示すかのように質実剛健な雰囲気を持っている。

そう、ここは全世界に支部を持つ鍛冶師ギルドの総本部。

その総本部の二階には、総会などの大きな会議が行われる大会議室があった。

そこにアルス在住の主だったドワーフの鍛冶師たちが集められていた。

軽く百人は収容できる大会議室だが、匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーに緊急召集された親方衆で埋め尽くされている。

ほとんどの出席者は緊急召集の理由を知らず、知り合い同士、理由を憶測しあっていた。

「魔族の襲撃か? トーア砦が襲われたっていう話は聞いてねぇが……」

「いや、俺は商業ギルドの連中が利権を求めて、またちょっかいを掛けてきたと聞いたぞ……」

「俺が聞いた話はもっと重要な話だそうだぜ。匠合長の他には数人しか知らん極秘情報だそうだ。何やらきな臭い話があるらしい……」

ざわめきが支配する大会議室に年嵩のドワーフが入ってきた。顔中が髭で覆われ判りにくいが、深い皺と思慮深い瞳、そして、圧倒的な存在感により、会議室内のざわめきは一気に鎮まる。

彼、匠合長ウルリッヒ・ドレスクラーは一段高くなった演台にゆっくりと上がっていく。

そして、いつになく深刻そうな表情を浮かべ、会議室内を見渡した。

「聞いてくれ! 昨夜、大変な報せが届いた」

ウルリッヒはそこで言葉を切り、もう一度、室内を見渡す。

「聞いておる者もおるじゃろうが、ラスモア村のベルトラムからの報せじゃ」

ラスモア村という地名と匠合長の悲痛な顔を見て、鍛冶師たちに動揺が走る。

「儂らの命の糧、“スコッチ”に危機が訪れておるという報せじゃ。このままでは数年のうちにあの酒が、スコッチが呑めなくなると……」

そこで会議室に怒号が起きる。

「何だと! あの酒が呑めなくなるだと!」

「何が起こっておるんじゃ! ウルリッヒ!」

「もう、 麦酒(エール) や 葡萄酒(ワイン) なんぞ、薄すぎて呑めんのだ……儂はどうすればいいんじゃ!」

普段は泰然とし、親方と呼ばれている鍛冶師たちがヒステリックに叫び、パニック寸前といった状態に陥っていた。

「落ち着け!」

ウルリッヒは工房で鍛えた銅鑼声で皆を静める。混乱していた親方衆も無様な自分の姿に気付き、すぐに落ち着きを取り戻した。

「皆の気持ちも判らんでもない。儂も手紙を読み進んだ時、呑みかけのジョッキを落としそうになったくらいじゃ。この儂が酒を落としそうになるなど、何十年ぶりか……それほどの衝撃を受けたのじゃ」

一癖も二癖もあるドワーフたちを束ねる豪胆なウルリッヒが、自ら動揺したと告白したことに、親方衆は驚きを隠せなかった。更に“ドラゴンがブレスを吐こうが、酒だけは零さぬ”と豪語するほど酒好きのウルリッヒが、ジョッキを落としそうになるほど深刻なのだと、詳細を聞く前から戦慄を覚えていた。

「ベルトラムからの情報はこうじゃ。“ラスモア村の蒸留責任者、スコットの身が危うい。今、スコットを失えば、数年先にはスコッチは呑めなくなるだろう……」

ウルリッヒはザックがベルトラムに語ったことをドワーフたちに告げていく。

「……つまり、ここでスコットが不本意な形で村を去れば、スコッチの生産量は激減する。更に、質も一気に低下するんじゃ……」

ドワーフたちはその話を聞き、落胆する者、怒りを露にする者など様々だったが、次に語られた言葉に一気にヒートアップする。

「……それだけではない。奴の話じゃ、あと数年で更にうまい酒が出来る。俺たちドワーフが望む最高の酒だそうだ。そいつの危機が迫っているんじゃ……」

その言葉に「何が原因じゃ!」、「誰が原因なんじゃ!」、「 戦(いくさ) だ!」など、工房で怒鳴る声とは全く違う、心の底から怒りを覚えている本気の怒号が会議室を揺らす。

「鎮まれ!」

ウルリッヒの一喝で場は再び鎮まる。

「手はある。じゃが、その前に確認しておきたいことがある」

ウルリッヒが鋭い眼光で会議室を睨みつける。

「儂らはうまい酒が呑みてぇ。それは事実じゃ。誰が作ろうがうまけりゃいい。それも否定はせん。スコットが拉致されようが、いや、誰がどこで作ろうが、まともな酒が呑めるなら、文句は言わん。この中にもそう考える者がおってもおかしくはない……」

ここで言葉を再び切った。

彼が見渡すと、会場内には頷く者が多かった。

「ベルトラムはこう書いてきた。“スコット一人では、ラスモア村以外で今以上にうまい酒は絶対に出来ん。ここには酒をうまくする秘密がある”と」

そこで「秘密ってのは何なんだ?」という声が上がる。

「言えんから秘密なんじゃろうが! それにこと酒に関しては、ベルトラムが判断を誤ることはあり得ん。奴が“ここでしか出来ん”と言うなら、まさにその通りなんじゃろう」

その言葉に全員が頷く。

「そこで儂らのすべきことじゃ。ベルトラムからは“ギルドが、いや、酒を愛するすべてのドワーフが総力を挙げてラスモア村の蒸留所を保護すべきだ”とな。これについて異議のある奴はいるか?」

ウルリッヒがそう言って会場を睨んでいく。

ドワーフたちは誰もが頷き、同意の意思を表した。

その後、大会議室ではラスモア村蒸留所の保護に関する案件について、真剣な討議がなされた。

会場の外にいる鍛冶師ギルドの職員たちは、会議冒頭の怒号の連発、その後、数時間にも及ぶ大会議に不安を隠しきれなかった。なぜなら、ドワーフたちが酒も呑まずに長時間の会議を行うなど異例なことだからだ。職員たちはその不吉な状況から、どれほどの危機が迫っているのかと同僚たちとひそひそと私語を交わしあっていた。

そして、ドワーフたちにしては考えられないほど長い会議が終わった。

匠合長ウルリッヒ・ドレスクラーは彼にしては珍しく、やや疲れた表情を見せていた。彼はギルド職員を集め、全世界に向けて鍛冶師ギルドの声明を発信するよう命じた。

―――

俺は自分がベルトラムに依頼したことがどのような結果になるか、あまり考えていなかった。

後日、ドクトゥスに戻る途中のペリクリトルの街で、鍛冶師ギルドの声明の話を聞いた。

その内容は次のようなものだった。

“鍛冶師ギルドに所属するすべてのドワーフはここに宣言する。ラスモア村の酒造技術が不正な手段を持って破綻させられた場合、関与に関する証拠の有無に関わらず、その後に製造された蒸留酒の購入は一切行わない。更に不正な手段を行った者が判明した場合、その者が所属する国、都市、匠合等の組織と鍛冶師ギルド所属のドワーフは一切の取引を行わない。これは単なる警告ではない。いかなる組織であろうとも、我がギルドは必ず実行する……我々は酒に関しては一切の妥協はしないのだ……鍛冶師ギルド長ウルリッヒ・ドレクスラー”

俺はその声明文を読んで唖然とした。その時、手に持っていた剣を思わず取り落としてしまったほどだ。

俺はここまで 大事(おおごと) になるとは思っていなかった。

(ドワーフの酒に対する執念を甘く見ていた。まさか匠合長名で声明が出されるとは……)

鍛冶師ギルドの匠合長と言えば、一国の王に匹敵する力を持つ。国防の根幹である武器の製造、生活必需品の製造……更に武器に命を預ける傭兵や冒険者たちがその国を去り、魔物の跋扈する危険な土地に成り果ててしまうだろう。鍛冶師ギルドが優秀なドワーフの鍛冶師を引き揚げさせれば、数年を待たずにその国の国力が低下することは間違いない。

後に聞いた話では、カウム王国の王家がスコットを引抜きにかかったのは、国内のドワーフたちを懐柔、若しくは 制御(コントロール) するためだった。ドワーフが愛して止まない蒸留酒を一手に握ることで、扱いにくいドワーフの鍛冶師たちの切り札にしようと考えたということだ。

(確かに有効な手ではあるが……ただの酒だぞ。それがほとんど戦略物資になっている……俺の打った手が良かったのか、悪かったのか。これ以上、大事にならなければいいが……しかし、ベルトラムって何者なんだ? じい様の昔馴染みだそうだが、ギルドを動かせるほどの伝手を持っているなんて……)

鍛冶師ギルドの声明発表後、スコットに対する過剰な引き抜きの話はほとんど無くなった。下手なことをして、鍛冶師ギルドと取引ができなくなれば、国や組織の根幹に関わる大問題になると上の方が引き締めに掛かったようだ。

その代わり正当な手段ならいいのだろうと、ロックハート家に対して蒸留技術を譲ってほしいと言う申し出はより激しくなっていったそうだ。