軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十八話「ラスモア村の近況」

七月十日。

ベアトリスとの模擬戦でボロボロになったメルを抱え、俺は自分の部屋に向かった。

外では自警団の訓練がまだ続いており、村の男たちはいつも以上に扱かれているようだ。訓練が終われば公衆浴場に行って汗を流し、その後には慰労会と言う名の宴会が行われるはずだ。だが、今日に限っては彼らが酒を飲めるほどの元気が残っているかは判らない。

俺自身も祖父たちの相手でボロボロになっていたが、それ以上にメルは酷かった。

メルを寝台に寝かせるが、さっき掛けた治癒魔法でほとんどの傷は治っているようだ。念のため、もう一度治癒魔法を掛けるが、メルの表情は辛そうで、消耗した体力はすぐには戻ってこないようだ。

部屋には心配顔のシャロンとダン、いつになく真剣な表情のベアトリス、そして、なぜか笑顔を見せているリディの姿があった。

俺はメルの頭を撫でながら、彼女に声を掛ける。

「昼からはゆっくりしたらいい。俺はベルトラム――ラスモア村のドワーフの鍛冶師――のところに挨拶に行ってくるが、モリー――メイド長、ウォルト・ヴァッセルの妻――に言っておくから、ここで休んでいたらいい」

メルは小さく首を横に振ると、大人びた笑みを浮かべた後、はにかみながら俺を見つめる。

「もう大丈夫ですよ。それに一緒にいたい……ですから……」

俺が「しかし……」と言おうとすると、「このくらいいつものことですから」と起き上がる。

シャロンが「本当に大丈夫?」と聞くと、メルは笑顔で大きく頷いた。

「これから一緒にいるんだ。今日はゆっくり休めば……」

今度はリディが「村の中なんだからいいんじゃないの?」と口を挟んできた。

(昨日今日のリディには調子を狂わされるな。いや、リディだけじゃない。メルにも……確かに村の中なら休める場所はいくらでもある。いざとなれば俺が背負ってもいいか)

「判った。だが、疲れたり、辛かったりしたら必ず言うこと。それが条件だ」

メルは大きく頷き、「じゃあ、着替えてきます!」と言って、元気に部屋を出て行った。

シャロンとダン、そしてベアトリスも同じように準備をするといって、部屋を出て行く。

部屋にはリディと俺の二人だけが残っていた。

俺はメルのことをリディに聞こうと口を開く。

「なあ、メルのことなんだが……」

「あの子の気持ちは判ったんでしょ。なら、後は自分で考えなさい」

それだけ言うとリディも部屋を出て行った。

俺は一人残された部屋で装備を外しながら、考えていた。

(俺は彼女たちの気持ちに応えられるんだろうか……)

そう思ってはみるものの答えが見つかるわけではない。

俺は小さく頭を振り、深く考えないことにした。

(今は考えても仕方が無いな。少なくとも今は……)

俺は屋敷にある服に着替えた。

久しぶりに普通の服――黒一色ではない服――に袖を通すと、僅かに違和感を覚える。

「いかんな。リディたちに毒されてきているようだ」

俺はそう呟きながら、部屋を出て行った。

まだ正午には少し早かったが、昼食をとり、夏の太陽の下、館が丘を下って行く。

横にはリディとメル、後ろにはシャロンとベアトリス、ダンの三人がいる。

館が丘を下り、まずベルトラムの工房に向かった。

昨日は懐かしさのあまり気付かなかったが、村の様子が少し変わっているようだ。

それは悪い方にではなかった。

一年前より畑が広がり、家も少し増えていた。それにもまして村人の表情が明るくなっている気がする。

俺はメルとダンにそのことを聞いてみた。

「東が丘のあそこに家はなかったはずだな。それにここはただの草原だったと思うんだが」

俺の問いにダンが答えてくれた。

「はい。最近、小さい子供が増えたので、家が手狭になるところが多いんだそうです。冬の間に結構家を建てていましたから。畑の方はニコラスさんが村の人たちに広げるよう頼んだんですよ。麦をたくさん作るようにって」

ダンの話にニコニコと笑うメルも加わってくる。

「そうですよ。お酒を作るのに麦をたくさん作らないといけないって。キルナレックの街に行っていた人たちも戻ってきているみたいなんです……」

詳しく話を聞いてみると、以前家を継げずに出て行った次男や三男が村に戻りつつあるようだ。メルもダンもあまり詳しい話は知らないようだが、ニコラスが補助金のようなものを出して人を呼び戻しているようだ。

昔、村を出ていった者のUターンやいわゆる移住希望のIターンの話をニコラスにしたことがあった。その時、移住希望者には住宅の斡旋や補助金、税の免除なんかが有効だといった記憶がある。税の免除はうちの村ではあまり関係がないから、補助金や住宅の斡旋なんかをしたのだろう。

(屋敷に帰ったら聞いてみるか。独身が多いなら、お見合いパーティなんかをやってもいいかもしれないな……)

俺はそんなことを考えながら、丘の間を歩いていた。

ベルトラムの工房に着いたが、珍しいことに当の本人は工房内にいなかった。

何度か声を掛けたが、一向に出てくる様子が無い。鎚の音もせず、作業をしている様子が無い。

俺は埒が明かないと工房の奥に入っていく。

工房の中には手入れ中の武具の他に、造りかけの蒸留器があった。どうやら、スコット――ラスモア村の酒造責任者――は更に蒸留器を増設するつもりのようだ。

リディやメルたちは俺のあとについてくるが、唯一人、ベアトリスだけはベルトラムがドワーフと聞き、やや引き攣った顔をしている。

「いいのかい。ドワーフの鍛冶師は気難しいのが多いって言うよ」

俺は笑いながら、「大丈夫だ。ここには小さい頃から入り浸っているからな。勝手知ったる他人の家って奴だ」と片手を上げる。

奥に行くと、裏庭から人の話し声が聞こえてきた。

一人は野太い男の声で懐かしいベルトラムの声、もう一人の声は女性、それも若い女性のもののようだ。

(誰か包丁か何かの修理を頼みに来たのかな? 珍しいな……)

村の若い女性が気難しいベルトラムの相手をすることはかなり珍しい。別に彼が何かするわけではないが、異種族と言うだけでも、田舎の村娘にはハードルが高いようだ。だから、包丁や道具類の修理を頼む時も、普通はベルトラムと親しい父親が来ることが多い。

俺は疑問を感じながら、工房を抜け、裏庭に出た。

そこにはベルトラムと彼と同じくらいの身長――百五十cmくらい――の女性がいた。

女性の方は俺たちに背を向けているため、顔は判らないが、小柄な割には線は細くなく、ベルトラムと同じドワーフのように見える。

ベルトラムはその女性に何やら説明していたようだが、俺に気付くとすぐに髭面に満面の笑みを浮かべ、銅鑼声で声を掛けてきた。

「ようやく来たか! 昨日帰ってきたそうじゃねぇか!」

「済まないな。昨日の昼に着いたんだが……」

俺がそこまで言うと、「判っている。お前も領主の息子だ。付合いってもんがあるんだろ」と言って、俺の肩をポンと叩く。

俺は彼に頷きながら、ベアトリスを紹介する。

「ベアトリスだ。俺の後見人をやってくれている」

ベアトリスが軽く頭を下げると、ベルトラムは五十cm以上背が高い彼女を仰ぎ見ながら、「ベルトラムだ」と言って右手を差し出す。

ベアトリスはややしゃがむような姿勢で彼の右手を取る。

ベルトラムは「ほう、槍使いか……ザックの後見人か。うむ……なるほどな」と言って、にやりと笑った。

どうやら、握手をしただけでベアトリスが一流の戦士であると判ったようだ。

俺はベルトラムの後ろにいる女性が気になっていた。

彼女は女性にしてはやや骨太な感じの体つきだった。だが、強いウェーブの掛かった豊かなブラウンの髪、丸顔に大きめの瞳で、鼻はやや低いものの、愛嬌のあるかわいらしいドワーフの女性だった。その顔は無邪気そうな表情が浮かんでおり、一見すると、メルやシャロンと同じくらいの子供のように見えた。だが、よく見ると子供には無い落ち着きがあり、二十代後半くらいの大人の女性という感じもする。

俺がその女性を紹介するようにベルトラムに言うと、彼はややぶっきら棒な感じで、「ああ……」と言ってから話し始めた。

「こいつは、アルス――南部のカウム王国の王都、ドワーフの職人が多くいる――の連中がうちの工房に押し付けてきたヴィルヘルミーナだ。ミーナ、こいつがいつも言っているザックだ」

彼女は笑顔のまま、「初めまして。ヴィルヘルミーナです。よければミーナと呼んで下さいね」とぺこりと頭を下げる。

俺が挨拶を返すと、

「師匠からお噂は伺っていますよ。あの“スコッチ”の本当の発案者だって……」

俺が驚いていると、ベルトラムが事情を説明してくれた。

「お前が村を出るとき、剣を打ってやっただろう。その時の鋼はアルスの連中が贈ってくれた物だ。そのことをこいつは知っていたんだ。俺がお前に剣を打ってやったと言ったら、“スコッチ”の発案者だと気付きやがったんだ」

そう言ったあと、小さく「すまん」と謝ってきた。

(そう言えば、剣を打ってもらう時にそんなことを言っていたな。確かにそのことを知っていれば、気付いてもおかしくない。だが、彼女はどこまで俺のことを知っているんだ……)

俺が黙ったことで、ベルトラムも俺が何を気にしているのか気づいたようだ。彼は小さく首を横に振り、“それ以上のことは知らない”と暗に伝えてきた。

俺は少し安心し、固くなった表情を緩める。

俺は話題を変えるため、「そう言えば、師匠って言っていたようだが」とミーナに話を振る。

彼女は大きく頷き、「はい、ベルトラムさんは私の師匠なんですよ。師匠は認めてくれないんですけど」と少し口を尖らせる。

ベルトラムは弟子じゃないと言っているが、俺には何となくアルスの職人たちの意図が読めていた。

ベルトラムは六十を過ぎている。

ドワーフは人間より長命で二百年以上生きるそうだが、それでもこの歳で独身なのは婚期を逃していると言ってもいい。この村には彼の相手となるドワーフの女性がいないから、良さそうな女性を送り込んで来たのだろう。

俺がそんなことを考えながら頷いていると、ベルトラムは気恥ずかしくなったのか、急に剣の話に話題を変えてきた。

俺の剣を奪うように受取ると、すぐに工房に入っていってしまった。

(これは目があるのかな? 友人として、ここは一肌脱いだ方がいいかもしれない)

俺はそう心に誓うと、彼を追って工房の中に入っていった。

工房に入ったベルトラムは、既に職人の顔になっていた。

俺はからかうこともできず、彼のすることを見つめている。

彼は剣を引抜くと、目を細めて歪みや刃毀れがないか、丹念にチェックしていく。

「大丈夫そうだな。ドクトゥスにもまともな職人がいたんだな……」

俺がゼルギウスという職人に手入れを頼んでいるというと、何やら納得した顔になっていた。どうやら知り合いのようで、ドワーフの鍛冶師には独自のネットワークがあるようだ。もしかしたら、酒飲みのネットワークかも知れないが。

俺の剣のチェックを終えたベルトラムに新しい蒸留器の話を聞いてみた。

「ああ、スコットが依頼したものだ。今年だけでも三基目だ」

(ペリクリトルで聞いた話と整合が取れるな。スコッチの需要がかなり多いんだろう。蒸留器だけじゃなく、貯蔵庫も増築していたからな……しかし、元になる醸造酒の供給がよく追いつくもんだ……)

当たり前の話だが、蒸留酒を作るには元になる醸造酒が必要だ。

当初はラスモア村で作られるビールかワインを蒸留していただけだったが、需要が伸びるにつれ、キルナレック近郊の村から仕入れていた酒も蒸留していた。キルナレック近郊から仕入れていると言っても、急に供給が増えるわけじゃない。

元々、酒は嗜好品であり、必需品である食料、主に麦の余剰分で作られていたに過ぎない。ニコラスが近隣の村にも農業指導のようなことを行っているが、俺がいない一年で飛躍的に供給が延びるとは考えにくい。

キルナレック以外の遠方から輸送することも可能だが、以前の試算では、輸送コストが大きすぎて割に合わないという結論だった。

そう考えると、蒸留器を三台も増設する理由が思いつかない。

俺が不思議そうな顔をしていると、ミーナがからくりを教えてくれた。

「アルスからいろんなお酒を運んでいるんですよ。ほら、スコッチを買いに来る時って、空の荷馬車じゃないですか。だから、来る時に葡萄酒や麦酒なんかを運んでくるんです……」

(どうやら、スコッチの増産には原料が不可欠だと、アルスのドワーフたちが気付いたらしいな。確かに空の荷馬車で村に来るよりは、原料を運んだ方が効率はいいだろう。だが、荷馬車一台分じゃ焼け石に水のような気もするが……まさか!)

「もしかして、荷馬車の数が増えているのか?」

俺の問いにベルトラムが大きく頷く。

「アルスからは五両くらいの荷馬車がくるな。それも酒の樽を満載にしてな」

詳しく聞くと、アルスから酒を買い付けながら、アルス街道――アルスとペリクリトルを結ぶ街道――を北上してくるそうだ。それも金に糸目を付けずに買い付けているらしい。

(だから、村に入る道に轍が出来ていたのか。さすがにそこまでするとは思っていなかったな。やはりドワーフの酒への執念は侮れん……そのうち、ペリクリトルからも原料の酒が届くようになるかもな。そうなったら、“アルス”街道は“アルコール”街道に名前を変えるんじゃないか……)

俺がそんなことを考えていると、ベルトラムがポンと手を打った。

「そう言えば、昔、りんご酒で蒸留するとうまい酒が出来るといっていたな。よし! ちょっと来い!」

最後は叫ぶようにそう言うと、俺の手を掴んで引き摺って行く。

(どこに行くんだ? いや、決まっているか。スコットの蒸留所だな……)

引き摺られるように歩きながら、ベルトラムに話を聞いてみた。彼の話では、りんご酒を何樽か持ち込んだが、スコットがりんご酒を蒸留するのを躊躇っているそうだ。

「ニコラスに頼んだんだが、お前の意見を聞かんと蒸留は許可できんと断られた。だから、ニコラスに説明してくれ」

俺は苦笑しながら、「判った、判った」と言って、ベルトラムを宥める。

「あとでニコラスには頼んでやるから……酒のことになると、相変わらずだな」

後ろで見ていたリディたちは呆れていたが、ミーナは面白い物が見られたという感じで「師匠はザックさんといると本当に楽しそうですね。うらやましいわ」と言って笑っている。

だが、すぐに「でも、りんご酒の話は頑張ってくださいね。私も楽しみにしていますから」と、真顔で俺に迫ってきた。

ドワーフは女性でも酒に目が無いようだ。