作品タイトル不明
20話:厄介払い*3
メカニジア。それは、ローザテイルの隣国であり……エメディアの目的地である。
エメディアはそこへ、交渉もとい、『ローザテイルを侵略するつもりなら、私も前線に立つ用意がある』という脅しのために向かっているわけだ。
……そのメカニジアから、移動中のエメディアに、使者が送られてきている、とするならば……それは、極めて危険な状況だ。
何せ、こちらの行動が全て監視されている、という可能性を考慮しなければならない。
その場の誰もが、動けなかった。老オーガもダハブ・トゥルバも、動けない。スファルも、階段の上から機械仕掛けの兵士を吹き飛ばしたまま、ぽかん、としてエメディアと白銀の騎士……アイオン・シルヴァスターを、見つめていた。
「な……なんで、あなたは、ここへ?」
そしてエメディアもまた、緊張に目を見開きつつ、そうとだけ、口にする。
……他にも聞きたいことは山のようにある。アイオンと名乗る白銀の騎士が何者であるのかも、メカニジアの狙いは何なのかも。だが、それらを質問するにあたって、慎重にならざるを得ない。何せ、相手は何もかもを知っているかもしれないのだから。
……と、緊張していたところ。
「ふむ。それについてはまあ、『仕事』だと言うしかあるまい。……私はそちらのオーガ達と取引をしていてね。我らがメカニジアにより多くの魔石を売ってもらえるよう、交渉に来ていたのだ。そこで、噂に聞いていたエメディア姫を見つけたのは実に幸運だったとしか言いようが無い。いや……」
アイオンはそう話して……そして、エメディアを見つめて、微笑んだ。
「『運命』かな?」
「……ああ、そう?うん、そうかもね……」
……エメディアは、なんとも気の抜けた顔で曖昧に頷きつつ、引き続き、アイオンを警戒している。これが嘘なのか本当なのかも見極めてやるぞ、というように……。
「まあ、とにかく私は、運命に導かれ、ここへ来たということなのだろう。ということは……そちらのオーガ達は、私の運命を導いた立役者、ということかな。だとしたら、貴殿らの粗のある計画や、うちの兵の損傷にも、多少は目を瞑らねばなるまい」
アイオンは、ちら、と、老オーガとダハブを見た。……老オーガとダハブもまた、なんとも言えない顔をしている。
彼らとアイオンとの取引が色々とあったことは間違いないのだろうが、アイオンの少々棘のある言葉……そして、老オーガとダハブの、『どうにも、こいつを好きにはなれない』というような顔を見る限り、関係が円満とは言い難い様子である。
「まあ、過程は些事だ。大切なのは、今、こうして私達が出会ったという結果だ。いかがだろうか、エメディア姫。これで、貴女の疑問には応えられたかな?」
「そうね。一通りは」
さて。
こうして、アイオンの素性については多少、分かった。
彼はエメディアを見つけにここへ来たわけではなく、ここへ来たことによって偶々、エメディアを見つけてしまった、と。そういうことであるらしい。
だがいずれにせよ、彼はメカニジアの者だ。……油断は、できない。
「ならば……さあ、エメディア姫。私と共に、メカニジアへ」
そうしてアイオンは、エメディアの前で膝をつき、エメディアの手の甲に口づけた。
……と思ったのだが。
「……ん?」
「あ、ウサミミ、ありがとう」
アイオンとエメディアの手の間に割って入ったのは、ウサミミである。ウサミミはエメディアの腕に、みょん、と降りてくると、その両耳で、むいっ!と、アイオンの兜を押さえ、エメディアへの接近をすんでのところで止めていた。
……アイオンは、『この奇妙なスライムは、一体……?』という顔をしていたが、ウサミミは全く、退くところが無い。今や、エメディアの手の甲をもっちりと覆ってしまうようにして守り、アイオンに対して耳を立て、震わせ……恐らく、威嚇している。スライムが威嚇するなど、聞いたことも無いが……。
「エメディア姫。これは、一体……?」
「ああ、ウサミミよ。かわいいでしょ」
「ウサミミ……?」
アイオンが困惑する一方、エメディアはにこにこと、『ウサミミ、ありがとう!』と褒め称えるばかりである。褒められたウサミミは、嬉しそうにとろけた。本当に、エメディアのことが大好きでたまらないのだろう。実に健気なスライムである。
「その……エメディア姫。私の挨拶で、貴女の飼いスライムを驚かせてしまったかな?」
「そうね。驚いたというよりは、嫌がってるんだと思うわ。私共々」
そしてエメディア自身も、全く退くところが無い。アイオンに対して、無礼とも言えるようなことをズバリと言って、堂々としているものだから、アイオンも流石に、エメディアの手を離した。
「おお、何たる手厳しさ!どうやら貴女は温室の薔薇ではなく、山野に咲く野薔薇であるようだ……ううむ、美しい花には棘がある、というのは至言だな」
……そして、そんなアイオンはというと、なんと気を悪くした様子もなく、嬉しそうに『やれやれ』とやってみせるばかりであった。これも、エメディアの『恩恵』の効果なのかもしれないが……それにしても、彼には少々、強めにその効果が出ているようにも見える。
……そう。
この白銀の騎士は、どうも、妙だ。
グレイはアイオンを注視してみたが……魔力が、実に特徴的である。
魔力は彼の内部に感じられるのだが、魔力を操るのが上手いように見えない。そして何より、エメディアにやたらと好意を持っている様子であるから、恐らくは、魔力が少ない、ということになるのだろうが……やはり、気配が妙な具合に思えるのだ。
魔力が全身のいたるところ、要所要所に固まって動いているかのような、奇妙な……。
「さて……エメディア姫。もう一度改めて、お伺いしたい。どうか、私と共に、メカニジアへ……」
「ごめんなさい。それはお断りするわ」
グレイがアイオンを警戒する一方、エメディアはアイオンの誘いを、すっぱりと断っていた。
……エメディアも、少々緊張している様子である。何せ、相手はやはり妙な奴であるし……最初の、あの、謎の攻撃のこともある。身構える間も無く、礫のような何かが高速で飛んできてエメディアの体を貫かないとは言えないこの状況で、緊張しない方がおかしい。
「正式な招待があるなら、考えたけれど。でもあなた、独断で、1人で動いてるんじゃない?今、私とここで会っていることも、メカニジアは知らないんじゃないかしら?」
だが、エメディアは緊張しながらも、そう、カマをかけた。
……アイオンは、『おや』と驚いたような顔をしつつも、『確かに』と素直に頷いた。どうやら、エメディアのカマかけは上出来だったようだ。
「ふむ……エメディア姫。やはり貴女こそ、ローザテイルの至宝だ。美しく、勇敢で、そして賢い」
アイオンは少々考えた様子で……そして、一つ頷いた。
「成程。確かに、エメディア姫が自らメカニジアを訪ねてくださるというのであれば、それを待つのが礼儀というもの。我々は、ただ静かに貴女を待つこととしよう」
そう言って、アイオンはエメディアに一礼してみせた。
「また、貴女にお会いできることを楽しみにしている。春を待ちわびる木々の芽のように」
……つくづく、舞台役者めいた言動の、妙な男ではあるが……戦わずに済むなら、それに越したことは無い。グレイは内心で安堵しつつ、しかしそれでも大楯と斧槍はいつでも動かせるように身構えたまま……アイオンが、つかつか、と、老オーガへ近づくのを見守った。
「さて……改めて、オーガの長よ。貴殿らの作戦には少々、粗があったようだな。おかげで、こちらの優秀な兵が2体もやられてしまった。……私は聞いていなかったぞ?優秀な大楯持ちまでもがこの場に居る、などとは。それに、『討伐対象』がこんなにも優秀な戦士だとも、聞いていなかったとも」
「……それは」
アイオンの声は、変わらず楽し気であった。だが、それとは裏腹に、聞く者をひやりとさせるような鋭さもまた、併せ持っていた。
「……まあ、今回のことは仕方あるまい。貴殿らとは今後も、魔石の取引を続けていきたいのでね。多少のことは、大目に見る用意がある。……ただし」
ずい、と、老オーガを覗き込むようにして、アイオンは笑った。
「彼の討伐については、白紙に戻させていただこう。貴殿らが『自力での達成は不可能』と考えたのであろうこともよく分かるが……彼は容易く仕留められるものではあるまい。互いに消耗を覚悟した上で、それでもやりたいというのなら、その時また、依頼してほしい。まあ、それ相応の報酬は頂くことになるが……」
そう言って、アイオンはくるりと踵を返すと、すたすたと出ていってしまう。
彼の後ろに、アイオンの護衛であろう兵士達が、がしゃがしゃ、と鎧を鳴らして続き……そうして、玄関ホールは、静寂に包まれた。
「……親父」
その静寂を真っ先に破ったのは、スファルだった。
「俺は、出ていく。それでいいんだろ」
スファルは茫然と……今だ現実味が無い様子でそう言う。
先程のアイオンの言葉で、アイオンが『スファルの討伐』を持ちかけられていたらしいことは明らかになってしまった。となれば、最早、老オーガもこれから取り繕うことなどできようはずもない。
「そんなに、俺が……邪魔だったのか?殺したい、くらいに……?」
スファルが尚も問えば、老オーガは目も合わせないまま、ただ、黙っていた。
……スファルは最後に老オーガと弟とを一瞥して、彼らに背を向け、玄関を出ていく。
そんなスファルを見送ることもせず、老オーガは深くため息を吐いた。
……そこへ。
「……私、あなた達のこと、嫌いよ」
エメディアが冷たい言葉を投げかけ、老オーガも、ダハブも、凍り付いたように動けなくなる。
……『恩恵』がある分、エメディアの言葉は、重く鋭く、残酷だ。ただ何とも思っていない相手に『嫌い』だなどと言われたところで、鼻で笑えるだろうが……好いた相手に嫌われるならば、それは全く別の重みを持つ。
老オーガもダハブも、魔力は多いと見える。エメディアの恩恵も、スファルのように強く影響するわけではないだろう。
だが。それでも……彼らの心に傷を残すには、十分だった。エメディアはそれを分かった上で、『嫌いよ』と言い残すことにしたのだろう。……スファルのために。
「ねえ、グレイ。相談があるんだけれど……」
そうして屋敷を出たエメディアは、グレイと並んで足早に進みつつ、そう、話しかけてきた。……だが。
「ああ。なら俺は『賛成』だ」
グレイがさっさとそう返すと、エメディアは驚きの表情を見せた。『まだ何も言ってないわよ』ということなのか、はたまた、『賛成されるとは思っていなかった』のか。……いずれにせよ、グレイは苦笑を返すしかないが。
「……『追い出された奴』に対しては、まあ、俺も思うところが無いわけじゃない。それに……その、あいつが居ると、盾役が捗る、みたいだ」
だが、グレイがそんな話を付け加えれば、エメディアは『まあ!』と、嬉しそうに目を瞬かせた。
「ゴーレムとやった時、そう思った。ああいう戦い方も、あるんだな、と……いや、その、俺は、ああいう戦い方はどうも、あまり経験が無いんだが。それから、あいつとは、利害が一致する部分もあると思うし、あと……あいつ自身は、どうも、俺の恩恵に逆らいたい、らしい。となると、まあ、ひとまずそこの問題は無い……」
どう説明したものか、と思いつつグレイが言葉を探していると……そんなグレイの手を、エメディアの手が、ひし、と握っていた。
「私も、思ってたの!私達、中々いい連携ができそうじゃない?それに……はぐれ者3人のパーティっていうのも、悪くないんじゃないか、ってね!」
そうして走り出したエメディアに手を引かれて、グレイもまた、走り出すことになる。
……スファルを追いかけながら、グレイは『自分を嫌わない仲間』がまた1人増える可能性に、微かに期待を募らせるのだった。