軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 絶体絶命 フェリス

「旗を確認しました。今森狩りをしているのは、ケッツァー伯爵の領軍でしょうね」

ルーカスが苦虫を噛み潰したような顔で、予想通りの言葉を紡ぐ。

「退路は?」

「完全に包囲されています。おそらく、この場所も凡そ特定されているのではないかと。風猫の住民には、足腰の弱い年寄りや、年端も行かぬ子供も多いのです。住民全員を連れて逃げ切れるとはとても思えません」

「そんなことはわかっている! それでもやらねばならんのじゃっ!」

できなければ、この風猫は終わる。あの豚伯爵に蹂躙され、今までようやく築いてきた住民の笑顔は粉々に砕かれる。あんなクズのような男の欲望のために!

「姫様、もう一度申し上げます。風猫の全住民が逃げることは不可能。これは確定的事項です」

いつになく断定的なルーカスの言葉。ここまでルーカスが言い切るのだ。真実なのだろう。

全員では逃げられない。なら、どうしろというんだ!? 住民を取捨選択しろとでもいうつもりか!?

「フェリス様、儂らはここでええ。若いもんたちだけでも、逃がしてくだせぇ」

風猫の長老の一人の男性の老人の懇願の台詞に、

「そうじゃなぁ。フェリス様のお陰で、儂らは十分生きた。孫を持つ幸せも味わえた。もう十分じゃよ」

老婆も大きく頷く。

「ふざけるな! そんなことできるものかっ!」

「ですが、このままでは皆死にますよ?」

ルーカスの無情な言葉に、

「貴様、少し黙っていろっ!」

咄嗟に奴の胸倉を掴み怒鳴りつけていた。

「……」

ルーカスが押し黙った丁度そのとき、洞窟全体が大きく揺れると同時に、劈くような悲鳴が鼓膜を震わせる。

「姫様っ!」

「わかっている! お前たちはここに残るのじゃ!」

脇の長剣を手に取り、刀身を鞘から抜き放つと、洞窟の入り口へ向けて疾駆する。

洞窟の入り口。そこに横たわる血まみれの風猫の住民と、彼らを踏みつけ、蹴り上げる傭兵姿の男たちを認識し、内臓が震えるほどの激しい怒りが湧き上がり、

「貴様らぁッ!!」

獣のような声を上げて地面を全力で蹴る。

周囲の風景が高速で背後に過ぎ去る中、見張に従事していた家族たる黒髪の少女マァヤを足蹴にしている口周囲のみ開いた鉄仮面を装着した巨漢の男の喉へと長剣を突き立てた。

金属が擦れる音。

(――っ!?)

フェリスの渾身の一撃は、あっさり弾かれてしまう。

同時に迫る大剣に、バックステップで後方へ飛ぶ。鼻先スレスレの距離を大剣の剣先が通り過ぎ、その巻き起こされた爆風により、フェリスの髪が舞い上がって態勢が崩される。

咄嗟に崩された態勢を立て直して、再度攻撃を仕掛けようとするが、

「動くなぁ!」

虎の毛皮を着た鉄仮面の男の勝ち誇ったような蛮声が響く。男の大剣がマァヤの喉笛に当てられていた。

走り出そうとした姿で止まったフェリスを尻目に、他の家族たちの首にも次々に剣先が当てられる。

最悪だ! 人質にとられた。これではフェリスはもう大っぴらに動けない。

「姫様、私たちのことはいいですッ! 他の奴らを連れて逃げてくださいっ!!」

マァヤが到底許容できぬ台詞を叫ぶと、次々に賛同の声が上がる。

「おーと、逃げるなよぉ、姫さーん。武器を捨てな」

胸部を踏みつける鉄仮面の男の足の力が増し、マァヤが絹の裂けるような絶叫を上げる。

「や、やめろ! 妾は逃げんっ!」

右手に持つ長剣を地面に投げると、

「いい子だ。あんたは、大事な、大事な、餌だからなぁ。」

鉄仮面の男は、満足そうにニィと口角を上げた。

餌? 目的はフェリスではないのか?

「出てこいよぉ。ルーカス団長ぉ」

フェリスの思考を遮るかのように、鉄仮面の男は洞窟の奥に視線を移すと、大声を張り上げる。

それでも姿を見せぬルーカスに、鉄仮面の男は軽い舌打ちをすると、フェリスの鼻先に大剣の剣先を向けて、

「出てこねぇなら、この姫さんの首を刎ねる。わかってんだろぉ? 俺はあんたを殺すためなら何でもするってことをなぁ」

周囲の樹木さえも震わせるような大声を上げる。

「カエサル、久しぶりですね」

洞窟の奥から右手に長剣を持った老紳士――ルーカスが姿を見せ、凍るような冷たい口調で返答した。

巨躯の大男は、地面に唾を吐くと、鉄仮面を外して地面に放り投げる。仮面の下から現れたのは、ぐちゃぐちゃに溶解した左顏。

「疼くんだよぉ。あんたに焼かれたこの顔がなぁ」

空手の左手の爪でガリガリとただれた左側の頬を引っ掻きながら声を震わせる。その歓喜とも怒りともつかぬ表情は、濃厚な狂気に満ちており、フェリスは思わず生唾を飲み込んだ。

「それはよかった。こんがりと焼いたかいがあったというものです」

長剣の剣先を向け、そう嘯くルーカスに、カエサルの顔に無数の太い血管が浮き出る。そして、奥で面白そうにそのやり取りを眺めているとんがり帽子に、紺のローブを着用した無精髭の男を横目で睨みつけ、

「ルビー! こいつは俺がやる。手を出すなっ!」

有無を言わせぬ指示を出す。

「はいはい。わかったよぉ。どうせもう僕らの勝ちは揺るがないし、好きにすればいいさ」

紺ローブの男が何やら短い呪文のようなものを唱えると、大地が不自然に盛り上がってフェリスやマァヤ達風猫の住民を雁字搦めに拘束する。

「フェリス公女殿下ぁ、貴方の奥の手は使わないのが吉だよぉ。このお猿さんたちが八つ裂きにされたくなけりゃぁねぇ」

間延びした声とともに、紺ローブの男が詠唱をすると、地面に生じるいくつもの魔法陣。その一つ一つから、黒色の蠍が這いだし、その尾の先を今も拘束されている風猫の住民へと向ける。

この男、フェリス同様、 召喚士(サモナー) が本職か。それにあの胸の不死鳥の刻印は、【 世界魔導院(バベル) 】を卒業したことの証。

だとすれば、はったりではなく、フェリスの奥の手の一つは知られていると思っていいだろう。

それに、こいつの目、あの冷血宰相と同じ種類をしている。人の生死にに大した価値を見出していない。そんな非情極まりない悪魔の目。きっと、これは脅しではない。フェリスがあの子を呼び出そうとすれば、風猫の住民はあの蠍に殺される。

フェリスたちには極めて不利な状況ではあるが、起死回生のとっておきの手がある。そう。フェリスが契約しているのはあの子だけではないのだ。そして、あれの存在を知るものは王国でも限られている。こいつらが知る可能性はそう高くない。

あ(・) れ(・) を起こせば、フェリスとて無事ではいられない。もしかしたら、要求された対価により死ぬかもしれない。だが、大切な家族が助かるなら、それでも構わない。絶対に家族だけは救って見せる。それが、フェリスの最後の意地だ。

(時間はきっと、ルーカスが作ってくれる)

あとは、 あ(・) れ(・) を起こして願いを伝えるだけ。

都合よく、紺ローブの男も観戦を決め込むらしい。その間に儀式を始めるとしよう。瞼を閉じると、フェリスは意識を深層意識へもぐり込ませる。