作品タイトル不明
第六十七話「ベアトリス対メル」
七月十日
久しぶりに ロックハート家(うち) の訓練に参加した。
本来なら自警団の訓練が主体なのだが、今日の主役は間違いなく俺だ。祖父が一年間の成果を見たいと言った為だが、父も含め、従士たちも皆興味津々と言った感じで全員集まっていた。
相手はメル、父、バイロン――新参の剛剣使いの従士、バイロン・シードルフ――と続いた。さすがにバイロンが相手では勝ちは拾えないが、それでも一年間で強くなった実感はあった。だが、ニコラスを相手にしたところで、自分の未熟さを痛感させられた。
まあ、そこまではいいだろう。
だが、祖父を相手にする訓練は何の訓練をしているのか疑問に思ってしまう。
少なくとも痛みと疲労には強くなれたのだろうが、これだけ技量に差があると少しは手加減してもらわなければ、技量の向上は望めない気がする。
脂の乗った四十歳の剛剣使いバイロンと、五十六歳の祖父を比べても、祖父の一撃の方がダメージは大きい。
何と言ったらいいのか判らないが、祖父の放つ斬撃は内臓に直接響く感じがするのだ。
訓練というか俺の腕試しが終わると、俺の横には心配そうなベアトリスと、いつものことと言う感じで笑っているリディがいた。二人に声を掛けたかったが、訓練直後は口を開くのも億劫だった。
五分ほど休むと何とかしゃべる気力が湧いてきたので、とりあえず心配顔のベアトリスに声を掛けておいた。
ベアトリスは俺が口を開くとホッとしたような表情を見せる。
こういう表情を見ると、いつもは姉御然とした凛々しい感じの彼女が一気に可愛く見えるから不思議だ。
その後、ベアトリスと従士頭のウォルト――ウォルト・ヴァッセル、槍の名手――が手合わせをした。
さすがにウォルトの技量は凄まじく、あのベアトリスが手も足も出ない。
最近のウォルトのレベルを聞いていないから正確なところは判らないが、八年前で六十を超えていたから、既に七十近いレベルになっているかもしれない。
祖父の指示があったのか、ウォルトは出来るだけ互角に見えるようにうまく戦っていた。ニコラス――内政担当の従士、ニコラス・ガーランド――や、ヘクター――従士のヘクター・マーロン、メルの父――、ガイ――従士のガイ・ジェークス、ダンとシャロンの父――辺りは気付いていただろうが、自警団の連中はベアトリスがあの“鬼軍曹”であるウォルトと互角に戦ったと思っているはずだ。
実際、ベアトリスが敗れた直後に祖父が互角だったと宣言しているから、この話はすぐに村中に伝わるだろう。
当然、ベアトリス本人は判っており、途中、かなり悔しそうだったが、最後にはすっきりとした顔になっていた。
その後、彼女はニコラスやバイロンと模擬戦を行った。
ニコラスも彼女に花を持たせる感じでうまく戦っていたが、途中何度も真剣な表情になっていた。恐らくそれほど大きな技量差は無かったのだろう。
それにしても、バイロンとの一戦は見物だった。
ベアトリスとバイロンはほぼ互角の体格で、ベアトリスの方がややレンジの長い槍を持っているが、バイロンの大剣も俺の身長ほどある巨大な物で、実際にはそれほどリーチ差はない。
どちらも対人戦では自分より小柄な者ばかり相手にしていたためか、最初はやりにくそうな感じだったが、スピード型のベアトリスと、パワー型のバイロンの激突は見応えがあった。
ベアトリスの鋭い突きを、バイロンは巨大な剣で受け流し、返す刀で叩き潰すような一撃で反撃する。ベアトリスはそれを紙一重でかわし、更に剣を振り下ろした直後の無防備なバイロンの胴に槍を突き入れる。バイロンは致命傷にならない場所、鎧の分厚い場所でそれを受け止め、カウンター気味の反撃を返していく。
そんな攻防が続いたが、対人戦に限っては元守備隊の隊長であり、元傭兵のバイロンに一日の長があったようだ。
突き出した槍を脇で挟んで動きを封じると、槍を手放して逃げようとするベアトリスに鋭い突きを放つ。彼女も間一髪でそれを避けるが、武器を奪われたことでバイロンの勝利が宣言された。
ベアトリスは俺が模擬戦でバイロンに容赦のない一撃を加えられたことで、かなり腹を立てていたようだが、この模擬戦でそのわだかまりは解けたようだ。
「中々やるね。さすがはロックハート家にお仕えする従士様だよ」
ベアトリスがそう言いながら右手を差し出すと、バイロンも厳つい顔を綻ばせる。
「さすがはザック様の見込まれた方だ。その若さでこれほどなら、ザック様を安心して預けられる」
ベアトリスはその言葉に不思議そうな顔をするが、何か言う前に別の声が割り込んできた。
「ベアトリスさん! 私と手合わせしてください!」
彼女の後ろからメルが木剣を手に叫んでいたのだ。
ベアトリスはどうしていいものかと俺を見る。
(これが昨日言っていた覚悟を聞くって言う奴か? しかし、模擬戦ってことは、肉体言語で聞くということか?……)
俺が黙っていると、シャロンの相手をしていたリディが話に加わってきた。
彼女はベアトリスに「相手をしてあげたら?」と告げ、更にメルに向かって「ザックの横に相応しいのは、どっちかはっきりさせたいんでしょ?」と問い掛けた。
メルはその言葉に顔を上気させて大きく頷く。
ベアトリスの方はまだ迷っているようだが、やる気になっているメルを見て諦め、小さく首を横に振ってから、「判ったよ」と答えた。
屋敷の西側の広場で、二人の女戦士が対峙する。
自警団の訓練は休憩に入ったようで、従士たちを含め、二十人ほどの観客が二人を見守っていた。
祖父も何か感じたのか、審判は不要と思ったようで、誰も間に入ろうとしない。
ベアトリスは木の槍を、メルは木剣を静かに構える。
そして、審判の開始の合図も、二人からの合図もなく、ごく自然な感じで模擬戦は始まった。
最初に動いたのはメルだった。
バスタード型の木剣を低く構え、鋭い踏み込みで二m近い巨体のベアトリスの懐に潜り込もうとした。
ベアトリスはその動きに僅かに目を見開くが、槍を同じように低く構え、迎え撃つ体勢を取った。
しかし、メルはそのままの勢いで突っ込んでいく。
当然、ベアトリスは鋭く槍を突き出し、メルの肩を打ち付けた。
メルは独楽が回るように回転しながら倒れるが、すぐに立ち上がり、剣を構えながらベアトリスを睨み付けていた。
俺はその動きに疑問を感じていた。
(何の策もなく、ベアトリスに突っ込んでいったのか? ウォルトやバイロンとの模擬戦を見れば、ベアトリスの技量は判るはずだ。メルもスキルレベルは三十を超えているんだ。技量差は十分に理解しているはずだが……それとも、何かの策の布石なのか?)
だが、メルは愚直なまでに正面からの攻撃に拘った。
ベアトリスの槍で何度も地面に転がされながらも、すぐに立ち上がり、斬りかかっていった。
俺が困惑しているのと同じようにベアトリスも困惑しているようだ。
時折、俺に視線を送り、“どうしたらいい”と目で聞いてくる。
(どうしたらいいと言われてもな……メルの気が済むまでこれは続くんだろうな……)
そう呼べるものかは別として、二人の模擬戦が始まってから既に十分以上が経過していた。
その間にメルは数え切れないほど吹き飛ばされ、全身泥まみれになりながら肩で息をしている。
一方のベアトリスは、ほとんど場所を変えることなく、メルの無謀とも言える突撃に槍を合わせているだけで、息が上がるどころか、汗すら流れていない。
自警団の連中はメルがかわいそうだとざわつくが、祖父の「静かにせんか!」という一喝ですぐに黙りこんだ。
俺にはメルの意図が判らなかった。
敵わないまでも自分の力のすべてを叩きつけていくと思っていたからだ。
(俺でもベアトリスには敵わない。魔闘術を使ったとしてもだ。当然、メルに勝てる要素はない。だが、これは訓練なんだ。ただ闇雲に突っ込んでいくだけじゃ訓練にならないだろう。何を考えているんだ、メルは?)
俺がそんなことを考えていると、隣にいたリディが独り言を言うように呟いていた。
「あの子はそこまで……ベアトリスはいつ気付くのかしら……」
俺がその呟きに「何のことだ?」と尋ねると、リディは首を小さく振るだけで答えようとしない。
シャロンも何か感じているようだが、俺の視線を受けても何も答えてくれなかった。
俺の中の疑問はドンドン大きくなっていくが、一向に答えは思い浮かばない。
その間にもメルの無謀な攻撃は続いていった。
更に五分ほどしたとき、ベアトリスの表情が困惑から、真剣なものに変わっていることに気付いた。
そして、最初のような軽い攻撃ではなく、模擬戦とは思えないような重い攻撃を繰り出し始めた。
メルは更に大きく吹き飛ばされ、剣を杖にしないと立ち上がれないほどになっていた。
俺にはこの戦いの意味が判らなかった。
そして、遂に我慢できず、止めに入ろうとした。
だが、俺の肩をリディが掴み、小さく首を横に振る。
「あのままだと、そのうち大ケガをする。それにただ闇雲に突っ込むだけじゃ、訓練にもなりはしない」
いつもなら軽い調子で話すリディが、いつになく真剣な表情をしている。
「あなたには訓練に見えているの? あれは真剣勝負と同じよ。よく見なさい」
俺はその言葉を聞き、視線を二人に戻した。
メルは歯を食いしばり、剣を杖にして肩で息をしている。
ベアトリスは槍を構えたまま、油断なくメルを睨んでいた。
(何が起こっているんだ? ベアトリスも子供相手にそんな真剣な表情をしなくても……子供相手じゃないと思い始めたのか?)
俺は少しずつこの闘いの意図を理解し始めた。
そして、何度目かの攻撃の時、メルがベアトリスの槍を打ち据えた。その時、俺にもようやくこの戦いの本当の意味が判った。
メルは“覚悟”を聞いていたのだ。
自分なら何度でも立ち上がる。俺の横に立つために。
そして、あなたはどうなのか。
そう彼女は聞いているのだ。
それに対し、ベアトリスも答えている。
自分にも覚悟があると。
あなたに負けない覚悟があると。だから手加減はしない。
多分、そんな会話が二人の間でなされているのだろう。
俺は自分の解釈が間違っていないと本能的に感じていた。
だが、その一方でその想いに対してどう答えたらいいのか、この場でどうしたらいいのかは判らなかった。
(このままじゃ、メルが危険だ。いくらただの木の棒とはいえ、百回以上打ち込まれているんだ。じい様もいい加減止めに入ってくれよ……いや、この場は俺しか……)
俺は昨夜、ダンに話したことを思い出していた。
メルの想いは恋愛に対する憧れに過ぎないという話を。
だが、それは間違いだった。そう、ダンが言うとおり、メルの想いはそんなものではなかったのだ。
彼女は気力だけで立っている。大の男でもあれだけのダメージを受ければ立ち上がるどころか、気を失ってもおかしくない。
それほどまでに彼女の想いは強かったのだ。
俺はゆっくりと二人の方に歩いていった。
今度はリディもシャロンも止めなかった。俺がメルの想いに気付いたと知っているから。
俺はメルの前に立ち、
「ベアトリスもメルの“覚悟”が判ったと思う。俺にも判ったよ……もういい。お前の気持ちはよく判ったから」
俺がそう言って抱き絞めると、メルはしゃがれた声で「はい……」と答えて気を失った。
俺はすぐに治癒魔法を彼女の全身に掛けた。
広場では水を打ったように誰も何も言わない。
そんな中、ベアトリスが静かに口を開いた。
「敵わないね、この子の“覚悟”って奴には……あたしも負けるつもりはないよ。だが、今日はその子、メルの勝ちだね」
そう言ってふっと笑う。
俺は小さく頷き、メルを抱えて屋敷に向かった。
―――――
ロックハート屋敷の西の広場では、ゴーヴァン・ロックハートとマサイアス・ロックハートがザカライアスを見送っていた。
「しかし、ザックも大変ですね。メルもベアトリス嬢も……リディアさんもシャロンもいる。みんな強い女性ばかりだ」
マサイアスの言葉にゴーヴァンも苦笑交じりに答える。
「ああ、そうじゃな。あれほどまでの覚悟を 女子(おなご) から見せられてはの。しかし、あの不器用者がどうするのか……いや、逆に楽しみになってきたかもしれんの。フフフ」
ゴーヴァンの抑えた笑い声にマサイアスはやや眉を顰めるが、すぐに自らも笑い声が漏れる。
「フフフ、そうですね。父上の言うとおり、あの不器用なザックがどうしていくのか。リディアさんがどうするのか。少なくとも今日中に噂は村中に広がりますよ。今夜の黒池亭――村にある唯一の宿兼酒場――はこの話で盛り上がるでしょうね。フフフ……あまり笑っていると、ターニャ――マサイアスの妻――に叱られそうですが、いや、ハハハ……」
ゴーヴァンはマサイアスの言葉に頷き、もう一度笑った後、すぐに自警団に向かって声を張り上げた。
「貴様ら! 十二歳の娘があれだけの根性を見せたんじゃ! 村を守る男衆が子供に負けるわけにはいかん! ウォルト! 訓練を再開するぞ!」
自警団の男たちは、その言葉に今日の訓練はいつも以上に地獄になると、これから先の数時間が早く過ぎ去ることを天に祈っていた。