軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

360.ウサギトウモロコシと毒慣らし

すべての皿とグラスをきっちりカラにし、四人は店を出た。

ドナの案内に従い、にぎやかな通りを次の店へ向かう。

少し進んだ先、建物と建物の狭い間を通り、裏口から建物に入った。

どうして裏口からなのかと不思議がっていると、ドナに 顎(あご) を指でかきながら言われた。

「ここ、正面から入ると、きれいなお姉さん方がいることが多いので……」

「そうなんだ」

ヴォルフも知らなかったらしい。彼は来たことのないお店なのかもしれない。

ただ、自分がいなければそれはそれで、きれいなお姉さん方と楽しく飲めたかもしれない。

「彼女達にお酒を奢ってって言われてのると、財布がすっからかんになります。全員、 大海蛇(シーサーペント) なんで」

全員、ウワバミ通り越して、ワクらしい。

しかし、ドナはずいぶんとくわしい。つい彼をじっと見ると、その草色の目をそっとそらされた。

「……世の中、いろいろな学びが必要なんですよ、ダリさん」

何と言っていいかわからないので、うなずくだけうなずいておいた。

ドナが店員と話をした後、三階の角部屋に入った。

「あ、温熱座卓!」

思わず声をあげてしまった。

小さい部屋の中央に、白木の組み天板の温熱座卓があった。赤茶色の上掛け、そして茶色の綿入り敷布。

お手頃価格の庶民向け温熱座卓は、とても落ち着けそうだ。

「やっぱりこの季節はこれだよね……」

しみじみとヴォルフが言う。

温熱座卓が出回ってからまだ数ヶ月なのだが、最早、冬の風物詩に確定したらしい。

全員が座ると、最初に蒸留酒のお湯割りがきた。

「お任せで頼んだので、そのうちに料理もきますから。あ、ダリさん、お湯割りに蜂蜜入れます?」

「お願いします」

個室になったので、話し方を戻した。

隣のヴォルフが『ダリさんがダリヤに戻った』と小さくつぶやくので、どちらの口調で話すべきか真面目に迷う。

「えっと……ヴォルフは蜂蜜入れる?」

「ああ、ぜひ!」

迷った末にダリ口調で尋ねると、笑顔でうなずかれた。

いつもはお湯割りに蜂蜜は入れない彼だが、今日は別らしい。

そうして、四人で港の夜に乾杯した。

「先にチーズとハムと、ウサギトウモロコシですね」

酒の肴がきたのだが、一際目をひく皿というか、鍋がある。

薄い金属の鍋はあちこちべこべこで、そこには大葡萄の実と同じぐらいの白い球体――ダリヤの記憶では前世のポップコーンと同じ形状のものが盛られていた。

「ウサギトウモロコシか。隣国の名物だよね」

「ええ。これを保管した倉庫が火事になって、屋根が飛んで、一時輸入禁止になってましたから、久しぶりですね」

「え、今は輸入していいんですか?」

「品種改良したから、昔ほど破壊力はないそうです」

ウサギトウモロコシ――なかなかかわいらしい名前だが、その破壊力は、食べ物の域を超えていないかとちょっと思う。

前世のポップコーンとは完全に別物である。一体どうしてそんな進化を遂げたのか。

しかし、手渡されたそれにかじりつくと、素直においしかった。

ポップコーンは味が薄くて苦手という方がいるが、これは一段濃厚だ。

とてもさくさくしていて、後味はほろりと甘い。

ただ、外側の皮が中より一段硬いので、最初に囓るのは注意が必要だ。

外側の皮は黒く焦げたトーストの耳程度に硬い。

あと食べていると口の中の水分をだいぶ持っていかれる。

うっかりぬれた唇にぺたりとくっつけると、薄皮がはがれそうになるので注意が必要である。

とても酒が進みそうだ。

ウサギトウモロコシを囓っている間に、追加の料理がワゴンで届いた。

部屋の入り口からテーブルまでは、ドナが運んでくれる。

海鮮の焼き串に、蒸した肉と野菜をたっぷり内側に入れた丸パン。カップに入れられた香りのいいスープ――どれも湯気が上がる料理だった。

「その焼き串、風船魚ですが、ヴォルフ様、大丈夫ですか?」

食べている途中、騎士がヴォルフに問いかける。

「平気だよ。魔導具もあるし、もう慣らしてるから」

「それはよかった。子供の頃の毒慣らしのときは、本当におかわいそうだったので」

「え?」

ヴォルフが焼き串を持ったまま、動きを止めた。

ダリヤも今の言葉を内で確認する。

貴族が子供の頃にすることが多いという毒慣らし。

ヴォルフはそれを子供の頃にしたことはないと言っていた。

だが、中年の騎士の話ではやっていたことになる。

「俺は子供の頃、毒慣らしをした覚えがないんだけど? いつの話?」

「五歳と六歳の時だったかと。二度お試しになっても、規定の四分の一で三日ほど熱を出され、ひどく吐かれて――医師からは身体が大きくなるまでやめた方がいいと言われておりました」

「体質だと思いますよ。ヴァネッサ様もお試しの四分の一の量で寝込んで、レナート様が高級魔導具を一式そろえたくらいですから」

「……そうだったんだ」

ヴォルフは焼き串をそのまま取り皿に置く。

伸ばされた手は、目の前の琥珀のグラスに伸びた。

「俺は――教えてもらえなかったと、勘違いしていたよ」

蜂蜜を入れた甘いはずのそれを、ひどく苦い 表情(かお) で飲む。

ずいぶんと長い間の誤解だった。それがほどけても時間は戻せず、事実を噛み砕くのも難しいのかもしれない。

でも、ダリヤにはわかることがあった。

「小さい頃のことだもの、忘れていて当たり前じゃないか」

「当たり前ってわけじゃ」

「子供って、痛いこととかしんどいことって早く忘れるから。ヴォルフは転んで思いきり膝をすりむいたこととか、覚えてる?」

「たぶんあったと思うけど、確かに覚えていないね……」

「ヴォルフ様、子供なんてそんなもんでしょ。俺も小さい頃、屋根から落ちて神官のお世話になったそうですけど、まるっきり覚えてませんよ。あっちこっち骨折ってたらしいんですけど」

「ドナ、お前、それ親が泣いてるからな、絶対!」

そのまま笑い声の混じる雑談に移り、毒慣らしの話は戻らなかった。

ダリヤは少しだけほっとした。

話のつきぬ中、夜はゆっくりと更けていく。

酒と肴で満腹になったまま温熱座卓に入っていると、少し眠気が出てきた。

「ああ、やっと星が見えるようになりましたね」

中年の騎士の言葉に、ダリヤも窓から空を見る。

いつの間にか厚い雲は流れ消えており、ところどころ星が 瞬(またた) いて見えた。

もう数時間で空は明るくなるだろうか――そう思ったとき、低い声が響いた。

「………気持ち悪い……」

「おい、ドナ、まさかそれ一瓶いったのか? たいして強くもないくせに」

顔を手で覆うドナの前、茶色い酒の瓶がある。

騎士が持ち上げて振ったそれは、まったく水音をさせなかった。

「……高い酒は、悪酔いしないと聞いて……」

「そんなわけないだろう、迷信だ」

騎士は呆れた声で言うと、一度部屋を出て行き、数分で戻ってきた。

「お二人とも、申し訳ありません。ちょっとこいつを空いてる部屋で休ませてきます。二、三時間もあれば酔い覚ましの薬が効くと思うので。その頃――早朝には交替の騎士も参りますから、ここでお待ち願えませんか?」

「えっと――ダリヤ、かまわない?」

「大丈夫」

それよりも顔を手で覆ったドナの方が心配だ。

意識がなければ神官を呼ぶべきだが、すみませんと言う声はしっかりしている。

早く酔い覚ましの薬を飲ませるのが一番だろう。

そうして、騎士がドナに肩を貸し、そろって部屋を出て行った。

もうしばらく二人で飲めるようだ。

ヴォルフに視線を向けると、彼は妖精結晶の眼鏡を外していた。

金の目は窓の外、遠い空を見ている。

おそらくは毒慣らしの話から、子供時代を思い出しているのだろう。

自分もヴォルフも、今日――日付では昨日だろうが、いろいろと思い出すことが多すぎる。

夜遊びのお誘い通り、残り時間、とことん話そうではないか。

そうしたなら、ほんの少し、お互いの肩は軽くなるかもしれない。

「じゃ、やろうか、ヴォルフ。 暴露大会(ディザスラドゥ) 」

ダリヤは二つのグラスに容赦なく琥珀を注いだ。