軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

273.依頼と臨時の魔導具師

ダリヤは自室で厚手の濃緑のワイドパンツを穿き、上にエプロンを重ねた。

ブルースライムの脱走に慌てたが、時間としてはもう夕食にしてもいい頃合いだ。

急ぎ足で二階に下りると、ヴォルフがポーションを持って上がってきたところだった。

再び慌てかけた自分と違い、まっすぐなまなざしで、ただひたすら火傷を心配された。

本当になんともなかったと伝えると、ひどくほっとした 表情(かお) になる。ヴォルフはとても心配症である。

その後にヨナスの来訪を伝えられ、二階で話をすることにした。

「ダリヤ先生、先触れもなく申し訳ありません」

ヨナスは二階の居間に入って来ると、丁寧に一礼した。ソファーを勧めると、浅く腰掛ける。

先程のことは知るまいが、視線を合わせるとちょっと落ち着かない。

「今、飲み物を準備しますので……」

「いえ、おかまいなく。突然のご相談で恐縮ですが――王城の魔導具制作部に知り合いがおりまして、ウロス部長から 氷龍(アイスドラゴン) のウロコを手に入れられたと伺ったのですが」

「はい、頂きました」

ヴォルフの父は、魔導具制作部のウロス部長に氷の魔石を融通していると聞いている。

おそらくはそういったつながりで、グイードからヨナスへと伝わったのだろう。

「そちらはお使いになるご予定はありますでしょうか?」

「いえ、特にはありませんが、ヨナス先生がご入り用でしょうか?」

硬度を確認し、性質チェックをし、とは考えていたが、その先の使い道は決まっていない。

魔石の取り替えが少なくて済む冷蔵庫や、強力な氷風扇もできそうだと考えたのは内緒である。

炎龍(ファイヤードラゴン) の魔付きであるヨナスは、なんらかの中和効果などで欲しいのかもしれない。

「はい。もしお願いできますなら、そちらでダリヤ先生に、『 氷蓮(ひょうれん) の 短杖(スタッフ) 』をお作り頂けないかと思い、ご相談に上がった次第です」

「『 氷蓮(ひょうれん) の 短杖(スタッフ) 』……?」

ヨナスの急な相談に目を丸くしていると、ヴォルフが尋ねてくれた。

「兄上に、ですね?」

「はい、もし叶うならば、グイード様が侯爵になられるので、氷の出せる 短杖(スタッフ) を祝いの品としたいのです。今まで頂くばかりで何もお返しができませんでしたので、この機会にと思いまして……金貨五十まででしたら即金で、足りぬようでしたら少々お時間を頂ければ、なんとかして参りますので」

親友同士、同じことを考えるものらしい。

じつは、グイードからヴォルフ経由で、ヨナス用の 紅蓮(ぐれん) の魔剣を依頼されている。

今はグイードとヴォルフが元となる土台の剣を、ヨナスに内緒で探している最中だ。

ダリヤはヴォルフと顔をちょっとだけ見合わせ、それについては黙っていることにした。

「ええと……私が作れればそうしたいのですが、 短杖(スタッフ) への付与を私はしたことがなく、不慣れです。あと、攻撃魔法向けでしたら魔力が多く必要なので、私では足りないかと思います」

魔導師の使う 魔法杖(ロッド) や 短杖(スタッフ) の制作は、魔導師か錬金術師の領分だ。

魔導具師が作ることは少ない。魔法の相性があることと、制作にかなり魔力がいるためだ。

「それに関しましては、魔法攻撃用の 短杖(スタッフ) ではなく、 紅蓮(ぐれん) の魔剣の短いものぐらいにお考え頂ければと。攻撃力はそれほど求めません」

どうやら記念品のようなものらしい。それならばできないことはなさそうだ。

しかし、問題はある。

「それならできるかもしれませんが、氷の魔石では光りません。私が作れるとしたら、小さい氷の粒を出せるぐらいで、かなり地味かと……」

紅蓮(ぐれん) の魔剣は見た目がきれいだった。

しかし、ダリヤの作る氷蓮の 短杖(スタッフ) では、たとえ 氷龍(アイスドラゴン) のウロコを使っても、氷の結晶を降らせる、あるいは厚い氷を出すぐらいだろう。

紅蓮(ぐれん) の魔剣と違って地味になりそうだ。

「はい、そちらで充分です。 氷龍(アイスドラゴン) のウロコを使った 短杖(スタッフ) となれば、叙爵の際の話題の一つにできましょう」

「なるほど、そういったこともあるのですね……」

「それに氷の結晶が出せるとしたら、グイード様が魔力を足せば、氷の 礫(つぶて) ぐらいにはなりましょう。護衛としては、目くらましになれば、あとは私が前に出られますので。可能であれば、 短杖(スタッフ) 本体がそれなりに硬く、攻撃を一度はじければいいのですが……」

「それなら、 氷蓮(ひょうれん) の 短杖(スタッフ) で氷の盾を出したらどうでしょう? 氷なのでずっとは無理ですけど、一撃ぐらいはそらせるかと」

氷龍(アイスドラゴン) なら、一度に少し大きい氷を出すぐらいの出力はあるだろう。

グイードも魔力は高いと聞いているので、それなりにいけるかもしれない。

自分がそんなことを考えていると、ヴォルフがヨナスに向き直った。

「ヨナス先生、兄なら 氷壁(アイスウォール) が出せるのでは?」

「ヴォルフ様、そうなのですが、あれを馬車でやられると襲撃者はもちろん、護衛も凍る可能性があります。なので、目くらまし程度に抑えて頂けるならその方がいいです」

「え、護衛の方も凍るほどの大きい氷ですか?」

「はい、それなりの大きさで、私も危うかったことがあります。とっさに範囲外に出ましたが、身が凍りかけました……」

珍しくひどく遠い目になったヨナスに、いろいろと不安を感じる。

まるで護衛を守るための 短杖(スタッフ) ではないか。

氷龍(アイスドラゴン) のウロコより、グイード本人の攻撃力が怖そうだ。

「……あ、それって、襲撃してきた人は?」

襲撃者に同情するべきかどうかで混乱し、思わずそのまま尋ねてしまった。

ヨナスは自分を見ると、目を糸のように細くして笑う。

「私が火魔法ですぐ溶かしますから、何も問題はありませんよ」

凍らされた後、火にあぶって溶かされる――想像するだけでも怖い光景だ。

隣のヴォルフも想像したのか、何も言わなかった。

「ダリヤ先生、身勝手なお願いとは重々承知しておりますが、お考え願えませんでしょうか?」

「俺からもできればお願いしたい。素材で必要な物があれば探してくるから……」

目の前のヨナスにはもちろん、グイードには貴族後見人としてもお世話になっている。

それに、グイードはヴォルフの兄である。

恩返しの意志をこめ、ダリヤは引き受けることにした。

「わかりました。うまくできるかどうかはわかりませんが、それでよろしければ……」

「ありがとうございます。お試し頂けるだけでもかまいませんので、金額は必要なだけおっしゃってください。すぐに持参致します。グイード様からは、工房にある物は私も自由にしていいと言われておりますので、もし使えるものがあればご利用ください。取り寄せが必要なものがあればご遠慮なく」

ダリヤは了承しつつ考える。

氷蓮(ひょうれん) の 短杖(スタッフ) の魔導回路は、氷風扇の一部が流用できそうだ。

ただ、剣と違ってかなり表面積は少ないので、描くのはかなりきつそうだ。

そして一番は、本体の素材である。

「 短杖(スタッフ) 本体を何にするかですが……」

「 短杖(スタッフ) は木とか魔物の骨が多いとは聞くけど……世界樹の枝とか?」

「ヴォルフ様、それは有名ですが、氷魔法とは相性がよくないそうです」

魔力が多量に入るという世界樹の枝なら、 短杖(スタッフ) には最高の素材だろう。

だが、世界樹は木だ。相性的に火・氷魔法は付与が難しいと本で読んだことがある。

「魔物の骨であれば、魔力の強い魔物で、魔法耐性があるものがいいと思いますが……」

一番に浮かぶ魔物はウロコと同じ 氷龍(アイスドラゴン) 。流石に骨の入手は難しいだろう。

他に氷か水魔法の強い魔物を――そう思って記憶を掘り返していると、ヨナスが低く言った。

「魔物の骨……龍もどきの骨は使えますか? 太さと長さが足りるかもありますが……」

待て、言いながらなぜ、錆色の目で己の右腕をじっと見始めるのだ?

「絶対にだめです!」

「それはだめです!」

二人そろって声を大きくすると、ヨナスが笑い出した。

どうやらそろってからかわれたらしい。

「ええと、 大海蛇(シーサーペント) の骨はと思ったけど、あれは物理耐性が足りないかな。よく使われる魔物の骨って何なんだろう?」

ヨナスが口角を下げ切らぬ中、ヴォルフが話を切り換えてくれた。

「多いのは 一角獣(ユニコーン) 、 水魔馬(ケルピー) でしょうか」

「 一角獣(ユニコーン) は氷魔法とあまり相性がよくなく、 水魔馬(ケルピー) は水と氷魔法にいいのですが、それ以外の魔法耐性が低いです……」

帯に短し 襷(たすき) に長しとはこのことか。

聞く魔物、思いつく魔物、使えないことはないが、気になるところが出てくる。

記憶をたぐり寄せる中、不意に父の遺した魔導書の一ページを思い出した。

「 月狼(ハティ) の骨でしたら、物理耐性も魔法耐性も高いですし、水や氷魔法も入るとされています」

月狼(ハティ) は、 天狼(スコル) に似た魔物と言われる。

ただし、 天狼(スコル) が漆黒の狼型で強い風魔法を持つのに対し、 月狼(ハティ) は純白、そして風魔法と共に氷魔法を有しているとされる。

めったに見られぬ 天狼(スコル) より、 月狼(ハティ) はさらに確認数が少ない。

「 月狼(ハティ) の骨……確か、工房の保管庫に小さいものが二つあったかと」

「あるんですか……」

驚きに素でつぶやいてしまった。

大変稀少な素材であるはずなのだが、スカルファロット家の権力と財力を再確認した思いである。

だが、その上で最大の問題が一つある。

「ただ、とてもすごい素材ですが、『魔力喰い』と言われるくらいなので、私では魔力が足りません。十四以上の高い魔力で付与できる方でないと――」

天狼(スコル) の牙の付与ですら気絶した自分である。

挑戦するのが無理なのは魔導書の魔力の記述でよくわかった。

もっとも、父がどうして知ったのか、祖父からの教えか、それほどに祖父に魔力があったのかはわからないが。

「例えば、ダリヤ先生に仕様を出して頂き、付与を別の方にお願いしてもよろしいでしょうか? 内容的にご気分を害されるようでしたら、他の素材でかまいませんので」

「いえ、可能でしたらそちらの方がいいです」

スカルファロット武具工房では、十四以上の魔力持ち、ダリヤよりも一回り年上の魔導具師がいた。

そういった方に付与をお願いできれば安心だ。

「スカルファロット武具工房や王城関係者では、グイード様に先に知られてしまいますね……」

ヨナスは、サプライズプレゼントにしたいらしい。

だが、その関係者を除くと、魔力十四以上、付与に慣れた魔導具師は、ダリヤには心当たりがない。

ヴォルフも同じなのだろう。考え込んでいるが、名前は出てこない。

「少々高くつきますが、臨時で魔導具師になる方にご相談申し上げたいと思います」

「臨時で魔導具師になる方、ですか?」

高名な魔導師が、時々、魔導具制作を引き受けているのだろうか。そう思ったダリヤの前、ヨナスが右手を少し上げ、魔付きを隠す腕輪をわずかに見せた。

「この腕輪を作って頂いた方――レオーネ・ジェッダ様です」