軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.ライムを搾る夜

ようやく食事が終わると、三人でソファーの方でのったりと座った。

「お店の味に近いわよね……揚げてすぐって、こんなにおいしかったのかと思ったわ」

「同じく。エールが進みすぎるのが問題だが」

「気に入ってもらえて良かったわ。保証人のお礼に小型魔導コンロを二台包んでいるから、家でもやってみて。チーズを使った鍋とか、他のレシピも入れておいたから」

商会の保証人になってもらった人には、小型魔導コンロを贈ることにした。すでに他の者にも準備済みである。ヴォルフは、すでに買ってくれていたので、別の物を準備する予定だ。

「ありがとう、ダリヤ。ありがたくもらうわ。うちのお客さんにも宣伝するわね」

「そうしてもらえるとうれしいわ。売れたら保証人の皆様に還元するのでよろしく」

「ああ、二年後に思いきり期待しとく」

笑って話しながら、食後の酒を準備する。

あまり動きたくないので、ラム酒とソーダ水の瓶、砂糖壺、そしてライムを数個ボウルに入れ、テーブルに並べた。

「マルチェラー、出番ー」

「ライムが出てきた時点で、そうなると思った」

イルマの声に男が苦笑し、一度手を洗いに出て行く。

「マルチェラ、今こそ力を見せるとき!」

「はいはい」

戻ってきた男は適当な返事をしながら、緑のライムを軽くちぎり、皮の外から搾る。機械で絞ったのと大差ないほどの果汁が、ぼたぼたとグラスに注がれていった。

「マルチェラさん、やっぱりすごいわ……」

「たいしたことねえよ。これくらいの身体強化なら、運送ギルドの連中はほとんどできるからな」

言いながら、グラスにラム酒と多めの砂糖を入れ、スティックで混ぜる。きちんとシェイクするわけではないが、それなりには混ざる。

以前も作ってもらったが、前世で飲んだカクテル、ダイキリとよく似ていた。

再度ライムを絞ると、別のグラスにラム酒とソーダ水を入れる。この組み合わせが、マルチェラのお気に入りだ。

「じゃ、二度目の乾杯を。今度はイルマ、がんばれ」

「え、あたし? ええと、明日からもお仕事がんばりましょうと、健康と幸運を祈って、乾杯!」

「乾杯!」

音を立ててグラスを合わせてから、少なめに酒を口に含む。

砂糖の甘さとライムの酸っぱさ、そこに舌と喉を叩くようにラム酒のアルコールがくる。

油物を食べた後のラム酒とライムの味は、なんとも格別だ。

「やっぱりお酒は別腹よね」

「肉がつくのは同じ腹だがな」

「マルチェラにはデリカシーが足りない! すごく足りない!」

「すまん……」

夫婦の勢いのいい会話を聞きつつ、ダリヤは笑ってしまった。

結婚前も結婚後も変わらぬこの二人は、見ていてとても気持ちがいい。

もし、自分とトビアスが結婚していたとしたら、自分は今のように笑えていただろうか――不意にそんな考えがよぎり、酒が少しだけ苦くなった。

「ダリヤちゃん、もしもなんだが……そのうち誰かと付き合いたいと思えるようになったら、一声かけてくれ。いつでも、運送ギルドの有望な若手を紹介する」

まるで見透かすように言った男に、ダリヤは少しだけ笑って答える。

「ありがとう、マルチェラさん。でも、恋愛も結婚ももういいかなって感じなの」

「ダリヤ、新しい男友達を作るのもいいかと思うんだけど」

「ええと……新しい男友達ならできたの」

一瞬だけ言うかどうか迷ったが、商業ギルドへの出入りや保証人の件もある。この二人には、自分の口から早めに話しておく方がいいだろう。

「よかったじゃない。どんな人?」

「騎士団の魔物討伐部隊の人」

「騎士団? いきなりすごいところの人ね」

「備品なんかで、商業ギルドに来ている人か?」

「いえ、二度ほど偶然会って、話が合ったからお友達になったの」

「えっと、ダリヤのことは信用してるけど、それって……」

グラスを手に、イルマがその赤茶の目を細めた。そこには疑いと心配の色があった。

「他から見れば、遊ばれてるとか遊んでると言われるのは十分わかってるし、決して良く言われないのもわかってる。でも、そういうのはなくて、ただただ話す友達なの。あと、商会の出資者になってくれたの」

「商会の出資者って……その男、貴族か?」

「ええ」

説明すれば説明するほど、いろいろと勘違いされる気はする。

微妙な顔になった二人に、どう説明するべきか、つい考え込んでしまった。

「ダリヤ、その人って性格はどんな人?」

「ええと、一言なら……『魔剣がとっても好きな人』」

ヴォルフを一言で表し、かつ少しだけオブラートに包んで表現する、ダリヤにとってはこれしかない。

「魔剣……ああ、魔導具の親類みたいなもんだよな」

「納得したわ。きっと、釣り竿に珍しい魔剣をつけたら釣れそうな人なんでしょ。珍しい魔導具で釣れるダリヤと話があったわけね」

なぜそこで納得されるのか、そして、その 喩(たと) えはどうなのか、ちょっと納得がいかない。

しかし、確かに釣り竿に魔剣をつけたら釣れそうな青年ではある。

自分についてもまったく否定できない。

「ダリヤちゃんの友達なら、一緒に飲みたいところだが、貴族じゃ俺らと飲めないよな」

「今度、聞いてみるわ」

自分と会っているときには貴族の雰囲気というものは少ない。

だが、友人を紹介することをヴォルフがどう思うかがわからない。もしかすると、女性とは会いたくないという可能性もなくはない。

「その人は、ダリヤのお父さんが男爵だったから気にならないんじゃないの? その、ダリヤが当たり前にしている礼儀とかが、あたし達にはわからないかもしれないし……迷惑にならない?」

「大丈夫だと思う。そのうちに噂になるかもしれないし、先に言っておくわね。相手、スカルファロット伯爵家の人で、兄弟で一番末っ子だって」

「スカルファロット伯……水の?」

「ええ、水の」

『水の』それだけで通じるのだから、スカルファロットの名前というのはすごいのだなと、改めて思う。

「ダリヤちゃん、本当に……いや、ダリヤちゃんは信用はしてるんだがな……」

「いいの、その反応が普通だと思うわ」

ヴォルフについていろいろ弁明したい気持ちもあるが、立場と付き合いの流れだけを聞けば、自分でも心配するだろう。

あちらが貴族の男性でこちらが庶民の女性、いいように遊ばれているか、パトロンか愛人か、そう世間で言われることも考えた。

けれど、ヴォルフと友人となったあの日、その可能性も全部呑んで、自分が選択したことだ。

「……できるなら一回、会って話したいわね」

「おい、イルマ」

「だって、ダリヤって、一歩間違うと、ダメ男を捕まえそうじゃない」

「え?」

「大体、ダリヤがトビアスにずっと我慢していることはなかったのよ」

「……彼と合わなかったのは認めるわ」

自分の言葉が終わらぬうち、イルマが身を乗り出した。

「違うわよ、合わなかったとかじゃなく、合わせることはなかったのよ。ダリヤは、あんな馬鹿の言うことを、なんでもかんでも聞いてあげることなんかなかった! ずっと無理してるのに、あたしが何回も平気か聞いても、大丈夫だから、気にしないでってしか言ってくれなかったじゃない! ダリヤはあたしを友達だと」

「イルマ、そこまでだ、あとはやめろ」

ぽんと妻の頭に手をおき、マルチェラが言った。

片手でイルマを側に引きよせると、自分は少し前に座り、うつむく妻を肩の後ろに隠す。

「悪い。イルマが少し酔ったみたいだ」

「……いいの、ごめんね。イルマ、マルチェラさん」

「謝られることは何にもないぞ」

「ううん。もっと早く、イルマに言われてたように、きちんと向き合うべきだったの。マルチェラさんにも何度か言われたわよね。トビアスに遠慮するな、夫婦になるんだから言いたいことは言えって」

「……まあ、そんなこともあったな」

友人二人に言われながら、心配されながら、まったく聞かなかったのは、自分だ。

その言葉に耳をふさぎ、こうあるべきと思い込んだ妻の像に自分で自分を縛りつけていた。

「今は自分がおかしかったんだってわかるわ。だから、これからは、いえ、これからも、ね。私が間違ってると思えたら、遠慮なく教えてちょうだい。私も気になったことがあれば必ず言うから」

「……ああ、わかった。ほら、イルマ」

その肩にくっついていたイルマが、少し赤い目をしながら顔を戻した。

「本当に、遠慮なく、びしっと言うからね、ダリヤ」

「ええ、そうして、イルマ」

「……じゃ、もっかい乾杯だな」

少しばかり残った酒で無理に乾杯した後、マルチェラは、再度、大量のライム搾り作業に従事することとなった。

「話を戻して悪いが、その友達について、いいか?」

「ええ、かまわないわ」

「俺はその……魔物討伐部隊っていうのが気になるんだ」

「話をしていると普通の人よ」

「いや、魔物討伐部隊って、仕事自体が危ないんじゃないかって」

マルチェラはそこまで言ってから、口をつぐむ。

怪我と命の心配をしているのだろうが、それを言葉にするのは控えたのだろう。

「ヴォルフレードさんという人なのだけど、 赤鎧(スカーレットアーマー) なの」

わざと明るく言いながら、何故かわずかに胸が痛んだ。

まだ自分は、父のことを重ねて思い出しているのかもしれない。

「でも、何年も赤鎧をやっているけれど、大きい怪我は一度もないんですって」

「……そっか。きっとすごく強い人なんだろうな」

「ええ」

自分はヴォルフの戦いを見たことはない。それでも、ずっと魔物討伐部隊で先駆けをやり続けている彼が、強くないわけがない。

だから、ただ、その強さを信じることにしていた。

「いけない、忘れるところだった。イルマ、これ使ってみて。それで、また感想を聞かせてほしいの」

棚においていた布の包みを取り出し、黙って飲んでいたイルマに声をかける。

「何、これ?」

「泡ポンプボトル。水石鹸が泡で出てくるの」

泡ポンプボトルは最初に作ったときから改良を重ね、少ない力で押しやすく、できるだけ簡単に作れる構造にした。

イルマに渡す包みには二本入っている。

あと十本ほど作ってあるから、そのうちに商業ギルドで相談する予定だ。

「面白いわね。最初から泡なら、シャンプーが楽になりそう。早速使わせてもらうわ。こっちの一本は洗面台においてみる」

「使いづらいところがあったら教えてね」

「わかったわ。いつものメモ書きでいい?」

「ええ、お願い」

ダリヤの試作には、学院時代からイルマもレポート要員として関わっていた。

防水布のときも、『このタイプは雨に濡れると生臭い』『色が青黒すぎて不気味』『スライム感がありすぎ。手にくっつきすぎて、ぞわりとする』といった歯に衣着せぬ意見がもらえ、かなり助かった。

その報酬として、イルマにはドライヤーなどの魔導具や魔石など、希望するものを渡している。次は冷蔵庫を候補にあげてもいいかもしれない。

「これ、顔を洗うのが便利になりそうだな……」

「そうね。マルチェラは朝が弱いから、顔を洗うのがすごくテキトーだもの」

「朝はやっぱり眠いわよね……」

つい作業に熱中し、夜遅くとなると、翌日はなかなか辛いものだ。

「ダリヤもマルチェラもきっと夜更かしと深酒のしすぎ。まず、お酒を減らすこと!」

妻の真面目な言葉を聞きつつ、マルチェラは新しいライムをグラスに搾り入れる。

それにラム酒を濃い目に注ぎながら、いい笑顔で言った。

「今日はもう手遅れなので、その注意は、また今度頼む」