軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

272.来訪者と教育不足

ヴォルフが記憶の抹消に苦悩していると、門のベルが鳴った。

ダリヤはまだ着替えの途中で出られないだろう。

しかし、代わりに自分が対応するわけには――そう迷って窓を見ると、見えたのはスカルファロット家の馬車だった。

兄か武具部門の届け物だろう、そう思いつつ外に出る。

門を開けると、馬車を降りて来たのはヨナスだった。

錆色の髪の主は自分が出てきたことに驚く様子もなく、当たり前のように問いかけてきた。

「ヴォルフ様、ダリヤ先生はご在宅でしょうか? 少々急ぎのご相談がありまして」

「上の階にいますので、すぐ戻ると思います。ヨナス先生、一緒に待ちませんか?」

「では、そうさせて頂きます」

先日から自分には砕けた口調になったのに、緑の塔は丁寧に話す場所らしい。

それがちょっと引っかかったが、ヨナスと話していれば一人で 碌(ろく) でもないことを考えて頭が煮えることはなくなるだろう、そう思いつつ、作業場に入った。

「――失礼致しました、日を改めます」

自分の後ろ、塔に入りかけていたヨナスが、一礼して帰ろうとする。

いきなりのことにとまどっていると、床の上、スライムに溶かされたスカートが目に入った。

いろいろと苦悩し、片付けることが頭から抜けていた。

「ヨナス先生っ、待ってください!」

ヴォルフは遠征で魔物と遭遇したときよりあせりつつ、ヨナスの腕をつかむ。

「いえ、急ぎの用件ではありませんので、別日ということで」

振り返らず進もうとする彼を、全力で止める。

絶対にこのまま帰すわけにはいかない。さっき急ぎの相談と言っていたではないか。

「本当に待ってください! あれはブルースライムが食べかけたもので、ダリヤは無事です!」

「無事? ブルースライムが、食べる……?」

振り返ったヨナスに大変懐疑的な視線を向けられ、言葉につまる。

「その、ダリヤが飼っているブルースライムが、大瓶から逃げたようで。捕まえようとしたら、跳ねてくっつき、俺が引っ張ったらこのようなことに……」

どうにも説明に苦慮する。

正直、自分がこの状況から逃げたい。

「……ああ、あいつか、色艶のいい」

ヨナスの表情がほどけ、苦笑いと共にそう言われた。

「あいつ……?」

「前に王城からダリヤ先生をお送りしたとき、スライムの入った大瓶が開かないとおっしゃっていた。スライムは、クラーケンテープを溶かして脱走しようとする個体もいる。瓶の中にいたのはイキのいい個体だったからな。丸瓶より外から栄養液が入れられる水槽型の方がいいだろう。明日にでも届けさせる」

いつの間にか、ヨナスもすっかりスライムにくわしくなっていた。

流石、兄の右腕というべきか、それとも、スカルファロット家武具制作部門の 長(おさ) と納得すべきか――とりあえず、正しく理解してもらえたことにほっとする。

だが、安堵する自分に向け、錆色の目が細められた。

「ところで、あれは服のようだが、ダリヤ先生は火傷をなさらなかったのか?」

「はい、大丈夫だと言っていました」

「気を遣って言われたのではなく? あの方はお前に心配させたくないと隠しそうだ」

確かに、ダリヤは大丈夫だと言って隠しそうなところがある。

しかし、よく思い出しても、あの白い足に火傷はなかったはずで――鮮明によみがえる記憶を、ヴォルフは全力で振り払う。

「だ、大丈夫だったと思います」

そこで言葉を区切ると、スカートを二つ折りに、金属の作業用バケツに入れた。

そのままにしておくのは流石に気が引けた。

幸い、床は無事だった。塔は石造り、床も石材だ。スライムの溶解液で溶けることはない。

「ヴォルフ、ダリヤ先生は『騎士』ではなく『魔導具師』だ」

「はい、わかっています」

「お前の上着がないところから見て、ダリヤ先生に渡したのだろうが、怪我の可能性があるなら必ずその場で確認しろ。少しでも怪我があればポーションを使わせ、落ち着くまでは歩かせるな。移動を希望するならお前が運べ。眠っても悪夢にうなされることはある。魔導具師は騎士のように怪我慣れはしていない。まして、ダリヤ先生は女性だ」

「気をつけます……」

先生の言葉に、自分の行動を猛省する。確かにダリヤの安全確認が最優先だった。

それに、怪我についての感覚もそうだ。ダリヤは誰かが傷つくことをとても怖れていたではないか。

魔物討伐部隊の自分との感覚差、それに考えが及ばなかったことも情けない。

「今すぐポーションを持って確認しに行け。怪我があるようなら、治した上でしばらく動かさない方がいい。落ち着くまできっちり付き添い、そのまま降りてくるな。俺はここでスライムの瓶を確認し、日を改める。本当に、そこまで急な話ではない」

「……わかりました」

ヴォルフはヨナスに一礼すると、棚のポーションを持って二階へ上がった。

・・・・・・・

ヴォルフが階段を上がって行くのを見送り、ヨナスはブルースライムの大瓶に近づいた。

緑の塔の居心地がいいものか、栄養水の量か、スカルファロット家にいる個体より青が少し濃い。

中のブルースライムは戦利品とばかりに透ける赤茶の布を広げていたが、ヨナスがじっと見つめると、くるくると布を丸めて体内に隠す。もっとも、半透明なので意味はないが。

「間の悪いところに来てしまったようだな……」

目の前のブルースライムが、斜め上に活躍していたらしい。

最初は完全に邪魔だと思い帰ろうとしたが、ヴォルフの違う方向への狼狽ぶりに納得した。

先日の鍛錬、枯れた赤い花を落とした後、彼は初めて自分に殺気を向けてきた。

それまで一度も向けられなかったそれは、なかなかに鋭く、ちりりと額に痛んだ。

先程のうろたえようを見ても、少しは己の想いを理解したのではないかと思える。

あとはダリヤ先生次第か。

ヴォルフと共にいるときの笑顔を見れば、充分すぎるほど脈はありそうだが――仕事仲間であり、爵位の恩を受けた彼女に対して、自分が言えることはない。

ヨナスはブルースライムの瓶の大きさを確認し、水槽のサイズを考える。

分裂する可能性を考えると、イデアに相談する方がいいのかもしれない、そう思ったときだった。

「ヨナス先生、ダリヤが戻りました。本当になんともなかったので、二階へどうぞとのことです!」

ヴォルフが、階段の上から自分を呼ぶ。

少年めいたその笑顔に、ヨナスは悟った。

今日はそのままダリヤ先生の側にいるように――そんな意味合いを過分に込めたつもりだが、まるで通じていなかったらしい。

本当に、いろいろと、理解度が足りない生徒である。

いや、自分の言い方が悪かったのか、まだまだ、教育不足か。

「すぐ行く」

そう答えつつ、ヨナスは大瓶に振り返った。

「なあ、そこの青」

声をかけられたのがわかるのか、赤茶の布を溶かしていたスライムが動きを止める。

ヨナスは錆色の目をゆるめ、吐息混じりに言った。

「あの二人がそろったら、もう一度飛びついてみないか?」